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「……名雪……」
Fortsetzung folgt
「うん、なぁに、祐一?」
「俺を愛していると言ってみろぉぉぉっ!!」
「うん、愛してるよ」
「……」
相変わらずツッコミを入れずにボケを止める名雪の技量は一流だった。
「くだらないことやってんじゃないわよ」
代わりに香里にツッコミを入れられて、俺はあくびを一つした。
「だって暇なんだもん」
「うぐぅ……。真琴ちゃんと天野さん、遅いよね……」
あゆあゆが、2つの空席を前に呟く。
「これ以上待ってたら、せっかくの朝ご飯が冷めてしまうわね。……それじゃ、みんなは先に食べててもいいわよ」
秋子さんの言葉に、佐祐理さんが首を振る。
「でも、やっぱりみんなでそろって食べたほうがいいと思いますから」
朝食は、秋子さんの案で、名雪達の部屋に全員分を運んでもらって、みんなで食べることになった。
しかし、こうして準備が整っても、まだ天野と、それを呼びに行った真琴が戻ってこないのだ。
「……少し、心配ね」
時計を見て秋子さんが頬に手を当てる。
まぁ、天野と真琴ならたいていのことは心配いらないと思うんだが、それでも流石に何かあったのかと思わなくもない。
名雪が秋子さんに声をかけた。
「お母さん、わたし、探しに行ってこようか?」
ちょうど俺が言おうとしていたことなので、渡りに船と、頷く俺。
「そうだな。俺も行くよ」
「それじゃボクも……」
「あゆはよせ。二重遭難しかねん」
「うぐぅ……」
不満そうだが、それでもそれ以上反論しないところを見ると、あゆも少しは自覚しているらしい。
秋子さんは頷いた。
「そうですね。それじゃ祐一さんと名雪にお願いしようかしら?」
「うん、わかったよ」
嬉しそうに答える名雪。
あ、そうだ。
俺は、ふと思いついて、栞に声を掛けた。
「栞、携帯貸してくれないか?」
「あ、連絡用に使うんですね?」
頷いて、栞はポケットから携帯を出した。そして画面をちらっと見て頷く。
「うん、ここは圏内だから大丈夫ですね」
「でも、他に誰か携帯持ってるの? そうじゃなかったら、旅館にかければいいんだけど……」
香里が言うと、佐祐理さんが笑顔で答えた。
「あ、佐祐理が持ってますよ〜」
「へぇ、佐祐理さん、携帯持ってるんだ」
「はい。舞と一緒に暮らすって言ったら、お父様が持たせてくれたんですよ」
笑顔で答える佐祐理さん。
ちなみに佐祐理さんは、今は舞と2人でアパートで生活しているが、舞が水瀬家に泊まって一人になってしまうときなどに、ちょくちょく倉田家に戻っているそうだ。
「それじゃ、番号教えてくれますか?」
「いいですよ」
佐祐理さんの言う番号を携帯に打ち込むと、栞は俺に渡した。
「はい、どうぞ」
「おう」
俺はその携帯を受け取ると、いくつかボタンを押してみた。
まぁ、とりあえず操作法が全然わからないわけじゃないから、大丈夫だろう。
「それじゃ、これは借りとくぜ。行くぞ名雪」
「うんっ」
頷く名雪の背中を押して、俺は廊下に出た。
これで、廊下に出たところで戻ってきた真琴達と鉢合わせたりすると結構笑える状態なのだが、そんなこともなく、俺達は駐車場に出た。
「わっ! 祐一、雪だるまだよっ!」
駐車場の真ん中に鎮座してる雪だるまを指す名雪。
「ああ。朝から栞達と作ったんだ」
「祐一も手伝ってたの? うーっ、わたしも呼んでくれれば良かったのに」
「お前が起きられるわけないだろ」
「そんなことないよ〜」
そう言いながら、名雪はその脇にかがみ込んで雪を集め始めた。
「おい、なにしてんだ?」
「ちょっと待ってね。……よしっ、と」
名雪は立ち上がると、作っていたものを俺に見せた。
「ほら、雪うさぎだよ」
「……」
一瞬、何かを思い出し掛けた。
雪。
崩れた雪うさぎ。
涙。
「……祐一?」
「あ?」
名雪の声に、俺は我に返った。
「いや。……行くぞ」
「あっ、待ってよ〜」
歩き出した俺を、慌てて追ってくる名雪。
「どうしたの、祐一?」
「……いや。それより、ほら」
俺は足下を指した。そこには雪の上に靴跡が残されている。
「これを見れば判るが、靴跡は向こうに向かっているだけで、戻ってきているものがない。ということはつまり、2人ともまだ森の方に行ったきりってことだ」
「わ。祐一、頭良いね」
本気で感心している名雪だった。
「よし、行くぞっ」
「うんっ」
俺達は、森に向かって歩き出した。
森に入ると、名雪が身体を寄せてきた。
「薄暗くて、なんだか不気味だね……」
「ああ」
俺は頷いて、声を上げた。
「真琴ーっ! 天野ーっ! 飯だぞ〜っ!!」
声が吸い込まれるように消えていき、辺りはいっそう静けさを増したような気がした。
「真琴〜っ、天野さ〜ん」
名雪の声も、すぐに消える。
ドサドサッ
不意に、脇の方で大きな音がした。驚いてそっちを見ると、木に積もった雪が落ちた音だった。
「祐一……」
名雪が俺の腕を引いた。
「どうした?」
「……わたしたち、どっちから来たのかな?」
「えっ? そりゃ……」
俺は振り返って愕然とした。
どういうわけか、俺達の後ろに続いているはずの足跡が、綺麗さっぱり無くなってしまっているのだ。
「なっ!」
慌てて前に向き直って、天野達のと思われた足跡も消えているのに気付く。
上を見ても、深く茂った木々の枝が視界を覆い尽くしている。
「どうしよう。わたしたち、迷子になっちゃったよ」
「心配するなって。こういう時こそ文明の利器だ」
俺はポケットから栞の携帯を出すと、ボタンを押してから耳に当てる。
ピピピッ
「……あれ?」
もう一度やってみたが、同じだった。
「祐一、貸してみて」
言われて名雪に携帯を渡す。
「あれ? アンテナ立ってないよ……」
「へ?」
言われて画面を見てみると、確かにアンテナが立っていない。つまり……。
「それじゃ圏外?」
なるほど、さっきのピピピッという音は、圏外警告音ってやつか。普段携帯なんて使わないから、全然気付かなかった……。
ということは、連絡も付けられないってことか?
「困ったなぁ」
「うん、困ったね」
何故かにこにこしながら答える名雪。
「だって、祐一だったらなんとかしてくれるって判ってるから」
「あのなぁ」
俺は肩をすくめた。それから、辺りを見回す。
と。
「……名雪、今何か聞こえなかったか?」
「えっ?」
俺に言われて、耳を澄ます名雪。
俺も同じように息を潜めて耳を澄ます。
オオーーン
かすかにだが、獣の遠吠えのように聞こえた。
「なんだろ? ねこさんかな?」
「いや、どう考えても猫は遠吠えしないぞ」
「うーっ、祐一の意地悪〜」
膨れる名雪。
「いや、それどころじゃ……」
その気配に曲がりなりにも気付けたのは、舞と一緒に魔物と戦っていたあのころの経験のたまものだろう。
とっさに名雪を押し倒し、その上に覆い重なるように倒れた俺の肩に、熱いものが走った。
「ぐっ……」
思わず口から漏れる呻きに、名雪の表情が変わる。
「祐一!?」
「だ、大丈夫。それより、逃げろ……」
そう言いながら、俺は立ち上がって、そいつと相対した。
そこにいたのは、見たところ、大型の犬か。だが、その真紅の目……。
その瞬間、俺の思考は凍り付いた。真紅の目に魅入られたように、何も考えられなくなったのだ。
シュンッ
何かが風を切る音に、俺ははっと我に返った。
「相沢さん、大丈夫ですか?」
「……天野、か」
振り返ると、そこにいたのは天野だった。
だが。
ガウッ!!
目をそらした瞬間、犬が襲いかかってきた。
「しまっ……」
「させないわようっ!!」
ぽかっ
横合いから飛び出してきた影と犬が交錯し、左右に分かれる。
そこに降り立ったのは、耳と尻尾を出した真琴だった。犬の方に向き直って、びしっと指さす。
「なめないでよねっ! ななせなのよあたしっ!!」
……だから、お前は七瀬じゃないだろ。
心の中でツッコミを入れてから、俺は名雪を背後にかばって、犬の方を見る。
「天野、アレはなんなんだ?」
「後で説明します。今は下がっていてください」
そう言うと、天野は木の枝を手に進み出た。
「こんなことなら、疾風丸を持ってくれば良かったですけど……」
確か、疾風丸って、天野が使ってる弓の名前だったような……。
「でも、この程度の使い魔なら……」
「危ないっ!」
名雪が声を上げると同時に、犬が真琴に向かって飛びかかる。
「ばっかにするんじゃないわようっ!!」
常人ならとても避けられそうにないタイミングとスピードだったが、あっさりそれを真琴はかわし、犬は背後の木に激突した。
その衝撃で木に積もっていた雪がどさどさっと落ち、犬はそれに埋もれて見えなくなる。
「えへへ〜。ぶいっ!」
びしっとVサインをしてみせる真琴。
と、いきなりその雪をはねのけて、犬が飛び出してきた。
だが。
「天昇封魔……」
ぼうっ、と天野の持っていた枝が光る。
天野はその枝を、槍投げのようにして投げた。一直線に飛んだ枝が犬に突き刺さったかと思うと、犬の姿はかき消えた。
「……やったのか?」
「はい。とりあえずは」
天野が頷いた。俺はほっと一息ついた。
「祐一、怪我は大丈夫?」
「えっ? ああ……」
名雪に言われて、俺は右肩に手を当てた。赤いものが少し付いている。
「たいしたことはないと思うけどな……」
「ちょっと座って」
名雪がハンカチを出して、俺の肩に当てながら言った。
「手当してあげるよ」
「ああ、頼む」
俺は、木の下の雪が積もってないところに座って、天野に尋ねた。
「で、どういうことなんだ、これは?」
「……すみません」
天野は頭を下げた。
「私の見込み違いでした……」
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あとがき
プールに行こう5 Episode 24 01/5/8 Up