トップページに戻る 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
翌朝。
Fortsetzung folgt
目が覚めてみると、窓からカーテン越しに光が漏れてきていた。
どうやら、外はすっかり明るくなっているようだ。
俺は身体を起こし、部屋を見回した。
北川はまだがーがーといびきをかいて寝ている。
ここで大声あげて起こしてやってもいいんだが、まぁ昨日はいろいろあったことだし、ゆっくりと寝かせてやろうじゃないか。それが大人の対応ってもんだ。
というわけで、音もなく布団から出ると、さすがに浴衣一枚では冷えるので、半纏を羽織った。それから、ボリュームを最小にしてテレビを付ける。
ちなみに、部屋に据え付けのテレビは、残念ながらお金を入れるとえっちなビデオが見られるタイプではなかった。北川が泣いて悔しがったのは言うまでもない。
テレビ画面の右上に時間が出ていたので、とりあえず朝の6時過ぎなことが判った。まぁ、間違っても名雪が起きてくるような時間じゃないってことだな。
しかし、どこのチャンネルもこの時間はニュースばっかりだなぁ。
ニュースばかり見ててもしょうがないので、テレビを消して、俺は窓に近寄った。そしてカーテンを少し開けて、外の様子を見る。
「……うわ」
明るいはずだった。昨日の雪が積もって、外は一面の銀世界となっていたのだ。
……あれ?
俺は眼下の雪に包まれた駐車場を見下ろした。それから、浴衣を脱いで普通の服に着替えた。少し考えて、その上から半纏を羽織る。
旅館の通用口から外に出ると、服の上から半纏を羽織っていてもやっぱり寒かった。
手をこすり合わせながら、白い息を吐いていると、駐車場の方から声が聞こえてくる。
目の前から駐車場の方まで、いくつかの足跡が続いていた。
俺はその足跡を踏みしめるようにして、そちらに向かう。
建物の角を曲がると、雪に覆われた駐車場と、その中で動く2人の人影。
「よう」
声をかけると、2人はこっちを見た。
「あっ、おはようございます、祐一さんっ」
「おはよう、相沢くん」
そこにいたのは、美坂姉妹だった。俺と同じように、服の上から半纏を羽織っている。
「何してるんだ? こんな朝早くから」
「見ての通りよ」
あっさりと答える香里。
俺はそっちをじっくり見てから答えた。
「もしかして、雪かきしてるのか?」
「違いますっ! 雪だるま作ってるんですっ!」
膨れると、栞は俺のところに駆け寄ってきた。
「祐一さんも手伝ってくれますよね?」
「雪だるま、か」
「私、おっきな雪だるまを作ることが夢だったんです」
出逢ったばかりの頃、栞がそんなことを言っていたのを思い出す。
栞も同じ事を思い出していたのか、にっこり笑った。
「約束してくれましたよね、祐一さん」
「わかった。だったら、栞の病気が治ったら俺が手伝ってやる」
……そうだな。
「よし、やるか」
俺は袖まくりをした。
「はいっ」
栞は嬉しそうに笑って、また雪を集め始めた。
俺もその隣にかがみ込んで、一緒に雪を集める。
ある程度集まったところで、それを球にして転がしていく。
「身長10メートルですよねっ!」
「……それは無理だって言っただろ?」
「うーっ」
栞は不満そうだった。
と、背後から声が聞こえた。
「祐一ーーっ!!」
「ん?」
振り返ると、3階の部屋の窓から、真琴が身を乗り出して手を振っていた。
と。
その身体が落ちた。
「……うわぁっ!!」
「きゃぁ!」
悲鳴を上げる美坂姉妹。
慌てて駆け寄ろうにも絶望的に遠い距離。
だが。
真琴は空中で身体を丸めてくるくるっと宙返りすると、すたっと雪の上に着地した。
「じゃんっ! 10てぇん!」
「……はぁぁ」
大きく、安堵のため息をつく俺達。
真琴は雪の上を軽やかに駆け寄ってきた。
「えへへ〜、すごいでしょ〜」
「……この馬鹿」
とりあえずがしっと頭を脇に挟んで、つむじのあたりをげんこつでぐりぐりしてやる。
「あいたたたたたっっ、いたいいたいいたぁいっ!」
「うるさいっ。びっくりするだろうがっ!!」
しばらくぐりぐりしてから解放してやると、真琴は頭を押さえてうーっと俺を睨んだ。
「あう〜っ、祐一のいじめっこぉ〜」
「真琴さん、耳と尻尾が出てますよ」
「あうっ!」
栞に指摘されて、慌てて耳を尻尾をしまい込む真琴。
「あう……ありがと」
おお、真琴がちゃんと礼を言ってるじゃないか。
「いえいえ」
にっこり笑うと、栞はまた雪玉を転がし始める。
「えいえいっ! ……はう〜、重いです〜」
訂正。直径50センチくらいになった雪玉は、既に非力な栞では転がせる重さではなかった。
「なにしてんの?」
興味津々という感じで、栞のところに駆け寄る真琴。
栞は額の汗を拭いてから答えた。
「雪だるまを作ってるんです」
「へぇ〜。おもしろそう〜。真琴もやるっ!」
真琴は腕まくりして言った。栞は笑顔で頷く。
「それじゃ真琴さん、これを転がすの手伝ってください」
「任せてっ!」
こちらも笑顔で頷くと、真琴は栞と並んで雪玉を転がし始めた。
これ幸いと作業から逃れて、俺はそんな2人を旅館の建物の壁に寄りかかって眺めていた。
「なんだかんだ言っても、仲が良いのかねぇ、あの2人……」
「ふふっ、そうかもね」
俺の隣で、同じように壁に寄りかかる香里。
「相沢くん……」
「なんだ?」
「……ありがと」
香里は小さな声で言った。
「えっ?」
「あの子の夢だったのよ。大きな雪だるまを作るのは」
「そりゃ俺も聞いたけど……」
俺が言うと、香里は栞に視線を向けたまま、呟いた。
「……考えてみて。大きな雪だるまは、一人じゃ作れないのよ」
「……そっか」
俺も、2人の方に視線を向けた。
「わわっ! しおしお、もっとちゃんと押しなさいようっ!」
「真琴さんこそっ、力入れすぎですっ! どんどん曲がって行くじゃないですかっ!」
なんとも微笑ましい光景だった。
「……いいですね、こういうのも」
「ああ。……ところで、いつからそこにいたんだ、天野?」
そう訊ねると、天野はふっと視線を逸らしてため息をついた。
「いいんです。どうせ私は影に生きる女ですから」
「あ〜、わかったわかった。撫でてやるから拗ねるなって」
「結構です」
俺の伸ばした手からすっと逃れると、天野は言った。
「それよりも相沢さん。夕べのことですが……」
「夕べは覗きになんて行ってないぞ」
「……誰もそんなこと言ってません」
天野は俺に視線を向けた。
「夕べ、ここで相沢さんが見た……」
「祐一〜〜っ!!」
天野の言葉を遮るように、大声で叫びながらばたばたと真琴が走ってきた。そして、雪を蹴り上げながら俺に飛びつく。
「わっ! なんだよ、真琴?」
何とかそれを受け止めて聞き返すと、真琴は俺の胸に頬をすりつけた。
「えへへ〜、祐一、あったかいね〜」
「あっ! またっ!」
その後ろからやって来た栞が、俺にしがみつく真琴を見てぷっと膨れた。
「真琴さん、離れてくださいっ」
「もう、栞ちゃんはしょうがないなぁ」
ぴょんと飛び降りる真琴。それから俺の腕を掴んで引っ張る。
「それより祐一っ! 雪だるま出来たよっ!!」
「まだ下の部分だけですけど」
栞がはにかみながら言った。
俺は2人の背後を見て、言った。
「……おっきな雪玉?」
「雪だるまの下の部分ですっ! そんなこと言う人嫌いです」
拗ねたように言う栞。
「ちなみに栞が本当に拗ねているのか、拗ねたポーズを取ってるだけなのかは、口調で聞き分ける事が可能である」
「うーっ。もう、知りませんっ!」
ぷいっとそっぽを向く栞。
「うわっ、思わず口に出してしまったぁ!」
「うぇーん、お姉ちゃ〜ん」
ぱたぱたと香里に駆け寄る栞。香里はそんな栞を抱いて、おもむろに俺に視線を向ける。
「相沢くん、雪の上に散る赤い血って、綺麗だと思わない?」
「ごめんなさい」
その目の色がオレンジ色に変わりかけたのを見て、俺は慌てて素直に謝った。
栞がくるっと振り返る。
「私をいじめた罰です。頭の部分は手伝ってくださいね」
「了解」
俺はびしっと敬礼して、とりあえず雪玉を丸め始めた。
「あ、それじゃ真琴も手伝うっ!」
そう言って、俺の隣にかがみ込む真琴。
天野が後ろから声を掛けた。
「おはよう、真琴」
「あ、美汐もいたの?」
ががーん
昨日に続いて再び硬直する天野。
そして、同じく再び天野の後ろでプラカードを掲げる栞。
「……栞、何してるの?」
「……さぁ、何でしょう?」
香里に聞かれて、栞は苦笑しながらプラカードをしまった。
「せぇのぉ!」
声を合わせて、俺、栞、真琴、香里の4人がかりで、頭を胴体の上に載せる。
「よし、あとは目をつけて……と」
俺はあらかじめ拾っておいた黒い石を顔に埋め込んだ。
「これでよし。どうだ、栞?」
栞は、少し距離を取って、じーっと雪だるまをみつめていた。
「栞?」
「ちょっと予定よりもちっちゃくなってしまいましたね」
「さすがに身長10メートルは無理だって」
俺は、1メートル半くらいの大きさになった雪だるまにぽんと手を乗せた。
「でも、みんなで作った雪だるまだからな」
「はい」
栞は微笑んだ。
「だから、とっても嬉しいです」
と、
「あらあら、みんなここにいたのね」
さくさく、と雪を踏みしめながら、秋子さんがやって来た。そして雪だるまを見て微笑む。
「立派な雪だるまね。栞ちゃんが作ったの?」
「みんなで作ったんです」
笑顔で答える栞。
「そう……。了承」
こくりと頷いて、秋子さんは俺達に言った。
「朝ご飯の用意が出来てるわよ。手を洗っていらっしゃいね」
「はーい」
声を上げて、みんな旅館に向かって駆け出していった。
と、俺はふと気付いて振り返った。そして、ちょうど脇を通り過ぎようとした真琴の襟首を掴んだ。
「ちょっと待て」
「きゃんっ! なにするのようっ!」
俺は背後を指した。
「真琴、天野を呼んできてくれ」
「えっ? あれ、美汐どこ?」
きょろきょろと辺りを見回してから、くんくんと鼻を動かして匂いを嗅ぐ真琴。と、くるっと明後日の方に向き直る。
「あう〜っ、美味しそうな匂いが向こうからする〜っ」
どうやら、風上に厨房があったらしい。
しばらくあうあう言った後で、真琴は俺の顔を見上げる。
「でも、美汐いないよ……」
俺は肩をすくめて、駐車場の向こうに広がる森を指した。
「俺達が雪だるまを作ってる間に、あっちの森の方に行ったんだろうな」
「どうしてわかるのっ!?」
「足跡が残ってるからな」
ここからそちらに向かって、雪の中、足跡が続いていた。俺達以外にここに来た人もいなかったから、天野がそっちに行ったに違いない。
そう説明すると、なるほど〜、と頷く真琴。
「そっかぁ。それじゃ、美汐は真琴が呼んで来るねっ」
「おう、頼むぞ」
俺の言葉に嬉しそうに笑ってみせてから、真琴は雪の上を軽やかに走り出した。
それを見送ってから、俺は旅館の方に戻っていった。
トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
うーん、栞のエピソードにしようと思ってたのに、何故真琴が窓から飛び降りてくるんだろう?
まぁ、いいか。あっちのエピソードを先にもってくることにしよう。
プールに行こう5 Episode 23 01/5/8 Up