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「さて、ゆっくりと寝るかな……」
Fortsetzung folgt
俺は布団の中に潜り込んで、目を閉じた。
「相沢〜〜〜〜っ!!」
「どうわぁっ!」
耳元でいきなり叫ばれて、思わず海老反りハイジャンプ体勢で飛び起きる俺。
「なんだっ、ジャーニー!」
「誰がジャーニーだっ! そういう危険なネタはよせっ! それよりも、何故ここであっさりと寝る相沢っ!」
そう叫びながら、北川は俺の浴衣の襟首を掴んで布団から引きずり出す。
うわ、寒っ!
「寒いだろうがっ! 外は由希だぞっ!」
「字が違うっ!!」
「それじゃ由紀」
「誰だ、それはっ! お前の妹かっ!?」
「俺には妹が12人……」
「いるのかっ!?」
「いや、いない」
「期待させんなぁっ!!」
ようやく、睡眠モードに入りかけていた頭が覚醒してきた。
俺は状態を起こして、肩ではぁはぁと息をしている北川を見る。
「……なに興奮してんだ、北川」
「……あのなぁっ!」
そこで電池が切れたように、がくっと肩を落とす北川。
「なぁ、同志相沢。お前が裏切ったおかげで、俺が美坂に簀巻きにされて旅館の外壁につり下げられ、おまけに夕飯も食い損ねたことは、まぁよしとしよう」
「いいのか?」
「いや、よくないんだが、お前にこの憤りをぶつけても、俺がみんなに恨まれるだけでいいことないしな」
「……負け犬潤」
「誰が負け犬だっ、誰がっ!!」
「まぁ落ち着け」
「誰が怒らせてるんだっ!! ……はぁ」
北川は深呼吸して、ついでにため息をついた。
「水瀬さんも大変だなぁ」
「ふっふっふ。甘いな北川。名雪は俺のいとこだ。つまり、俺と同じ血が流れているのだよ」
「オロチの血か?」
「なら、さしずめ猫を前にした名雪は『ネコヲミテクルフナユキ』というやつか?」
「……なんでいきなりKOFネタなんだ?」
「さぁ……」
しばらく沈黙。
「で、何の用だ、ジャーニー?」
「だからそれはよせっ! お前がしょうもない混ぜっ返しをするから話が進まないんだ。少し黙ってろ」
「……」
言われたとおりに黙ると、北川はぐっと拳を握って熱弁をふるった。
「今、女の子達はどこに行っている!? そう、露天風呂だっ! これを覗かずしてなんの浪漫っ! なんの温泉っ! そう、彼女たちには露天風呂に入る義務が! そして我々にはそれを覗く義務があるっ! この怒りを闘志に変えて、立てよ国民! ジーク・ジオン!」
「……坊やだからさ」
「謀ったな、相沢っ!! ……だから、ガンダムネタもよせっ」
「振ったのはお前だろっ!」
しばしにらみ合い、そしてどちらからともなくふっと笑みを浮かべて右手を差し出して握手する。
「同志北川、すまなかった。そんな重要なことを忘れていたとは、俺としたことがどうかしていたらしい」
「いや、同志相沢、君なら判ってくれると信じていたよ」
「ふふふふふ」
「ふふふふふ」
お互いの友情を確かめ合ってから、俺はおもむろにバッグからサングラスとアロハシャツを出した。そして浴衣を脱いで着替える。
「よし、準備完了」
「おう、こっちもだ」
北川も同様に、アロハシャツに着替え、額の上にはごっつい眼鏡のような、無骨な機械をかけていた。
「なんだ、それは?」
「前にも言っただろ? これぞ北川家に代々伝わる伝説のノクトビジョンだ。ちなみに通販で29800円だったぞ」
「……代々伝わるものを通販で買うなよ」
俺はツッコミを入れてから、立ち上がった。
「まぁいい。覗きのポイントは既に2カ所確保している」
「いつの間に!? さすが同志相沢、頼もしいぞ」
「で、だ。ばっちり見えるがばれる可能性も非常に高いポイントと、ばれる可能性は低いがあまりよく見えないポイントのどっちを選ぶ?」
「ふっふっふ」
北川はにやりと笑った。
「きまっているだろう? 男の人生は常にリスクを背負っているものだ」
「さすが同志北川。よし、行くぞっ」
俺は北川の肩を叩いて、ドアを開けた。
チャキッ
「……えっ?」
かすかな金属音と、喉に感じる冷たい感触。
一拍置いて、俺はそれが、喉にピタリと当てられた刃であることを認識し、しかる後に……。
「どうわぁっ!!」
大声を上げて飛び退いた。ちなみに下手な方向に飛び退くと刃が喉を傷つけるので、正確に後方に向かって飛び退くのがポイントである。
って、そんな場合じゃないっ!
「ま、舞!?」
そこにいたのは、舞だった。着流しの浴衣姿で、右手にはいつもの抜き身の剣を持っている。……寒くないのか? と聞きたくなる格好だが、真冬の深夜にあの制服で外をうろついていて風邪一つ引かなかったくらいだから、耐寒性能も高いんだろう、多分。
「……祐一、どこに行くの?」
「えっと……」
返事に窮して振り返ると、北川はさっさと布団に潜り込んで、あまつさえわざとらしくいびきをかいていた。
「ぐーぐーぐー」
「どこに行くの?」
さらに訊ねる舞。
「ええっとだな、そう、トイレだ、トイレ」
「その格好で?」
聞かれて改めて自分の格好を見る俺。
アロハシャツにサングラス。
「何を言う。今ニューヨークではこの格好でトイレに行くのがナウなヤングの最新流行なんだぞっ!」
「……」
無言で俺をじぃっと見る舞。
「と、とにかく、だな。そう、舞のほうこそ、どうしてここにいるんだ?」
「ここにいるように言われたから」
「誰に?」
「美坂さん」
あっさり答える舞。どうやら香里が舞を番人代わりに俺達の部屋の前に立たせたらしい。
「でも、みんなは風呂に入りに行ったんじゃないのか?」
「私はもう入ったから」
あっさり答える舞。
と、そこに横合いから明るい声が聞こえた。
「舞〜、お待たせ〜」
そっちを見ると、浴衣に半纏を羽織った佐祐理さんが、足につっかけたスリッパをぱたぱたと言わせながら駆け寄ってきた。
「あっ、祐一さんも出てきたんですね〜」
「おう、出てきたぞ。で、佐祐理さんも風呂には入らなかったのか?」
「私たちは夕ご飯の前にお風呂に入ってきましたから。ね、舞?」
こくん、と頷く舞。
そう言えば、夕飯前に佐祐理さん達と卓球で勝負して、お互い汗だくになったんだよなぁ。なるほど、夕飯前にその汗を流して来たってわけか。
むぅ、しまったな。
「はい、舞。暖かいお茶買ってきたよ」
そう言って、缶入りの緑茶を手渡す佐祐理さん。
「……うん」
そのまま缶を開けようとする舞を止める俺。
「まぁ、待て。舞が香里に頼まれたのは、ここに立つことなのか?」
「この部屋から祐一かもう一人が出てこないようにすること」
さらっと答える舞。……でも、“もう一人”って……。名前覚えてないのか?
ま、そんなことはどうでもいいか。
「要するに、俺と北川がこの部屋から出なかったらいいんだろ? それじゃ、舞も俺達の部屋に来ないか?」
「……祐一の部屋に?」
「ああ。部屋の中から見張ったらいけない、とは言われてないだろ?」
「でも……」
うむ、もう一押しだな。
俺は佐祐理さんに視線を向けた。
「佐祐理さんも、舞が寒い廊下に立って風邪引くよりは、その方がいいと思うだろ?」
「そうですね。舞、祐一さんもこう言ってくれてるんだから、そうしようよ」
佐祐理さんにも言われて、舞はこくんと頷いた。
「佐祐理がそう言うなら、そうする」
「舞ったら、祐一さんに誘われて嬉しいなら、正直に言えばいいのに〜」
ずびしん
珍しくチョップではなく佐祐理さんのつむじに指でツッコミを入れる舞。
「あいたぁ……。もう、舞ったらぁ」
それでも怒るでもなく笑っている佐祐理さんは、相変わらずという感じだった。
「さっ、狭い部屋ですが、お2人ともどうぞっ」
ささっと布団をどけて2人分の座布団を敷く北川を、俺はじろっと睨んだ。
「さっきは寝てたんじゃないのか、ジャーニー」
「細かいことは気にするな、同志相沢。だいたいだな、川澄先輩と倉田先輩が部屋に来てくれたというのに黙って寝てる馬鹿がいるか? いや、いない」
反語でしめると、北川は部屋に備え付けのポットから急須にお湯を注ぐ。
「あっ、それくらい佐祐理がやりますよ〜」
「おうっ、倉田先輩が炒れてくれるお茶を飲めるのかっ! 生きててよかったぁ〜」
滂沱と涙を流す北川に、佐祐理さんが苦笑する。
「そんなことないですよ〜」
「いやっ、あるっ!」
ずばしん
「……うるさい」
テーブルに手を付いて力説しようとした北川を、手首のスナップだけで跳ね飛ばす舞。さすがだ。
そのまま吹っ飛ばされた北川は、壁に激突して動かなくなった。
……まぁ、そのうちに復活してくるだろう。
こぽこぽこぽっ
「……はい、どうぞ」
「サンキュ、佐祐理さん」
「いえいえ。はい、舞も」
「……うん」
佐祐理さんの炒れてくれたお茶を飲む。
ずずーっ
……うむ、美味い。
番茶といえども、佐祐理さんが炒れてくれた、という事実だけで玉露をも凌駕する美味さがある。
「どうですか?」
「美味い。10点満点だよ佐祐理さん」
「あはは〜、ありがとうございます」
にっこり笑うと、佐祐理さんは自分の湯飲みにもお茶を注いで、自分で飲んだ。
しばらく3人でテーブルを囲んでお茶をすする。
と、不意に舞が湯飲みをテーブルに置いた。そして、佐祐理さんに視線を向ける。
「佐祐理は、まだ?」
「……?」
きょとんとする佐祐理さん。
俺も負けず劣らずきょとんとしたが、すぐに舞の質問の意味を悟った。
「……舞にこないだ聞いたよ。佐祐理さん」
「はぇ?」
こちらを見た佐祐理さんに、俺は言った。
「佐祐理さんの弟のこと……」
「……ああ」
一瞬、佐祐理さんの瞳の中を複雑な色が駆け抜けたような気がした。それでも最後に残ったのは、笑顔だった。
「ごめんなさい、祐一さん。つまらない話ですよね」
「……」
佐祐理さんは、まだ責任を感じているんだろうか? 弟の死に。
ここで、佐祐理さんに責任はないから負い目を感じる事なんて無いんだ、と言うのは簡単だ。
でも、それだけで、佐祐理さんの心に負った傷が癒えることはないだろう。
言葉なんて無力なものだから……。
だけど、俺には言葉で伝えることしかできないから。
「佐祐理さん、俺にどうこう言うことなんて出来ないけど……。でも、これだけは信じて欲しいんだ。俺は、佐祐理さんがいてくれて、良かったって思ってる」
「佐祐理がいて、良かった……ですか?」
戸惑った表情を浮かべると、佐祐理さんは舞に視線を向けた。
舞もこくんと頷いた。
「私も、佐祐理がいてくれて良かった。もし、佐祐理がいなかったら、私も……こうしていられなかったから」
言葉を選びながら、ゆっくりと言う舞。
佐祐理さんは、胸に手を当てて呟いた。
「佐祐理がいて……」
「佐祐理さんは、確かに弟さんにとっては良い姉じゃなかったかもしれない。でも、俺や舞にとっては良い友人だ。いや、それ以上の存在だよ。少なくとも舞は佐祐理さんと出逢って救われた。それは間違いない事実だ。そうだよな、舞?」
「……うん、うん」
一度では足りないと思ったのか、舞は二度、しっかりと頷いた。
「……ありがとうございます」
佐祐理さんは、深々と頭を下げた。
「……でも、まだまだなんです……」
「……まだまだ?」
「はい。まだまだです」
にっこり笑う佐祐理さん。
「だから、佐祐理のこと、そんなに誉めないでください。でないと佐祐理は……また戻っちゃいますから……」
戻る?
意味が判らなかったが、佐祐理さんはぽんぽんと手を叩いた。
「はい、それじゃつまらない話はおしまいにしますね。」
……そうだな。焦る必要はないんだ。
俺は。
「悪かったな、佐祐理さん」
「祐一さん、その話は終わりですよ〜」
「ああ、そうだな」
頷いて、俺は舞に視線を向けた。舞もこくりと頷いた。
こうして、あとは雑談に終始した俺達だった。
ちなみに、最後まで北川は起きてこなかったことを付け加えておく。
「やかましいっ! お前と倉田先輩達が深刻な話を始めるもんだから、割り込むタイミングが掴めなかったんだっ!!」
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あとがき
なかなか話が前に進んでくれないので困ってしまいます。
まぁ、プールはそういうものなんですが。
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