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「ふぅ、食った食った」
Fortsetzung folgt
俺は、いっぱいになった腹をさすりながら、部屋のドアを開けた。
「おーい、北川。……っていないのか」
結局飯を食ってる間、現れなかったからなあ。てっきり部屋にいるもんだと思ってたんだが。
とすると、風呂にいるのか?
そう思いながら部屋の電気を付ける。それから、窓際の椅子に座って、窓を開けると、大きく息を吸い込んだ。
冷たいけど、美味い空気……のような気がする。うーん、こういうところは空気が美味いっていうけど、正直よくわからないんだよな。昔いたところはともかく、今の街は寒すぎて空気を味わうどころじゃないし。
ん?
何かが聞こえたような気がして、俺は窓の外に視線を向けた。
既に、真っ暗になっており、星が瞬いていた。
「た……れ……」
「……?」
確かに、人の声のようなものが聞こえた気がする。
俺はなにげに下を見下ろした。
ちょうど窓の下は駐車場になっていて、いくつかの街灯が駐車している車を照らしている。
そこを、2人の人影が歩いていくのが見えた。
……おかしいな。こんな時間に。
まぁ、車に忘れ物でもしたんだろうな。
そう思って窓を閉じようとした俺だが、何となく気になってもう一度見下ろしてみた。
と、片方の人影が崩れ落ちた。もう片方は、一瞬置いて、走り出すと、建物の陰に入って見えなくなる。
って、おいっ!
俺はきびすを返して、部屋から飛び出した。
階段を駆け下りて、ロビーに出ると、既に正面の玄関は閉まっていた。
辺りを見回した俺の目に、脇の従業員用の扉が映る。
そっちに駆け寄ると、扉を押し開け、外に飛び出した。
ひやり、と風が吹く。
俺はぞくりと震えが走るのを覚えながら、走って駐車場に向かった。
寒々とした光が照らす駐車場。
俺は旅館の建物を見上げた。
えっと、俺達の部屋があそこだから、逆算するとこの辺りなんだけどなぁ……。
もう一度辺りを見回す。
誰の姿もない。
……見間違い、じゃないと思うんだが……。
「……誰かいるんですか?」
不意に声を掛けられて、俺は思わず飛び上がった。
「わぁっ!」
「……相沢さんでしたか」
「そのおばさんくさい物言いは、天野?」
「相変わらず失礼ですね」
そう言いながら、天野が歩み寄ってきた。
「相沢さんはこのようなところで何を?」
「そう言う天野こそ、どうした?」
聞き返すと、天野が珍しく一瞬口ごもる。
「ええと、……散歩です」
「そっか。いや、実は……」
俺は天野に、さっき見た事を話した。天野なら、話しても大丈夫そうだったからだ。
「……というわけでさ、急いで来てみたんだけど。はは、どうやら見間違いだったらしいな」
「……見間違いじゃないです」
天野は小さな声で呟いた。一瞬聞き逃し掛けて、慌てて聞き返す。
「なんだって?」
「……すみません、相沢さん。どうやら、この間の瑞姫さんの一件のせいで、相沢さんにもある程度は“見える”力がついてしまったようですね。……いえ、真琴や月宮さんのことからして、元々素質があったのかもしれませんが……」
そこで言葉を切ると、天野は俺の顔を見つめた。
「相沢さん、あなたは……」
「祐一ーーっ!!」
天野の言葉を遮るように、真琴が駆け寄ってきた。そして、ジャンプして俺に飛びつく。
「みーっつけたぁ!」
「わっ! ま、真琴か? なんだっ!?」
「もうっ! 夕御飯食べたら舞や佐祐理と決着付けるって言ってたでしょーっ!」
そう言いながら、俺の首筋に顔を埋める真琴。
「あは、祐一あったかい……」
「真琴、相沢さんが困ってますよ」
天野が口を挟む。と、真琴が顔を上げて一言。
「あ、美汐、いたの」
ががーん
バックに大きな文字を書いたプラカードを背負って、そのまま固まる天野。
俺はため息をついた。
「栞、なにしてる?」
「いえ、なんとなく、こうしなくちゃいけないような気がして……」
栞は「ががーん」と大きく書かれたプラカードをそそくさとポケットにしまいながら答えた。
……って、どうやってプラカードをポケットにしまった、今?
まぁ、あまり細かいことは考えない方がいいんだろう、きっと。
「そんなことよりも……、真琴ちゃん、祐一さんから離れてくださいっ!」
「やだようっ!」
一言の元にはねつける真琴。
栞は、ふぅとため息をついた。
「仕方ないですね……」
「なにようっ、真琴とやる気っ!?」
「はい。そろそろ真琴さんにも、私の実力をお見せした方がいいかな、と」
腕組みして不敵に笑う栞。
真琴はぴょんとしがみついていた俺から離れると、びしっと栞を指さした。
「なにようっ! しおしおなんて帰り道よっ!!」
「それを言うなら返り討ちです」
「……そ、そうとも言うわようっ!」
栞に突っ込まれて、後頭部から汗を流しながら言い返す真琴。と、不意に、にまぁと笑う。
「それじゃしおしおっ、卓球で勝負ようっ!」
「た、卓球ですかっ? ええっと……」
今度は栞が後頭部に汗をかく番だった。
「百人一首とかこいこいとかにしませんか?」
「それじゃ、真琴のふせんしっ!」
びしっと俺に向かってVサインをしてみせる真琴。
俺は肩をすくめた。
「付箋紙じゃなくて不戦勝だ」
「あ、あう……」
栞はむっとした顔をした。
「勝手に不戦勝にする人なんて嫌いです。……判りました。それじゃ卓球で勝負ですっ」
「お、おい、栞。止めといた方が……」
「祐一さんは黙っててくださいっ! これは女のプライドを賭けた勝負ですっ!」
口を挟もうとした俺をぴしゃりと止めると、栞は真琴に尋ねた。
「それで、どこで勝負するんですかっ!?」
「……というわけで、あの2人が勝負するって聞かないんですよ。なんとかなりませんかねぇ?」
俺はもとより、事情を聞いた名雪や香里の説得も功を奏さず、俺達は相談した結果、最後の手段として秋子さんに泣きついた。
「あらあら、そうなの?」
部屋で荷物整理をしていた手を休めて、俺達の話を聞いてくれた秋子さんは、頬に手を当てて少し考え込んだ。それから香里に尋ねる。
「栞ちゃんの病気はもう全快したんですよね?」
「ええ。巳間先生もそれは太鼓判を押してくれました。運動もまったく差し支えはないって」
頷いて答える香里。ちなみに巳間先生というのは、忘れられてるかもしれないが、栞の主治医である。
「それじゃ、卓球しても問題はないんでしょう?」
「でも、香里の話じゃ、栞には卓球の経験は無いんですよ」
「ええ。あの娘、卓球に限らず、スポーツとは縁のない生活だったから……」
俺の言葉に、香里が頷く。
秋子さんは俺に視線を向けた。
「でも、真琴だって、さっきの話だと、今日が初めてなんでしょう?」
「それは確かに。でも、真琴と栞じゃ元々運動神経に差があり過ぎますよ」
「相沢くん、それじゃまるで、栞が運動神経ゼロのどうしようもない娘だって言ってるみたいじゃない」
「香里〜、誰もそんなこと言ってないよ〜」
俺に掴みかからんばかりの形相で腰を上げようとした香里を、名雪が慌てて止める。
秋子さんは少し考えていたが、不意にぽんと手を打った。
「それじゃ、ダブルスにしましょう」
「ダブルス?」
「ええ。香里さんは卓球したことあります?」
聞かれて、香里は頷いた。
「ええ、学校の授業でちょっとだけですけど……」
「それなら、香里さんは栞ちゃんと組んでくれますか? つまり、美坂姉妹対水瀬姉妹、ということですよ」
「ええ、それは喜んで。でも、水瀬姉妹、っていうことは、真琴ちゃんと組むのは……?」
香里はちらっと名雪に視線を走らせた。
名雪も頷く。
「お姉ちゃんのわたし、だね。正々堂々と勝負だよ、香里」
「……ふっ。あたしには名雪なんて親友はいないわ」
「うん。ふぁいとっ、だよっ!」
……会話がかみ合ってるのやらかみ合ってないのやら。
でも、名雪はぼーっとしてるようで陸上部の部長だからなぁ。真琴と名雪じゃかなり強いんじゃないか?
「あら、真琴と組むのは名雪じゃないわよ」
こともなげに言う秋子さん。
「というわけだ、あゆあゆ。お姉ちゃんぶるチャンスだぞ!」
「うんっ、ボクがんばるよっ!!」
卓球台の前に集まっていた皆の前で真琴のペアとして抜擢されたあゆは、真剣な顔で頷いた。そして真琴のところに駆け寄る。
「真琴ちゃんっ、よろしくねっ!!」
「あゆあゆっ、真琴の尻尾を引っ張らないでようっ!」
「……うぐぅ」
「それをいうなら、足を引っ張る、です」
「あう〜っ」
……なんか端からテンションが低いな、あゆまこペアは。大丈夫か?
「ええっと、これがラケットだよね?」
「あゆあゆ持ち方違うわようっ!」
「……うぐぅ」
「あゆちゃん、ラケットはこう持つのよ」
「こ、こう?」
「ええ」
あゆは、秋子さんの言葉に真剣に頷いている。しかし秋子さん、卓球する格好もぴしっと決まってるなぁ。さすがだ。
一方、卓球台を挟んだ反対側では、美坂姉妹が舞と佐祐理さんに卓球を教わっていた。
「ラケットは、……こう、持つから……」
「こ、こうですか?」
「こう、ですよね?」
「あはは〜っ、上手ですよ、お二人とも」
俺は、壁際に置いてある椅子に座ると、名雪に声をかけた。
「名雪はどっちが勝つと思う?」
「うーん。真琴ちゃんも栞ちゃんも、どっちも頑張って欲しいよ〜」
名雪は腕組みして真剣に悩んでしまった。
「あゆちゃんや真琴は妹だから応援したいんだけど、香里は親友だし栞ちゃんも仲良しだし……。うーん、難しいよ……」
「それじゃ、両方応援だな。俺と同じだ」
そう言いながらぽんと名雪の頭に手を置くと、名雪は顔を上げた。
「祐一も?」
「ああ」
……俺の場合は、どっちを応援しても角が立ちそうだから、という消極的な理由なんだが。
「そっか、祐一もか……。うん、それじゃわたし、両方を応援するよ」
名雪は笑顔で頷いた。
と、秋子さんが壁の時計を見て、声を掛ける。
「それじゃ、9時から試合開始、ということでどうでしょうか?」
「真琴はいつでもいいわようっ!」
「あっ、ボクそれまで練習するからっ」
「それじゃ栞、あたし達は部屋に戻って秘密の特訓ね」
「はいっ、お姉ちゃんっ!」
おお、美坂姉妹が燃えてるっ!
「あう! あゆあゆっ、真琴達も負けずにとっくんするのようっ!!」
「お、おうっ!」
「あゆあゆ、声が小さいっ!!」
「おうーっ」
うむ、一応水瀬姉妹も燃えているようだ。
……。
「名雪、風呂に入ろう」
「えっ? ゆ、祐一っ!?」
「よし、行くぞっ!!」
俺は名雪の腕を掴んで駆け出した。
一瞬遅れて、予想通り、背後から真琴と栞の声が聞こえてくる。
「それじゃ祐一は真琴ととっくん……ああーっ、祐一がいないーーっ!」
「祐一さんと特訓するのは私ですっ! って、祐一さんがいないじゃないですかぁっ!」
一瞬俺に引きずられていた名雪も、体勢を立て直して俺に並んで駆け出した。さすが陸上部部長。
「祐一、逃げたんだね」
「悪いかっ?」
「ううん、悪くないよ」
そう言って、名雪はにっこりと笑った。
「だって、わたしを選んでくれたんだもん」
「なんか言ったか?」
「べっつにっ♪ 行こっ、祐一っ!」
「わっ、引っ張るなっ!」
俺達は並んで廊下を走っていった。
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あとがき
ご無沙汰でした。プール5の続きです。
プールに行こう5 Episode 19 01/5/3 Up