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「……まぁ、当然と言えば当然だが、つまらん部屋割りだな。なぁ、同志相沢」
Fortsetzung folgt
「うむ、当然すぎてつまらんよなぁ、同志北川」
俺達は、腕組みしてうんうんと頷き合った。
今回の旅行メンバー11人の、ここ、赤山温泉郷でも老舗の旅館、『赤山荘』(5階建て)での部屋割りは以下の通りである。
赤の間(10畳):名雪、秋子さん、真琴、あゆあゆ
青の間(10畳):舞、佐祐理さん、栞、香里、天野
緑の間(6畳):俺、北川
ちなみに、いずれも3階
「……というわけで、だ。やはりここは男の浪漫、夜這いを敢行すべきではないかと思うのだよ同志相沢」
北川が、いささか興奮気味に語る。
「……」
俺はしばらく腕組みして考えてから、北川の肩に手を置いて言った。
「同志北川。未来の飛躍の為には、現在は雌伏の時だと思わないか?」
「何を言うんだ同志相沢!」
「それじゃ、青の間に北川が夜這いをかけたとしよう」
俺はシミュレーションモードに入った。北川も頷く。
「ふむ。あ、言っておくが、当然ながら俺は香里一筋だからな」
「香里一筋ねぇ。……佐祐理さんもいいとは思わないか?」
「う……。なかなか痛いところを突くじゃないか同志相沢」
「当然だ。佐祐理さんほどの美少女を前に何もしないのは男としての沽券に係わると思わないか同志北川」
「だが、それを言うなら、成熟したボディの川澄先輩や、未成熟の青い果実とも言える栞ちゃんや美汐ちゃんも捨て置くわけにはいかんだろう」
「うむ。だが、それを語るのはまた今度にしよう」
俺は、その話はこっちにおいといて、のゼスチャーをする。北川も頷いた。
「そうだな。今は夜這いの話だった」
「うむ。夜這いと言うからには当然、深夜に敢行するわけだな?」
「当然だ。それでなくて何が浪漫か!」
「それは同意するが……。そうなると、他の娘も同じ部屋にいるわけだぞ」
「当然っ! 眠りについている他の娘に気取られぬようにするのが燃えるんじゃないかっ!」
「……いや、まぁお前の趣味はおいといてだな」
「それとも君は、見られながらするのが燃えるという趣味か、同志相沢。いや、理解はするが俺はやはり露出癖はないからな」
「そんな趣味は俺だって持ち合わせておらん。ええい、脱線してないで話を戻そう」
俺は深呼吸して、話を続ける。
「深夜、あの部屋に侵入した場合……だ。同志北川、君は明日の朝日は拝むことはかなうまい」
「なぜだ、同志相沢? そりゃ香里だって最初は抵抗するかも知れないが……」
「いや、最大の難関は舞だ」
「川澄先輩? ……あ」
「青の間に突入した瞬間、お前は舞にあっさりズンバラリンだ。あいつ、手加減というものを知らないからなぁ」
ぴたりと動きの止まった北川のこめかみから、冷や汗がたらりと流れ落ちる。
俺は腕組みして言葉を続けた。
「赤の間はもっとまずい。なにしろ秋子さんがいらっしゃる」
「……ジャムか」
「ああ、ジャムだ」
俺達は顔を見合わせてため息を付いた。
そして、北川がやおら立ち上がる。
「くそ、こうしててもつまらん。俺は風呂に行くぞっ!」
「そうだな。とりあえずそうするか」
俺も立ち上がった。
とりあえず浴衣に着替えて、タオルを首に巻いて廊下に出たところで、声を掛けられた。
「あっ、祐一さんと北川さん。今からお風呂ですか?」
そっちを見ると、こちらも旅館の名前入りの浴衣の上に半纏を羽織った栞が、片手に洗面器を持って立っていた。
「お、栞か」
「はい、栞です」
こくこくと頷くと、栞は俺の腕を取って身を寄せる。
「えへっ、ぴとっ」
「……なにしてんだ、栞?」
「こうしてると、神田川みたいでいいですよね」
「……栞、歳はいくつだ?」
「そんなこと言う人は嫌いです」
ぷくーと膨れると、すぐに表情を笑顔に戻す栞。
「それより、祐一さん。よろしければ、私が背中を流してあげますよ」
「なにっ!? 栞ちゃん、俺もおぐぇぇっ!」
いきなり興奮した北川が、顔面に洗面器の直撃を受けてそのまま轟沈する。
「あんた、栞にまで手を出す気っ!?」
その洗面器を投げつけた本人が、鬼気を漂わせながらずんずんとやってきた。そして俺と栞にじろりと視線を向ける。
「栞も、冗談にも程があるわよ」
「はぁい」
するりと俺から離れて、ぺろっと舌を出す栞。
俺は肩をすくめた。
「ま、栞に背中を流されてもあんまり嬉しくないけどな」
「わっ、祐一さんひどいですっ!」
「相沢くん、それは、あたしの妹じゃ不満ってことかしら?」
うわ、やぶ蛇だ。
「ええっと……。そうそう、とりあえずこいつを香里にやるから」
足で伸びている北川を指すと、香里はぷいっとそっぽを向いた。
「そんなのいらない」
「あ、そ……」
哀れなり北川。
ま、どうでもいいか。
「で、2人とも今から風呂か?」
「そうよ。今ならまだ露天風呂もすいてるみたいだし。あ、相沢くん。言っておくけど、ここは混浴じゃないみたいだからね」
「そうだな。混浴だと覗く楽しみが……げふんげふん」
慌てて咳払いして誤魔化す俺に、香里はいつもよりも45%(当社比)きつい視線を向けた。
「覗いたら、殺すわよ」
「イエッサー!」
びしっと敬礼すると、香里は「よろしい」と頷いて、栞に言った。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい。じゃ、祐一さん。また後でです」
そのまま歩き去っていく2人をなんとなく見送っていると、北川がむくりと起き上がった。
「美坂姉妹の入浴。よし、同志相沢、最初のターゲットは決まりだな」
「お前、香里は見慣れてるんじゃないのか?」
俺も栞のは見たことあるし……とは言えないので黙っておく。
北川はやれやれと肩をすくめた。
「趣味がアブノーマルな割には、まだまだ甘いな、相沢は」
「誰がアブノーマルだ、誰が」
「いかん、口論している場合ではないぞ、同志相沢。よし、それでは黙って付いてこいっ」
そのまましゅたしゅたっと走り出す北川。しかも、普通なら歩くだけでぺたぺたとなるビニールスリッパを履いているのに、まったく足音を立てていない。
こいつはプロだ。
俺は、北川の評価を心持ち上げながら、その後に続こうとした。
「祐一ーーーっ、み〜〜っつけたぁ〜〜っ」
後ろからだだだっと駆け寄ってきた真琴が、ジャンプして俺の背中にぴたっと張り付いた。言うまでもなく真琴も浴衣姿なので、胸の柔らかな膨らみの感触がダイレクトに……うぉ、この感触、ノーブラかっ!?
危うく男の生理現象が勃発しそうになり、俺は慌てて身をよじって聞き返す。
「なんだよ、マコピー?」
「もうっ、部屋に行ったらいないんだもん。捜したわようっ!」
「わかった、わかったから耳元で叫ぶなっ」
そう言い返しながら、ぐるんと身体を回転させると、真琴はぴょんと俺から飛び降りた。
さすがというかなんというか、これだけ派手なアクションをしても、浴衣は着崩れていなかった。むぅ、惜しい。
それにしても、いつもなら遠心力に逆らってしがみついているところなのに、珍しいな……、と思っていると、真琴は満面の笑顔で俺に声をかけてきた。
「ねぇねぇ祐一っ、来て来てっ!」
……真琴はおねだりモードに入っていた。
このモードに入った真琴に言うことを聞かせられるのは、秋子さんくらいである。経験上それを知っていた俺は、ため息をついて、露天風呂は後回しにすることにした。
「悪い、北川。風呂は一人で行ってくれ……っていないっ!?」
向き直ると、既に北川の姿は無かった。
まぁ、いっか。
頭をぽりぽり掻いていると、真琴が腕を引っ張り始める。
「ほら早くぅ」
「わかったわかった。で、何なんだ?」
「うん。来ればわかるよっ!」
そう言いながらぐいぐいと腕を引っ張る真琴。うぉ、今度は腕に胸の感触がっ!
俺は内股になってひょこひょこと歩いていった。笑いたければ笑うが良い。男の生理現象は理性とは別物なのだ。
「……こ、これはっ!」
ロビーに降りてきた俺は、そこに鎮座せしましているものに目を奪われた。
「ねっ! すごいでしょーっ!」
真琴が自分のもののように自慢する。
それは、随分と年期の入った卓球台だった。
「うむ、温泉と言えば卓球。これは基本中の基本だ。偉いぞ真琴」
「えへへ〜」
嬉しそうに笑う真琴。と、不意にびくっと身をすくませた。
「あうっ!?」
「どうした、真琴?」
「う……うん……」
慌てて俺にぴたっと引っ付く真琴。
その理由はすぐに判った。向こうから舞と佐祐理さんが並んでやって来たのだ。
「あ、祐一さんに真琴ちゃんも、卓球しに来たんですか〜?」
片手にラケットとピンポン玉を持って、佐祐理さんが笑顔で話しかけてきた。
「佐祐理さんこそ、そのラケットは?」
「あはは〜。旅館の人にお願いして、借りて来たんですよ〜」
「……私も」
舞も右手に持ったラケットを見せる。
「……ねぇねぇ、祐一っ」
真琴がくいくいと浴衣を引くと、小さな声で訊ねた。
「あれ、何?」
「何って、ラケットだろ?」
「嘘よっ! 真琴だって知ってるもん。ラケットって糸張ってるやつでしょっ! あれ、糸張ってないじゃないようっ」
「……もしかして、おまえ卓球知らないのか?」
「あう……。だって、漫画には出てこないんだもん」
……確かに、真琴の読んでるような少女漫画には、卓球はあんまり出てこないよなぁ。
よし。
俺は2人に声をかけた。
「お二人さんに頼みがあるんだが」
「はぇ、何ですか?」
佐祐理さんが聞き返してくれたので、俺は真琴をぐいっと前に押し出した。
「実は、真琴は卓球をするのが初めてなんだ。というわけで、こいつに卓球を教えてやってくれないか?」
「えっ、ええーっ?」
「あはは〜、佐祐理も下手ですけど、それでよろしければ、構わないですよ〜。ね、舞?」
「……うん」
こくりと頷く舞。
真琴は慌てて振り返る。
「ゆ、祐一ぃ〜」
「いいじゃないか。ほれ」
とん、と背中を押すと、2、3歩よろめいて前に出る真琴。
「あ、あう〜っ」
そこで立ち止まって、俺と2人を交互にきょときょとと見比べてから、真琴はおずおずと頭を下げた。
「おっ、教えて……ください」
「はい、任せてください。ね、舞」
「うん」
「あら、祐一さん。どうかしたんですか?」
佐祐理さんが俺の様子に気付いて声を掛けてきた。
「あ、いや。それより、真琴、がんばって覚えろよ」
「うん、頑張るよ」
こくりと頷く真琴。
俺は、壁際にあった椅子に腰を下ろして、3人を見守ることにした。
……それにしても、「教えてください」、か……。
真琴も、成長してるってことかな。
真剣な面もちでラケットを握る真琴を見て、なんともくすぐったいような気分になる俺だった。
かこん、かこん、かこん……
「今だ、いけ真琴っ!」
「真琴スマーッシュッ」
かこんっ
真琴の打ち返した玉は、佐祐理さんの前で跳ねる。
「きゃっ! えいっ!」
思わぬ方向に跳ねた玉を、かろうじて佐祐理さんのラケットが捉え、玉がこちらに戻ってくる。
「祐一っ!」
「おう、くらえ、ハイパー祐一フラッシュアタック!」
かこん
「……」
かっ
舞が無言で打ち返した一撃は、俺の真ん前に落ちた。と思ったらいきなり横に飛ぶ。
「うわっ」
「きゃぁっ!」
どしっ
反射的に玉を追いかけた俺と真琴は衝突し、そのまま床に尻餅を付く。そして、その間に玉が落ちた。
俺は額の汗をぬぐった。
「ふぅ。しかし、まだまだこれからだっ! なぁ真琴っ!」
「そうよっ! まだまだなんだからっ!」
真琴も同じように汗をぬぐいながら立ち上がる。
「あはは〜。こちらもまだまだですよ〜」
そう言う佐祐理さんも汗だくである。
ちなみに、舞一人は汗もかかずにいつも通りである。
「よーし、次はこちらからだなっ!」
俺は、床に転がっていた玉を拾い上げようとした。
だが、一足早くその玉は白い手で拾い上げられた。
「みんな、ここにいたのね」
「あ、秋子さん」
秋子さんはにっこり笑って言った。
「そろそろ夕御飯の時間ですよ」
「もう、そんな時間ですか」
「あはは〜。つい熱中しちゃいましたね〜」
「はちみつくまさん」
そんな俺達に、秋子さんは微笑みながら言った。
「すぐにいらっしゃいね」
「はい」
頷くと、俺は2人に言った。
「しょうがない。今日の所は引き分けだな」
「あはは〜、そうですね〜」
佐祐理さんも頷いて、ラケットを置いた。
「また明日にでも、再戦しましょうね。あ、舞は祐一さんとペアを組みたいのかな?」
びしっ
赤くなった舞が佐祐理さんの顔面にチョップをして、すたすたと歩いていく。
「あ、待ってよ舞っ! それじゃ、後で」
ぺこりと頭を下げ、佐祐理さんは舞を追っていった。
「それじゃ俺達も行くか」
「うんっ」
笑顔で頷くと、真琴は秋子さんに駆け寄った。
「真琴ね、卓球覚えたよっ」
「よかったわね。それじゃ今度、私も教えてもらおうかしら」
「うん。教えてあげるねっ」
本当の親娘みたいだな。……って、本当の親娘か。
俺は苦笑して、真琴と秋子さんの後ろについて歩き出した。
ちなみに、なぜか夕飯の席に北川は現れなかった。
「お姉ちゃん、怖かったです……」
「俺は、それ以上は聞かないことにする」
「それが賢明ね」
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