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レストランで食事をして(俺の今月の小遣いがそのまま吹き飛んだ(泣))、それから俺達はゲーセンに繰り出した。
Fortsetzung folgt
もちろん、勉強一筋だった瑞姫は、こういうところにはほとんど来たことがないそうで、見るもの聞くもの興味津々という感じで、筐体の間をはしゃぎ回っていた。
ちなみに瑞姫のゲームの腕前は、俺と互角だった。というか、シューティング系は俺よりも上手い。天野の身体の反射神経がいいんだ、と本人は謙遜していたが。
機会があったら佐祐理さんと勝負してみて欲しいな、と思ってから、その機会がもう無いことを思い出して、俺はやるせなくなった。
時計を見ると、午後9時を回ろうとしている。
残り、3時間……。
ドォォン
「きゃぁ、やられちゃったぁ」
爆発音がして、瑞姫が悲鳴を上げた。そして振り返る。
「はぁ、面白かった。祐一くんもやる?」
「いや、瑞姫には敵わないからいいや。瑞姫こそ、まだやるか?」
「ううん、ちょっと疲れたし。そろそろ出ない?」
「そうだな」
俺は頷いて、瑞姫の腕を引いた。
続いて、俺達はカラオケに行った。瑞姫が「一度行って歌ってみたいの」と言ったからだ。
そこでしばらく歌っていると、すぐに時間が過ぎてしまった。
「……もうちょっと、歌いたかったなぁ」
小さくそう呟きながら、カラオケの外に出る瑞姫。
俺は笑って言った。
「随分気に入ったらしいな」
「うん。すごく面白かった。……ちょっと喉痛いけど」
そう言って、瑞姫はくすっと笑った。それから、俺の腕を取る。
「あと一カ所。最後に、行きたいところがあるんだけど……」
「ああ、いいけど……。でもそろそろ時間なんじゃないか?」
「えっ?」
瑞姫は慌てて腕時計を見た。そして駆け出す。
「お、おいっ!」
「こっちっ!」
そのまま走る瑞姫。そして追いかける俺。
ようやく瑞姫に追いついたのは、中心街からはちょっと離れた道ばただった。
真夜中になっている今は、人通りもまったくなく、街灯だけが寒々とした光を投げている。
「ちょっと待てって!」
俺が腕を掴むと、瑞姫は振り返った。
「祐一くん、もう一カ所だけだから、お願いっ」
「……瑞姫」
その時。
「……あう」
急に、瑞姫が膝を折った。そのまま、地面に蹲る。
「瑞姫っ!?」
「……残念。そろそろ……時間、みたい」
「えっ?」
思わず聞き返したとき、一瞬、瑞姫の身体がぼうっと白く光った。そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……相沢さん、ここは……?」
「……え?」
瑞姫はゆっくりと立ち上がった。そして辺りを見回して、呟く。
「どうやら、時間のようですね」
「……天野、なのか?」
「はい」
こくりと頷き、天野は俺を見た。
「瑞姫さんは、満足して下さいましたか?」
「……」
俺は無言で、首を振った。
天野は、苦笑した。
「やはり、私の身体では無理でしたか」
「いや、そうじゃないと思う」
「ええ。ほんの少し、時間が足りなかっただけ」
その声に、俺達は顔を上げた。
そこには、瑞姫が浮かんでいた。
「瑞姫……。すまん」
「ううん、祐一くんのせいじゃない」
瑞姫は首を振った。そして、小さく呟いた。
「でも、もう少しだけ……デートの最後は、ちゃんとしたかったな」
「……判りました」
天野が不意に頷いた。そして、瑞姫に言う。
「瑞姫さん。10分程でよろしければ、あなたをそのまま実体化させることができます」
「えっ?」
「但し、その10分が過ぎれば、あなたは完全にこの世界からは消滅してしまいます」
「そんな術があるのか?」
「……はい」
俺の質問に、天野は頷いた。
「本来は、霊を強制的にこの世界から成仏させる術です。ただ、その副作用として、その術が発動するまでは、その霊は生前の姿を取り戻す事が出来るんです」
「強制的に、成仏させる……?」
「はい。普通は、前にお話しした、理性を失ってしまった霊を倒すために使う術なんです」
「……美汐さん。お願い」
考え込んでいた瑞姫が、静かに言った。
「その術、使って欲しいの」
「……はい」
天野は頷いた。そして、深呼吸すると、俺達に言った。
「……では、始めます」
俺達は、深夜の公園を歩いていた。
天野曰く「術が完成するまで、私はここを動けませんから、お二人はご自由に」とのことで、俺達は瑞姫の言うとおりに公園にやって来たというわけだ。
別れ際、天野はこうも言っていた。
「私は、そのまま帰りますから、相沢さんもお一人でお帰りください」
あれは多分、天野なりの思いやりなんだろうな。
「あは、ホントに自分の身体だ」
前を、スキップするようにして具合を確かめていた瑞姫が振り返る。ちなみに、服は天野の着ていた服そのままだ。
「それじゃ、祐一くん。デートの締めくくり、行きましょ」
「あ、ああ……」
「えっと、確か……。あ、あったあった」
辺りを見回して、瑞姫は駆け出した。
「お、おい、またか?」
「いいから。時間ないんだからっ!」
そう言って、走る瑞姫。
それを追いかけようとした俺の目の前を、白い小さなものがふわりと流れていった。
雪? ……いや、違う。これは……。
桜の花びらだ。
瑞姫を追いかけているうちに、いつしか、左右を桜の樹に挟まれた桜並木に俺は立っていた。
……あれ? 瑞姫はどこだ?
「祐一く〜ん、こっち、こっち!」
声のする方を見ると、瑞姫は、ひときわ大きな桜の樹の下に立っていた。
「おう」
俺はそっちに駆け寄った。そして、瑞姫の正面に立つ。
「えっと……。まず、今日はありがと」
ぺこりと頭を下げると、瑞姫は瞳を潤ませて俺を見つめた。
「祐一くんって、本当に優しいよね。名雪さんやみんなが祐一くんのことが大好きなわけが、判った気がする」
「……そっか?」
「うん。あたしも生きてたら……。ううん」
首を振って、瑞姫は、そっと俺に寄り添った。そして、小さな声で言う。
「最後に、お願いがあるの……」
「お願い?」
「……えっとね。キス、して欲しいな」
真っ赤になってそう言うと、瑞姫は目を伏せた。
「あたし、ファーストキスもしないうちに、死んじゃったから……」
「……ああ」
俺は、そっと瑞姫の顎に手を添えた。
「祐一くん……」
顔を上げて、目を閉じる瑞姫。
そして……。
俺と瑞姫は唇を重ねた。
……ありがとう、祐一くん。
サァーッ
風が吹き、桜の花びらを舞い上げた。
ポツッ
頬に冷たいものが当たり、俺は空を見上げた。
その空から、また一つ、冷たいものが落ちてきた。
「……雨、か」
見る間に、空から降ってくる水滴が増えていく。
「……瑞姫、これで良かったのか? 俺なんかで、本当に満足出来たのか?」
小さく呟いて、俺はそのまま夜空を見上げていた。
と。
「……風邪、引いちゃうよ」
その声と共に、俺の上にピンク色の傘が差し出された。
俺は振り返った。
「……名雪……」
そこにいたのは、笑顔の名雪だった。
「迎えに来たよ、祐一」
「……」
俺が無言でいると、名雪は片手で傘を持ったまま、もう片手で俺の手を取った。
「わ、冷たい」
「……ずっとこうしていたからな」
「そっか。それじゃ、わたしがあっためてあげる」
名雪はそう言うと、そのまま俺に抱きついてきた。
冷たく濡れたコート越しに、名雪の身体の温もりが伝わってきた。
「……名雪は、暖かいな」
思わずそう呟いたとき、どういうわけか、俺の目から涙が溢れていた。
名雪も、それには気付いていただろう。でも、そのことについては何も言わなかった。
ただ、一言だけ。
「……祐一。帰ろっか?」
「……ああ」
俺は頷いて、でも名雪を抱きしめた手はそのままだった。
そして、名雪も、俺を急かすでもなく、そのまま俺に抱きしめられていた。
数日後。
「……ここです」
「サンキュ」
案内してくれた天野に礼を言うと、俺と名雪は、真新しい墓の前に持ってきた花束を置いた。そして、黙って手を合わせる。
隣で、天野が線香に火を付け、手で扇いで消すと、それを置いて同じように手を合わせた。
静かな中、線香のたなびく煙だけが、ゆらゆらと天に向かって伸びていく。
「……さて、と」
俺は立ち上がった。
まだ目を閉じて祈っていた名雪が、驚いたように目を開けて、俺を見上げる。
「祐一、早いよ……」
「ゆっくりやればいいってもんでもないだろ?」
「それもそうかもしれないけど……」
「近くにいるから、名雪はゆっくり祈ってくれよ」
そう言って、俺はぶらぶらと歩き出した。
良く晴れた、ぽかぽか陽気のせいか、墓参りに来ている家族連れもちらほら見受けられる。
そんな家族連れを横目に、墓地の端の塀に寄りかかって、深呼吸する。
やっぱり、こういう場所はどうも苦手だ。
「……相沢さん」
「どわぁ。び、びっくりした。なんだ、天野か」
俺は胸を押さえて大きく息を付いた。
そんな俺に、天野は深々と頭を下げる。
「改めてお礼を言わせてください。瑞姫さんのことは、ありがとうございました」
「いや。……正直、本当に俺で良かったのか、今でもちょっとな……」
「いえ。相沢さんだから良かったのだと思いますよ」
天野は、髪を手で押さえながら、空を見上げた。
「もう、すっかり春なんですね……」
「……相変わらず天野はおばさんくさいな」
「失礼ですね。物腰が上品だと言ってください」
微笑みながら言う天野。
と、そこに名雪がたたっと走ってきた。
「祐一、お待たせ〜」
「おう。それじゃ行くか」
「うん。あ、天野さん、今日はありがとね」
「いえ。今回のことでは、お世話になりましたから」
俺達は、歩き出した。
サァッ、と後ろから風が吹いた。振り返った俺の目に、一瞬、微笑む瑞姫の姿が見えたような気がした。
「……じゃあな」
俺は軽く手を上げて、墓地を後にした。
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あとがき
プールに行こう5 Episode 16 01/3/29 Up