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『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜。朝〜、朝だ……』
Fortsetzung folgt
ぱしんと叩いて目覚ましを止めると、俺は身体を起こして大きく伸びをした。
「うーん」
そして、ベッドから出ると、カーテンを引いた。
シャッ
爽やかな朝の光が部屋に広がる。
「祐一っ、おはよう……。ふわぁ、ねむ……」
「おう。……ところでマコピー、なんで俺のベッドに入り込んで寝てるわけだ?」
俺は振り返って、毛布にくるまって目を擦っている真琴に尋ねた。
「だって、ぴろが一緒に寝たいって言うんだもん」
うにゃぁ
タイミング良く、その真琴の脇からぴろが顔を出して鳴いた。
「ほらっ」
「……あのな」
と、ドアがノックも無しにいきなり開いた。そして、そのドアの向こうから、舞が部屋を覗き込む。
「……ねこさんまこさん、いない?」
「よう、舞」
「わっ、な、なんなのようっ!」
素早くぴろを抱き上げて、壁にぴたっと張り付く真琴。そんな真琴を、じっと見つめる舞。
「ねこさんまこさん……」
「ゆ、祐一〜」
情けない声を上げてこちらに助けを求める真琴。
俺はやれやれと肩をすくめて、舞に声をかけた。
「舞、もしかして夕べ真琴とぴろに何かしたのか?」
「可愛かったから可愛がった」
あっさりと答える舞。……どんな可愛がり方をしたのやら。
しかし、これじゃ元の木阿弥だな。
俺は真琴の頭にぽんと手を乗せた。
「真琴。お前、昨日、舞とも仲良くするって言ったじゃないか」
「それは言ったけど……。あう〜〜っ」
困った声を上げる真琴。
俺は舞に視線を向けた。
「舞も、もう少し真琴の事を考えて可愛がってやれよ」
「……ごめんなさい」
しおらしくぺこりと頭を下げる舞。
「ほら、舞も謝ってるんだ。真琴も仲良くしてやれって」
「……う、うん……。えっと……」
おずおずと舞に近づくと、真琴は上目遣いに舞を見た。
「それじゃ、ちょっとだけなら、いいから……」
「本当に?」
「嘘じゃないわようっ!」
なんかほとんど自棄になってるような感じで声を上げると、真琴はずいっと舞に歩み寄った。
舞はそんな真琴の頭を撫でて、嬉しそうに微笑んだ。
「……こんこんまこさん。嬉しい……」
「あう〜〜」
ぴろを胸に抱いたまま、舞に撫でられながら、困った声を上げる真琴。よく見ると小刻みに震えてたりするのだが、それでも、逃げ出さずに大人しくしている。
まぁ、こうやって慣れていけばいいか。
「それじゃ話がまとまったところで、2人とも部屋を出ていってくれないか? 着替えられないから」
「うん、わかった」
「ええーっ?」
二者二様の声を上げる2人。
と、開きっぱなしになっていたドアの向こうから声がした。
「真琴、祐一の言うことは聞かなきゃダメだよ、って名雪さんなら言うよ」
「おう、あゆか」
「おはようっ、祐一くんっ」
エプロン姿のあゆが、俺の部屋を覗き込んでいた。
……エプロン姿?
「もしかしてあゆあゆ、お前秋子さんの手伝いと称して朝ご飯を作ろうとしてたりなんかしちゃったりして?」
思わず広川太一郎風になってしまう俺。
あゆはえへんと胸を張った。
「うん、もちろんだよ」
「悪いなあゆ、俺朝練があるから飯いらない」
「祐一くん、部活してないよ」
むぅ、あゆにあっさりと切り替えされるとは。ならば……。
「……真琴、特別に許す。つまみ食いしてもいいぞ」
「ほんとっ!?」
「わ、ダメだよ真琴ちゃん!」
「うるさいわようっ、あゆあゆ。どいて邪魔っ!」
「……うぐぅ、ボクお姉ちゃんなのに」
また呼び捨てにされて落ち込むあゆを無視して、真琴は部屋を飛び出していった。それを追うように舞も出ていく。
「こんこんまこさん……」
俺は、階段を駆け下りていく2人の背中を見送ってから、廊下の壁に手を付いているあゆの髪に手を置いて、くしゃっとかき回してやる。
「わわっ、祐一くん!?」
「とりあえず、お前も下に行ってろって。俺は名雪を起こしてから行くから」
「うん、わかったよ」
こくりと頷いて、あゆは階段を降りていった。
さて、名雪を起こすか。
……あれ?
違和感を感じて、俺は廊下を見回した。そしてすぐにその違和感の正体に思い当たる。
今日はあの壮絶な目覚ましの合唱がないのだ。
なるほど。春休みだから、名雪も目覚ましをセットしてないというわけか。
とりあえず、「なゆきの部屋」のプレートの掛かったドアをノックしてみる。
トントン
案の定返事がない。
「名雪、入るぞっ!」
声をかけてから、ドアノブを回すと、俺は名雪の部屋に入った。まず、窓のカーテンを大きく開ける。
シャッ
それから振り返ってみると、名雪はいつものように、ベッドでけろぴーを抱きしめて眠っていた。
「……くー」
「ったく。起きろ〜っ! 朝だぞ〜!」
耳元で怒鳴ってみたが、起きる気配がない。まぁ、考えてみれば、毎朝あの目覚ましの大合唱でも目が覚めないんだから、俺が耳元で叫んだくらいじゃ起きるわけがない。
そうだ。試しにやってみよう。
馬鹿馬鹿しいことを思いついて、俺は咳払いをして声の調子を整えると、屈み込んで名雪の耳元で囁いた。
「……うーっ」
「いつまでむくれてんだよ、お前は」
「だって、祐一が悪いんだよ」
朝食の席で、名雪はご機嫌斜めであった。
「名雪さん、何かあったの?」
心配そうに訊ねるあゆに、ぽっと赤くなる名雪。
「ごめんね、あゆちゃん。でも、恥ずかしいから言えないよ」
「そ、そうなんだ……」
「とにかく、祐一嫌いっ」
ちらっと俺を見て、ぷいっとそっぽを向く名雪。
と、そこに秋子さんが、トーストを入れた籠を持ってキッチンから出てきた。そしてその籠をテーブルに置いて、俺に声をかける。
「祐一さん、もう準備は出来てますか?」
「……は?」
きょとんとした俺に、秋子さんは首を傾げた。
「今日は、瑞姫さんとデートでしょう?」
「……あ、そういえば」
ぽんと手を打った俺に、秋子さんは苦笑した。
「忘れていたらダメですよ」
「すみません……」
確かに、うかつだった。
瑞姫にとって、ただのデートではないのだから。
あゆが張り切って言う。
「祐一くんっ、ボクがこーでねぇとしてあげるよっ!」
「名雪、とりあえず今朝のことはイチゴサンデー2つで手を打って、俺のコーディネートを手伝ってくれ」
「イチゴサンデー4つ」
「……3つだ」
「うん、わかったよ」
どうやら機嫌を直したらしく、名雪は笑顔で頷いた。
その向こうであゆは拗ねていた。
「うぐぅ……、どうせボク、センスないもん……」
「なんだ、判ってたのか」
「……うぐぅ」
「祐一、あゆちゃんいじめたらだめだよ〜」
名雪に言われて、俺は肩をすくめた。それから食卓を見回す。
「そういえば、なんか静かだと思ったら、真琴はどうした? それに舞もいないじゃないか」
「……うぐぅ」
さらに小さくなるあゆ。どうやら、俺のシナリオ通りの展開となったらしい。
「で、あゆ。今日は何にチャレンジしたんだ?」
「海草サラダ……のつもりだったんだけど……」
「で、それをつまみ食いした真琴はぶっ倒れた、と。どこにいるんだ?」
俺はトーストを籠から取りながら訊ねた。
「う、うん。リビングに……。舞さんが看ててくれてるって……。あ、祐一くん、そのサラダなんだけど、祐一くんも食べてみて……」
「なるほど、そういうことだったのか。いやぁさっぱりだったなぁあゆ」
そう言いながら、俺はトーストをコーヒーで喉の奥に流し込んだ。そして立ち上がる。
「それじゃ、ごちそうさま。さて、着替えるか」
「あ、待ってよ、わたし、まだ食べてないよ〜」
「いいから、お前はゆっくり食べてろって。俺は部屋にいるから。じゃな」
名雪にそう言って、俺はダイニングを出た。
「……うぐぅ、サラダ……」
いや、出ようとしたところで、あゆに服の裾を掴まれた。
このまま何事もなかったかのように出ていく作戦は、こうして失敗に終わってしまった。
とはいえ、あゆの作ったサラダ(つまんだ真琴がぶっ倒れるという実績付き)を食べるわけにもいかない。
「あゆ、そのサラダ、味見してみたのか?」
「うぐぅ……。真琴ちゃんが倒れちゃったから、怖くて出来なかった……」
「そんなもんを俺に勧めるなっ!」
「あら、そんなこと言ったらあゆちゃんが可哀想ですよ」
タイミング良くキッチンから戻ってきた秋子さんが言う。
「あゆちゃん、朝早くから一生懸命作ってたんですよ」
ううっ、秋子さんにそう言われると、まるで俺が極悪人のような気がしてきたじゃないか。
「祐一、極悪人だよ」
そう思ってたら、本当に名雪にそう言われてしまう。……やっぱり、まだ少しは怒ってるらしい。
俺は大きく深呼吸して、椅子に座り直した。
「よし、食ってやるっ! あゆ、持ってこいっ!」
「うんっ!」
ぱっと笑顔になって、あゆはキッチンに入っていた。そして、大きなサラダボウルを抱えて出てくる。
「お待たせしましたっ!」
そう言いながら、どん、とテーブルにサラダボウルを置く。
俺はその中を覗き込んで硬直した。
「……もしかして、この黒いうねうねとしたものは、焼いたワカメか何かか?」
「違うよ、コンブだよっ」
きっぱり答えるあゆ。……コンブなんて、サラダに使うものなのか? しかも……。
「……わ、いっぱい……」
あの名雪が少なからず動揺する量だった。
「……なぁ、あゆ。これを俺に全部食えと?」
「……ちょっと、多かったかな?」
小首を傾げて、照れたように言うあゆ。俺はぱん、とテーブルに手を付いた。
「多いなんてもんじゃないだろっ! こんなに使って、コンブ取りの漁師さんに申し訳ないと思わなかったのかっ!!」
と、秋子さんが横から口を挟む。
「祐一さん、そのコンブ、全部自家製なんですよ」
そうか、自家製だったのか。
……ちょっと待て。自家製のコンブ!?
思わず聞き返そうとした俺は、秋子さんの顔を見てその追求を断念した。その表情が、例の謎ジャムを勧めるときの笑顔だったからだ。
「……うぐぅ、ごめんなさい、秋子さん」
「いいのよ。あゆちゃんがお料理を習いたいっていうのは、いいことだもの」
一転、普通の笑顔に戻ってにっこり笑う秋子さん。
「でも、あんまり材料を無駄にしないようにしないとね」
「うん。ボクがんばるよっ」
ぐっと拳を握ってやる気を出しているあゆ。
と、今まで2人のやりとりをにこにこして見ていた名雪が、サラダボウルの中を覗き込んだ。それからあゆに声をかける。
「ね、あゆちゃん。このサラダ、わたしが手直ししてあげようか?」
「えっ、ホント?」
「うん。多分、なんとかなると思うよ」
自信ありげに頷くと、名雪はあゆに言う。
「でも、その前に祐一の服を選んであげなくちゃいけないから、これはラップで包んで冷蔵庫に入れておいてくれないかな」
「うん、判ったよ」
あゆはこくこくと頷いて、サラダボウルを抱え上げ、キッチンに戻しに行った。
俺はあゆに聞こえないように小声で名雪に言った。
「ナイスだぞ、名雪」
「えっ、何が?」
……単に名雪はいつもどおり天然に本気なだけだった。
「それよりも、服の用意しないと駄目なんでしょ?」
「……そうだな」
俺は立ち上がった。
「さて、と……」
駅前のベンチに座ると、時計を見上げる。
10時5分前。
ちょっと早かったかな。まぁ、いいか。
それにしても、名雪の奴。服だけならまだしも、花束まで持たせようとしやがって。
ちなみに名雪の選んでくれた服は、黒いシャツとパンツに栗色のセーター、白いコート。もっともコートは今は脱いで脇に置いてあるが。
……外でコートを脱いでも大丈夫なあたり、春が来てるんだなぁと実感させられるよな。
と。
「祐一さ〜〜ん」
天野の声が聞こえた。顔を上げると、駅の方から手を振りながら駆けてくる天野。
……なんかすごく違和感があるけど、まぁ中身は瑞姫だからな。
俺は苦笑して立ち上がった。
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あとがき
巴里から帰ってきた後も、看護学校に行ったりしてたので、なかなか時間が取れませんでした(笑)
それじゃもう一度巴里に行って来ます(爆)
プールに行こう5 Episode 14 01/3/27 Up