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Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 13

「いただきま〜す!」
 声を揃えて俺達が言うと、秋子さんがにっこり笑って答える。
「はい、どうぞ」
 最近は、人数が多いせいもあって、リビングで夕食を取るのが普通になっていた。というのも、ダイニングテーブルに付いている椅子は6脚なので、ダイニングでは同時に6人までしか食べられないからだ。
 ちなみに朝は、俺と同時に食おうというメンツ以外は微妙に時間をずらして食べているので、ダイニングでなんとかなる。
 理論上は夕食も、それぞれが食べる時間をずらせば、ダイニングで取れるのだが、「せめて夕御飯は、みんなそろって食べないと」という秋子さんの鶴の一声で、全員が納まることができるリビングで食べることになっていた。
 今日は水瀬家一同+舞なので、ダイニングでも人数的には収まるのだが、いつもの癖でリビングで食べているわけだ。
「お、今日は中華盛り合わせですか」
 大皿に載った中華料理の数々を見て俺が訊ねた。
「ええ。今日の夕御飯は、あゆちゃんに手伝ってもらいましたから、ちょっと張り切ってみました」
 秋子さんが笑顔で俺に言う。それから、一つの皿を指した。
「ちょっと、この餃子、食べてもらえませんか?」
「え? いいですけど」
 俺は頷いて、その皿に箸を伸ばしながら訊ねる。
「でも、これが何か?」
 あゆが笑顔で言う。
「あ、その餃子、ボクが作ったんだよっ!」
「……なに?」
 伸ばしかけていた、俺の箸がピタリと止まった。
「……えっと。な、名雪、この餃子食べてみないか? きっと美味いぞ。ほら、俺が取ってやろう」
「祐一、自分で取ったものは自分で食べないと駄目だよ」
 名雪にやんわりと言われて、俺は仕方なく自分の取り皿に餃子を取った。そして訊ねる。
「なぁ、あゆ。これ、スーパーで売ってた、レンジでチンすればOKなやつだよな?」
「違いますよ。小麦粉をこねて皮を作るところから、ちゃんとあゆちゃんの手作りです」
 秋子さんが、俺の希望を粉々にうち砕く一言を放ってくれた。
 はぁ、仕方ない。
 俺はため息を付いて、それから思い切って餃子をしょう油につけて、口に放り込んだ。
「ど、どうかな?」
 あゆが、期待半分不安半分という表情で訊ねた。
「……名雪」
「うん、どうしたの?」
「お前も食って見ろ。真琴も食え」
「えっ? う、うん」
「祐一がそう言うなら食べるけど……」
 2人も餃子を口に運ぶ。俺は舞に視線を向けた。
「舞も……って、もう食べてるのか」
「……」
 もぐもぐと口を動かしながら頷く舞。そして、ごくりと飲み込んで、呟いた。
「……美味しい」
「ほんとっ!?」
 ぱっと笑顔になるあゆ。
 名雪と真琴も頷く。
「うんっ。すごく美味しいよ、あゆちゃん」
「ううっ、あゆあゆが作ったのに、どうしてこんなに美味しいのようっ!」
「……祐一くんは?」
 俺は、ぐっと親指を立てた。
「グッドだ」
「ほら、言ったでしょう?」
 秋子さんが笑顔であゆの頭を撫でながら言った。あゆは笑顔でうんうんと頷いた。
「祐一くんに喜んでもらって、ボク嬉しいよ」
「あ、わたしは別に喜ばなくてもいいんだ」
「わわっ、そんなことないよっ、名雪さんっ!!」
「ふふっ、冗談だよ。でも、ホントに美味しいね」
 笑って言う名雪。
 あゆは嬉しさ半分照れ半分という表情でうぐうぐしていた。
「……そんなことしてないよっ」
「うーっ。あゆあゆに負けるなんて許せないっ。真琴も料理するっ!」
「いいわよ。それじゃ明日からお手伝いしてね」
 秋子さんも嬉しそうだった。

 そんな感じで、和やかな夕飯も終わり、俺はリビングで談笑する皆と別れて、一人で部屋に戻っていた。
 ふと思い立って窓を開けてみると、結構いい風が吹いている。
 いつの間にか、春なんだな……。
 そう思いながら、風に吹かれていると、不意に真琴の部屋のサッシが、カラカラと開いた。
 真琴か、と思ってそちらを見ると、そこにいたのは舞だった。
「よう」
「……よう」
 片手を上げて挨拶すると、それに気付いて舞も片手を上げて見せた。そしてそのまま、ベランダから見える街を眺めている。
 俺は、おっかなびっくりベランダに出ると、舞の隣りに立った。そして、同じように並んで、街を眺めた。
「……ありがとう」
「へ?」
 急に言われて、俺は舞の方を見た。
 舞は、ベランダの手摺りを握ったまま、呟いた。
「いろんなこと」
「……ああ、色々あったよな」
 無言でこくりと頷く舞。
 風が、舞の長い黒髪をふわりと踊らせる。
「……祐一」
 不意に、舞が言った。
「ん、どうした?」
 俺が聞き返すと、舞は俺に視線を向けた。
「……私は、幸せ」
「……ああ」
「こんな日が来るとは思ってなかった。……お母さんがいなくなって、私に残されたのは、魔物を狩ることだけだったから」
「でも、それももう終わった」
 こくりと頷く舞。
「うん……。それに、今は佐祐理が一緒にいてくれる。祐一も一緒にいてくれる」
「ああ。ずっと一緒にいてやる」
 俺は力を込めて言った。そして、舞の手を取った。
「舞、もうお前は……」
「佐祐理を、助けてあげてほしい」
 唐突に俺の言葉を遮って言う舞。
「……佐祐理さんを? 佐祐理さんに何かあったのか?」
 聞き返すと、舞はしばらくためらってから、言った。
「……悲しいお話しだから」
 一言前置きして、舞はぎゅっとベランダの手摺りを握りしめた。
「でも、祐一にも、知っておいて欲しいから……。私を助けてくれた祐一なら、佐祐理も助けてくれると思うから……」
 そして、舞は話し始めた。
「……佐祐理には、弟がいたの……」
 佐祐理さんの過去を。

「……」
「……というお話し」
 途中から、涙ぐみながらも、舞は話を終わらせた。そして、ぐすっと鼻をすすった。
 俺は絶句していた。
 確かに、たまに佐祐理さんが影のある表情を見せたことはあった。でも、まさか……。
「……そんなことが、あったのかよ」
 ようやく、一言だけ絞り出すと、俺は大きく息を付いた。
「……」
 無言で頷く舞。……多分、言葉を出すと、そのまま泣き出してしまうだろうから。
「……ぐすっ」
「わっ、あゆあゆ、見つかるじゃないようっ!」
「だ、だって、うぐぅ……」
 俺はため息をついて、振り返った。
「いるのはバレバレだから出てこい、2人とも」
「ごっ、ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったんだよ……」
「ま、真琴もなかったわようっ」
 俺の背後のサッシの陰から、おずおずと姿をあらわす2人。
 俺は腕組みして睨んだ。
「立ち聞きとはいい趣味だな、2人とも」
「あう……。ごめん」
「ごめんなさい」
 しゅんとして謝る2人。
 ため息をついて、俺は舞に向き直った。
「悪い、俺からも謝る」
 舞は、無言でふるふると頭を振った。それから、俺に向き直る。
「祐一。佐祐理のことを……お願い」
「……」
 すぐには答えられなかった。
 佐祐理さんが心に負った傷は、俺なんかがそう簡単に癒せるとは思えなかったからだ。
 だけど……。
「……舞」
 俺は舞の肩に手を置いた。
「悪いけど、俺じゃそれは出来ない」
「……そう」
 うなだれる舞。
 舞の肩に置いた手に、力を込めて、俺は言った。
「いや、正確には、“俺だけじゃ、それは出来ない”だ」
「……え?」
「舞。お前だって佐祐理さんの親友だろ? それに、こいつらだって、佐祐理さんのことは大事な友達だと思ってる。な?」
「うん。ボク佐祐理さんのことも好きだから」
「祐一のお友達だもん。当然よっ」
 きっぱり答える2人。
 俺は舞に視線を戻した。
「みんなで、やろう」
「……みんなで?」
「ああ。何も、舞が、それが出来なきゃ俺が、一人で佐祐理さんの傷を癒そう、なんてことは考えなくてもいいんじゃないか? みんなでやればいいんだよ」
「……みんなで」
 今度は、自分に向かって呟く舞。そして、顔を上げた。
「祐一、それにまこさん、あゆあゆ」
「おう」
「……えっと、う、うん」
「はいっ!」
 三者三様の答えを返す俺達に、舞はぺこりと頭を下げた。
「手伝って欲しい」
「もちろんだ。な、あゆあゆ、マコピー」
「あゆあゆじゃないもん」
「マコピーじゃないわようっ!」
 2人は同時に俺に言うと、顔を見合わせて笑った。
「……っくしょい」
 俺はくしゃみをすると、3人に言った。
「それじゃ、そろそろ部屋に戻ろうぜ。さすがに冷えてきた」
「うん、そうだね」
 頷くあゆ。
 と、先頭をきって戻ろうとしていた真琴が、いきなり反転した。
「うぐぅっ!?」
 それに続いていたあゆがぶつかりそうになるところを、しなやかな身のこなしでかわす真琴。そしてそのままずっこけて顔面から床に倒れるあゆ。
 ずでぇん
「……うぐぅ、痛いよ……」
「真琴、どうした?」
 俺は、ベランダの手すりのところに駆け寄る真琴に尋ねた。
 と、何かが手すりを飛び越えて、その真琴の頭に飛び乗った。そして一声鳴く。
「うなぁ〜」
「ぴろっ! お帰りっ!」
 真琴は頭から降ろしてぎゅっと抱きしめた。
 確かに、そこにいたのは、ぴろだった。
「……その猫さん」
 舞が首を傾げた。
「どうした、舞? いや、それより真琴、ぴろは旅に出たんじゃなかったのか?」
「うん……。どうしたの、ぴろ?」
 真琴が訊ねると、ぴろはなにやら鳴き始めた。ふんふんと頷く真琴。
「そっかぁ。あのね、祐一っ。ぴろ、旅から帰ってきたんだってっ!」
「帰ってきた?」
「うん。ミッションクリアしたからって言ってる」
「……ミッションクリア? なんのこっちゃ……」
 首を傾げる俺に、舞が小さな声で言った。
「……祐一。その猫、うちに来てた」
「……舞のところ?」
 こくりと頷く舞。
「うちの猫さんと仲良しさんだった」
「……なるほど。ミッションクリアねぇ」
 俺は、再び真琴の頭に乗って、いつものように目を細めているぴろを見て唸った。
「うむ、男とはかくあるべきかもしれんな」
「祐一、わかったの? 真琴は全然わかんないのに……」
「まぁな。男には男にしか判らんこともあるのだ。なぁ、ぴろ?」
「うなぁ」
 ぴろは俺に答えるように鳴いた。
 そして。
「……うぐぅ。ボク、忘れられてる……?」
 床に倒れたまま、あゆはうぐうぐしていた。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 ミッションクリア。
 うぐぅ。

 プールに行こう5 Episode 13 01/3/25 Up

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