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「あら、もうこんな時間なのね」
Fortsetzung folgt
ふと時計を見上げて、秋子さんは立ち上がった。
雑談していた俺達も、つられるように時計を見る。
時刻は午後4時を過ぎていた。
「そろそろお夕飯の支度をしなくちゃいけないわね」
「あっ、ボク手伝うよっ!」
ぱっと手を上げるあゆ。秋子さんはにっこり微笑んで頷いた。
「そう。それじゃ手伝ってもらおうかしら?」
「うんっ」
俺はそのまま秋子さんに続いてダイニングに駆け込もうとしたあゆの肩を、がしっと掴んで止めた。
「待て、あゆ」
「うぐぅ。ボクちゃんと料理するもんっ」
目に涙までためて抗議するあゆ。まったく、こいつは。
「あのな、俺がいつまでも反対すると思ってるのか?」
「うん」
「……」
俺は無言で、あゆのこめかみを拳でぐりぐりとしてやった。
「あいたたたたっ、痛いよ祐一くんっ」
「ったく」
ため息をつきながら解放すると、あゆはこめかみを両手で押さえて俺を睨んだ。
「祐一くんひどいよっ」
「それであゆ、話があるんだが」
「うぐぅ……、何事もなかったみたいに爽やかに話を進めようとしないで……」
「祐一〜っ、あゆあゆとばっかり話しないでようっ」
真琴が割り込んでくる。俺はその首根っこを掴んで、声を掛けた。
「名雪、ちょっと頼む」
「うん。真琴、祐一とあゆちゃんがお話ししてるんだから、邪魔したらダメだよ」
「あ、あう……」
「返事は、はい、だよ」
「……はぁい」
やっぱり、名雪にはなぜか強気に出られない真琴である。まぁ、あれだけいつも可愛がられてるからなぁ。
さて、と。
「で、あゆ。唐突だが特別任務を与える」
「うぐ?」
「秋子さんの料理を手伝え」
「最初からそのつもりだよっ」とは言わないのがあゆだ。
「うんっ、任せてよっ」
どんと胸を叩く。
「……うぐぅ、ちゃんとあるもん」
「今回は別に何とも思ってないぞっ」
「……ほんとに?」
上目遣いに俺を見ると、あゆはようやくこくりと頷いた。
俺はその両肩を掴むと、顔を近づけた。
「それで、スペシャルミッションのことなんだが」
「う、うん……」
俺は、キッチンに聞こえないように声を潜めて、あゆの耳に囁いた。
「昨日のようなことがないように、秋子さんを見張ってるんだ」
「昨日のって……。あ、もしかしてジャ……」
自分で言いかけて、慌てて自分の口を塞ぐあゆ。
「ボ、ボク何も言ってないよっ! ジャムなんて言ってないからっ」
「……お前、今思い切り言ってたぞ」
「わ、ど、どうなるんだろ?」
「どうにもならないから落ち着け」
俺が言うと、あゆは大きく深呼吸した。それから、真面目な顔で俺に向き直る。
「ボク、がんばってみるよ」
「よし、行け」
「うんっ」
大きく頷くと、あゆはだっと走ってダイニングに……。
づでん
「……うぐぅ、痛い……」
「どうして、何もないところで転ぶかな、おまえは」
「だってあゆあゆだもん」
俺達の様子を窺っていた真琴が、このときとばかりに口を挟む。
「うぐぅ……。ボクお姉さんなのに……」
「だったらお姉ちゃんらしくしなさいようっ!」
「努力はしてるんだけど……」
うぐうぐするあゆ。と、キッチンの方から秋子さんの声がした。
「あゆちゃん、ちょっと手伝って欲しいんだけど……」
「あっ、うんっ!」
たちまち機嫌を直して、キッチンに駆け込んで行くあゆ。
そんなあゆを見ながら、名雪が嬉しそうに言う。
「あゆちゃんとお母さん、本当に仲が良いよね」
「まぁ、あゆは元々母親に甘えたがってたからなぁ……」
「そうなの?」
真琴に聞かれて、俺は頷いた。
「ああ。あいつは……」
びゅん、と風が吹いた。
何事かと思ってそちらの方を見ると、舞がソファの後ろに隠れようとしていた。
「お、おい?」
「……悲しいお話は嫌い」
「まぁ、楽しい話じゃないからな。わかった、やめておこう」
俺は頷いた。途端に真琴がむくれる。
「なんでようっ。教えてくれてもいいじゃないのようっ!」
「まぁ、あゆあゆもああ見えて色々と苦労してるって話だ」
「真琴だってくろーしてるわようっ!」
「そりゃそうだが、あゆあゆほどじゃないと思うぞ」
「……名雪、そうなの?」
「うーん、どうかなぁ?」
名雪は首を傾げた。それから真琴の頭を撫でる。
「やっぱり、二人とも同じくらいがんばってると思うよ」
「ま、いいか。えへへ〜」
名雪に頭を撫でられてご機嫌な真琴だった。
「……こんこんまこさん……」
「なっ、なにようっ!?」
舞に声をかけられて、びくっとする真琴。
「こ、怖くなんかないわようっ! ぜったいないんだからっ!」
「……真琴、そう言うことは名雪の後ろに隠れないで言え」
呆れて言うと、真琴は慌ててぶんぶんと首を振るだけで、いつものように“威勢だけはいいが論理は破綻している”(栞談)反論もしてこなかった。
俺は舞に視線を向けた。
「……舞、最近ずっとこんなんだよなぁ。真琴に何したんだよ?」
「……かわいがっただけだけど」
ちょっと寂しそうな舞だった。
それを見て、名雪が真琴に言う。
「真琴、川澄先輩に悪いよ」
「あう〜っ」
しばらく唸った後、真琴はぷいっとそっぽを向いてリビングを出ていった。
「お、おい、マコピー。どこに行くんだ?」
「どこに行こうと勝手でしょっ!!」
廊下から声がしたかと思うと、とたたっと階段を駆け上がっていく足音。
「真琴、なんだか怒ってたみたいだよ〜」
名雪が、それほど心配していなさそうな口調で言った。
「ん〜。あんまりいじめるとあいつ家出するからな。あとで肉まんでも持っていってやるか」
「……家出するの?」
舞に訊ねられて、俺は頷いた。
「ああ。前にも一度、ちょっと叱ったらそのまま家出したことがあってな」
「でも、そもそも、どうしてあの時家出したの? わたし、理由を聞いてないよ」
俺はあの時のことを思い出した。
顔を合わせると、憎まれ口ばかり叩いていた真琴。
そんな真琴も、今じゃ立派な水瀬家の一員なんだよな。
……あれ?
そういえば……。
俺は不意に立ち上がった。
「……祐一?」
「悪い、ちょっとここにいてくれ」
そう言い残して、俺はリビングを出ると、階段を駆け上がった。そして、真琴の部屋のドアを叩く。
「真琴、いるか?」
「いないわようっ!」
……なんだかなぁ。
「まぁ、いないならいないでいいんだが、ちょっと聞いてくれ。真琴、ぴろはどうしたんだ?」
そう、気になったのは真琴と俺が拾ってきて、秋子さんによって了承されてうちの猫となったぴろのことである。最近全然その姿を見ないからだ。
ちなみに名雪に来るなと言ったのは、未だにぴろのことは、名雪にはヒミツにしているからなのだ。……ほとんど、公然の秘密とも言うが。
「ぴろ?」
扉の向こうから聞き返す声がした。俺は頷いた。
「ああ。別名を安田のネコと言う……」
ばんっ
「言わないわようっ!! ぴろは真琴のなんだからっ!! ……って、なにしてるの、祐一」
「ふぉふぁふぇふぁぁ(おまえなぁ)」
鼻を押さえて屈み込む俺。
説明するまでもないと思うが説明すると、真琴が開け放ったドアが、その真ん前に立っていた俺の鼻を直撃したのだ。
と、何かが鼻を押さえている指の間から垂れて床に落ちた。鼻水か、と一瞬思って見てみると赤い色がついている。
「うふぉ、鼻血が……」
真琴もそれに気付いてあたふたし始めた。
「わぁっ! 血が出てるっ! ど、どうすればいいのようっ!」
「いいからティッシュくれ」
「うっ、うんっ!!」
そう言って部屋に戻ると、すぐに出てくる。
「はいっ、取ってきたよっ!!」
「……」
俺は真琴から、ティッシュペーパーを受け取った。よほど慌てて取ったらしく、10枚ほどぐしゃぐしゃになっていたが、とりあえずそれを鼻に当てる。
「わわっ、まだ出てるっ! ど、どうしよう……。真琴、どうすればいいの?」
おろおろする真琴を放っておいて、ティッシュを鼻に当てたまま、上を向いて首をトントンと叩く。
しばらくして、ティッシュを鼻から取ってみる。うむ、止まったか。
「ったく、ドアは静かに開けろ」
「うん……」
珍しく、しおらしく頷く真琴。
と、そこで俺はそもそもの用事を思い出した。
「ところで真琴、最近ぴろを見ないんだが、どうしたんだ?」
「えっ、ぴろ? あ、うん……」
少し迷っていたが、やがて顔を上げる。
「あのね、祐一。ぴろね、出ていっちゃったの」
「出ていった?」
「うん。ほら、真琴が人間になったでしょ。そのちょっと後くらいだったんだけど、急に……」
真琴は目を伏せた。
確かに、思い起こせばその辺りから、ぴろの姿を水瀬家で見なくなったな。
「でも、どうして今まで黙ってた? 第一、今までなら、いなくなったら大騒ぎしてたじゃないか」
俺がそう言うと、真琴は顔を上げた。
「うん、ぴろがね、真琴にお別れ言って出ていったから」
「真琴にお別れを言った?」
「うん。……急に、しばらく旅に出るとか言って。真琴が、どうしてって聞いたら、猫ってそういうもんだって言うから……」
「……おまえ、猫と話せるのか?」
「うん」
こくりと頷く真琴。
まぁ、たしかに妖狐だからなぁ。動物と話くらい出来ても別に構わないような気がする。
「でもね、きっといつか帰ってくるって、ぴろは言ってたの。だから、だから真琴は……」
ぐすっと鼻をすする真琴。
俺はそんな真琴の頭に、ぽんと手を乗せてやった。
「そっか。偉いな、真琴は」
「ぐすっ」
もう一度鼻をすすってから、真琴は目をぐしぐしとこすって、えへへと笑って見せた。
「もうっ、真琴は大丈夫だよっ。みんながいるんだからっ」
「そっか」
と、1階から名雪の声が聞こえてきた。
「真琴〜、祐一〜。夕ご飯出来たって〜」
「ああ、すぐ行く!」
そう叫び返してから、俺は真琴の頭をぐしぐしと撫でてやりながら言った。
「なぁ、真琴。舞のことだけど、少しは仲良くしてやってくれないか? あいつだって悪気はないんだし」
「それは嫌」
ぷいっとそっぽを向く真琴。
俺はため息をついた。
「……なぁ、真琴。舞はああ見えても悪い奴じゃないんだぞ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「俺としては、お前と舞が仲良くしてくれるといいなと思うぞ」
「あう……」
しばらく唸っていたが、真琴はやがてこくりと頷いた。
「……うん。祐一がそう言うなら、仲良くしてみる」
「よし。それじゃ、行こうぜ」
「うんっ」
頷くと、真琴は階段を駆け下りて行こうとした。
「あ、おい。慌てると危ないぞっ」
「だいじょ、きゃぁっ!」
振り返って返事しかけたところで、お約束のように蹴躓くと、真琴はそのまま勢い余って1階に向かってダイブを決行した。
「真琴っ!!」
とさっ
慌てて階段に駆け寄った俺の耳に、大転落したにしては軽い音が聞こえた。
階段の下を覗き込んだ俺の目に、舞の胸に抱かれた真琴が写った。
「あ、舞?」
「……大丈夫?」
舞が、真琴の顔を覗き込むようにして訊ねた。
「あう……、う、うん」
こくりと頷く真琴。
「……よかった」
すっと、床に真琴を降ろすと、舞は俺の方を見上げた。
「どうして、舞が?」
「……たまたま、通りかかったら、まこさん降ってきたから」
「そうか」
「それじゃ……」
そう言い残して、そのままお手洗いの方に行こうとする舞。
「あ、あのっ」
その背中に真琴が声をかけた。
振り返る舞。
「……何?」
「あっ、ありが……と。そっ、それだけようっ」
真琴はそのままダイニングに駆け込んで行ってしまった。
「……うん」
頷いた舞が、一瞬だけど、嬉しそうに笑ったように見えたのは、多分気のせいじゃないだろう。
真琴も、少しは俺の言うことを聞くようになったか。名雪や秋子さんの教育のたまものってやつかな。
そう思いながら、俺は真琴の後を追って、ダイニングに入っていった。
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あとがき
なんか久しぶりだなぁ、じっくり真琴を書いたのは。
そんな気がしてます。
PS
多分これから、更新が滞ります。
んじゃ、ちょっと巴里に行って来ます(爆笑)
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