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Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 11

「瑞姫さんのことは決まりですね。それじゃ、温泉旅行の方の話を早めに詰めてしまおうと思うんですけど」
 秋子さんが言った。栞が、ポケットから携帯を出しながら立ち上がる。
「それじゃ、家に電話して、お姉ちゃんに聞いてみますから、ちょっと失礼します」
 そのままリビングを出ていく栞。
 うむ、他人の目の前でいきなり携帯をかけるような慎みのない娘ではないところが、ポイント高いな。
 俺の中で栞ポイントが1上がった。
「名雪は、部活とかどうなのかしら?」
「わたしは、いつでもいいよ」
 頷く名雪。
「……でも、春休みでも練習とかあるんじゃないのか?」
「わたし、部長さんだから」
 けろっと答える名雪。……それって、職権乱用じゃないのか?
 俺の表情を見て、名雪はくすっと笑った。
「冗談だよ〜。春休みは、部活はしないで、みんな自主練習ってことになってるんだよ」
「まぁ、いいけどな。マコピーやあゆあゆは部活もしてないから暇だよな?」
「祐一くんだってそうだよっ」
「俺は帰宅部だからな。学校がないときは部活もないんだ」
「同じ事だよっ!」
 俺達の騒ぎをよそに、秋子さんは舞達に視線を向けた。
「川澄さんと倉田さんは、いつがよろしいですか?」
「そうですね……。入学式が4月の10日ですから、ちょっと余裕を見て7日くらいまでなら構わないと思いますよ。ね、舞?」
「はちみつくまさん」
 こくりと頷く舞。
 秋子さんは、今度は天野に尋ねる。
「天野さんのご予定は?」
「私は……、いつ仕事が入るか判りませんから、逆にいつでも。ただ、仕事が入ったら、旅行中でもお先に失礼することになるかもしれませんけれど」
「それは構わないわ。お仕事ですものね」
「はい。それでは」
 天野は立ち上がると一礼した。
「今度こそ、失礼します」
「明日の朝、駅前に10時よ。忘れないでね」
「はい」
 頷いて、天野はリビングを出ていった。
 秋子さんは、ふむ、と腕を組んで呟いた。
「それじゃ、後は栞ちゃんと香里さん次第ってことになるわね」
 と、そこに栞が戻ってきた。何故か膨れている。
「えぅ〜。お姉ちゃん嫌いです〜」
「どうした栞? また「あたしに妹なんていないわ」って言われたのか?」
 俺が訊ねると、栞は俺に向き直った。
「聞いてくださいよ、祐一さん。お姉ちゃんったら、北川さんが一緒じゃないなら行かないなんて言うんですよっ」
「でも、香里の言うことも判るよ。わたしも、祐一が行かないってことになったら、多分行かないと思うし」
 名雪がのんびりと言う。
「祐一が行かないんだったら、真琴も行かないわようっ!」
「ボクも……、えっと……、うぐぅ……」
「でも、困ったわね。10人までですものね」
 と、俺はふと思い付いて、立ち上がった。
「秋子さん、電話借ります」
「ええ、どうぞ」

 玄関にある、電話の親機のところまでくると、俺は受話器を取った。
 ここまで来なくても、リビングには子機が置いてあるのだが、やはり皆の前では話せないようなこともあるわけだしな。
 ええっと、何番だっけ?
「北川くんの電話番号なら、去年のクラスの非常連絡網に載ってるよ」
「非常連絡網?」
「これだよ」
「お、悪いな」
 電話の下にある棚から抜き出したプリントを手渡されて、俺は顔を上げた。
「ところで、名雪。どうして俺が北川に電話をかけると?」
「そんなの判るよ〜。祐一のすることだもん」
 嬉しそうに笑う名雪。
 俺は照れくさくなって頭を掻いた。
「ええっと、そこまで判るんなら、これから俺が北川に男と男の話をするってことも判ってるんだろ? 良かったら、席を外してくれると助かるんだが」
「うん、わかったよ」
 頷いて戻っていく名雪。と、立ち止まって振り返る。
「いい旅行にしようね」
「ああ、そうだな」
 俺が頷くと、名雪も微笑んだ。

『なにっ!? 温泉だとぉっ!?』
「ああ」
 運良く家でごろごろしていた北川を捕まえる事が出来た俺は、話の顛末を伝えた。
 昼寝でもしていたらしく、最初は眠そうな声を上げていた北川も、その話を聞いてすっかり覚醒したらしい。
『温泉と言うからには、男の浪漫だなっ! さすが相沢、我が心の友よっ!!』
「だが、ひとつ問題があってな。その宿泊券が、10人までなんだ」
『10人……。えっと、秋子さん、水瀬さん、真琴ちゃん、あゆちゃん、香里、栞ちゃん、倉田先輩、川澄先輩、美汐ちゃんと、俺……。なんだ、問題ないじゃないか』
「……俺を外すと、多分温泉旅行そのものがボツになるぞ。何しろチケットを握ってるのは真琴だからなぁ」
『かといって、他に外せる娘はいないじゃないかっ。おのれ相沢、卑怯な……』
「いや、俺が10人って決めたわけじゃないからな。というわけで、だ」
『……しかし、このような男の浪漫を逃すなど、男・北川潤が廃るというもの。……しょうがない、俺は自費で参加するっ!』
「さすが北川。よし、詳しいことは決まり次第連絡するから、お前も行くってことを香里に伝えておいてくれ。そうしないと、香里の奴は参加しないだろうからな」
『押忍! よし、後は任せろっ!』
「……それにしても元気だな、お前。昨日は風邪で休んでたんじゃないのか?」
『まぁ、たっぷり汗かいたおかげで、熱も下がったからな』
「なにっ!? やったのか!?」
『ふっふっふ。これで俺も相沢に追いついたぜっ』
「くそぉ、北川に追いつかれてしまうとは。こうなったら、別の世界を開発するしかないかっ!」
『おいおい、あんまりマニアックなのは嫌われるんじゃないか?』
「やかましいっ。大体お前だって十分マニアックだろっ」
『何っ!? 俺のどこがどうマニアックだって言うんだ?』
「香里を相手にしてる辺り、十分マニアックだ」
『それを言うならお前の方がマニアックじゃないか。いとこに手を出すとはなぁ』
「何を言う。いとこは結婚できるんだぞ。それでいて血は繋がっているという背徳感も存分に味わえるんだからお得じゃないかっ」
『……前から思ってたけど、お前もいい趣味してるな』
「お前には負けるけどな」
『ふっふっふっふ』
「くっくっくっく」
 俺達は受話器の向こうとこちらで含み笑いを漏らした。
「北川、決着は温泉で付けよう」
『望むところだ。とりあえず場所とスケジュールだけ教えろ』
「正式に決まったらな。まだ行くってことしか決まってないからな」
『おう。それじゃ俺は今から、先祖代々伝わるノクトビジョンの調整をするんで、もう切るぞ』
「判った。防水加工も忘れるな?」
『もちろんだ、我が友よ。じゃあな』
 ピッ
 電話が切れ、俺は受話器を戻した。
 やれやれ。ま、これでオッケイかな。
 そう思いながら、リビングの方に向き直ると、ちょうどその時ドアが開いて、栞と佐祐理さんが出てきた。
「おや、どうした?」
「あ、祐一さん。ちょっと私達はお出かけです」
 佐祐理さんが笑顔で言うと、栞が悲しそうな顔をする。
「祐一さん、しばしのお別れです」
「どこに行くんだ、佐祐理さん?」
「あ、はい。実は、佐祐理達は、秋子さんに頼まれたんですよ」
「えぅ〜、無視する人は嫌いですぅ〜」
 そう言いながら俺の腕を引っ張る栞。
「判った判った。で、秋子さんに何を頼まれたんだ?」
「はい、天野さんのコーディネートです」
 笑顔で頷く栞。
 俺は佐祐理さんに視線を向けた。
「佐祐理さんも?」
「はい。佐祐理、がんばりますねっ」
 ……その時、俺の頭の片隅で何かが警鐘を鳴らしたような気がした。
 なんだ、この胸騒ぎは……。
 俺はその警鐘を確かめようと……。
「あーっ! またしおしおが祐一にひっついてる〜っ!」
 確かめようとしたところに、いきなりの真琴の大声で、俺の頭の片隅で鳴っていた警鐘はそのまま砕け散ってしまった。
「なんですか、真琴さんっ!? 私と祐一さんの愛の語らいの邪魔をしないでくださいっ!」
「なにようっ、その愛の語らいって! そんなの真琴と祐一の痕の前には意味ないのようっ!」
「……痕?」
「はぇ〜。祐一さん、怪我でもしたんですか?」
 俺と真琴を見比べながら心配そうに訊ねる佐祐理さん。
 小首を傾げていた栞が、ぽんと手を打つ。
「もしかして、絆って言いたかったんじゃないですか?」
「そう、それよっ!」
「……」
「……」
「あはは〜。それじゃ行きましょうか、栞さん」
「あっ、はい」
 佐祐理さんに声をかけられて、栞は名残惜しげに俺の腕を放した。
「それでは、行って来ますね〜」
「祐一さん、真琴ちゃんにふらふらしたら嫌ですよ」
「なにようっ、栞なんかに祐一はあげないもんね〜っ!」
 栞に向かってあっかんべーをする真琴。
「……ケンカはだめ」
「ときゃわようっ!」
 いきなり背後から言われて、意味不明な声を上げると、真琴は俺の背中に隠れる。
 そこにいたのは、舞だった。
「……仲良くしないと」
 きっ、と睨まれて(いや、本人はその気は無いんだろうが、元々舞は目つきが鋭いから、特にやましいことがあるときはそう見えてしまうのだ)、真琴は慌てて栞に駆け寄ると、その手を握ってぶんぶんと振り回した。
「ほらほら、仲良しっ!」
「……ホント?」
「ホントようっ! ね、しおしおっ!?」
「そ、んな、呼び、かた、する人、嫌い、ですっ」
 ブンブンと振り回されているので、返事も切れ切れになる栞。
「……祐一、ほんとに仲良し?」
 舞に訊ねられて、俺は頷いた。
「おう。佐祐理さんと舞に負けないくらい仲良しだぞ」
「……そう」
「あはは〜」
 困ったように笑う佐祐理さん。でも、舞はとりあえず納得したように頷いた。
「判った」
「それじゃ、私達は行って来ますね」
「おう。ほら、栞もいつまでも膨れてるんじゃない」
「……わかりました。祐一さんがデートするっていうのは、今でもちょっと気に入りませんけど、でも祐一さんの相手をするんですから、天野さんにはちゃんとした格好してもらわないと、私も納得できませんし」
 栞は頷いて、にこっと笑った。
「それじゃ、がんばってきますね」
「ああ」
 2人が出ていくのを見送っていると、腕に真琴がしがみついてきた。
「あう〜っ、祐一〜。早く舞をなんとかしてようっ」
「なんとかって、なんだ?」
「だって、さっきからじーっと真琴のこと見てるのよう」
 言われて振り返ると、確かにじーっと真琴を見つめている。
「どうした、舞?」
「……こんこんまこさん」
 舞がそう言って気付いたが、真琴は耳と尻尾を出しっぱなしだった。慌てて真琴の耳に囁く。
「真琴、耳と尻尾!」
「えっ? あ、出してたままだったぁ」
 慌てて真琴は耳をぺたんと寝かせて髪の間に隠すと、尻尾をちょこちょこと触って消す。……耳はともかく、尻尾はどうやっているのか毎回気になるんだが、未だに原理は不明だ。栞直伝だから、四次元ポケット理論の応用なんだろうけど。
「……まこさん、なくなった」
 いかにも残念そうな舞の頭にぽんと手を置いて、俺は言った。
「とりあえず、みんなリビングに戻ろうぜ」
「うんっ」
「はちみつくまさん」
 頷く2人を従えてリビングに入った、まさにその時、俺はふと警鐘の正体に思い当たった。
 栞のセンスも、佐祐理さんのセンスも、一般人から見るとかなり妙だったのだ。
 栞といえばあの抽象画だし、佐祐理さんも舞のプレゼントに等身大のオオアリクイのぬいぐるみを選んだという輝かしい実績がある。
 一瞬、オオアリクイの着ぐるみを着た天野を思い浮かべてしまい、俺は流石に戦慄を覚えたのだった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 のんびりと時間が過ぎていく休日の午後って感じが出ていればそれでよろしいかと(笑)

 プールに行こう5 Episode 11 01/3/20 Up

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