トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  末尾へ  次回へ続く

Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 10

「ただいま〜っ! 祐一祐一祐一〜っ!!」
 俺の名前を連呼しながら、真琴がリビングに飛び込んできた。
「なんだよ、騒がしい……」
「ねぇっ、真琴を褒めて〜っ」
 そう言いながら、リビングの入り口から跳躍一番、俺の膝の上にちょんと飛び乗る真琴。
「わっ、何してるんですかっ!」
 慌てて止めに入ろうとする栞を名雪が止めて、それから真琴に視線を向ける。
「どうしたの、真琴?」
「あっ、名雪も褒めてっ!」
 えへん、と、俺の膝の上に座ったまま、胸を張る真琴。
 真琴の体重は公称46キロだそうだが、こうやって乗っかられても別に重いとは感じられないんだよなぁ。不思議だが、妖狐のパワーかもしれない。
 余談だが、水瀬三姉妹の身長は、名雪が164、真琴が159、あゆが154と綺麗に並んでいる。
「……うぐぅ、ぜったいおっきくなるもん」
「何も泣きながら抗議することないだろ、あゆあゆ」
「祐一、あゆちゃんだって気にしてるんだから、あんまりいじめたらだめだよ〜」
 名雪があゆの頭を撫でながら、俺に向かってめっ、と怖い顔をして見せた。……怖い顔をしても名雪はしょせん名雪だが。
「祐一くん、ひどいよ……」
「だから、俺の考えを読むなっ! 俺はサトラレじゃないんだからなっ。それより何を褒めてほしいんだ、真琴? 100円拾ったのか?」
「違うわようっ! 真琴当てたのっ!」
「totoで1億当てたのか?」
「トイレとは関係ないわようっ!」
 奮然と声を上げる真琴。
 栞がツッコミを入れる。
「トイレはTOTOですよ」
「あう……」
「ただいま帰りました」
 そう言いながら、スーパーの袋を抱えた秋子さんがリビングに顔を出す。
「名雪、これ、片付けてくれるかしら?」
「あ、うん。わかったよ」
 頷いて、スーパーの袋を受け取る名雪。
「ボクも手伝うっ!」
 素早く立ち上がるあゆに、秋子さんはにこっと笑って答える。
「それじゃあゆちゃんも、お願いね。とりあえず買ったものを冷蔵庫にいれるだけだから」
「うん、任せてよっ!」
 張り切って頷くと、名雪と一緒にあゆはダイニングに入っていった。
 微笑んで2人を見送ると、秋子さんは俺達の前に座った。
「実は、商店街で福引きをしていたんです。それで、真琴に引いてもらったら……」
「当たったのよう!」
 ぴっとVサインをする真琴。
「……ティッシュか?」
「ボールペンとか?」
 俺と栞がそう言うと、真琴はにまぁと笑った。
「えへへ〜、そんなこと言ってもいいのかなぁ〜」
「なんだよ、それ」
「じゃ〜ん!」
 真琴は、ポケットから、紙切れを取り出して俺達の前に突き出した。
「これよ、これっ!」
「なんだ、それ? 何々、『赤山温泉宿泊券』……?」
「ええ。特等の温泉旅行を真琴が当てたのよ」
 笑って言う秋子さん。
「えへんっ」
 大威張りの真琴。
 温泉、かぁ。なるほどね……。
 って、温泉だとっ!? あの男の浪漫の温泉かっ!?
「でかした真琴っ! 明日はホームランだっ!!」
「えへへへ〜〜」
 俺が誉めると、真琴はすっかりガンパレード状態になった。
「やったね、真琴」
「真琴ちゃん、すごいよっ」
 ダイニングから名雪とあゆが戻ってきながら声をかける。どうやら向こうにも話は聞こえていたらしい。
「秋子さん、卵と牛乳は冷蔵庫に入れたよっ」
「ありがとう、あゆちゃん」
 あゆに礼を言う秋子さんに、名雪が尋ねる。
「それで、お母さん、旅行っていつから?」
「1年間有効の3泊4日の宿泊券なのよ。だから、いつから、っていうのは決まっていませんけれど、春休みの間なら、みんなも都合がいいと思うんです」
 そこで言葉を切ると、秋子さんは真琴から券を受け取って言った。
「この券、10名様まで有効なんだそうです。ですから……」
 そこで言葉を切ると、秋子さんは栞達の方に視線を向けた。
「栞ちゃん、川澄さん、倉田さん、それに天野さんも、よろしければご一緒しませんか?」
「えっ? 佐祐理達も、いいんですか?」
「私も、ですか?」
 佐祐理さんと天野が、声を上げる。
 秋子さんは笑顔で頷いた。
「はい。賑やかな方が楽しいですから」
「私はもちろん行きます」
 栞が間髪入れずに答える。
 佐祐理さんは、頬に指を当てて考え込んだ。
「そうですね……。大学の入学式までまだ日もありますから、佐祐理は構いませんけど、舞は?」
「行く」
 珍しく、間髪入れずに舞が答える。佐祐理さんは嬉しそうに笑った。
「そうだよね、祐一さんが行くなら当然だよねっ」
 びしっ
 赤くなって佐祐理さんにチョップを入れると、そっぽを向いてしまう舞。
 相変わらずというか、仲の良い二人である。
「美汐も行くよねっ?」
 真琴に尋ねられて、天野は頷いた。
「わかりました。それでは私もご一緒させていただきます」
「やったぁ!」
 歓声を上げる真琴。
 俺は、リビングをぐるっと見回して数えてみる。
 俺、秋子さん、名雪、あゆ、真琴、栞、舞、佐祐理さん、天野の9人か。
 栞が口を挟む。
「秋子さん、お姉ちゃんを誘ってもいいですか?」
「了承」
 久々の1秒了承であった。これで定員か。
 ……さらばだ、北川。
 俺は心の中で別れを告げると、もう一度真琴の頭を撫でてやった。
「とにかくでかしたぞ、真琴」
「えへへ〜。もっと誉めて〜」
「よしよし」
 撫で撫で。
「えへへへ〜」
「あはは〜、真琴ちゃん嬉しそうですね〜」
「こんこん真琴さん、可愛い……」
「まこ〜まこ〜」
 いかん、一部の動物好きな方々が、たれ真琴を見てトリップしかけている。
 このままだと、この後真琴の奪い合いが発生しかねないぞ。
 俺は慌てて、秋子さんに声をかけた。
「あ、秋子さん、とりあえずお昼にしませんか?」
「そうですね。それじゃ、いつ温泉に行くかは後で決めましょう。皆さんにも都合があるでしょうし」
 頷いて、秋子さんは立ち上がった。

 秋子さんが腕を振るった炒飯を美味しく頂いてから、とりあえず温泉の話は後回しにして、俺達は瑞姫のことに話を戻すことにした。
「……お昼ご飯を食べながら考えたのですが」
 天野がそう言うと、再び緊張感がリビングに張りつめる。
 そこで一息おいてから、天野は言った。
「自動車を買うときにも、試乗っていうものがありますように、ここは一度、瑞姫さんにそれぞれの身体をちょっとずつ使ってみてもらって、それから決めるのが良いのではないでしょうか?」
「それもそうね。あたしも正直このままじゃ、誰に入ればいいものやら、よく判らないし」
 こくりと頷く瑞姫。
 天野は皆の顔を見回した。
「皆さんは、どうですか?」
「……危険は、ないのですね?」
 秋子さんが訊ねた。天野は頷く。
「はい、おそらく。今回は、私も見ていますから」
「それなら、いいんですけど。みんなは、どうかしら?」
 一同が頷くのを見て、天野は瑞姫に言った。
「それでは、始めましょうか」

 1時間後。
「……うーん」
 瑞姫は腕組みをして唸っていた。
 結果から言えば、そもそも瑞姫がまともに乗り移れたのが、名雪、栞、佐祐理さんの3人だけという体たらくだった。舞、真琴、あゆの3人には、ちゃんと乗り移れなかったのである。
「……」
「あう〜っ、どうしてようっ!」
「うぐぅ……」
 まぁ、こういう言い方もなんだが、あの3人は普通じゃないから、しょうがないんだろう、多分。
「名雪も異常体質だったしな」
「祐一、いじわるだよ」
 ぷっと膨れる名雪。
 名雪の身体には、乗り移るには乗り移れたのだが、その途端にばったりと倒れて寝てしまい、まともに動けなかったのである。
 天野がまとめる。
「とすると、栞さんか倉田先輩のどちらか、ということになりますけれど……」
「はいっ!」
 嬉しそうに頷く栞。だが、瑞姫は唸っていた。
「うーん」
「瑞姫さん、どうしたんですか?」
「……あのね、2人には悪いけど……、なんかこう、しっくりこなかったのよねぇ」
「ええーっ? どうしてですかっ!?」
「どうしてって言われても困るんだけど……」
 栞に詰め寄られて、困ったように頭を掻く瑞姫。
 天野が言う。
「でも、お二人以外には、もういませんよ」
「お母さんは、どうかな?」
 名雪がおっとりと言った。
 秋子さんは首を振った。
「私ならかまいませんけど、やっぱり瑞姫さんも祐一さんも、私みたいなおばさんじゃ嫌でしょうから」
 そう言い切られてしまうと、無理にとは言えないのだった。
「それじゃ、どうするんですか?」
 栞に訊ねられて、瑞姫はちらっと天野を見た。
「……結局、一番あたしに合ってたのは……天野さんだったような気がするんだけどなぁ」
「でも、私では……。私の霊体が身体の外に飛ばされるのは、まぁ構わないんですが……、瑞姫さん自身が記憶を失ってしまうのでしょう? それでは何の意味もないでしょう」
「それもそうなのよねぇ」
 ため息をつく瑞姫。
 と、秋子さんが言った。
「美汐さん。瑞姫さんが記憶を失ったのは、美汐さんの身体にかけられている術のせいですよね? だったら、一時的にその術を解いてしまえばいいのではないですか?」
「そう、それよっ!」
 ぽん、と手を叩く瑞姫。
 天野は少し考えて、頷いた。
「確かに、それなら瑞姫さんの記憶が失われることもないですね。……判りました。それで瑞姫さんの気が済むのなら」
「……瑞姫さんがそう言うなら、仕方ないです」
 栞がそう言って、他のみんなも頷いた。
 天野が口を開く。
「しかし、一時的にしろ、術を解くとなると、ここではちょっと……。一度家に帰らないと無理です」
「そう。それなら……こうしましょう」
 秋子さんは、ぽんと手を打った。
「明日の朝10時に、駅前で待ち合わせ、ということで、どうですか?」
「まるでデートですね」
「デート、でしょう?」
 秋子さんにそう言われて、俺は当初の目的を思い出した。
「そういえば、そうでした」
「判りました。瑞姫さんも、それでいいですか?」
「うん。あの……祐一くん」
「何だ?」
 聞き返す俺に、瑞姫はぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
 俺も頭を下げた。そして、同時に顔を上げて、思わず噴き出していた。

Fortsetzung folgt

 トップページに戻る  目次に戻る  前回に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 今日は疲れたので寝ます。おやすみなさい。

 プールに行こう5 Episode 10 01/3/18 Up

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する