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『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』
Fortsetzung folgt
カチャ
「今日から春休みだろ?」
止めた目覚ましに向かって言うと、俺は身体を起こして伸びをした。
「おっはよ〜、祐一く〜ん」
「よう。早いな」
「……驚いてくれないんだ」
「これくらいで驚いてたら、この家じゃ暮らしていけないんでな」
目の前に浮いている瑞姫にそう言うと同時に、ドアがノックもなしに開く。
「祐一〜っ、おっは〜っ」
「……まこぽん、朝から元気だな」
「変な呼び方しないでようっ。真琴には沢渡真琴っていう立派な名前があるんだからぁっ!」
真琴が、開け放したドアの前で地団駄を踏む。
ちなみに、あゆと真琴は秋子さんが引き取って養子にしているのだが、姓はそれぞれ月宮と沢渡のままなのである。
「……真琴、ふと気になったのだが、真琴もあゆも水瀬家の養子になったのに、どうして姓はそのままなんだ?」
「そんな難しいこと言われてもわかんないわようっ!」
「むぅ。秋子さんに聞いてみよう」
「……それは、企業秘密です」
「わぁっ、秋子さん!?」
「きゃふっ!」
いつの間にそこにいたのか、真琴の真後ろに秋子さんがいた。思わず飛び上がる俺と真琴。ちなみに瑞姫も、一瞬姿が消えるくらい驚いていた。
「び、びっくりしたぁ……」
幽霊まで脅かすとは、さすが秋子さんである。しかし、心臓の辺りに手を当てている瑞姫も、幽霊のくせに芸が細かい。
「おはようございます、皆さん。もうすぐ朝ご飯が出来ますよ。祐一さんは名雪を起こしてきてくださいね。真琴も、ちゃんと顔を洗っていらっしゃい」
にっこり笑ってそう言うと、秋子さんは歩いていった。
と同時に、隣の部屋で一斉に目覚ましが鳴り響き始めた。
「わぁっ!! び、びっくりしたぁ」
もう一度飛び上がる真琴。
「おい、真琴。耳と尻尾が出てる……」
「えっ? あ、ホントだ。でもいいのよう、家の中だし」
頭に手を当てながら言う真琴。
「……え? ちょ、ちょっと、どういうことっ!?」
「うろたえるな瑞姫。お前だって幽霊だろ? 幽霊がいるんだから妖怪がいたって問題ないぞ」
「それもそっか」
すぐに納得する瑞姫。マコピーはというと不満ありげである。
「真琴は妖怪じゃないわようっ。元妖狐の“はんしんたいがーす”だもんっ」
「……もしかして半人半妖とでも言いたかったのか?」
「そうっ、それよっ!」
「……」
「……」
「……」
思わず沈黙する俺達。
と、その後ろから栞が顔を出す。
「おはようございます、祐一さん」
「よう、しおりん」
「……しおしおの方がまだマシです」
なぜか“しおりん”は評判が悪かった。
「まぁいいけどな。ともかく、俺はこれから名雪を起こしに行かないといかんから、お前達は先にダイニングに行っててくれ」
「はい、わかりました」
「あう〜、わかったわよう」
頷いて、部屋を出ていく2人。
俺も、着替えるのは後回しにして名雪を起こそうと、部屋を出た。そして振り返る。
「まぁ、毎朝こんな感じなわけだ」
「なるほどねぇ」
俺の後ろでふわふわ浮きながら、瑞姫は感心したように頷いた。
「……ところで、瑞姫。お前、姿を消せるのか?」
「ん。っていうか、姿出してるほうがちょっときついんだけどね」
苦笑する瑞姫。
「だったら、しばらく姿を消しててくれないか?」
「え? どうしてよ?」
「いや、あゆが怖がるだろうからな。夕べはあのていたらくだし」
「あ〜、そっか。ま、しょうがないわね。あたしもまた顔を合わせるなり気絶されちゃ目覚めが悪いし」
「……幽霊に目覚めも何もないんじゃないか?」
「相変わらず失礼ですね、相沢さんは」
振り返ると、天野が首にタオルをかけたパジャマ姿で立っていた。
「よう、天野」
「美汐、おはよう」
「おはようございます」
すっと頭を下げると、天野は俺に言った。
「もう少し言動に気を遣ってもいいと思いますが」
「あ、いいのよ、あたしなら。変に気を遣われる方がかえって落ち込むし」
ひらひらと手を振る瑞姫。
天野は「そうですか」と頷いて、俺に視線を向けた。
「意識してやってるなら、大した人だと思いますけど、相沢さんの場合は天然ですから」
「……天野、もしかして悪口言ってる?」
「……すみません、言い過ぎました」
天野は深々と頭を下げた。俺は肩をすくめた。
「判ってくれればいいんだ」
「……ま、いいんだけど。それよりも、名雪さん起こすんじゃないの?」
瑞姫がまだベルの鳴り響いている名雪の部屋を指した。そして小首を傾げる。
「でも、まだ起きてこないなんて変だよ。もしかして何かあったのかも」
「……一緒に来るか?」
「いいの?」
「ああ」
俺は頷いて、「なゆきの部屋」というプレートの掛かったドアをノックした。そして返事がないのを確かめてから、ドアを開ける。
途端に、ベルの音が5割り増しで聞こえてきた。
そして、その騒音の真ん中で……。
「……くー」
「わ、まだ寝てるんだ」
「ああ」
感心したような瑞姫の言葉に頷きながら、俺はとりあえず目覚ましを順番に止めてから、けろぴーを抱きしめて眠っている名雪を揺さぶった。
「おい、名雪っ、起きろっ」
ゆさゆさ
「……うにゅ」
微かにそう呟くと、名雪は目を開けた。
「……あれ、ゆう……う……にゅ……」
途中で力尽きたように目を閉じて、再び夢の中に戻っていこうとする名雪。
俺はそのほっぺたをつまんで引っ張った。
「くぉら、起きろっ」
お、意外と伸びる。これは結構面白いかもしれんな。
「ふひゃ、ひゅうひひ〜」
「お、目が覚めたか」
そう言って手を離すと、名雪は赤くなった頬を押さえて、涙目で俺を見た。
「祐一ひどいよ〜。何するんだよ〜」
「お前が起きないからだろ?」
「うう〜っ」
「……ふ〜ん、仲良いんだ〜」
「えっ?」
突然聞こえた声に、名雪がきょろきょろと辺りを見回す。
「今の、誰?」
「こんにちわ〜」
ふぅっと、名雪の目の前に姿を現す瑞姫。
名雪は10秒ほどじーっと瑞姫を見つめた後、俺に顔を向けた。
「祐一、わたし、やっぱり睡眠不足みたい。もう少し寝かせて……」
「わっ、寝るな馬鹿っ! 第一、昨日はお前、さっさと一人で寝てただろうが!」
「そんなの記憶にないよ〜」
俺達が謎ジャム入りハンバーグから脱出して、真琴の部屋に集まったところまではこいつも起きていたのだが、その後真琴がベランダから飛び降りたり八汐さんの車に轢かれそうになったりして大騒ぎしているうちに、こいつはさっさと真琴の部屋で床に座ったまま寝ていたのである。
ちなみに俺も、自分が寝ようとしたところで真琴が「名雪が真琴の部屋で寝てる〜」と言いにきて初めて思い出したのだが。まぁ、佐祐理さん達が肉まんを差し入れてくれたときにもこいつが食ってた記憶がないから、その時には既に寝ていたんだろう。うん。
閑話休題。
「いいから起きろ。せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜっ」
「くりむぞんは成長するんだお……」
「もとい。せっかくだから紹介するんだから起きろっ! ナガタロックかけるぞっ!」
「あれは痛いから嫌」
そう言って目を開ける名雪。
俺は瑞姫を手で示した。
「それじゃ改めて紹介しよう。坂本瑞姫さんだ」
「ども〜」
ぱたぱたと手を振る瑞姫。
名雪は、頭の回りに?マークを並べた。
「あれ? 坂本瑞姫って、昨日天野さんが名乗ってた名前だよね?」
「あ、そっか。事情を全然知らないのか」
よく考えると、八汐さんが来る前に既に寝ていたこいつが、事情を知っているはずがない。
俺は咳払いした。
「よし、俺が説明してやるから、その間にお前も着替えろ」
「祐一のえっち」
赤くなってパジャマの胸元を押さえる名雪。
「しかし、説明は必要だろ?」
「……説明なら私がしておきます」
不意に後ろから言われて、俺は思わず飛び上がった。
「うわ、いたのか天野っ!」
「……ずっといましたけど」
「うん、ずっといたよ」
「あたしも知ってたけど」
名雪と瑞姫に言われて、俺はうーんと考え込んだ。そしてぽんと手を打つ。
「よし、それじゃ天野もまだパジャマ姿だということで、一緒にここで着替えたらどうだ?」
名雪は、すっとドアを指さした。
「祐一、出ていって」
「いや、しかし……」
「出ていかなかったらイチゴサンデー70個」
「……ぐっ、男の浪漫とイチゴサンデー70個。これは究極の選択だっ」
俺が真剣に悩んでいると、名雪が言葉を足した。
「それと、お母さんの甘くないジャム」
「すぐに出ていきます」
俺は素早く名雪の部屋から脱出した。背後でドアが閉まる音を聞きながら、胸に手を当てて深呼吸する。
「ふぅ、危ないところだった」
「そうだったんだ。よかったね」
「よくないぞ。これでまた男の浪漫が……」
答えかけて、はたと気付いて俺は視線を下に向ける。
「ところで、なんであゆあゆが?」
「秋子さんに、朝ご飯の用意が出来たから呼んできてって頼まれたんだよ」
俺の顔を下から覗き込んでいたあゆは、にこっと笑った。それから訊ねる。
「でも、祐一くん。男の浪漫って何?」
「女には判らん」
俺がそう答えると、何故かあゆは嬉しそうな顔をした。
「そっか、祐一くんもやっと、ボクのこと、女の子って認めてくれたんだ」
「あと、ガキにも判らん」
「うぐぅ……。ボク、ガキじゃないもん」
俺はむ〜っと膨れたあゆをおいて、歩き出した。
「あっ、どこに行くの、祐一くん?」
「下だ、下。お前、俺を呼びに来たんだろっ?」
「あ、そうだったよ」
こくこくと頷くあゆ。
と、ふと俺は不審に思って訊ねた。
「で、真琴や栞はどうした?」
あゆが俺を呼びに行くと聞けば、あの2人が来ないはずがないと思ったのだが。
「栞ちゃんなら秋子さんのお手伝いしてたけど、真琴ちゃんは……」
そこで口ごもるあゆ。
「なんだ? 真琴に何かあったのか?」
訊ねる俺に、あゆは暗い表情になって答えた。
「真琴ちゃん、倒れたんだよ……」
「真琴が倒れた? 何かあったのか?」
「うん……」
驚いて聞き返した俺に、あゆは深刻な表情で言った。
「真琴ちゃん、つまみ食いしたみたいなんだよ」
つ、つまみ食い?
俺は全身が脱力するのを感じた。
「真琴の奴、拾い食いならともかく、つまみ食いで倒れたのか? もしかしてあゆが作った料理を口にしてしまったとか?」
「うぐぅ、ボクだって料理出来るもん。それに、食べたのは秋子さんの作ったやつだよっ!」
「……秋子さんの作った料理を食べて倒れた?」
訊ねてから、俺は慌てて手を振った。
「いや、言わなくても理由は判ったような気がするからいい」
と、名雪の部屋のドアが開いて、2人が顔を出した。
「お待たせしました」
「あれ? あゆちゃんどうしたの?」
「あ、名雪さん、天野さん、おはようっ。ボク迎えに来ましたっ」
俺は、瑞姫が姿を消していたのでほっとしながら、3人に声をかけた。
「それじゃ、下に行くぞ」
「は〜い」
そうして、俺達は階段を下りていった。
ちなみに、真琴が悶絶した原因となったのは、秋子さん特製のハンバーガーであることが判明した。
「夕べのハンバーグが余ったものですから、ハンバーガーにしてみたんです」
「あ、あう〜っ」
……自業自得である。合掌。
朝飯を食い終わる頃、チャイムが鳴った。そして応対に出た秋子さんが、佐祐理さんと舞を連れて戻ってきた。
「おはようございます〜」
「…………おはよう」
「もうちょっと爽やかに言えんのかお前はっ」
「……っくしゅん」
俺が舞にツッコミを入れると同時に、名雪が盛大にくしゃみをした。
「……名雪?」
「くしゅん、くしゅん、くしゅ、ずずっ、へぷしっ」
たちまち、続けざまにくしゃみをすると、名雪は顔を上げた。
その瞳がとろんとしている。
「ねっくしゅんこんっしゅん」
……何を言ってるのかさっぱり判らんが、原因は一目瞭然だった。
「舞、名雪の前に猫を連れてくるんじゃないっ」
舞は、夕べの猫を抱いて現れたのだ。
「……足ならちゃんときれいにしてる」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
そういえば、舞には名雪の猫アレルギーの話はしてなかったっけ。
しょうがない。
「真琴っ」
「うんっ? なになに、祐一っ!」
ぱっと笑顔を浮かべて飛びついてきた真琴をあえてそのままにして、スカートの中に手を入れてお尻を触る。
「ふにゃぁっ!」
予想通り、びっくりした真琴が耳と尻尾を出したので、それを名雪に向ける。
「名雪っ、ほら真琴やるぞっ」
「まこ〜、まこ〜」
そのままくしゃみをしながら真琴を抱きしめる名雪。
「きゃぁぁっ」
「佐祐理さんっ、頼む、舞を連れて真琴の部屋に行っててくれ。訳は後で話すからっ」
「えっ? あ、はい。舞、そういうわけだから行きましょうね」
「……うん」
佐祐理さんに引っ張られて出ていく舞。
猫が遠くなり、名雪のくしゃみも止まったので、どうやら一段落である。
俺は大きく息をついて、椅子に座り込んだ。
秋子さんは頬に手を当ててにっこり笑った。
「賑やかで嬉しいわ」
「……勘弁してください」
もう一度ため息を付き、俺は今度は名雪から真琴を引きはがすという作業に取りかかった。
その後、佐祐理さんと舞に名雪のアレルギーのことを説明して、猫を一旦連れて帰ってもらったりしていたので、ようやく全員が集まったのは10時過ぎになってからだった。
それから、天野が改めて事情を説明した。
「……というわけで、どなたかに、瑞姫さんに身体を貸してあげて欲しいんです」
ちなみに、今度は説明してから瑞姫の姿を見せたので、あゆは気絶していない。……もっとも、今もソファの後ろからこわごわ瑞姫の方をうかがっている状況だが。
真琴はこわごわ舞をうかがっているし、ダブルこわごわ状態だな、などとくだらない事を思い浮かべてしまう俺だった。
「でも、祐一くんって、名雪さんとお付き合いしてるんでしょ? やっぱり悪いよ」
瑞姫が言うと、名雪がのんびりと首を振る。
「ううん。そういう事情ならしょうがないから、祐一は貸してあげるね」
「……俺はモノか?」
「やった、これで名雪さん公認ですねっ」
何故か張り切っている栞だった。
「瑞姫さんっ、さぁどうぞっ」
ドンっと胸を叩く栞。
秋子さんがやんわりと言う。
「栞ちゃん、そんなに急いだら駄目よ」
「……はい、すみません」
やっぱり秋子さんには逆らえない栞だった。っていうか、誰も逆らえないような気がするんだが。
「それで、誰の身体をお借りするかですが……」
天野がそう言い、皆が息を飲んだ。
一気に高まる緊張。
「その前に、お昼ご飯にしませんか?」
秋子さんが、絶妙のタイミングで口を挟んだ。
言われてみると、確かにもうすぐ昼だ。
「そうですね。そうしましょうか」
天野が頷くと、皆の口から一斉にため息が漏れる。
秋子さんは立ち上がった。
「それじゃ、何か買ってくるから、少し待っていてね。真琴、手伝ってくれるかしら?」
「えーっ? 真琴が行くの〜っ?」
「昨日はあゆちゃんにお手伝いしてもらいましたから、今日は真琴の番よ」
「……わかったわよう」
しぶしぶと立ち上がる真琴。そして、ぴっと栞に指を突きつける。
「いいっ? 真琴がいないからって祐一にべたべたするんじゃないわようっ!」
「ふふふっ」
謎の笑みで返す栞。
「あう〜っ」
地団駄踏む真琴に、天野が声をかける。
「心配いりませんよ、真琴。私が見てますから」
「うんっ。美汐、お願いねっ」
パン、と天野に手を合わせると、真琴はリビングを出ていった。
こうして、俺達はしばし待ちに入るのだった。
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あとがき
更新止まると思ったんですが、止まりませんでした。明日こそは止まることでしょう(苦笑)
しかし……、おかしいなぁ。本題に入る前に終わってしまった(爆)
まぁ、こういうのがこのシリーズの持ち味と言ってくれる人もいることだし(笑)
PS
お願いです。感想メールを送ってくださるのはうれしいのですが、何度も送信ボタンを押さないでください(苦笑)
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