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とりあえず、俺は栞から、これまでのお話しを聞かせてもらうことにした。
Fortsetzung folgt
「はい、任せてください。えっとですね……」
これまでのお話し(ナレーション・美坂栞)
かくかくしかじか。
「……それじゃつまり、瑞姫の霊を成仏させるために、天野が自分の身体を貸してあげようとしたってわけか?」
「わっ、ひどいですっ! えぅ〜、私の見せ場が〜」
「はい」
見せ場を潰されてしくしく泣く栞をよそに、天野は頷いた。
「瑞姫さんが幽霊になってこの世に残ることになってしまったのは、瑞姫さんがこの世に心残りがあるからです。ですから、その心残りさえ無くなれば、瑞姫さんもこの世に残る意味は無くなりますから」
「なるほどねぇ」
「美汐さんがそう言ってくれたし……。あたしもこのままで良いとは思ってなかったから、それじゃってお願いしたってわけなんだけど……」
瑞姫が肩をすくめてため息をついた。……リアクションの豊かな幽霊だ。
「でも、ひどい目にあっちゃった」
「すみませんでした」
「あ、ううん。美汐さんを責めてるわけじゃないわよ」
ぱたぱたと手を振る瑞姫。
「……つまり、どうなったんだ?」
「瑞姫さんが私の身体に乗り移ろうとしたところまでは良かったのですが……、瑞姫さんが身体に入ると同時に私が押し出されてしまったようなんです」
「……美汐の身体は普通じゃないからな」
八汐さんがそう言って、俺達の視線に気付いて慌てて手を振る。
「あ、いや。別に変な意味じゃないんだ。ただ、美汐も私も、普段からこういう仕事をしているから、霊に身体を奪われたりしないように、霊的な防護を色々としているわけだ。多分そのせいじゃないかな?」
「そうかもしれませんね」
頷く天野。
「普通の人の身体は、霊的な容量からいって2人以上の霊体を受け入れる事が出来ます。私もそのつもりだったんですが……」
「どうやら、霊的な防護のために1人……つまり自分自身しか身体には入れないようになっているようだ」
2人の説明で、俺はようやく状況が見えてきた。
「それじゃ、天野の身体に入った瑞姫が記憶をなくしたのも……?」
「おそらく……。いわゆる悪霊が、万一私の身体を乗っ取ってしまった時に、悪さをしたりしないようにかけていた術が発動してしまったせいではないでしょうか?」
天野が言うと、瑞姫も腕組みしてうんうんと頷く。
「そういうことだったわけなのよ。……多分」
「でも、そうなると、瑞姫は天野に乗り移るってわけにはいかないんだよな?」
「はい……」
天野は困ったように頷いた。
「でも、そうすると、瑞姫さんの心残りを晴らしてあげることが出来ないです」
俺はその時、肝心なことをまだ聞いてないことに気付いて訊ねた。
「それで、そもそも、瑞姫の心残りって何なんだ?」
「それは……」
「きゃあきゃあ、話しちゃだめっ!」
慌てて背後から天野の口を塞ぐ瑞姫。……もっとも幽霊だから口を塞いでも意味はないのだが。
天野は振り返った。
「でも、祐一さんには協力していただかないといけませんし……」
「えっ?」
「他に頼めそうな男性は……。兄さんでは駄目でしょう?」
「う、うん。そうだけど……」
……また、話が見えなくなった。
「どういうことなんだ、天野?」
「ええ。瑞姫さんの心残り、それは……。男性とお付き合いすることなんだそうです」
「きゃぁ、恥ずかしい〜」
真っ赤になってソファの後ろに隠れてしまう瑞姫。
「男性とお付き合い、ですか?」
栞に聞き返されて、天野は頷いた。
「はい。瑞姫さんは、これまで勉強一筋で、男の人と交際したことが無かったそうなんです。それで、それだけが心残りでこの世に呪縛されていたそうなんですよ」
「やぁん、もうっ。美汐ちゃんのばかぁ」
後ろからぽかぽかと天野を叩く瑞姫。……何度も言うようだが幽霊なので殴っても全然効いていないのだが。
あ、真琴がなんか瑞姫を睨んでる。
「あう〜。美汐は真琴のなのにぃ」
一方、栞はというと、天野を睨んでいた。
「……もしかして、天野さん。その瑞姫さんの心残りを晴らすために、祐一さんと瑞姫さんをお付き合いさせようとか考えたんじゃないですよね?」
天野はあっさりと答える。
「そうです」
栞は奮然として言った。
「そんな無茶苦茶なこと考える人嫌いですっ! どうして祐一さんが瑞姫さんとお付き合いしなくちゃいけないんですかっ!」
「先ほども言った通り、身近でこのようなことを頼める相手は相沢さんしかいなかったからです。最初は兄さんに頼もうかとも思ったんですが、瑞姫さんにも色々と好みがあるそうですし……」
あ、八汐さんがなんか寂しそうだ。
瑞姫さんが慌てて手をふる。
「あ、八汐さんが不細工とかそういうんじゃないんだけど、ほら、やっぱり年が離れすぎだし……」
「一応、私はまだ20代なんだが……」
ますます寂しそうな八汐さん。
「私と10も離れていれば十分離れすぎです」
「み、美汐〜っ、お前までそんなこと言うのか〜」
声を上げる八汐さんを無視して、天野は栞に向き直った。
「祐一さんが駄目だとして、それでは栞さんは、瑞姫さんに女の子と付き合えと言うのですか? それほど酷なことはないでしょう」
「そっ、それはそうかもしれませんけど、……第一、祐一さんはそんなこと嫌がるに決まってますよっ! ねぇ、祐一さんっ?」
「え? いや、俺は……げふっ」
いきなり脇腹をどつかれて俺はむせた。
「ゆ・う・い・ち・さんっ、そうですよねっ」
うわ、栞が今度は俺を睨んでるっ。
天野が口を挟む。
「別に、祐一さんにずっと瑞姫さんとお付き合いしていただこうとは思ってませんよ。瑞姫さんも、恋人の雰囲気を一度でいいから味わいたいだけだそうですし……」
「甘いですよっ、美汐さんっ。一回だけと言ってても、味をしめて、二回、三回、ずっと、えいえんはあるよっとずるずると引き延ばされていかないって言い切れますかっ!」
妙な迫力で、びしっと天野に指を突きつける栞。それから俺の方を指す。
「そうでなくても、祐一さんは雰囲気に流されやすいんですよっ」
「お前なぁ……」
「はいはい」
今まで黙って聞いていた秋子さんが、ぱんぱん、と手を叩いた。そして栞に言う。
「栞ちゃん、最後に決めるのは祐一さんですよ」
「……でも……」
「違うかしら?」
「……いえ、違いません」
さすがに秋子さんに言われては反論できず、栞は不承不承頷いた。
秋子さんはにっこり笑って栞の頭にぽんと手を乗せると、天野に向き直る。
「それで、天野さんは瑞姫さんに身体を貸してあげて、祐一さんとデートしてもらって、瑞姫さんの心残りを晴らしてあげようと思ったわけですね?」
「はい」
頷く天野。瑞姫はというと、ソファの後ろで赤くなって縮こまっていた。
「うう、恥ずかしい〜」
秋子さんはそんな瑞姫さんに優しい視線を向けると、天野の方に向き直った。
「でも、それならまず祐一さんに許可を取るのが筋道でしょう?」
「それはそうだったんですが、まず瑞姫さんを鎮めないといけなかったものですから。それにまさか、私が身体から外に弾き出されるとは予想していませんでしたし……」
「もしかして、瑞姫さんはタイムリミット寸前だったのか?」
八汐さんに尋ねられて、天野は頷いた。それから俺達に説明する。
「一般的に、人間の霊は、死んで肉体との絆が切れてしまうと、次第に、いわゆる理性というものを失っていきます。そして、欲望のままに、言い換えれば本能のままに、その力をふるいはじめる……。そうなると成仏させるのは難しくなります。たとえ自分の思いが叶ったとしても、それを理解できなければ成仏もできませんから」
そこまで一気に言うと、天野は膝の上に置いた手の平を見つめて、呟いた。
「そうなると……、この手で滅ぼすしかないんです……」
「美汐〜……」
心配そうにその顔を覗き込む真琴に、天野は目を上げて微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ありがとう、真琴」
「あ……。うんっ」
ほっとしたように笑う真琴。
うむうむ、美しき友情だな。
まぁ、それはさておき。
「つまり、もう瑞姫は理性を失う寸前だった、と?」
「はい」
俺の質問に天野が頷くと、栞は心配そうな表情を瑞姫の方に向けた。ちなみに本人(?)はまだ恥ずかしいらしく、ソファの後ろに隠れたままだ。
「それじゃ今も危ないんじゃないんですか……?」
「あ、今は大丈夫です。私の身体に入っていたということは、一時的ではありますが、肉体との絆も繋がっていたわけですから、理性も元のように戻っています」
「なるほど。つまり、リセットされたってことですね〜」
佐祐理さんが感心したように言った。
「えへん」
……お前がいばるな、真琴。
秋子さんが訊ねた。
「瑞姫さんがそういう状態だっていうことは、美汐さんは事前には知らなかったのね?」
「ええ。現場で初めて知りました。本来なら、相沢さんにご協力いただけるように頼んでから、というのが筋なのは承知していますが、あの状況では先に瑞姫さんを私の身体に乗り移らせて保護するのが妥当だと判断したんです」
なるほど。とりあえず瑞姫が暴走しないようにしておいてから、俺に話をするつもりだったところが、思わぬ展開で天野は自分の身体から弾き飛ばされて、瑞姫は天野の身体に入り込んだはいいが、記憶を失ってうろついていたところで俺達に出逢った、と。
そして天野は、そのままだと消滅しかねなかったので、とりあえず近くにいた猫に入り込んでいた、というわけか。
ちなみに、天野が入り込んでいた猫は、今は舞の膝の上で丸くなって、撫でられている。
「……にゃあにゃあねこさん。……かわいいからうれしい」
……舞の奴、俺達の話は聞いてないな、こりゃ。
まぁいいか。幸せそうだし。
「舞ったら、嬉しそうですね〜」
ついでに佐祐理さんも幸せそうだしな。
……幸せ、か。
と、秋子さんが俺に視線を向けた。
「それじゃ、ここで改めて聞かせてもらいたいわ。祐一さん、瑞姫さんとデートしてあげてくれますか?」
「えっ? 俺はげふっ」
「祐一の浮気者ぉっ!」
今度は真琴に脇腹をどつかれた。
「いてて。何をするマコピー!」
「マコピーじゃないわようっ!」
「マコピーでもマコポンでもいいですけど、祐一さんが瑞姫さんのお相手するのは断固反対ですっ」
「そうよっ、しおしおの言うとおりよ!」
「そんな呼び方嫌いですっ!」
「……お前ら、仲が良いのか悪いのか、はっきりさせて欲しいんだな、俺的には」
俺が呆れて言うと、舞が顔を上げて、こくこくと頷いていた。
「2人が仲が悪いと、悲しいから」
「わっ、仲良いよっ」
舞にじっと見られて、慌てて栞と肩を組む真琴。
「ほら、仲良しっ!」
「……ならいいけど」
「まぁ、まこしおコンビはどうでもいいとして……」
「そんなコンビ嫌いですっ」
「変な名前つけないでようっ!」
抗議の声を上げる2人は無視して、俺は秋子さんに言った。
「ともかく、俺は構わないですよ」
「了承」
にっこり笑って頷くと、秋子さんは手を頬に当てた。
「そうなると、あとは身代(よりしろ)だけね、問題は」
「そうですね」
頷く天野。
佐祐理さんが訊ねる。
「身代ってなんですか?」
「あ、はい。要するに、瑞姫さんが身体をお借りする相手のことです」
天野が答えた。
秋子さんが小首を傾げたまま言う。
「私が身代になってもいいんですけど、こんなおばさん相手じゃ祐一さんも嫌でしょうし、瑞姫さんだって嫌でしょうから……」
いや、俺的には秋子さんでも全然オッケーなんですが……。
「祐一、何か変なこと考えてない?」
舞に突っ込まれて、俺は慌てて首を振る。
「いや、別に」
「ならいいけど……」
「……ちょっと待ってください」
栞が手のひらを突き出した。そして訊ねる。
「その身代になった人には、瑞姫さんが乗り移って、祐一さんとデートするんですよね?」
「はい」
頷く天野。
その瞬間、目に見えない火花がリビングに散ったような気がした。
「はいっ! 私がその身代になりますっ!」
「あうーっ! 真琴が祐一とでーとするのっ!」
同時に立ち上がるまこしおコンビ。
佐祐理さんが笑顔で舞に言う。
「ほら、舞も名乗りを上げないと、祐一さん取られちゃうよ」
「……やる」
膝の上の猫を佐祐理さんに渡して、立ち上がる舞。
天野が、珍しく慌てて立ち上がって口を挟んだ。
「あの、言っておきますけど、あくまでもデートするのは瑞姫さんですよ。皆さんは身体を貸すだけなんですから……」
「それでも、私の魅力的な身体が祐一さんと熱いひとときを過ごしたっていう事実は残りますっ」
何故か拳を握って力説する栞。続いて真琴も同意する。
「えっと、なんだかよくわかんないけどそうなのよっ!」
……絶対こいつはわかってない。
「……私、祐一と……」
舞はもごもごとそう言うと、ぽっと赤くなった。何か想像してるらしい。何を想像しているかはわからんが。
と、秋子さんがぽんと手を叩いた。
「それじゃ、こうしましょう。今日はもう遅いですから、明日、誰の身体を借りるのか、瑞姫さんご本人に決めてもらうということで」
「そうですね」
天野も頷くと、八汐さんに向き直った。
「兄さん、こういう状況なので、私はこちらに残ろうと思いますが」
「そうだな。それがいいだろう」
頷くと、八汐さんは立ち上がった。
「それでは私は、今日は失礼します。水瀬さん、それに皆さん、今日は本当にありがとうございました」
そう言って、深々と頭を下げる八汐さん。
「いえいえ。それじゃ気を付けてお帰りくださいね」
そう言うと、秋子さんは佐祐理さん達に視線を向けた。
「倉田さんと川澄さんは、泊まっていかれますか?」
「そうですね……」
佐祐理さんは、少し考えてから、舞に訊ねた。
「舞はどうする?」
「……猫さんと寝る」
すっかり舞は天野の入り込んでいた猫が気に入ったらしい。今も喉をくすぐりながらご満悦の表情だった。それに、どうやら猫の方もまんざらでもない様子で、喉をごろごろ鳴らしている。
佐祐理さんは、笑顔で頷いた。
「それじゃ、今日は家に帰りましょう」
「はちみつくまさん」
こくりと頷くと、舞は立ち上がった。そして俺に視線を向ける。
「祐一、お休み」
「お、おう」
「それでは、お休みなさいませ」
ぺこりと頭を下げる佐祐理さん。
その2人に八汐さんが声をかけた。
「あ、それなら私が送りましょう。車で来てますし」
「そうですか? それならお願いしましょうか。ね、舞?」
「……佐祐理がそうしたいなら」
「あはは〜。それじゃお願いしますね」
俺は栞に視線を向けた。
「栞は帰らないのか?」
「わ、ひどいですっ。そんなこと言う人嫌いですっ」
何故か怒られてしまった。
「えーっ? またしおしおが泊まるの〜っ?」
「……ケンカはだめ」
口をとがらせた真琴だったが、出て行きかけた舞が振り返ってそう言ったので、慌てて栞と肩を組んでみせた。
「仲良しだよっ!!」
「……ならいいけど」
そう言って舞が出ていくと、真琴は大きくため息をついた。
「……はふぅ」
「マコピーも色々大変だな」
「祐一はやっぱり、真琴のくろうも判ってくれるんだねっ!」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。目をうるうるさせながら、真琴が俺の首根っこにしがみついてきたのだった。
「祐一、大好きっ!」
「ああーっ、どさくさ紛れに何してるんですかっ!」
たちまち巻き起こるまこしお抗争。そして、それを眺めながら勝手な感想を述べる女性陣。
「……祐一くんって、やっぱりもてもてなのね〜……」
「はい……、まぁ……」
「賑やかで嬉しいわ」
俺は、大きくため息を付くことしかできなかった……。
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あとがき
温泉編がボツにされてしまいました(謎)
というわけで、しばらくは更新なしです。はい。
PS
うっかりしていて、一部改行を入れるのを忘れていたので、修正しました。
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