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「……その猫が、天野なのか?」
Fortsetzung folgt
俺はその猫を覗き込みながら、訊ねた。
真琴はぎゅっと抱きしめたまま、こくこくと頷く。
「そうよっ。間違いないんだからっ」
「……猫さん」
舞がぽつりと呟いた。俺は舞に訊ねた。
「舞はどう思う?」
「……かわいい」
「はい?」
聞き返してから、俺は思い出した。そういえば、名雪ほどではないにしろ、舞も猫が好きだったのだ。まぁ、舞の場合は猫というよりも動物一般が好きなようだが。
とりあえず舞はほっとくことにして、八汐さんに聞いてみる。
「八汐さんは、どう思います?」
「……正直、判らないな」
八汐さんは、猫を見て首を振った。
「猫の霊体は感じ取れるんだが……」
「猫の霊体?」
「ああ。動物も人間と同じように物理的な存在と霊的な存在があるんだ」
「秋子さんが言っていた、身体と心ですね」
栞が頷く。
「その通り。……もっとも、動物が人間と同じような心を持っているかどうかはよく判らないが」
苦笑する八汐さん。
「ただ、霊的なものを持っているのは間違いない。そして、その霊的なものを総称して『霊体』と呼んでるわけなんだ」
「で、この猫には猫の霊体しかない、ということですか?」
「言い切れないが……、私には猫の霊体しか見えないな。ただ……」
俺達の表情を見て、八汐さんは言葉を継いだ。
「これは動物一般に言えることなんだが、霊的な力が総じて人間よりも強い場合が多い」
「霊的な力……?」
「生命力とかオーラの力とか言われるやつですか?」
「そうだな、そう言ってもいいだろう」
栞の言葉に頷く八汐さん。
「人間の霊が動物霊の近くにいた場合、ちょうど昼間の星みたいなもので、人間の霊はかき消されてしまって見えない場合が多い。今も、そうかもしれないが……」
「この子が美汐だもん。間違いないわようっ!」
「……真琴、どうでもいいが、猫が苦しそうだぞ」
「えっ? わ、わっ!」
慌てて腕を弛める真琴。だが、猫はぐったりして弱々しく鳴いているだけだった。
「あ、ごめん、美汐……」
猫に向かって謝る真琴。
本当にこの猫が天野ならいいが、もし違ったら無駄な時間を過ごしてることになるしなぁ。
「おい、舞。舞はどう思う?」
「猫さん……」
舞はまだうっとりしていた。
「……こら」
その額をとりあえずぺちんと叩いてみた。
反応なし。
よし、それなら俺にも考えがあるぞ。
俺は手を伸ばして、そのたわわな胸を……。
チャキッ
「……舞、いつも思うんだが、どこからその剣を出してるんだ?」
俺の喉に突きつけられた剣を指で押さえながら訊ねると、舞は小首を傾げた。
「……よくわからない」
舞の“ちから”なんだろうか?
「ま、それはいいとして、とりあえず剣を引いてくれないと、俺の命がピンチなんだが」
「……変な気配を感じたから」
そう言いながらも、舞は剣を引いた。
俺はほっと一息付きながらも、舞に言った。
「それよりも、あの猫に天野が入っているって真琴は言ってるんだが、舞もそう思うか?」
「……」
舞はじっとその猫を見つめた。そして頷く。
「間違いない」
「そっか。なら信用できるな」
「なんで真琴だと信用できないのようっ!」
ぷぅっと膨れる真琴。俺はその真琴の頭に手を置くと、訊ねた。
「で、真琴。こいつが天野だとして、こいつの言ってることが判ったりするのか?」
「えっとね……」
真琴は猫を、脇を掴むようにして自分の目の高さまで持ち上げた。そしてじっとその顔を見る。
「……うん、なんとなく」
「ほう。ちなみに、何て言ってる?」
「真琴はかっこいいって」
「嘘だろ?」
「嘘ですね」
俺と栞が同時に言うと、真琴はぷんと膨れた。
「そんなことないもん」
「真琴、もし嘘をついてたら、秋子さんに言って、これから3食ずっと甘くないジャムを食わせるぞ」
「ごめんなさい」
さすがに謎ジャムを相手に嘘を突き通す度胸はないらしい。
「でも、言ってることが判るのはホントだよっ。それは嘘じゃないものっ」
必死になって言う真琴に、俺は苦笑した。
「何も全部嘘とは言ってないけどな。でも、よく嘘を付いてると、本当のコトを言っても信じてもらえなくなるからな」
「あ、それ知ってる。狼が来たぞ〜ってやつでしょっ」
嬉しそうに言う真琴。栞が首を傾げる。
「確かイソップの童話でしたよね。あ、それともグリムでしたっけ?」
「まぁ、この際それはどうでもいいとして」
俺は話が逸れていきそうなのを修正した。
「で、真琴。本当のところは何て言ってるんだ、天野は?」
「うん。えっとね……」
真琴はもう一度、じっと猫を見つめてから、俺達の方に顔を向けた。
「自分の身体の有るところまで連れて行って欲しいって」
「つまり、家に連れて帰ればいいわけか?」
「うん、そう言ってる」
頷く真琴。
俺は八汐さんに訊ねた。
「八汐さんはどう思います?」
「ふむ。私としては、もう少し確証が欲しいと思うんだが……」
顎に手を当てて言う八汐さん。
俺は猫に向かって言った。
「天野、八汐さんは信じてないようだぞ」
猫はじろりと八汐さんを見ると、小さく鳴いた。真琴がふんふんと頷いて、言う。
「自分の妹の言うことが信じられないんですか? そんな酷なことはないでしょう、って言ってるよ」
「いや、そう言われても……」
苦笑する八汐さん。それに応えるように、猫は鳴いた。
「……えっと、そこまで言うなら仕方ありません。証拠として、八汐兄さんの最近はまっているゲームの話をしましょう、って」
そう真琴が通訳した瞬間、八汐さんの表情が変わった。
「ま、待て。わかった、認める。美汐に違いない!」
「……」
俺達は顔を見合わせて、それから八汐さんに視線を向けた。
「はまってるゲームって、いったい……」
「さぁ、それじゃ水瀬さんのお宅に戻ろう」
そう言ってすたすたと歩き出す八汐さん。
もう一度顔を見合わせて、俺達はその後に続いた。
「……というわけで、この猫が天野なんだそうです」
水瀬家に戻った俺達は、玄関先まで出迎えてくれた秋子さんに、首尾良く天野を発見したことを報告した。
「あらあら」
秋子さんは、真琴から猫を受け取ると、訊ねた。
「それで、美汐さんは、この後どうするんですか?」
うにゃぁ、と鳴く猫。
秋子さんはこくりと頷いた。
「そうですか。自分の身体に戻るんですね?」
俺と栞は顔を見合わせた。
「……真琴はまだしも、どうして秋子さんが猫の言うことがわかるんだろう?」
「さぁ……」
相変わらず、謎な人である。
と、秋子さんは振り返った。
「それじゃ、行きましょうか」
「えっ?」
思わず聞き返した時には、秋子さんは既にすたすたと歩き出していた。
俺達も慌ててその後を追った。
秋子さんがリビングのドアを開けると、猫はその腕の中からぴょんと飛び降りた。そして、ソファに座っていた天野に駆け寄ると、膝の上に飛び乗った。
その瞬間、フラッシュでも焚いたような閃光が走った。
「わっ!」
「きゃぁっ!」
皆、悲鳴を上げて思わず目を閉じる。
と。
「……とりあえず、戻れたようですね」
天野の声がした。
おそるおそる目を開けると、天野は元のようにソファに座っており、膝の上で丸くなった猫を撫でていた。
「……み、美汐、だよね?」
真琴が訊ねると、天野は頷いた。
「ええ。皆さんにはご迷惑をおかけしました」
「わぁい、美汐だぁっ!」
歓声を上げて、真琴が天野の首に抱きつく。
その隣りに座っていた佐祐理さんが、小首を傾げる。
「天野さんが戻っていらっしゃった、ということは、瑞姫さんはどちらに?」
「……ここよ」
「……」
皆が、そこを見た。
天野の背後、ソファの背もたれの上に、白っぽい姿がすぅっと固まった。
「わぁあっ、ゆゆゆ幽霊……うぐぅ……」
ぱたん、とあゆがひっくり返る。そういえばこいつはこういうのが苦手だったっけ。
他のメンツは、と見回すと、皆平然としていた。さすがに不思議現象には慣れているだけあって、幽霊を見たくらいでは驚かないようだ。……俺もそうなんだが。
「祐一さん、とりあえずあゆちゃんを自分の部屋まで運んでもらえますか?」
「あ、はい」
頷いて、俺は気絶したあゆを抱き上げた。それから振り返って言う。
「栞、真琴。念のために言っておくけど、お前らが気絶しても抱き上げて運んではやらんからな」
「わ、祐一さんひどいですっ!」
「あうーっ、なんでようっ!」
……こいつら、俺が言わなかったらやろうとしていたな、絶対。
抗議の声を上げる2人を無視して、ため息をつきながら、俺はあゆを抱えてリビングを出た。
あゆの部屋は間取りの関係上1階にある。おかげで、あゆを抱えて階段を上がるという苦行はしなくても済むというわけだ。
俺はあゆを抱えたままドアを開けると、廊下から差し込んでくる灯りを頼りに、ベッドの横まで歩いていくと、あゆを降ろした。
「……ふぅ。しかし、あゆって軽いなぁ」
名雪と比べて3割ほど軽い感じがしたな、と腕を回しながら何となく部屋を見回す。
あゆがここで暮らすようになってまだ2ヶ月くらいだが、既に部屋は、名雪の部屋とも真琴の部屋とも違う雰囲気になってきていた。
やはり、住む人の雰囲気というものが……などと考えていた俺の視線が、あるものを捉えた。
机の上にぽんと出してある、大仰な革の表紙のついた、大きめな本。表紙には『Diary』と金で箔押ししてある。
こ、これは間違いなく、日記帳っ!
……あゆが日記を付けている、というのはいまいち信じられないが。
それに、ここであゆの日記をのぞき見たとして、その後に血湧き肉躍るような展開が待ち受けてるとも思えない。……別の意味で血が沸いたり肉が踊ったりする羽目になるかもしれないが。
ここは、触らぬ神にたたりなし、だな。
俺はあゆに毛布を被せて、部屋をそっと出た。
リビングに戻ってくると、待ちかねたように栞が駆け寄ってきた。
「祐一さん! 瑞姫さん、全て思い出したみたいなんですよっ」
「え? 記憶喪失じゃなかったのか?」
「私の身体に入り込んだために、一時的に記憶が混乱したようです」
天野が淡々と答えた。
「お、そのおばさんくさい答え方は、いつもの天野だな」
「相変わらず相沢さんは失礼ですね」
ため息混じりに言うと、天野は秋子さんに向き直った。
「事情は、今お話しした通りです」
「美汐も無茶をする……」
八汐さんがため息をついた。
……話がまったく見えないぞ、おい。
天野は八汐さんに視線を向けた。
「それでは、兄様は、このまま祓ってしまえと言うのですか? そんな酷なことはないでしょう……」
「だが、一々そんなことをしていては……」
「確かに全ての成仏できずにいる霊に対して、そうするのは不可能でしょう。だからといって、それでは何もしないのでは、今までと何ら変わりません」
そう一気に言い切ると、天野は視線を自分の膝に落とした。そしてそこにおいていた拳をぎゅっと握る。
「私は……変えたいんです。少しずつでも……」
「そうか……」
八汐さんは、優しく微笑んだ。
「お前が自分でそう決めたのなら、私からは何も言う事はない。己の信じた通りの道を進め。だが……」
「はい。今度からはこのようなことのないように気を付けます」
視線を上げて、天野は答えた。
うーむ。さっぱりわけがわからん。まるで2時間のテレビドラマの途中でトイレに行ってたら、重要な部分を見損なったような気分だぞ。
「あ、祐一さん、蚊帳の外に置かれたからって拗ねたらだめですよ」
栞がにこにこしながら言った。
「そう思うなら、俺にも説明してくれよ」
「任せてくださいっ」
ない胸を叩く栞。
「……祐一さん、今変なこと考えてませんでしたか?」
「そんなことないぞっ!」
どうやら栞は、あゆのように俺の考えを読めるまではいっていないようだった。
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あとがき
プールに行こう5 Episode 7 01/3/7 Up