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Kanon Short Story #7
プールに行こう Episode 29

 ブロロローーッ
 バスは、来たときと同じ山間の道を、来たときよりはゆっくりと走っていた。
「美坂さん、これくらいのスピードならいいですか?」
「はい。すみません、おばさま」
 香里は、バスを運転している秋子さんに答えて、俺達の席まで戻ってきた。
「残念だよ。スピード落とさなくてもよかったのに……」
「冗談。帰りくらいゆっくりしたいわよ」
 不満そうな名雪にあっさりと言葉を返すと、香里は自分の席についた。
 と、例によって佐祐理さんがマイク片手に立ち上がる。
「帰りの間、ずっと、ぼーっとしているのもなんですから、なにかゲームでもしませんか?」
「ゲーム! いいっすねぇ! 俺、ゲームやりたかったんすよっ!」
 なぜかノリのいい北川。
「で、やっぱりあれっすよね。罰ゲームありっすよね!」
「罰ゲーム、ですかぁ?」
 小首を傾げる佐祐理さん。俺は慌てて立ち上がった。
「こら北川っ! 純真な佐祐理さんに変なことを吹き込むなっ!」
「うるさいぞ相沢っ! 罰ゲームなくして何のゲームかっ! 勝負かっ!」
 ……なぜそこまで熱くなる? 北川よ……。
「あのぉ、罰ゲームは佐祐理もわかりますよ。それで、どんな罰ゲームですか?」
 佐祐理さんが無垢な笑顔で訊ねる。北川は答えた。
「無論、脱衣……は、冗談として」
 何で脱衣を言いかけて止めたのかと思って見回してみると、香里がじとーっと北川を睨んでいた。
 前回以来、どうも香里には頭が上がらなくなったらしい。哀れな奴だ。
「ここは一つ、敗者は勝者の言うことを一つ聞かなければならないってやつで」
 ……それって、脱衣も含むんじゃないのか?
「そうですね。それでいきましょう」
 ぽんと手を打つ佐祐理さん。いいのかそれでっ!?
「オッケー! で、どんなゲームするんですか?」
 わくわくという感じで訊ねる北川。その瞳が期待にキラキラ輝いている。
「……しりとり」
 今まで黙っていた舞が、不意にぼそっと呟いた。佐祐理さんはこくんと頷いた。
「それにしましょう!」
「だぁ〜」
 どんなすごいゲームかと身構えていた全員が、一斉にひっくり返った。

 そして……。

「み? み、み、み……。ミクロネシア!」
 香里が言った。次は名雪だ。
「……くー」
 名雪は寝ていた。しりとりも結構長い間続いていて、みんなそろそろ苦しくなってきている。その分待ち時間が長くなったせいで待ちくたびれたんだろう。
 俺は無言で名雪の頭を殴った。
「あうっ。……痛いよ、祐一」
「痛いよ、じゃねぇ! 名雪の番だっ!」
「あ、えっ? 何々?」
「“あ”、よ」
 呆れたように香里が教える。名雪は小首を傾げる。
「あ、かぁ。……えっとね、鮎」
「えっ? 何?」
「お前のことじゃないだろ」
「うぐぅ……」
「じゃ、次は祐一だよ」
「げ」
 そういえば、名雪の次は俺だった。“ゆ”だよな?
「ゆ、ゆ……」
 湯たんぽも湯豆腐もユークリッドもユングも出てたよな。ゆ、ゆ、ゆ……。
 うぉーっ、思いつかんっ!
「相沢くん、制限時間いっぱいよ」
 香里が嬉しそうに言う。俺はがくっとうなだれた。
「負けた……」
「わぁーい、祐一の負けーっ!! 負けよ敗者よ人生の落語家よっ!」
 嬉しそうに囃したてる真琴。天野がぼそっと言った。
「人生の落伍者ですよ」
「あっ、そうだっけ? ま、何にしても最低よね〜っ。やーいばかばかばか〜っ」
 くくっ、これほどの屈辱感を味わう羽目になるとは……。
 俺が悔しさに震えていると、おっとりと名雪が言った。
「それじゃ、次は天野さんだよっ。“ゆ”だからね」
「百合根」
 実にあっさりと答える天野。……ゆりねってなんだ?
「食用に使われる、百合の根っこのことですよね〜。あれ、美味しいから佐祐理好きなんですよ〜」
 げ、そんなものがあったのかっ! 俺はそんな高級食材は知らんぞっ!
「ほれ、真琴っ!」
「えっ、私っ? ね、ね、ね……ねこのぴろっ!」
 自分の番になった真琴が、慌てて答える。
「えっ? ねこっ!?」
 自分の番が終わって、また寝かけていた名雪がぴくりと反応する。それはともかく……。
「真琴、それは反則だろっ!」
「えーっ、なんでよ〜っ!」
「それじゃ、ネコのタマでもネコのミケでもなんでもいいじゃないか。却下だ却下。というわけで真琴反則負けな」
「あうーっ」
「次は、舞だろ」
「ネズミのチュウ吉さん」
 ……話聞いてなかったな、こいつ。
「舞も失格っ!」
「……ネズミのジロ吉さん」
「同じだっ! 次っ、あゆっ!」
 ……なんで俺が仕切ってるんだろう?
「ね? えーっと、ね、ね、ね……粘土っ!」
「土瓶蒸し、でどうでしょう?」
 あっさり返す栞。北川が受け流す。
「仕返し」
「また、「し」ですか? えーっと、新人研修」
 と佐祐理さん。
「宇宙開発」
「うにゅ……。つ? えーっと、津波警報」
 香里と名雪がささっと続ける。……なんで四文字熟語になってるんだ?
「有為転変。……あ」
 天野が珍しく慌てた様子で口に手を当てた。それから肩をすくめる。
「私は終わりですね」
 ……無理して四字熟語にこだわることなかったのに……。
「えっ、ボク? う、う、うーーっ」
 詰まったあゆも手をあげる。
「ボク、もうだめ。降参」
「それじゃ私ですか? う、う、瓜実顔」
 栞が流して北川の番。
「お? ……お、おおおおお、おおーーーっ」
「はいお前終わり」
「こらっ、相沢っ、勝手に終わらすなっ!!」
「時間切れよ」
 香里に言われて、北川はがっくりと肩を落とした。
「む、無念」

 それからも次々と脱落者が出て、とうとう残り3人になった。
「あ、ですか? えっと、アウストラロピテクスでいいですか?」
「す……。うにゅ……、すかんぽ……くー」
「ぽ……ポテトチップスですっ」
 順に、佐祐理さん、名雪、栞である。……佐祐理さんと栞はまだしも、なんで名雪が残ってるのかよくわからん。本人半分寝てるし。
「す……スミレ」
「くー……。れんげ」
「ええっ? げ、げ、げ……下呂温泉っ! ……あ」
「はい、栞も終わりよ」
 香里に言われて、栞は残念そうに腰を下ろした。
「残念です。優勝して祐一さんにアイスクリームおごってもらおうと思ってたのに」
 俺は苦笑して、栞の頭をぽんと叩いた。
「んなこと言わなくても、いつでもおごってやるって」
「やったぁ。それじゃ肉まんねっ」
「ボクたい焼きっ!」
「牛丼さんは嫌いじゃない」
「だぁーっ! 誰がお前らにおごってやるって言ったっ!」
 俺が怒鳴っている間も、戦いは続いていた。
「げ……現状、でどうですか?」
「う……うみうし」
「屍」
「ねこいらず」
「図画」
「ガレリア」
「圧縮」
 ……佐祐理さんはともかく、名雪がここまでやるとは……。
 俺は、いや、名雪の親友の香里やクラスメイトの北川も、あっけに取られて2人の戦いを見守っていた。
 そして……。
「ロンドベル……くー……」
「る、ですか? る、る、るーーー」
 しばらく考えていた佐祐理さんが、かくっと肩を落とした。
「佐祐理はもう思いつかないです。降参します」
 ……名雪が勝ってしまった。
「すごいじゃない、名雪っ」
 香里が名雪の肩を叩く。
「……くー」
 名雪は寝ていた。……まさか寝たまましりとりしてたんじゃないだろうな?
 いや、名雪のことだから、そうかもしれない。
「ちょ、ちょっと名雪っ、起きなさいよっ!」
 香里にかくんかくんと揺さぶられて、名雪は「うにゃ」と言いながら目を開けた。まだ眠そうに目をこすりながら訊ねる。
「あれ? しりとり終わっちゃったの?」
 俺は無言で名雪の頭を殴った。
 ゴツン
「痛いっ! もう、祐一、何するんだよ〜」
「何じゃないっ!」
「はいはい、それくらいにして下さいね〜」
 佐祐理さんが割って入った。それから、高らかに宣言する。
「優勝は、水瀬名雪さんで〜す。はい、拍手〜」
 パチパチパチ
「それから、一番最初に負けちゃった人は、相沢祐一さんで〜す」
 げ、そうだった!
「というわけでぇ、水瀬さんのお願いを祐一さん、聞いてあげてくださいね〜」
 わぁーっっ
 みんなが歓声を上げる。
 まぁ、名雪のことだから、イチゴサンデーおごれとかその辺りで納まるだろう。
 俺は肩をすくめて名雪に尋ねた。
「しょうがない。何が望みだ?」
「うーんとね……」
 名雪はちょっと考えて、答えた。
「イチゴサン……もがっ」
「ちょ、ちょっと待ってね〜。おほほほ」
 名雪の口を後ろから塞いだ香里が、俺に笑いかけて誤魔化しながら、名雪をバスの後ろまで引きずっていった。
「ちょ、ちょっと、香里? 何するの〜?」
「あのねっ! せっかく何でも聞いてくれるっていうんだから、もっとましなお願いがあるでしょうっ!」
「もっとましな? あ、そうか。せっかくだからイチゴサンデー1ダースとか」
「違うわよっ!」
「え? ……それじゃ、ジャンボミックスパフェデラックス?」
「そこから離れなさいっ! そうね。たとえば……ごにょごにょ」
 香里はなにやら囁いた。と、名雪が真っ赤になる。
「えーっ? そんなこと聞けないよ〜」
「でも、聞いてみたいでしょ?」
「えっと、それはそうだけど……」
 そう言いながら俯く名雪。
「じゃ、決まりね」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ〜」
 慌てて止めようとする名雪を振り払うように、香里は戻ってきた。そして、佐祐理さんからマイクを借りて、高らかに宣言する。
「というわけで、名雪から相沢くんに質問があるそうです」
「質問だぁ?」
 思わず聞き返す俺に、香里はウィンクした。
「そ、質問。正直に答えてね。なお、質問に対する回答の拒否や保留は認められません」
「ちょ、ちょっと待てっ! そんなのありかっ!?」
 慌てて、俺は香里に詰め寄った。
「第一、それは名雪の権利だろうがっ! なんでお前が……」
「祐一……」
 名雪が後ろから声をかけてきた。相変わらずその顔は真っ赤だけど、何か決意したらしく、真剣な顔で俺を見つめている。
「正直に答えて欲しいんだよ」
「な、なにをだ?」
「祐一の、えっと……その……」
 そのまま俯いてもじもじする名雪。何だ、一体?
「あのね……」
「なんだよ?」
 聞き返す俺に、名雪は、思い切ったように言った。
「祐一って、誰が一番好きなの?」
「な、何を……」
「さぁ、正直に答えなさいよね」
 思わずうろたえる俺に、後ろから香里が言う。
「そ、そんなこと言ったって……」
 こんなところで何を言わせるんだ名雪はっ!?
 そう思いながら、車内を見回してみると、俺をじぃっと見ているあゆ達と視線が合った。
「あっ、ボ、ボクのことは気にしないでっ!」
「私も、あの、気にしないでください」
「祐一っ、あたしを選んだりしたら殺すからねっ!!」
 あゆ、栞、真琴の3人が口々に言った。
 どうしろってんだよ……。
 そうだ! 日本の良心、佐祐理さんならこの場を治めてくれるんじゃないか? きっとそうだ、そうに違いないっ!
 俺は救いを求めて佐祐理さんに熱い視線を向けた。
 佐祐理さんは、にっこりと笑った。おおっ、「佐祐理は全て判ってますよ」と言わんばかりの笑顔、まさにお嬢様中のお嬢様っ! ベストオブお嬢様と言っても過言ではあるまいっ!
「ごめんなさいね、祐一さん。佐祐理は、男の方とはお付き合いするつもりはありませんから」
 ……違う、違うんだ佐祐理さんっ(泣)
「やーい、祐一ふられたぁ〜」
「ほっ」
 後ろから真琴のからかう声と……、誰だ、安堵のため息ついたのは?
 振り返ると、名雪とあゆと栞が慌てて視線を逸らした。
「あっ、でも舞ならいいですよ〜」
「なぬぅ?」
 慌てて佐祐理さんのほうに向き直ると、佐祐理さんは笑顔で舞の肩をポンポンと叩いた。
「舞ってとってもいい娘ですよ〜って、祐一さんは良く知ってますよね〜」
 ガツッガツッガツッ
 舞が連続でチョップを佐祐理さんの顔面に叩き込んでいた。と、俺をちらっと見て、そのまま座席に座って隠れてしまった。
 なんなんだよ、みんなして……。
 って、よく考えてみたら、たかがしりとりの罰ゲームじゃないか。
 なるほど、みんなも演技入ってるのかよ。脅かしやがって……。
 俺はとりあえず一息つくと、考え込んだ。
 さて、誰にするか、だが……。
 やっぱり、ここは一番意外な相手に告白するのが、お約束ってもんだろうな。
 よし。
 もう一度深呼吸すると、俺は答えた。
「俺が一番好きなのは、天野だ」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 暑中お見舞い申し上げます。

 学生さんは夏休みがあっていいですねぇ〜(笑)
 相変わらずクーラーは故障したままなので、安い扇風機を買ってきてとりあえずしのいでます。
 私が子供の頃は、クーラーなんて文明の利器は一部のお金持ちのもので、我が家には扇風機しかなかったものです。
 それでも結構ちゃんとしのいでいたのに、今はクーラーがないときつくて大変ってことは、やっぱり体がなまったってことなんでしょうね。
 まぁ、私が子供だった20年前よりは、夏の気温が上がってきたっていうこともあるんでしょうけど。地球温暖化は大変な問題です。

 ではでは〜。

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