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「あゆがいないだとっ!?」
Fortsetzung folgt
改めて数えてみる。
えっと……。
名雪、香里、栞、真琴、佐祐理さん、天野……。
確かに、あゆがいない。
「……やっぱり私は最後ですか」
俺の指の動きを見てボソッと言う天野。
「あ、いや、それよりもあゆだ……、って、なんじゃぁっ!」
俺は洋館の方に向き直って、ぎょっとした。
“それ”は、もはや洋館ではなかった。
「なっ、なにようっ、あれっ!」
真琴が引きつった声を上げた。
それは……強いてたとえれば、巨大なクラゲみたいだった。高さ10メートルはありそうな、巨大で半透明のドーム状のものが、そこに鎮座せしましていた。
「おっきなくらげさん〜」
名雪がほえほえっとした口調で呟いた。もっともこいつの場合は、呆然としているというより、いつもこんな感じだが。
「もう少し離れましょう」
相変わらず冷静な天野。
「あれがどういう動きをするのか判りませんから。それにあんまり雨に打たれているのは体に良くないですし」
「確かにそうかもしれないけど、動きをするって……?」
そう言われて、改めて見ると、そのドームがぶよぶよと揺れているのが判った。確かに風は強いが、それで揺れてるような動きでもない。間違いなく自分で動いているのだ。
ってことは、生き物なのか、これ?
「と、とにかく少し離れるぞ」
俺は言った。佐祐理さんが振り返る。
「でも、舞が……」
「舞なら、大丈夫だって。佐祐理さん、信じてやれよ」
佐祐理さんは、そう言われれば舞の言うことを信じて無茶は出来ない。
卑怯だとは思ったけれど、俺はそう言った。
佐祐理さんは、唇を噛んで頷いた。
「……そうですね。佐祐理は舞を……信じてますから……」
ごめん、佐祐理さん。でも、俺は舞との約束を守らなくちゃいけないんだ。
少し離れた雑木林まで移動すると、多少は風雨も遮られて凌ぎやすくなった。
と、栞が半透明のドームを見つめたまま、震える声で呟いた。
「天野さん、さっきの話って、このことだったんですか……?」
「ええ、そうです」
こくりと頷く天野。
「さっきのって……」
「相沢さん、擬態って、知ってますか?」
「擬態って、動物が身を守るために、自分の色や形を周囲の他のものに合わせること、ですよね?」
「それじゃ、天野は、あのぶよぶよが、今まで洋館に化けてたってのか?」
「はい」
天野は頷いた。それから聞き返す。
「私たち、何を着てるように見えます?」
「そりゃメイド服……あれ?」
言い返そうとして、俺は目をぱちくりとさせた。それから訊ねる。
「みんな、いつ脱いだんだ?」
全員、いつの間にか最初の水着姿に戻っていたのだ。
「祐一こそ〜」
名雪に言われて、俺は自分の格好を見直した。
確かに、俺もカッターにスラックスの姿だったはずなのに、いつのまにか水着に戻っていた。
「あ、あれっ? 服はどこに行った?」
「普通、擬態は相手の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感を欺いて、自分を別のものと認識させることです。それによって身を守ったり、あるいは攻撃をしやすくします」
天野は淡々と言った。
「それじゃ、今まで私たちが見ていたものは、あれが擬態で……?」
栞が訊ねた。だが、天野は首を振った。
「普通の擬態にしては、手が込みすぎですよね。多分、私たちの精神に直接働きかけていたんだと思います」
「精神に!?」
「早い話、集団幻覚を見せられていた、といえばわかりやすいですか?」
そう言うと、天野は、まだぶよぶよと揺れているドームを見上げた。
それじゃ、あの洋館の中で起こった事は、すべて幻覚?
「あの時見た名雪の胸も幻だったというのかっ!?」
「祐一、変なこと思い出さなくてもいいよ〜」
真っ赤になる名雪。
「わたし、忘れるから、祐一も忘れてよっ」
……とすると、あれは本当だったのか?
と、
「……う、うん」
木の根元に寝かされていた香里が、うめき声を上げて、うっすらと目を開けた。
「お姉ちゃんっ!」
栞が駆け寄る。
「大丈夫、お姉ちゃん!! 私が判るっ!?」
「栞……?」
取りすがる栞の頭にぽんと手を乗せると、香里は顔を顰めた。
「あたし、一体……」
「悲鳴を上げて倒れてたらしいんだよ」
名雪が言った。香里はその声に辺りを見回した。
「あたし……、ボートが転覆して、北川くんとは離ればなれになって、なんとか島に泳ぎ着いて……、崖を上がったら、ひっ!」
その時見たものを思い出したのか、顔を引きつらせて悲鳴をあげる香里。
と、栞がぎゅっとその香里を抱きしめた。
「大丈夫、お姉ちゃん」
「しお……り……」
香里は、深呼吸した。それからもう一度栞の頭に手を置いて撫でた。
「ありがと、栞」
「妹のつとめですから」
澄ました顔で言う栞。
「で、香里は何をみたの?」
「う、うん。巨大ななめくじみたいなブヨブヨ動いてるやつ……」
「あれか?」
俺はドームの方を指した。香里はそっちを見て、また顔を引きつらせた。
「いっ、いやぁっっ! こ、来ないでぇっ! 駄目、駄目ぇっ!!」
「お姉ちゃん、大丈夫だよっ!」
慌てて栞がまた香里を抱きしめてなだめる。
俺は名雪に尋ねた。
「香里って、ああいうの弱点なのか?」
「うん、そうだよ。ああいうぶよぶよしたものが全然駄目なの。前にナメクジ見て気絶したこともあるんだよ〜」
のほほんと答える名雪。そっか、あれを見て悲鳴を上げて気絶してたのか……。
しかし、北川の奴、今頃はもう……。合掌。
手を合わせて、とりあえず俺の所に化けて出てこないように祈ると、俺は改めて天野に尋ねた。
「で、結局あれは何なんだ?」
「あれは、強いて言えばイソギンチャクみたいなものだと思います」
平然とドームを見ながら、天野は答えた。
「イソギンチャク?」
「ええ。そして、餌は……私たち」
「人間だっていうのか?」
「さぁ。人間に限らないかもしれませんけれど、それは確かめるすべがありませんし」
肩をすくめる天野。
「犬でもいれば確かめられるでしょうけど」
……平然と怖いことを言うな、こいつも。
待てよ。
「それじゃ、舞やあゆは!?」
「食べられた状態ですね」
あっさり言う天野。
「そんな!」
佐祐理さんが悲鳴を上げると、駆け出そうとする。俺は慌ててそれを抱き留めた。
「待てって、佐祐理さん!」
「だって、舞が、舞がっ!」
「あっ! 祐一、あれあれ見てっ!」
真琴が声を上げた。
「何だ?」
俺も真琴が指す方に視線を向けた。
半透明のドームは、相変わらずぐにぐにと動いている。
ちょうどその時、稲妻が走った。
ピシャァッ
「あっ!」
その瞬間、俺にも見えた。
何か黒っぽいものが、その半透明のドームの中に見えたのだ。
もしかして、舞か?
「名雪、佐祐理さんを頼むっ!」
「えっ?」
きょとんとしながらも、俺に言われるままに佐祐理さんの腕を掴む名雪。
「どうするの、祐一?」
「俺が確かめてやる」
そう言い残して、俺は駆け出した。
「祐一っ、危ないよっ!!」
「近くで見てみるだけだっ! 佐祐理さんを放すなよっ!!」
後ろから聞こえる名雪の声に怒鳴り返し、俺はそのままドームに向かって走った。
バシャバシャと泥水を跳ね上げながら走り、俺はドームのすぐそばまで近寄ってみた。
特にこっちに向かって何かが飛び出してくるような様子もなし……。
次に、おそるおそる手を触れてみる。
ぐにゃっとした、たとえるならビニールの浮き輪のような手応えだった。
よし、それじゃ、と思い切って軽く殴ってみるが、やっぱり跳ね返されるだけだった。
あっ!
今、俺の殴った壁の向こうを、黒っぽい影がよぎって行くのが見えた。大きさは……ちょうど人間くらいか?
俺は慌てて、そのドームに張り付いた。
間違いない、黒い影が動いている。……けど、その動きは緩慢だった。まるでふわふわと波間に漂っているかのように。
ドームの壁をどんどんと叩いて、俺は叫んだ。
「舞なのかっ! 返事しろ、舞っ!」
ピシャァッ
ちょうどその時、稲妻が走って、その黒い影を半透明のドームの壁越しに照らした。
「っ!」
間違いなく、それは舞だった。
だけど……。
そこにいた舞は、いつもの舞じゃなかった。
舞は目を閉じ、全身の力を抜いて、ただそこで漂っているだけに見えた。手にした剣も、ただ握っているだけで、もう少しでこぼれ落ちそうに見えた。ちなみに、服はやっぱり無くなっていて、最初のビキニ姿だった。体中の傷からの出血が、ゆらゆらと漂っているところをみると、何かの液体の中にいるようだ。
何かの液体……?
俺の頭の中を、昔何かの動物番組で見た映像がよぎる。ある種のアメーバみたいな生物は、自分の体内に獲物を取り込んで、溶かすことで食事をするという……。
まさか……、舞はこいつに“食われた”のか……?
だとしたら、……俺のせいだ。
俺があの時、佐祐理さんだけじゃなく、舞も無理矢理にでも引きずって来てれば……。
かくんと、膝の力が抜けて、俺はその場に座り込んでいた。
「舞……、ごめん……」
呟いて、俺は足下の泥を掴んだ。
その時だった。
守らなくちゃいけないから
約束したから
俺は顔を上げた。
今のは、舞の声だ。
何故か、俺はそう確信していた。
だから、俺は壁を叩いて、声の限りに叫んでいた。
「舞ーーーーっっ!!!」
その瞬間だった。
舞が、かっと目を開けた。落としかけていた剣を、ぐっと握り、そして自分を包み込む液体の抵抗に逆らって、その剣を振り上げる。
だけど、判らない。どっちに向かって振ればいいのか。
俺が教えればいいんだ。
「こっちだ、舞っ!!」
叫ぶ俺。それに応え、舞は剣を振り下ろした。
ズバァッ
壁が裂け、ドプッと中から粘液があふれ出す。そして、その粘液と一緒に、舞が壁の中から流れ出してきた。
「舞っ!」
俺は舞の体を抱き起こした。粘液でベトベトになり、冷え切った体を揺さぶりながら叫ぶ。
「舞っ、しっかりしろ、舞っ!!」
「……」
舞は微かに唇を動かした。
「えっ、何だ、舞?」
「……牛丼、食べたい」
……雰囲気、ぶち壊しである。
と、流れ続けていた粘液――おそらくこいつの体液――がだんだん少なくなっているのに気付いた。顔を上げると、舞が切り裂いた傷がだんだん小さくなっている。
とにかく、ここから離れた方が良さそうだな。
と、舞がぼそっと言った。
「べたべたで、気持ち悪い……」
「我慢しろ。雨が降ってるから、そのうち洗い流される」
「……うん」
そう言うと、舞はのろのろと左手を上げた。何をするかと思っていると、髪をまとめているリボンにその手を掛けて解いた。
ぱさっと黒髪が広がる……とはいかない。なにせ粘液でべたべたなので、ちょうどムースかなにかで固めたようになっているのだ。
でも、何をするんだ?
俺がきょとんとしていると、舞はぼそっと言った。
「洗ってほしい」
「俺が洗うのか?」
思わず聞き返すと、舞はこくりと頷いた。
ええい、こうなりゃヤケだ。
俺は雨で、舞の髪に付いた粘液を洗い流した。
「お客さん、かゆいところはありますかぁ〜?」
「……」
……真面目に考えるなよぉ。
そんなことをしていると、佐祐理さんの声が聞こえてきた。
「舞〜っ、大丈夫〜っ!?」
振り返ると、佐祐理さんが駆け寄ってきた。その後から佐祐理さんを追いかけてきた名雪が、俺に言う。
「ごめん、祐一。止められなかったよ」
「しょうがねぇな……」
「舞は、舞は大丈夫ですか、祐一さんっ!」
「……大丈夫」
ぼそっと舞が言うと、佐祐理さんはほっと胸をなで下ろしてから、微笑んだ。
「よかった。佐祐理は心配しましたよ」
「とにかく、あっちに運ぼう」
俺はそう言うと、舞を背負って、立ち上がった。
と、俺の耳元で、舞はぽつりと言った。
「……ありがとう」
「今度から、あんまり無茶するなよ」
「……わかった」
頷くと、舞は俺の肩に頭を乗せて、目を閉じた。
その顔をのぞき込んで、佐祐理さんが笑った。
「あははーっ、舞ったら寝ちゃってますね〜」
「やれやれだな。行くぞ、2人とも!」
俺は舞を背負って、雑木林に駆け戻って行った。
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あとがき
帝都は雨です。
雨が降ると、安物の革靴は水がしみて困ります。
やっぱり高くてもしっかり防水してる靴を買うべきだったか(苦笑)
そんなわけで、Episode 23です。
Episode 1が6/14ですから、もう1ヶ月書いてる事になるわけですねぇ。よくもまぁ、続くもんです。
しかも23話といえば、もう長編の部類でしょうか。
……というわけで調べてみましたら、今のところ停止しているToHeartSS「それはそよ風のごとく」が21話ですから、それを抜いてときメモSS以外では最長不倒の記録になってしまいました(笑)
ちなみにこれも停止している鬼畜王ランスSS「颱風娘の大騒動」は17話ですから、これもとっくに追い抜きましたね。
まぁ、長ければ良いってもんでもないけど(苦笑)
そう言えば、早いもので今週末にはもうHP開設2周年です。
なんだかんだ言って、よく続いたものです。自分でも感心します(笑)
というわけで、2周年おめでとうCGは募集中です(って要求するなよ>私)
ではでは。
プールへ行こう Episode 23 99/7/13 Up