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「出るって、この雨の中にか?」
Fortsetzung folgt
「はい」
天野はこくりと頷いた。
「ここにこのまま止まるよりは安全ですから」
天野の後ろから、香里を背負った名雪が言う。
「祐一、わたしもそうした方がいいと思うよ。なんとなくだけどね」
俺は、背後の部屋を指した。
「それどころじゃない! あの部屋が変になっちまったんだっ!」
「変ですか?」
天野の所からも、その部屋の様子は見えるはずだ。現にその背後にいる名雪と栞は、俺の指した方を見て顔色を変えた。
「わぁ、変わっちゃってるよ」
「気持ち悪いです……」
しかし、天野は平然としていた。
「変になったんじゃないですよ。元に戻っただけです」
「何だって?」
「今に、この洋館全体があんな風になりますよ。だから、そうなる前に出た方がいいって言ってるんです」
それだけ言うと、天野は部屋の中で戦いを続ける舞には目もくれずに、廊下を歩きだした。
「ちょ、ちょっと待てって。まだ舞が中で……」
「舞のことなら、佐祐理に任せて下さい」
「え?」
俺は振り返った。
そこには、佐祐理さんがいつものように微笑んでいた。さっきまでの取り乱しようが嘘のようだ。
俺は訊ねた。
「佐祐理さん、大丈夫なのか?」
「はい。みっともないところをお見せしました」
ぺこりと頭を下げる佐祐理さん。俺はさらに聞いてみた。
「佐祐理さんがあんなに取り乱すなんて、何があったんだ?」
「それは……」
佐祐理さんは眉を曇らせた。名雪が後ろからとがめるような口調で言った。
「祐一、そんなこと言ってる場合じゃないよ」
「そろそろ限界かもしれませんから、急ぎましょう」
そう言って駆け出す天野。
俺も仕方なくその後に続こうとした。
その時、不意に視界がぶれた。
「な、なんだこりゃっ!?」
俺は思わず声を上げていた。
今まで確かにあったはずの廊下がぼやけ、その代わりにあの部屋と同じような肉色の壁が蠢いているのが見える。二重映しのように重なって見えて、どっちが確かなのかわからない。
「急いで!」
廊下の向こうから、天野が叫んだ。
俺は部屋の中をちらっと見て、舞が壁に剣を突き刺しているのを見た。
「舞……」
「祐一さんっ!」
佐祐理さんが飛びついてきた。そのまま床に押し倒される俺。
床もさっきまでの絨毯を敷いた堅い床じゃなくて、弾力があってブヨブヨしているような気がした。
「……っ」
小さく佐祐理さんが呻く。俺ははっと我に返った。
「佐祐理さんっ!?」
「大丈夫ですよ。こう見えても、佐祐理は頑丈に出来てますから」
そう言いながらも、お腹を押さえて顔をしかめる佐祐理さん。
何かが飛んできて、俺をかばった佐祐理さんに当たったんだ。
それを理解して、俺は慌てて佐祐理さんを抱き起こした。
「佐祐理さんっ!」
「あははーっ、祐一さんに抱き起こしてもらえるなんて、なんだか舞に悪いですね〜」
いつもの口調でそう言うと、佐祐理さんは俺の腕の中から体を起こした。
「早く行ってください。ここは危ないみたいですから」
「ああ。佐祐理さんも一緒に……」
「佐祐理は、舞と一緒に行きます」
断固とした口調だった。
「佐祐理さん……」
「それに」
佐祐理さんはいつもの口調に戻ると、微笑んだ。
「祐一さんがここにいたら、あの人達も出るに出られないみたいですよ〜」
「えっ?」
言われて、佐祐理さんの視線の方を見ると、香里を背負った名雪とそれを支える栞が、立ち止まって心配そうに俺達の方を見ているのが判った。
俺は慌てて叫んだ。
「ば、馬鹿っ! さっさと行けっ!!」
「で、でも、祐一……」
「祐一さんもですよ」
佐祐理さんに言われて、俺は首を振った。
「俺だけ行くわけにはいかないだろ! 佐祐理さんも……」
「佐祐理は、舞を置いていくわけにはいかないんですよ」
佐祐理さんはそう言って立ち上がった。
ピッ
その頬を何かがかすめて、血が流れ落ちる。
「佐祐理さん!」
それで気付いた。早すぎて目には見えないけれど、部屋から何かが飛び出してきたんだ、ということに。
思わず部屋の中に視線を向け、俺は叫んだ。
「舞っ!!」
舞の着ているメイド服が、あちこち切り裂かれていた。露出している肌もあちこちに切り傷が出来て、血が流れている。そんなに深い傷はないようだが……。
と、舞が口を開いた。
「祐一……」
「何だ、舞っ!?」
「佐祐理を……お願い」
そう言うと、舞は、壁から剣を引き抜いた。その手を何かがかすめて、鮮血が散る。
しかし、それに構う様子もなく、剣を構える舞。
その唇が動いた。
「無くしたく、ないから」
舞……。
「佐祐理さんっ!」
俺は、後ろから佐祐理さんを抱き上げた。
「きゃっ! ゆ、祐一さん、放してくださいっ!」
「ごめん。でも、舞に頼まれたことは、果たさないといけないんだ」
俺はそのまま、揺れる廊下を駆けだした。
「祐一さんっ!」
非難の声を上げながらもがく佐祐理さんを抱えて、俺は名雪達のいる方に向かって走りながら叫んだ。
「名雪、栞! 走るぞっ!」
「うんっ!」
「わかりましたっ」
俺達はそのまま廊下を一気に走り抜け、ホールに飛び出した。
開け放たれた玄関のドアの脇では、先に行った天野と真琴が待っていた。
「相沢さん、こっちです」
「遅い〜っ!」
「おうっ! 名雪、もう一息だ……ぞ?」
声を掛けようと振り返ると、栞が必死な顔で走っているだけだった。
「あれ?」
「祐一、先に行くよっ!」
耳元で声がしたかと思うと、名雪は俺の脇を駆け抜けていった。
むぅ、さすが陸上部部長。
と、感心してる場合じゃないか。
俺は栞に声を掛けた。
「大丈夫か、栞?」
「はい、なん、とか……」
そう言いながらも、息も絶え絶えという感じの栞。と、足がもつれたのか、その場に転んだ。
「栞っ!!」
「だいじょ……きゃぁっ!」
返事をして起き上がりかけた栞の足に、なにかが絡み付いた。
「触手!?」
「いやぁっ! ぬめぬめしてるぅっ!」
慌てて足をじたばたさせるが、イカの足のような白い触手は、そのまま栞の足にぐるっと巻き付いた。
俺はその触手の伸びてきた元の方向を見た。階段を上がって、上の踊り場に……だわぁっ!
踊り場からあふれ出すように、触手が何十本と階段をこぼれ落ちてくるのを見て、俺は慌てた。
「栞っ! 早く逃げるんだっ!」
「祐一さん、佐祐理を下ろしてくださいっ!」
そう言うと、佐祐理さんが身をよじる。栞に気を取られていた俺がはっとしたときは、もう佐祐理さんは床に降り立っていた。そのまま奧に戻ろうとする佐祐理さんの腕を慌てて掴む。
「駄目だっ!」
「祐一さんっ!」
佐祐理さんは、振り返って、涙目で言った。
「……嫌いになっちゃいますよ」
ぐわぁっ!
祐一は500ポイントのダメージを受けた。
……なんてやってる場合か!
「嫌われても駄目だ! 舞と約束したんだからなっ!」
そう言って佐祐理さんを引っ張り戻すとそのまま抱きしめる。そうして佐祐理さんの動きを封じておいて、栞に叫んだ。
「逃げろ、栞っ!」
「そんなこと、判ってるんですけど……」
栞は、触手を掴んで解こうとするが、ぬるぬるしていて掴みどころがないようだ。
と、その手に別の触手が絡み付く。
「ひゃぁっ!」
「栞っ!」
叫びながらも、別の触手が俺達の方に伸びてくるのを見て、俺は佐祐理さんを抱いたまま、慌てて後ずさる。
その間にも、栞の華奢な体に、2本、3本と触手が絡み付いていく。
「いやぁっ!」
どうすることもできないってのか、俺はっ!?
「助けて……、たすけて、お姉ちゃん!」
そう叫ぶ栞の口に触手が潜り込む。
「むぐぅっ……」
いかんっ! このままじゃ18禁ファンタジーの世界に行ってしまうじゃないかっ!
なんて考えてる余裕は無かった。怒濤のごとく触手が俺達の方にも伸びてきたからだ。
くそっ、どうすれば……。
「祐一っ、あとはあたしにおまかせっ!」
耳元で叫ぶ声。
「なっ!?」
次の瞬間、真琴が俺の脇を駆け抜けて、栞に駆け寄っていった。
「バカっ! 戻れ真琴っ!」
「きゃぁっ! なにようっ、これっ!」
……ミイラ取りがミイラになった……。
俺は額をペシンと叩くと、叫んだ。
「真琴っ、栞だけでいいから助けるんだっ!」
「あんたねぇっ! あたしはどうでも……ぐぷっ!」
真琴も口に触手を突っ込まれてもがいている。
と、不意に足をぐいっと引っ張られた。真琴に気を取られている間に、触手が俺の足に巻き付いていたのだ。
「しまった!!」
これまでかっ!?
と。
バサッ
不意に、何か粉のようなものが撒かれた。俺の足に絡みついていた触手が、その粉がかかるやいなや、すごい勢いで退く。
「なんだぁっ!?」
振り返ると、天野が手に袋を持って立っていた。そしてその袋の中から白い粉を掴み出して撒いている。
「天野?」
「相沢さんも、倉田先輩も、手伝って下さい」
「え?」
「これをあれに向かって撒くんです」
「これって、この粉?」
「お願いします」
そう言うと、さらに粉を撒く天野。
頼まれると断れない佐祐理さんは、黙って頷くと袋の中をのぞき込んだ。そして首を傾げる。
「この粉はなんですか?」
「舐めてみればわかります」
粉を撒きながら言う天野。
「そんなに害はありませんから」
「そんなに、ってなんだ?」
言いながら、俺は指を突っ込んだ。指に付いた白い粉を舐めてみる。
しょっぱい。
改めて袋を見てみると、『赤穂の天塩』と書いてあった。
「塩か、これ?」
「はい」
頷くと、天野は触手に絡み付かれている真琴に向かって、その塩を撒いた。次の瞬間、触手が真琴を放り出して引っ込んでいく。
ドタッ
「あ痛ぁっ」
床に放り出された真琴が、奮然と立ち上がると、天野に駆け寄った。
「美汐っ! あたしにもそれちょうだいっ!」
「どうぞ」
天野は袋の口を大きく開けた。真琴は両手をそれに突っ込むと、山盛りにすくい上げて、投げつける。
「よくもやったわねぇっ! ええいっ!!」
ばっさぁぁっ
ちょうど栞が絡み付かれている辺りの触手に塩がばらまかれて、ジュッという音とともに、もうもうと煙が上がった。
「栞っ!」
「……ケホケホケホッ」
咳き込む声が聞こえた。俺は片手に塩を持って、栞に駆け寄った。
「大丈夫かっ!?」
「……からいです」
泣きそうな顔で、栞が体を起こした。触手の残したぬるぬるに真琴の撒いた塩がベッタリと張り付いて、かなり壮絶な様子である。
「どうしたっ、変なところを触られなかったのか?」
「そんなこと言う人は嫌いです」
じとぉっと涙目で俺を睨む栞。どうやら大丈夫なようだ。
「よし、みんな逃げるぞっ!」
「そうですね。それがいいと思います」
天野がうなずき、俺達は塩の袋をそこに置いて、玄関に向かって駆け出した。
走りながら、俺は天野に尋ねた。
「で、なんで塩なんて持ってたんだ?」
「なんとなくです」
……天野って、なんとなくで塩を持ち歩いているのか?
「それにしても、よく塩が弱点だと判ったな?」
「なめくじには塩が基本ですから」
相変わらず無表情に答える天野。そう言われてみれば、あの触手、なめくじのような感じもしないでもないが……。
「祐一っ、みんなっ、こっちだよ〜」
玄関ドアの脇で名雪が手を振っていた。
「おう、名雪。……なんでそこにいるんだ? さっさと外に出てればいいものを」
「だって、心配だったんだもん」
口を尖らす名雪。その前を俺達は駆け抜けて、外に飛び出した。
「ああっ、待ってよっ!」
最後に名雪が飛び出した途端、玄関のドアがいきなりバタンと閉まった。
「えっ!?」
慌てて佐祐理さんがドアに飛びつく。
「待ってくださいっ、まだ中に舞がいるんですよっ!」
そう言いながら、ドアノブをガチャガチャとひねるが、ドアは開かない。
「舞っ、舞っ!!」
叫びながら、ドアをどんどんと叩く佐祐理さん。
俺は慌ててその手を掴んだ。
「佐祐理さんっ、舞なら大丈夫だ、きっと。とにかく、この洋館から離れよう!」
「で、でも……」
その時、名雪が声を上げた。
「祐一っ、大変だよっ!」
「なんだよ、今忙しい……」
佐祐理さんの手を掴んだまま振り返った俺に、名雪は叫んだ。
「あゆちゃんがいないんだよっ!!」
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あとがき
お久しぶりの「プールに行こう」の続きです。
いや、このところちょっと別のSSで忙しかったもので(苦笑)
ちなみにママトトはもう飽きました(笑)
だって単調なんだもん。
さて、間を空けると感想来るかな、と思って止めてみましたけど、結局そう変わりませんでしたねぇ(笑)
それとも、もっと間を空けないとダメなのかな?
うーん。この際1ヶ月くらい空けてみようかな……。
プールへ行こう Episode 22 99/7/12 Up