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俺はもう一度、俺の手を握ったまま涙目でえぐえぐと俺を見上げるあゆと視線を合わせた。
Fortsetzung folgt
「もう一度聞くけど……」
「いやだよっ。もう思い出したくないよっ」
「どうしたの、祐一?」
名雪がやってきた。
「おう、香里とお別れは済ませたか?」
「そんな事言う人は人外です」
しまった。栞も来てたか。
「祐一、不謹慎」
「すみません。反省しています」
俺は謝ると、訊ねた。
「それはそうと、名雪。ちょっと聞きたいんだが、さっきの部屋……」
「あ、うん。びっくりしたよね」
名雪は、ちょっと首を傾げた。
「あんなところで寝てるなんて」
「……どう見たら寝てるように見えたんだ?」
「えっ? だって、部屋の中で横になってたじゃない。あのおじいさん」
「横になってるからって、寝てるとは限らない……」
言いかけて、ふと気付く。
「名雪、今なんて言った?」
「部屋の中で横になってた……」
「その次」
「あのおじいさん」
「おじいさん? 中年のサラリーマン風の男じゃなくて?」
今度は名雪が不思議そうに俺を見る。
「おじいさんだったよ。白い髪で小柄なおじいさん。なんだか気持ちよさそうに寝てた」
「うつぶせに?」
「ううん、仰向け」
俺と名雪の会話を聞いていたらしいあゆが呟く。
「違うよ、女の人だったよ」
「どんな?」
「いやぁ、思い出したくないんだよっ!!」
またぶんぶんと頭を振るあゆ。
栞がきょとんとして俺達を見比べていた。
「いったい、何の話をしているんですか?」
「すまん、栞。あとで説明するから」
「わかりました。ちゃんと説明して下さいね」
そう言って引き下がる栞。さすが聞き分けはいい。
俺は天野に向き直った。
「天野、何か知っているのか?」
「大したことは知らないですよ」
天野はいつもと同じ表情で答えた。
「ただ、“あれ”は、見る人によって違うものに見える、というだけです」
「なんだそりゃ?」
思わず聞き返す俺。
天野は肩をすくめた。
「今のところはまだ害はないですけどね。でも、いつまでも大人しくしていてくれるかどうかはわかりません」
「……何を言ってるんだ、天野?」
俺は困惑した。そんな俺を見て、天野は少し考えてから、訊ねた。
「相沢さん、擬態って、知ってますか?」
「ぎたい?」
俺はさらに困惑して振り返った。あゆはぶんぶんと首を振る。
「ボクは知らないよっ」
「わたしも初めて聞いたよ〜」
名雪が笑顔で答える。
学年トップの香里か佐祐理さんなら知ってるだろうが、香里はダウンしているし佐祐理さんは3階だ。
俺達の反応を見て、天野はため息をついた。
「相沢さん達って、上級生ですよね」
「悪かったな」
上級生だろうと何だろうと、知らないものは知らないのだ。
と、不意に、今まで黙って聞いていた栞が言った。
「擬態って、動物が身を守るために、自分の色や形を周囲の他のものに合わせること、ですよね?」
「そうです」
こくりと頷く天野。
……俺達、上級生のメンツ丸つぶれである。
まぁ、栞は香里の妹だから、それなりに頭がいいんだろう、きっと。
「えーっと、その、なんだ……」
「祐一、言い訳は見苦しいよ」
「ボクもそう思うよ」
後ろから2人に突っ込まれる。なんだよ、お前らだって知らなかったくせに。
「ゴホン、それはともかく、だ。その擬態とやらがどうしたって?」
俺は咳払いをして、話を元に戻した。
そのとき、不意に悲鳴が聞こえた。
「きゃぁぁっ!」
あの死体のあった部屋の方だ!
そして、今の悲鳴は、佐祐理さんっ!?
俺は身を翻した。その時、あゆの手を強引に振り払う格好になり、あゆはその場に尻餅を着いた。
「きゃっ」
「す、すまん」
謝って、俺はドアに向かって走る。
そのとき、いきなり頭の中に何か悲鳴のような叫びが響いた。
「ぐっ!!」
脳味噌にそのまま直に手を突っ込んでかき回されるような、おぞましい感覚。
上下左右の方向が全然判らなくなる。
気がつくと、俺は床に倒れていた。
倒れたときに打ったのか、右の頬が妙に熱い。
……いや、違う。
俺は床に倒れている。その床に接している部分が妙に熱い。つまり……床が熱い。
この洋館は床暖房でも敷いているのか?
いや、だってついさっきまでは、そんなことはなかったはず。
体を起こして頭を振り、部屋を見回した。
今の衝撃を受けたのは、俺だけなのか?
違った。
皆、それぞれもといた場所に崩れ落ちていた。
「名雪っ、あゆっ、栞っ、真琴っ、天野っ!」
「……最後ですか、私は?」
そう言いながら、天野が体を起こした。
「すまん。大丈夫か?」
「私は……」
大丈夫、と言いたかったのだろう。だがその前に、さらに外から悲鳴が聞こえた。
「なによぉ、今の?」
ドアのノブに手をかけて、真琴が体を起こした。
「もうっ、なんなのっ。祐一のバカっ!」
悪態をつきながら、ドアを開ける。
……なんで俺がバカなんだ?
そう聞きたかったが、それどころじゃない。
「どけっ、真琴っ!」
叫びながら、俺はその場から跳ね起きた。ずきっと頭が痛んだが、行動できなくなるほどじゃない。
「え? きゃっ!」
俺の動きに驚きながら真琴が飛び退き、その真琴と入れ替わるように、俺は真琴が開けたドアから廊下に飛び出した。
廊下には、思った通り佐祐理さんと舞がいた。舞は既に剣を構え、佐祐理さんを背後にかばっている。そして舞の前には、開けっ放しのドア。間違いなくあの部屋のドアだ。
佐祐理さんは、がたがたと震えている。普段いつも明るく朗らかな佐祐理さんからは信じられないくらい取り乱しているようだった。
「さ、佐祐理はっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「佐祐理、さがって」
舞が言うが、佐祐理さんはそのまま廊下にぺたんと座り込み、うつろな声で「ごめんなさい」を繰り返していた。
「舞っ、佐祐理さんっ!」
俺が駆け寄ると、舞はちらっと俺を見て、開きっぱなしのドアの中に視線を戻す。
俺もそのドアの中を見て、言葉を失った。
「なんだ、ありゃ!?」
そこはもう部屋ではなかった。
グロテスクな肉色の壁がうぞうぞと蠢く、何かの動物の内臓のような部屋。あゆが見たら即座に失神だろう。
と、その中から不意に何かが飛び出してきた。
「はぁっ!」
気合い一閃、舞がそれを斬る。
ズバァッ
見事にそれは両断されて床に落ち、……嘘だろ、おい?
床に落ちたそれ……何かの肉の塊としか見えなかったそれは、そのまま床に溶けるように消えたのだ。
「舞っ! お前何を……」
「魔物」
舞はそう言った。
「魔物? まさか、あれか?」
「そう」
こくりと頷く舞。そして、部屋の中を見据える。
「私は、魔を狩る者だから……」
馬鹿な! あれは深夜の学校にしか出ないはずじゃ……。それがなんでこんな所に?
それに、あれは目には見えないはずじゃ……。
おかしい。何かが違う。
俺の頭の片隅で、何かが警告を発していた。
「なっ、なにようっ、これぇっ!」
後ろで真琴が声を上げ、俺は我に返った。
「真琴、手伝えっ!」
「えっ?」
「佐祐理さんを安全な場所に運ぶんだっ!」
俺が叫ぶと、真琴も頷いた。
「わ、わかった」
俺と真琴は佐祐理さんに駆け寄る。
「佐祐理さんっ!!」
「ごめんなさい、佐祐理は、一人で、幸せに、一弥……」
佐祐理さんは、涙をぽろぽろとこぼして泣いていた。
いつも朗らかな佐祐理さんがそうして泣いているのをみるだけで、俺まで胸が痛くなる。
舞もそうなんだろう。深夜の学校よりも、さらに厳しい顔をしている。
「佐祐理さんっ!」
もう一度呼びかけると、佐祐理さんははっと顔を上げた。
「……祐一さん?」
「そうだっ、相沢祐一だっ!!」
「真琴もいるよっ!」
真琴も顔を出す。
「さ、佐祐理は……」
「いいからっ、こっちに!」
俺は佐祐理さんの腕を掴んで、無理矢理に引っ張り起こした。
タンッ
背後で、軽い足音が聞こえ、振り返った俺は驚愕した。
舞が翔んでいた。
あの内臓のような部屋の中へ。
「舞っ!」
その瞬間だった。
ズキッと、俺のこめかみを何かが貫いた。
魔物じゃない。
でも、
舞を悲しくさせたこと、
絶対に許せない。
「なっ、舞かっ?」
こめかみを押さえながら、俺はよろけた。
「きゃっ! 祐一、なにしてるのようっ!!」
一瞬、俺と佐祐理さんの2人分の体重を支える羽目になった真琴が叫び、俺は我に返った。そして、部屋の中に視線を戻す。
「舞っ!!」
もう一度叫ぶ。
部屋の中央に飛び込むと、舞はすっくと立ち上がった。
その瞬間、部屋の四方からその舞に向かって肉の塊のようなものが飛ぶ。
舞は飛びすさってそれをかわし、剣をふるって断ち切る。
その様はあたかも、ゲーセンでプロのゲーマーがプレイする難易度の高いシューティングを見ているようだった。
すさまじいまでの勢いで四方八方から繰り出される攻撃を、完全に見切って全て剣で斬り伏せていく舞。
「す、すごいんだぁ」
隣で真琴が呟き、俺は我に返った。
「真琴、佐祐理さんを部屋まで運ぶぞっ!」
「えっ? で、でも……」
「舞なら大丈夫だっ。行くぞ」
「部屋は止めた方がいいと思いますよ」
不意に言われて、俺は声の方を見た。
「天野?」
そこには天野がいた。その背後から、名雪が香里を背負って出てくる。栞もその香里の背中を支えていた。
「どうするんだ?」
「この洋館を出ましょう」
天野は言った。
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あとがき
さてさて、ようやく収束の気配を見せ始めました「洋館編」です。
あんまり怖くはなりませんでしたなぁ(苦笑)
ま、最初の予定は「みじゅぎで萌え萌え〜」という話だったんで、ようやくこれで本道に戻るんでしょう。
……長い寄り道だった(笑)
いや、あゆあゆを泣かしたいからとかメイド服を着せたいからとかそういう理由じゃ……。
えっと。
んじゃ、そういうことでっ!!(爆笑)
PS
感想が欲しいという話を以前書いたんですが、そうしたら更新速度が速すぎて感想を書く暇がないというお言葉を複数から頂きました。
やっぱり書く速度は落とした方がいいでしょうか?
プールへ行こう Episode 21 99/7/5 Up