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「あゆがいなくなった?」
Fortsetzung folgt
俺が聞き返すと、名雪はこくこくと頷いた。
「と、とにかく佐祐理さん達にも話をきいてみよう」
俺はそう言って、階段を駆け上がった。後から名雪もついてくる。
廊下を走り抜け、ドアに手をかけて開く。
と同時に飛び退く。
ブン
予想通り、その俺をかすめて振り下ろされる剣。
冷や汗をかきながら、俺は怒鳴った。
「舞っ! お前俺に何か恨みでもあるのかっ!?」
「……」
「そこで黙るなっ!」
「あらあら、お帰りなさい。ちょうど良かった。お茶が入ったところですよ〜」
佐祐理さんが奥の方から声をかけてきた。
「あ、ども……」
「……別にないから」
その頃になって、ぼそっと言う舞。俺はどっと疲れた。
「そりゃよかった。それより、佐祐理さん、あゆがいなくなったって……」
「えっ?」
そう言われて、初めて気付いたように佐祐理さんはぐるっと部屋を見回した。
ちなみに、停電してるのか、それとも電気を止められてるのかは判らないが、いくらスイッチを押しても電気はつかなかった。単にブレーカーが落ちてるだけかもしれないが、こんなでかい屋敷の何処にブレーカーがあるのか、俺には皆目見当が付かない。
というわけで、灯りはこの部屋にあった非常用と思われる懐中電灯がいくつかしか無かったのだが、どうやら俺達が外にいるうちにどこからか見つけだしたらしく、テーブルの上には燭台が置いてあった。蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れながら、それでも部屋の中を暖かな光で照らしている。
「……そういわれてみると、いませんねぇ」
佐祐理さんは小首を傾げた。
俺はきびすを返そうとした。
「ちょっと捜してきます」
「……せっかく、お茶煎れましたのに……」
佐祐理さんの悲しそうな声。と同時に、俺の前に剣が突き出される。
「な、なんだよ、舞?」
「佐祐理を悲しませたら、許さないから」
「そういう問題かっ!」
そう言いながら、とりあえず廊下に顔だけ出して左右を見回すが、あゆらしい姿は見えない。
「あゆ、良いことを教えてやろうか?」
「う、うん……」
「こういうとき、一番怖がっている奴が最初にいなくなるのがパターンなんだぜ」
……ホントにいなくなりやがって、あいつ……。
俺は、壁を叩いた。それから気付く。
ホラー映画なんかだと、最初の犠牲者が出た後どうなる?
大体の場合は、そいつを探しに皆がバラバラになったところで、一人また一人と……。
とすると、ここからうかつに離れない方がいいのかもしれない。
「あの……、祐一さん、お茶はどうしますか?」
後ろから佐祐理さんの声が聞こえて、俺は振り返った。
そこには、ティーポットを片手にニッコリと微笑む佐祐理さんwithメイド服。
「頂きます」
許せ、あゆ。俺はこの魅力的なお誘いを断ることなど出来ない、意志の弱い男なんだ。
俺は心の中で弁解しながら、テーブルについた。
「ちょっと、祐一っ! あゆちゃんどうするんだよっ!?」
慌てて名雪が俺に尋ねる。と、その名雪に佐祐理さんが話し掛けた。
「名雪さんはどうします?」
「えっ? わ、わたしですかっ? いえ、わたしは……」
手を振って断ろうとする名雪に、佐祐理さんは知ってか知らずか、とどめとなる一言を発した。
「そういえば、さっき冷蔵庫にイチゴジャムがありましたから、ロシアンティーなんてどうですか?」
「頂きます」
俺の隣に腰掛けながら言う名雪。
さすが1秒了承の秋子さんの娘だけのことはある。
「ほら、舞も立ってないでお茶にしましょう」
佐祐理さんに声をかけられて、舞は無言のままうなずくと、俺の向かい側に腰を下ろした。
俺の前にティーカップを並べる佐祐理さん。むっ、最初にお湯を入れてカップを暖める辺り、流石だ。……かくいう俺も、秋子さんが毎朝ティーカップにお湯を入れているのを不思議に思って訊ねるまで、そういうことは知らなかったのだが。
こぽこぽこぽ
綺麗な色(だと思う。蝋燭の光しかないので、色はちょっとよくわからなかった)の紅茶がカップに注がれる。
次いで、舞のカップに紅茶を注ぐ佐祐理さんを見ながら、俺は感動していた。
まさか、この目でメイドさんを拝むことができるとは。
それくらい、紅茶を入れる佐祐理さんはメイド服が馴染んでいた。
最後に、イチゴジャムをたっぷり入れたティーカップに紅茶を注ぎ、名雪に差し出す。
「はい、どうぞ」
「わぁい」
嬉しそうな声を上げてそれを受け取る名雪。お前は小学生か?
俺は、自分の前にあるティーカップを取って、口に運んだ。そこで手を止めて、佐祐理さんに尋ねる。
「ところで、この紅茶、何処にあったんだ?」
「え? ああ、この紅茶ですか? 水はここの水道のですけど、葉っぱは持ってきたものです」
「水道?」
言われてみると、部屋の片隅に小さなキッチンがあった。
「はい。ちゃんと沸騰させましたから大丈夫ですよ」
にっこり笑って言う佐祐理さん。
いや、そうじゃなくて。
「持ってきたって、紅茶の葉っぱを?」
「はい。いつどこでお茶を入れる事になるか判りませんから」
平然と言う佐祐理さん。そういえば、前に一緒に弁当を食べたときにも、毎日持ってくる紅茶の種類を変えているようなことを言ってたような気がする。もしかしたら、紅茶マニアなのかもしれない。
「美味しいっ!」
隣でいきなり声を上げる名雪。
「な、なんだよ、びっくりするだろっ」
「だって、美味しいんだよ〜」
目を細めて嬉しそうな顔をする名雪。
「これだったら、ご飯4杯はいけるよ〜」
平然と恐ろしいことを言う。
俺はふと気付いて、佐祐理さんに尋ねた。
「イチゴジャムも持ってきてたのか?」
もしそうなら、かなり怖い。どっかでいつも練乳の瓶を持ち歩いてる女の子の話を聞いたことがあるが、それに匹敵するぞ。
そう思って訊ねたのだが、佐祐理さんはあっさりと首を振った。
「あ、それはそこの冷蔵庫に入ってました」
言われてみると、キッチンの横に冷蔵庫がある。
……って、おいっ!
「大丈夫なのか、それ?」
「はい。封も切ってませんでしたし、賞味期限にもなってませんでしたよ」
いや、そういう問題じゃ……。
「はう〜っ。わたし、こんな美味しい飲み物飲んだの、ロッ○リアの粒入りイチゴミルクシェーキ以来だよぉ〜」
まぁ、名雪が満足そうなのでいいことにしておく。
佐祐理さんは、自分の紅茶も煎れると、舞の隣に座った。それから俺に尋ねる。
「それで、どうなりましたか?」
「は?」
一瞬、何を聞かれたのか判らずに聞き返すと、佐祐理さんは小首を傾げた。
「祐一さんは、外で悲鳴が聞こえたから、確かめに行ったんですよね?」
そうだった。すっかり和んで忘れるところだった。
俺は簡潔に状況を説明した。
「香里が?」
半分トリップしていた名雪も、さすがに親友の名前を聞いて戻ってきた。
「で、香里や栞ちゃん達は?」
「ああ、今は1階の空き部屋にいるはずだ」
「わたし、行くよっ!」
慌てて立ち上がる名雪。流石に親友が気を失ってかつぎ込まれたと聞いて、慌てているようだ。
「……と、その前に全部飲んでいくね」
もう一度座り直す名雪。思わず机の上でこける俺。
「名雪、お前な……」
「だって、イチゴジャム入りロシアンティーなんて滅多に飲めないんだよっ」
「それくらい、秋子さんに作ってもらえっ!」
「うーっ、ひどい事言ってるよ」
……誰か教えてくれ。今の俺のセリフのどの辺りが「ひどいこと」だったんだ?
それにしても、香里、お前の存在は名雪の中じゃロシアンティーにも負けているのか。
俺は心から香里に同情するのだった。
「……ふぅ、美味しかった」
佐祐理さん特製ロシアンティーを堪能した名雪は、ぺろっと唇についたイチゴジャムを舐めると、立ち上がった。
「さて、それじゃ行くか?」
そう言って、俺も立ち上がる。そして、ティーカップを名残惜しそうに見ている名雪の腕を引いた。
「ほら、香里の様子を見に行くんだろ?」
「う、うん、そうだよね」
頷くものの、未練がましくじとーっとティーカップを見つめる名雪。
「ほら、行くぞ」
俺はその腕を掴むと、引きずるように部屋の外に出た。そして、すぐに戻った。
「あの〜」
ティーカップを流しに運んでいた佐祐理さんが振り返って目を丸くした。
「あら、お早いんですね」
「いや、そんなに早いほうじゃないと自分では思ってるんだけどな」
頭を掻きながら言ったが、佐祐理さんには下ネタギャグは通じなかった。
っていうか、佐祐理さん相手に下ネタギャグを飛ばしてしまった自分が恥ずかしい。
「いや、流石に寒くなってきたんで」
そう。何かと大騒ぎになっていてすっかり忘れていたが、俺は未だに海パンひとつで歩き回っていたのである。
しかし、俺一人こんな格好でうろうろしているのに、ツッコミ入れないみんなもみんなだ。
「そうですか。よかったです」
ぽんと手を叩いて嬉しそうに言う佐祐理さん。なんでだ?
俺の表情を見て、佐祐理さんは説明した。
「だって、祐一さん、とっても寒そうな格好してるのに、誰も何も言わないんですもの。もしかして佐祐理の方が何か間違ってるのかもと思って、今まで何も言わなかったんですけど。やっぱり、佐祐理は間違ってなかったんですね」
「まちがックション」
くしゃみをして、俺は手を振った。
「いや、今のはマコピー語じゃないんですけど」
「はぁ、そうですか?」
いかん、マコピー語も通じないギャグだった!
後ろから名雪が冷たく言った。
「祐一、さっきから滑りっ放しだよ」
「がーん。あの名雪に言われてしまった……。俺っていったい……」
「……なんかすごくひどいことを言われたような気がするよ〜」
むくれる名雪。
おっと、そんなことしてる場合じゃない。
「とにかく、何か着替えないかな?」
「着替えですね。ちょっと待って下さいね」
佐祐理さんはティーカップを流しに置くと、クローゼットを開いてゴソゴソし始めた。ややあって、ハンガーに掛かった服を取ってこっちに駆け寄ってくる。
「これなんかどうでしょう? ほら、ピッタリ」
その服を俺に当ててにっこりと笑う佐祐理さん。
「……ごめん。その服は着れない」
「どうしてですか? サイズだってピッタリなのに」
悲しそうに言う佐祐理さん。ぴくりと反応して、剣を手元に引き寄せる舞。
しかし、俺にだって言い分はある。
「俺がメイド服着てどうするんですかっ!」
「そうですか? 似合うと思ったのに」
ますます悲しそうな佐祐理さん。しかし、それとこれとは話が別だ。
「男物の服をお願いします」
俺は断固として言った。
「佐祐理は残念です」
そう言って、佐祐理さんはそのメイド服をクローゼットに戻した。
後ろで名雪がくすくす笑っているのが判る。畜生、あとでお仕置きしてやる。
結局、カッターシャツに黒いズボンという、いかにも男子学生というスタイルに落ち着いた俺は(ちなみに、佐祐理さん達の前で海パンを脱ぐわけにもいかず、まだ履いたままだ)、これも佐祐理さんから借りた懐中電灯を片手に廊下を歩いていた。
床に敷かれた絨毯が足音を吸収してしまうせいで、聞こえる音といえば外からの雨音だけだった。未だに雨は降り続いているらしい。
そういえば……。
俺は振り返って名雪に尋ねた。
「なあ、名雪」
「え、どうしたの?」
「今何時だ?」
俺の質問に、名雪は小首を傾げた。
「わかんないよ」
「なんでだ? あれだけ時計持ってるくせに」
「ここには持ってきてないもん。祐一こそ……」
言いかけて、名雪はぽんと手を打った。
「そういえば、祐一は腕時計とか持ってないんだよね」
「持ってないんじゃなくて、するのが嫌いなだけだ。名雪こそ付けてないのか?」
「うん。だって、わたしの時計防水じゃないもん。お母さんに預けて来ちゃったよ」
「むぅ、役に立たない奴め」
俺がそう言ったまさにその瞬間、いきなり大きな音が鳴り出した。
ボーン、ボーン、ボーン
きっかり3回鳴ると、また静かになる。
「……3時みたいだよ」
「お前、よく平然としてるな?」
「くー」
「寝るなっ!」
「え? わたし寝てた?」
目をこすりながら顔を上げる名雪。俺は頭を掻いた。
「なんで寝る? まだ3時なんだろ?」
「そうだけど……」
「ほら、行くぞ」
俺は名雪を急かしながら、階段を降りた。3階から2階へ降り、1階に通じる踊り場に出たところで、それが聞こえた。
「……っ、……っ」
「……名雪、何か言ったか?」
「ううん、何も言ってないよ」
名雪はそう答えると、逆に聞き返した。
「何か聞こえたの?」
「ああ。今のは……」
言いかけて、黙る。名雪にも、身振りで黙るように知らせる。
「……っく、……ううっ」
微かに、どこからともなく嗚咽のような声が聞こえてくる。本当に微かで、ややもすると雨音に紛れてしまいそうになるが、確かにそれは人の声のようだった。
俺の背筋がすぅっと冷たくなる。
本当に幽霊のお出ましかよ、おい?
名雪にも、声が聞こえたらしく、不安げに俺の背中に寄り添ってきた。
「祐一、何か聞こえるよ〜」
口調は相変わらずのんびりしているが、こいつなりに緊張はしているらしい。
「よし。お前は1階に言って天野達と合流しろ」
「えっ? 祐一はどうするの?」
俺は、振り返った。そこには、2階の廊下が続いている。
そっちから、さっきの声は聞こえてきたような気がした。
「……俺が確かめてやる」
そう言って、俺は名雪に懐中電灯を渡し、背中を押す。
「行けって」
「……嫌だよ」
名雪は、静かに答えた。
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あとがき
ども〜。一日空いたのはママトトやってたからです(笑)
いや本当のことを言えば、昨日完成した原稿を某所に忘れてきてしまったんです(苦笑)
というわけで、第19話は記憶を頼りに書き直しました。そしたら何故か元のやつから変わっているような気がします(笑)
ママトト、とりあえず終わったと思います。いや、アーヴィエンドだと思うんだけど……、いいんだろうかあれ?(笑)
いや、久しぶりにアリスらしいソフトだと思いますよ。うん。
そのうちに何か書くかもしれません。いや、書かないと思うけど(苦笑)
プールへ行こう Episode 19 99/7/3 Up