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「なんだっ!?」
Fortsetzung folgt
俺は、部屋から外に飛び出した。
後ろから、名雪の恨めしそうな声が聞こえてくる。
「見た〜。祐一に見られたぁ〜」
「そんなこと言ってる場合かっ! 今の聞いただろっ!」
そう言いながら振り返ると、名雪が慌てて胸を腕で隠しながらしゃがみ込んだ。
「何度も見ないでよ〜」
「今のはお姉ちゃんの声ですっ!」
同じく部屋から飛び出してきた栞が、俺の腕を掴んで言った。
「香里の?」
「はい。間違いないですっ。……多分」
最後の“多分”がちょっと不安だが、栞がそう言うのなら間違いないだろう。
「よし、みんなはここにいてくれ。俺が見てくる!」
「……祐一、なにか誤魔化そうとしてない?」
しゃがみ込んだ名雪が不満そうに言った。
「いや、ぜんぜんまったくこれっぽっちもそんなことないぞっ!」
身振り手振りを交えて熱く語る。
「……思いっきり嘘っぽいよ〜」
「あははーっ」
なぜそこで笑うんだ、佐祐理さん?
「と、とにかく行って来る」
身を翻そうとしたが、栞がしっかりと俺の腕に掴まっているので出来なかった。
「栞も待っていて……」
「私も行きます」
静かに、しかしきっぱりと栞は言った。
説得する時間も惜しい。俺はそう思って頷いた。
「わかった。舞、他のみんなを頼む」
「大丈夫。佐祐理は守るから」
平然と答える舞。
「……佐祐理さん以外の人も頼む」
「……」
何故か間をおいて、舞は頷いた。
「わかった」
その間が無茶苦茶不安ではあるが、とりあえず舞に任せれば大丈夫なはずだ。
「あ、祐一さん。これ使って下さい」
佐祐理さんが駆け寄ってくると、懐中電灯を渡した。
「サンキュ、佐祐理さん。行くぞ栞」
「はい」
こくりと頷く栞。
俺達は廊下を駆けだした。
声は洋館の外から聞こえた。というわけで、俺達はまず階段を駆け下りる。
「栞、そのスカート長くないか? なんか走り辛そうだぞ」
「そんなことより、早く……きゃっ!」
気が焦ってるせいだろう、階段を踏み外した栞が、そのまま転げ落ちた。
ガタガタッ
「栞っ!!」
俺は踊り場に倒れている栞に駆け寄った。幸い、落ちたのは数段だから、大したことは無いはずだが。
栞は俺が手を貸すよりも早く立ち上がったが、歩き出そうとしてよろめく。
「痛っ」
「大丈夫か、栞?」
「大丈夫ですっ。それより……」
そう言いながら歩き出そうとするが、またよろめいて壁に手を付く。
「無理するな。足首か?」
「は、はい……」
そう言いながらも、壁に手を付いて体を支えながら前に進もうとする栞。
栞って意外に頑固だから、ここで引き返せって言っても聞かないだろうな。仕方ない。
「栞」
俺はため息を付くと、栞に懐中電灯を渡した。
「これ、持っててくれ」
「え、あ、はい」
懐中電灯を受け取る栞。その前で、俺は背中を向けてかがみ込んだ。
「えっ?」
「え、じゃない。背負って行ってやるって」
少しはためらうかと思いきや、躊躇せずに栞は俺の背中にふわりと体重を乗せてきた。
「お願いします」
どうやら、ためらう時間も惜しいらしい。
俺は立ち上がって駆け出した。2階から1階に駆け下りる。
「ごめんなさい」
背中で栞が言う。俺は肩をすくめた。
「いいって。それより、足は痛むか?」
「今は大丈夫です。多分、ひねっただけですから」
少なくとも、声に苦痛の色は無かった。多少安心しながら、玄関ホールを抜けて、ドアにたどり着くと、ノブを回そうとした。
ガチャガチャッ
「……」
「どうしたんですか?」
背中からの声に、俺は振り返った。
「鍵がかかってる」
「そんな……」
「栞、ちょっとここにいてくれ」
俺は背中の栞を下ろすと、右にある窓に駆け寄った。
窓ガラス一枚隔てた外は、相変わらずの嵐状態のようだった。俺は窓を開けてそこから外に出ようと思ったのだが、どこにもちょうつがいらしいものがない。どうやらはめ込み式の窓のようだった。
「……だめだ、この窓は開かないな……」
と、栞が呼んだ。
「祐一さん」
「どうした?」
玄関のドアに駆け戻ると、栞が笑顔で座っていた。
「開きました」
「……はい?」
「ほら」
栞が手を伸ばしてノブをひねると、あっさりとドアが開き、外の雨音が聞こえるようになった。
「ね?」
「どうやって?」
思わず聞くと、栞は唇に指を一本当てて言った。
「ヒミツです」
「なんでもいいや。よし、おぶされっ」
「はいっ」
俺は再び栞を背負うと、外の様子を伺った。そして気付く。
「外に出ると濡れるな……」
俺はともかく、栞は……。
「私は大丈夫ですから」
背中で言う栞。とはいっても、あゆや名雪や真琴みたいな健康優良児じゃないんだぞ、栞は。
「それよりも、早く!」
……仕方ないか。
「判った」
覚悟を決めて、俺は駆け出した。
その途端、足を取られそうになり、慌てて踏みとどまる。
風が強い上に足下は雨のせいでぬかるんでいるので、走るにはおよそ向いていない状況だった。
「どっちだ?」
「さぁ?」
栞が小首を傾げる。と同時に、稲妻がかぁっと閃光を走らせた。次の瞬間、すさまじい音が鼓膜を揺さぶる。
「……!!」
ぎゅっと栞が俺にしがみつく。さすがに驚いたらしい。かく言う俺も一瞬硬直していた。
と、不意に栞は俺の髪を引っ張った。振り返ると、右の方を指している。
「何かあったのか!?」
「何か見えたような気がするんですっ!」
大声を出さないと聞こえないくらい、雨と風の音が大きかった。
「わかった!」
俺は頷くと、駆け出した。足下がぬかるむが、それでも懸命に走った。
「あっ!」
背中で栞が小さく叫ぶ。俺も同時に、それを見た。
木の下で倒れている水着姿の少女の姿。
「お姉ちゃんっ!!」
「香里っ!」
俺達は、そっちに駆け寄った。
倒れている香里のそばで、俺はかがみ込んだ。栞がその俺の背からするっと降りると、香里の顔をのぞき込む。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!!」
「……」
返事はない、ただのしかばねのようだ。
等とギャグを飛ばそうかとも思ったが、自粛する。代わりに、香里の上体を抱き起こして揺さぶってみる。
「香里っ、しっかりしろっ!」
「お姉ちゃんっ!!」
名前を呼びながら、なんか暗いなと思ったら、栞は懐中電灯を地面に放り出していた。
「栞っ、懐中電灯!」
「香里お姉ちゃんっ! しっかりしてっ!」
栞は懸命に呼びかけていて、それどころではないようだった。俺は仕方なく香里をもう一度地面に寝かせて、懐中電灯を拾った。それからその光で香里の体を照らしてみる。
とりあえず、香里の体に傷はないようだった。もっとも、ワンピースの水着の下まではわからんが。
「ど、どうしましょう。えっと、えっと……」
普段は、割と冷静な方の栞だが、さすがに姉が倒れているという状況に、すっかりパニックになっているようだった。
と、後ろで冷静な声がした。
「本当は、頭を打っている可能性もあるから、むやみに動かさない方がいいんですけれど、この場合はこのままにしておくと体温の低下を招いてさらに危険になりますから、館の中に運んだ方がいいと思います」
「天野か?」
振り返ると、天野と真琴が傘をさして立っていた。
天野は、いつも通りの冷静さでかがみ込むと、香里の口の前に手をかざした。
真琴がおそるおそるのぞき込む。
「ね、生きてる?」
「……呼吸はあります」
そう言うと、天野はいきなり香里を呼び続けている栞の頬を叩いた。
パシッ
風雨の轟音の中で、その音がやけに響いた。
「……えっ?」
一瞬、きょとんとする栞。その右の頬が赤くなっていく。
俺は思わず天野に食ってかかろうとした。
「天野、お前っ!」
「ごめんなさい。でも、栞さん、あなたが慌てたら、誰が香里さんを助けるの?」
天野はそんな俺を無視して、栞に話しかけた。
「……そ、そうですね。ごめんなさい、もう大丈夫です」
栞はこくりと頷いた。天野も頷くと、俺に向き直る。
「相沢さん、香里さんを背負ってください」
「えっ、あ、ああ……」
毒気を抜かれて、俺は頷いた。次いで、天野は栞の腕を取って自分の肩に回すと訊ねた。
「立てそうですか?」
……天野の奴、栞が足をくじいてることまで判ってるのか?
「えっ? あ、えっと、やってみます」
天野の肩を借りて立ち上がる栞。でも、1歩歩くとふらついた。
「痛っ……」
「真琴、手伝って」
「えっ? あたしっ?」
しげしげと俺が背負った香里の顔を見ていた真琴が、いきなり指名されて素っ頓狂な声を上げる。
天野はこくりと頷いた。それから、片手で持っていた傘を離す。
あっという間に傘は風に飛ばされていった。たちまち雨に濡れる天野。
「天野さん?」
「この風の状態では、傘をさす方が危険ですから」
栞に答えると、天野は真琴に視線を向けた。
「わ、わかったわようっ!」
真琴も同じように傘を捨てると、反対側から栞の腕を自分の肩に回した。
「これでいいんでしょっ!」
「はい」
こくりと頷くと、天野は俺に視線を向けた。
「相沢さん、ぼうっとしてないで、はやく行ってください」
「あ、ああ」
頷いて、俺は歩き出した。言うまでもなく栞よりも香里の方が重くて、この状態で走っていくことはできなかったのだ。
館の中に戻って、俺はようやく雨から開放されて一息ついた。体中から雨水が滴り落ちている。
「で、香里はどこに運べばいいんだ?」
「あちらです」
俺から懐中電灯を受け取っていた天野が、1階の奧に続く廊下を光で指した。
「あちらにベッドのある部屋を見つけてあります」
「随分と手回しがいいな」
俺が素直に感心すると、天野は肩をすくめた。
「性分なんです」
どういう性分なのかよく判らなかったが、この際追求は後回しにすることにして、俺はそっちに向かって歩き出した。後ろから天野達もついてくる。
廊下に入ると、一番手前のドアが開いていた。
「そこです」
天野に言われてドアをくぐると、そこはベッドと机や椅子が一式揃った部屋だった。
とりあえず香里をベッドに横にして、俺は一息ついた。
「さて、これからどうする?」
「とりあえず、相沢さんはここまでで結構です。ご苦労様でした」
天野にあっさりと言われて、俺は思わず聞き返す。
「何だって?」
「他の皆さんは3階にいますから、そちらに戻られた方がいいと思います」
「おいおい……」
言いかけたところに、栞が口を挟んだ。
「祐一さん、あの、今から水着を脱がせちゃいますから……」
ああ、そういうことか。
俺は了解して、軽く手を上げると部屋を出た。
階段を上がって行きながら、ふと思い出す。
そういえば、北川はどうしたんだろう? 香里と同じボートに乗っていたはずなんだが……。
「祐一っ!!」
いきなり名前を呼ばれて顔を上げると、2階の踊り場に名雪が立っていた。
「どうした、名雪? メイド服似合ってるぞ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよっ! あゆちゃんが、あゆちゃんが……」
「え?」
名雪は、胸に手を置いて呼吸を静めてから、叫んだ。
「あゆちゃんがいなくなっちゃったんだよっ!」
「あゆがっ!?」
俺は思わず聞き返した。
ピシャァッ
窓から飛び込んだ稲妻の光が、一瞬俺と名雪の影をくっきりと床に映し出した。
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あとがき
もう7月ですね〜。
いよいよあとがきのネタも尽きてきました(笑)
それにしても、1日1話ペースでもう18話です。最近では長いと思った七瀬SSが全19話なので、それを確実に抜いてしまいそうな勢いです。なぜなんでしょうね(笑) 既にタイトルとは何の関係もない展開になってきているし(笑)
ではでは。
プールへ行こう Episode 18 99/7/1 Up