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Kanon Short Story #7
プールに行こう Episode 14

 ようやく昼ご飯を食べ終わり、しばらく休んでいると、北川が言った。
「そういえば、さっき泳いでいる時に見かけたんだが、向こうの方に貸しボートがあったんだ」
「貸しボート?」
「ああ。でさぁ、向こうに島が見えるよなぁ?」
 北川は、海を指した。確かに、小さな島が見える。
 俺は頷いた。
「貸しボートに島とくれば、やることは決まっているな」
「おおっ、さすが我が親友!」
「祐一、何をするの?」
 名雪が訊ねた。俺はきっぱり言った。
「島まで競争」
「その通り」
 頷く北川。
「あ、そう。じゃあ2人で頑張ってね」
 ひらひらと手を振る香里。と、北川がその手をがしっと掴む。
「それはないだろっ、美坂っ!」
「な、なによ?」
「俺と相沢が2人でボートを漕いでどうするっ!? ただ寒いだけじゃないかっ!!」
「そうだっ!」
 俺は腕組みして大きく頷く。
「ここはやっぱりパートナーとなる女の子を乗せて勝負。これこそ男の浪漫っ!」
「おうっ!」
 がしっと腕を組む俺と北川。
「それじゃ、私たちも行きましょうか。ね、舞」
「ボートを漕ぐのは嫌いじゃない」
「面白そうっ。私もやりたいっ!」
 真琴までしゅたっと手を挙げている。
 俺は北川に尋ねた。
「そのボート、何人まで乗れる?」
「残念ながら2人乗りだな」
「そうか……。実に残念だ」
「まったくだ」
「……何を考えてるんだか、この2人は」
 香里がはぁとため息をつく。
「あははーっ」
 佐祐理さんが笑っている。
 そうだ。
「佐祐理さん」
「はいはい、なんですか?」
「佐祐理さんもいつも舞と一緒っていうのも芸が無いと思うんですよ」
「そうでしょうか?」
「そこで、です。今回は組み合わせはくじ引きってことで決めませんか?」
 トン、と後ろから肩を叩かれた。振り返ると、北川がぐいっと親指を立てて片目を閉じた。
「グー」
「だろ?」
 佐祐理さんは少し考えていたようだったが、不意に舞に言った。
「舞……」
「何?」
「敵味方に別れても、佐祐理と舞は親友同士だからねっ」
「わかってる」
 こくりと頷く舞を、佐祐理さんはぎゅっと抱きしめた。それからくるっと振り返ると笑顔で言った。
「話はつきましたよ、祐一さん」
「そ、そうですか」
 何となくのまれてしまった……。
「えっと、それじゃ参加するのは、俺と北川と佐祐理さんと舞と真琴と……」
「あっ、はいはい、ボクもボート漕ぐよっ!」
 あゆがしゅたっと手を挙げながら駆け寄って来た。続いて名雪もやってくる。
「お、名雪もやるのか?」
「わたしもやるよっ。絶対祐一と香里に勝つんだもん」
 むーっとしたまま俺達を睨む名雪。さっきぴろに近づけさせなかったのを根に持っているらしい。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、名雪。私はやるなんて……」
「やりますよね、姉さん」
 にこにこしながら栞が言った。それから俺に視線を向ける。
「当然、私も参加しますね、祐一さんっ」
「ちょ、ちょっと、栞っ!」
 慌てて止めに入る香里。俺も流石に危ないと思ったので止めることにする。
「栞は止めた方がいいぞ。塩水は辛いんだからな」
「そんな事言う人は嫌いです」
 ぷっと膨れる栞。それから俯く。
「……ごめんなさい。我が儘ですよね、私……」
 ……栞、それは卑怯だぞ……。
 俺は香里をちらっと見た。その視線に気付いて、香里は「仕方ないわね」と言いたげに肩をすくめて見せた。
 ったく、甘えん坊だよなぁ、栞は。
「わかったわかった」
 俺も肩をすくめると、栞の頭を撫でてやった。
「行こうぜ、栞」
「はいっ! きっとお役に立ちますっ!」
「あんたはどこぞのメイドロボかっ!」
 ぎゅっと拳を握って言う栞にツッコミを入れる香里。
「姉さん、ひどいです〜」
「さて、と」
 俺は振り返った。
「天野はどうする?」
「仕方ないですね。ご一緒します」
 天野は諦めたように頷いた。
 俺は指を折った。
「それじゃ、えっと……俺と北川と名雪、香里、栞、あゆ、真琴、佐祐理さん、舞に天野……と」
 ちらっと秋子さんを見ると、秋子さんは笑って手を振った。
「がんばってね」
 どうやら自分は残るということらしい。確かに秋子さんに残ってもらえばちょうど10人で5組に割り切れる。
「それじゃ、組み合わせはどうする?」
「そうくると思って、作っておいたぜっ!」
 北川がざっと指した方には、砂に線が引いてあった。下にはそれぞれAからEまで2つずつ書いてある。
「もしかして、あみだくじか?」
「そうともっ! さぁっ、みんな、この線の上に自分の名前を書いてくれっ!」
 それにしても暑苦しい奴である。
 俺は、他の皆が自分の名前を書いている間に、小声で尋ねた。
「なぁ、北川」
「ん? なんだ、相沢?」
「当然、俺とお前がペアになるような組み合わせは無いように細工してあるんだろうな」
「……ふっ」
 北川は笑みを漏らした。俺はほっとした。
「まぁ、当然だよな」
「……相沢」
 北川は、水平線の彼方に視線を向けて、言った。
「そういう可能性もあったんだよな」
「……お前、その可能性は考えてなかったのかっ!!」
「俺は汚い手は使わないぜっ! 運命は自らの手でたぐり寄せるものだぁっ!!」
 ぐっと拳を握りしめて、海に向かって叫ぶ北川。
 っていうか、汚い手を使う事すら気付かなかったくせに。
 仕方ない。こうなったら、俺も運を天に任せるしかないか。
「祐一〜っ。あと祐一だけだよ〜」
 名雪の声に振り返ると、みんなわくわくという感じで待っている。
「お、おう」
 俺は頷いて、駆け寄った。そして、最後に空いている線の上に自分の名前を書く。
 これで、全員の名前が線の上に書かれた。
「よし、それじゃみんな1本ずつ横線を入れるんだ。こういう感じで、な」
 北川がそう言いながら、横の線を入れる。
 それから、またみんなが騒ぎながら横線を入れ、最後に北川がもう1本を入れてから顔を上げた。
「さて、それじゃ始めるかっ!」

 そして、組み合わせはこうなった。
 A組 名雪、真琴
 B組 佐祐理さん、天野
 C組 栞、舞
 D組 北川、香里
 E組 俺、あゆ

「うっしゃぁっ!」
 一人盛り上がる北川。
「相沢っ、俺は運命をこの手でつかみ取ったぜっ!」
「はぁ、よござんしたね」
 俺がため息混じりに答えると、後ろからつんつんとつつかれた。振り返ると、あゆが俯いて訊ねてきた。
「祐一君はボクと一緒じゃ嫌なの?」
「それは……」
「ボクは嬉しかったのに……。うぐぅ……」
 涙声になっているあゆ。俺は慌てて手を振った。
「そんなことはないぞ。あゆなら俺も安心だ」
「そ、そう?」
「そうとも。何しろ食い逃げで鍛えた体はぐはぁっ」
「食い逃げばかりしてるわけじゃないもんっ」
 俺のレバーに肘打ちを決めて文句を言いながらも、あゆは嬉しそうだった。
 さて、北川のパートナーになってしまった香里はというと、舞に頭を下げていた。
「川澄先輩、妹のこと、よろしくお願いします」
「……」
 舞は黙ったままだった。いつものこととはいえ、その舞に栞を託さざるを得ない香里としては、さぞや心配なことだろう。
 しょうがない。
 俺はあゆの頭にぽんと手を置いてから、舞のところに歩み寄った。
「舞、あのさ……」
「……大丈夫」
 いきなり、舞がぼそっと言った。でも、それで俺は安心できた。香里に向き直る。
「だってよ」
「相沢君、あたしは……」
 まぁまぁ、と押さえると、俺は言った。
「舞がそう言った以上は大丈夫だよ。なにせ、舞は約束は守るやつだからな」
 舞がそう言った以上、舞は自分の命を賭けてでも栞を守ろうとしてくれるだろう。
「それとも、俺の保証だけじゃ不安か?」
「……いいわ」
 香里はこくりと頷いた。
「信じる。相沢君と川澄先輩を」
「サンキュ」
 俺は笑って言った。それから、もう一つ気がかりなことを思い出した。
 真琴と名雪のペアは問題ないだろう。今だって一緒に暮らしてるんだし。問題は天野だ。
 俺は二人の方に視線を向けた。
「それじゃ改めてこんにちわ。倉田佐祐理です。あなたは、天野さんでしたよね」
「はい。天野美汐です、倉田先輩」
 天野が答えると、佐祐理さんはいつもの調子であははーっと笑った。
 おおっ、なんだか知らないが、天野も微笑んでるじゃないか。
 さすがは佐祐理さんである。俺は大いに安心した。
「よーし、それじゃボート乗り場に行くぞ〜っ」
 やたら張り切る北川に先導されて、俺達はボート乗り場に移動した。

「よーい、スタートっ!!」
 北川の号令に合わせて、俺達はボートに飛び乗って海にこぎ出す。
「祐一君、がんばれ〜っ」
「おいあゆっ、おまえも漕げっ!」
「でも、オールは一組しかないよっ」
「それなら手で漕げっ!」
「無茶苦茶言ってるよっ。あっ、みんな先に行くよ〜」
「なんだってぇ!?」
 慌てて振り返ると、なんとみんな先に進んでいってしまっているではないか。
 名雪や舞はともかく、佐祐理さんにまで負けるとは情けなかった。
 と、俺と視線が合った北川がにっと笑って「お先に〜」と手振りで示すと、ぐいぐいと漕いで行ってしまう。
 おのれっ、北川。他にはともかく、貴様には負けんぞっ!!
 俺は必死になって漕ぎ始めた。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 ちょっとご無沙汰しておりました。とりあえず2話分掲載です。
 いや、土日はちょっと友人の家に泊まりがけで出かけていたもので、SS書いている暇が無かったんですよ〜(笑)
 さて、それじゃそういうことで〜(笑)

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