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「……ううっ」
Fortsetzung folgt
うめき声を上げて、俺はゆっくりと目を開けた。
「あっ、気が付きましたか、祐一さん?」
「……佐祐理さん?」
俺の返事に、俺をのぞき込んでいた佐祐理さんは嬉しそうにぽんと手を打った。
「よかった」
「……俺、いったい……?」
「それは、そのぉ……」
佐祐理さんは、ぽっと頬を染めて視線を泳がせた。
と、
「祐一が気が付いたの?」
舞が顔を出した。その瞬間、俺は記憶を取り戻していた。
舞の白い丘陵とその頂点の……いかんっ、また倒れてしまうっ。
俺は慌ててその記憶をとりあえず封印して、鼻を押さえた。
がさがさ
その手に何かが触れた。
「あ、あれ?」
引っ張ってみると、鼻にちり紙が丸めて詰めてあった。しかも赤く染まっている。
って、鼻血出してたんだっけ?
俺は顔を上げて、首筋をトントンと叩いてみた。うん、どうやら出血は止ったらしい。
「これ、佐祐理さんが?」
俺がちり紙をつまんで訊ねると、佐祐理さんは首を振った。
「いいえ、舞です」
「舞が?」
思わず聞き返して舞に視線を向けると、舞はぶっきらぼうに言った。
「血が出てたから、手当した」
「あ、そう……?」
「もう、舞ったら照れ屋さんなんだから。祐一さんが倒れたときは大慌てだったんですよ〜」
ぽかっ!
佐祐理さんの額にチョップを入れる舞。
「あ、ありがとう」
「……」
無言のままの舞。でもよく見ると、ちょっと赤くなっているのが判る。どうも照れているらしい。
「さて、と」
俺は体を起こした。
「それじゃ、俺そろそろ行くよ」
「はい。いつでもまた来てくださいね〜」
「……」
にこやかに手を振る佐祐理さんと無言で別れを惜しんでる(といいなぁ)舞をそこに置いて、俺は歩き去った。
確かに甲羅干しをするビキニの美女二人を残して立ち去るのは、北川辺りに言わせると“愚の骨頂”なんだろうが、俺はあれだけ魅力的な二人を目の前にしていつまで理性が保つのか、いささか自信がなかったのだ。
すっかり体が火照っていることに気付いて、俺は少し涼もうと波打ち際に向かった。なにせ、よく考えると佐祐理さんや舞としゃべっていた間は、ずっと炎天下にいたのだ。体も火照ろうってもんだ。
お?
波打ち際でなにやら砂を積み上げているのは、真琴と天野じゃないか。
「よぉ」
「わあっ!! な、なにようっ!」
後ろから声を掛けると、相変わらず大げさに驚く真琴。
「はい、こんにちわ」
天野は相変わらず無表情だった。でも、機嫌は良さそうだ。
ちなみに真琴の水着はスポーティーな赤いビキニだった。プロポーションも悪くはないし、どことなく日本人離れした風貌と相まって水着モデルでも通用しそうだった。……頭にのせたぴろがいなければ。
天野の方はというと、自分で言っていた通りのスクール水着だった。おまけに白いゴムの水泳帽付きである。
その、一見珍妙な取り合わせが何をしていたかというと、どうやら砂で城を造っていたらしい。うむ、波打ち際の遊びの定番ってもんだな。
「砂の城遊びか?」
「悪いっ!?」
「いや、別に悪くは無いんだ……おおっと堤防が決壊したぁっ!」
不意を突いて城壁を崩す俺。ちょうどそこに波が打ち寄せてきて、海水が場内に進入する。
「ああーーーっ!! なにするのようっ!!」
「いや、俺のせいじゃない。自然の摂理だ」
「崩したの祐一じゃないっ! バカッ! 破壊魔っ! テロリストっ!」
……随分な言われようだ。
「……」
一方、天野は無言で城壁の修復を試みていたが、なぜか大きな波が連続してやって来て、善戦むなしく城壁が崩れていった。
「ほら、真琴。天野が一人でがんばってるじゃないか。お前も手伝えっ!」
「えっ! わ、わわっ!」
言われて状況に気付いた真琴が、慌ててそこに駆け寄ろうとして、転んだ。
べしゃっ
城は、脆くも真琴に押しつぶされて倒壊した。
「……あうーっ」
体を起こして自分のしてしまったことに気付いた真琴は、泣きそうになっている。
「全部壊れちゃったぁ……」
と、天野が立ち上がった。そして、城の残骸の上にぺたりと座り込んでいる真琴の正面に座ると、抱きしめた。
スクール水着の少女が、ビキニの少女を抱きしめている。見ようによっちゃすごくやばい構図なのだが、なぜか、そういう感じはしなかった。
天野の表情が、すごく穏やかだったからかもしれない。
「……あ、あの?」
「こうしてあげると、落ち着くんです」
そのままの姿勢でそう言うと、天野は真琴に言った。
「大丈夫。壊れたら、また作ればいいのよ」
「……」
真琴はこくりと頷いた。……確かに落ち着いたようだ。今度真琴にぎゃんぎゃん言われたら、俺もやってみよう。
「よし、俺も手伝うぜ」
俺はそう言って、穴を掘って砂を積み始めた。
「真琴! 早く城壁を修理するんだ。このままじゃまた波が来るぞっ!」
「……」
一瞬躊躇したようなそぶりを見せて、天野をちらっと見る真琴。
天野は、こくりと頷いた。真琴はぱっと破顔して、俺に駆け寄った。
「ほらっ、もっと砂用意しなさいようっ! 間に合わないじゃないっ!」
「くっそぉ! 真琴、砂使い荒いぞっ!」
などと賑やかに俺と真琴が城壁を作る間に、天野は淡々と真琴に潰された城の建物を直していた。
「よしっ、これで大丈夫だっ!」
「そうよねっ!」
俺と真琴はぱんっと手を打った。そして、お互いの共同製作物を見る。
「……でも、ちょっと大きかったかもしれないな」
「……あうーっ」
俺と真琴が作った城壁は、幅3メートル、高さ1メートルはある立派なものだった。ちなみに天野が修理していた城の建物は、ごくごく普通の小さなものだ。
ぴろが、ぴょんと真琴の頭からその城壁の上に飛び乗って「うなぁ〜」と鳴くと、丸くなった。どうやら気に入ったらしい。
と、俺はぞくりと悪寒を感じて、振り返った。
「かわいい〜」
「なっ、名雪っ!?」
そこには、両手を組んでうるうると城壁の上のぴろを見つめる名雪がいた。
「ねこ〜ねこ〜」
そのままふらふらと近寄っていく名雪。
「ま、待てっ!」
慌ててその肩を掴んで止める俺。
「お前は猫アレルギーだろうがっ!」
「だって、猫なんだよっ、ねこ〜っ」
……全然、理由になっていない。
「だからだなぁ……」
「猫さん……」
ぼそっと声がして、舞がにゅっと顔を出した。そういえば、舞も動物好きだったんだよなぁ。
「ねこ〜ねこ〜ねこ〜」
俺に押さえつけられながらじたばたする名雪。
と、ぴろが起きあがると、体をぐいっと反らしてあくびをした。
「かわいい〜っ」
感動の涙を流して喜ぶ名雪。嬉しそうな舞。
……猫にどうしてここまで感動できるのか、俺にはさっぱりわからん。
と、そこに栞がやって来た。
「皆さん、秋子さんが呼んでますよ〜」
「秋子さんが?」
俺がベースキャンプの方を見ると、秋子さんが手招きしていた。
「なんだろ? おい、名雪、行くぞっ!」
「だって、ねこさんが〜っ」
「いいから、来いっ!」
「あーっ、猫〜っ!」
俺は悲鳴を上げる名雪を無理矢理引っ張ってベースキャンプに戻っていった。
名雪をずりずりと引っ張ってベースキャンプまで着いた俺は、秋子さんに尋ねた。
「どうしたんですか、秋子さん?」
「う〜っ。祐一ひどいよぉ〜」
名雪が涙目になって俺を睨んでいるが、この際無視する。
秋子さんも慣れたもので、いつもの調子で言った。
「そろそろお昼にしようかと思うんですけれど、いいですか?」
「もうそんな時間ですか?」
俺が聞き返すと、秋子さんは微笑んだ。
「少し早いですけど、皆さんの体力が残っているうちにやっておきたいこともありますし」
「やっておきたいことって?」
「あれです」
秋子さんは、ビーチパラソルの方を指した。そこを見て、俺は了解した。
「なるほど」
そこには、大きなスイカが5つ6つ並んでいたのだ。
「スイカ割りって何?」
全員が集まったところで、真琴が興味深そうにスイカをこんこんと叩きながら訊ねた。
「なんだ、知らないのか? やっぱり子供だな」
「そんなこと無いもん!」
ぷっと膨れる真琴。
「ボク、知ってるよ!」
あゆが嬉しそうに言った。俺はそのあゆの頭をぽんと叩く。
「お前は知ってても子供」
「うぐぅ……意地悪」
「スイカ割りってなんですか? 佐祐理さん、初めて聞きました」
佐祐理さんが不思議そうに俺に尋ね、俺の完全な理論が一撃で崩壊した。
まぁ、佐祐理さんはお嬢さんだから、スイカ割りはしたことが無かったのかもしれないな。
「祐一、変な顔」
俺が唖然としていると、舞に突っ込まれた。俺は咳払いして説明することにした。
「それでは説明しよう。名雪、来い来い」
「えっ? わたし嫌だよ」
まだ拗ねている名雪だった。
「いいから来いって。えー、スイカ割りというのは、そもそも鎌倉幕府を開いた平清盛が始めた故事に習ってだな……」
「鎌倉幕府は源頼朝」
香里にあっさりと突っ込まれた。くそぉ、学年トップがいるとこういうボケがやりづらい。
「そうそう。頼朝が、京都に一番乗りを果たした義経にだな……」
「一番乗りは木曽義仲だったと思うんですけど」
佐祐理さんまでやんわりとツッコミを入れられた。そういえば佐祐理さんも学年トップだっけ。くそぉ、学年トップが2人もいると……。
そこで、俺は恐ろしい考えにたどり着いてしまった。おそるおそる、天野に尋ねる。
「なあ、天野」
「なんですか?」
「もしかして、お前って1年で学年トップだったりしないだろうな?」
「違います」
否定する天野。俺はほっとため息を付く。
「それがどうかしましたか?」
「いや、別に」
俺は説明に戻った。
「早い話が、だ。こういう風に目隠しをした奴が……」
言いながら、タオルで名雪に目隠しをする。
「わぁっ、何も見えないよぉっ!」
「当たり前だっ。ほれ、これを持て」
俺は木刀を名雪に持たせた。
「この木刀でスイカを割るわけだ。だが、目隠しをされたままではスイカの場所は判らない。というわけで、俺達ギャラリーが声で誘導するわけだ。じゃあ、がんばれよっ」
「わかったよ」
名雪はそう言うと、木刀を構えた。早速、俺は名雪に声をかける。
「右〜、右だよ〜。すいか割って弁当食べるよ〜」
「祐一、変なこと言わないでよぉ〜」
「そこから左斜め前35度の方向に2.6歩進んで天空高くジャンプだ」
「……無茶苦茶言ってない?」
「まっすぐよ、名雪」
見かねた、という感じで香里が助け船を出す。名雪はぱっと顔を明るくした。
「その声は香里だね〜。えっと、こっち?」
そう言いながら、足を進ませる。
「そうそう。あ、ちょっと右。うん、そう。ストップ! そこでいいわよ」
香里の誘導でスイカの前まで進み出た名雪は、木刀を振り下ろした。
「えいっ!」
ボカッ
鈍い音と共に見事に割れるスイカ。
名雪は目隠しのタオルを外し、スイカが割れているのを確認して「えへへ〜」と笑いながらVサインをした。
「……とまあ、こういうものだ」
「よくわかりました〜」
佐祐理さんはこくこくと頷いた。真琴が聞き返す。
「要するに、目隠ししてスイカを割るってわけね」
「まぁ、そういうことだ」
「よーし、それならあたしが……」
進み出ようとした真琴。だが、それよりも早く舞が進み出ていた。
「私がやりたい」
「舞がか? まぁいいけど。名雪」
「あ、はい、タオル」
名雪がタオルを渡した。俺はそれを受け取ると、舞に目隠しをした。
ギュッ
「……痛い、祐一」
「我慢しろよ。で、木刀をだな……」
「いらない」
「……は?」
名雪から木刀を受け取ろうとした俺の手が止った。
「ま、まさか……」
「剣なら、あるから」
そう言って、舞は一歩踏み出した。その先には、残りのスイカが積み上げられている。
「ま、待てっ!」
俺の伸ばした手は、間一髪遅かった……。
「……」
「……」
沈黙が辺りを満たしていた。
俺は頭を抱えていた。
「どうした、祐一」
目隠しを取った舞が、平然と訊ねる。
「全部割ったぞ」
「……舞」
「何?」
「お前が一人で全部割ってどうするんだよっ!! しかも剣でっ! それも粉々にしたら食えないじゃないかっ!」
「食べるの?」
「食べるんだっ!」
「……これは、食べられそうにありませんね〜」
佐祐理さんが、バラバラになったスイカの破片を拾い上げて苦笑した。
「スイカ全部なくなっちゃったね……」
あゆが残念そうに呟いた。
と、秋子さんが言った。
「それじゃ、お昼にしましょうか」
大して動じていなかったのは、さすがだった。
「お弁当っ、お弁当っ」
嬉しそうにあゆが秋子さんに駆け寄っていく。
「ボク、手伝うよっ!」
「料理は手伝わなかったからな」
「うぐぅ……」
俺が突っ込むと、あゆの動きがピタリと止まった。涙目で振り返る。
「そのうち上手くなるんだよっ!」
「そう願いたいな」
「うぐぅ、意地悪……」
「あゆちゃん、手伝ってくれるかしら?」
秋子さんが声を掛け、あゆはぱっと表情をほころばせた。
「うん。ボクがんばる」
「名雪も手伝ってちょうだい」
「あっ、うん。お母さん」
「佐祐理もお手伝いしますよ」
「私もやりますっ」
次々と手伝いを申し出るみんな。
「それじゃ、みんなで用意しましょう」
「はぁ〜い」
……ますます幼稚園の遠足状態だが、それはそれでいいのかもしれない。
結局あんまり大勢でいても邪魔になるだけなので、俺、香里、真琴、天野、舞の5人は少し離れた所で準備が出来るのを待つことになった。
俺は何気なくぐるりと見回して、ふと気付いた。
「そういえば、誰かいないような気がするんだが……」
「そうだっけ?」
真琴が小首を傾げた。
ちなみにその頭の上にいたぴろはというと、例の城壁の上で昼寝している。
さっきから名雪が何かと理由を付けてはそっちに行きたがっているが、俺や真琴、香里といった面々がそれを防いできた。
「相沢君の気のせいじゃない?」
あっさりと香里が言ったその時。
「俺を忘れるなぁぁぁぁっ」
そう叫びながら、海の方から北川が駆け戻ってきた。
「……お前、どこに行ってた?」
「いや、ちょっといろいろあって……。相沢、それ以上は聞くな」
「じゃ、聞かない」
「聞いてくれよぉ〜」
「どっちだっ!?」
「用意できたよっ!」
俺と北川がいつものようにやりとりをしていると、あゆが呼びに来た。俺はいつも以上にぷくっと膨れているその頬をつついた。
「ふゃっ」
慌てて口を押さえるあゆ。俺は呆れた。
「……つまみ食いするなよなぁ」
しばしもぐもぐと口を動かしてから反論するあゆ。
「……だって美味しそうだったんだよ」
「我慢できない奴。そんなんだから食い逃げするんだ」
「うぐぅ……」
「さて、それじゃみんな行くぜっ」
「あっ、祐一君待ってよっ!」
俺達は、ベースキャンプに戻った。そして、言葉を失った。
大半は、秋子さんと佐祐理さんの用意したと思われる大量の料理が、簡易テーブルのみならず、椅子や、果てはビニールシートの上にまで展開されていたのだ。
「……これ、全部食べてたら、夕ご飯いらないわね」
香里がため息を付いた。
「ちょっと、多かったですか?」
佐祐理さんがくったくない笑顔で訊ねた。俺は首を振った。
「いや、ちょうどいいと思うよ」
「よかった。今日はいつもよりも張り切ってつくったんですよ」
「それじゃ、いただきます」
俺達は、今日一番辛い作業に取りかかることになった……。
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