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Kanon Short Story #7
プールに行こう Episode 12

 栞に手を引っ張られてベースキャンプに戻ってくると、いつの間にどこから持ってきたのか、ビーチベッドに横になっていた秋子さんがサングラスを額に上げて訊ねた。
「あら、もう戻ってきたんですか?」
「いやぁ、若い者には着いていけませんよ。歳ですかねぇ」
「あらあら、それじゃ私はもうおばあちゃんですね」
「あ、いや、そんなつもりじゃ……」
 慌てる俺に、秋子さんはくすっと笑うと、「冗談ですよ」と言った。俺はほっと一息つくと、自分の荷物から財布を出した。
「何か買いに行くんですか?」
「ええ。栞が「バニラ、我慢できないんだ〜」って言うもので」
「私、そんなこと言ってません」
 後ろで栞が言うが、無視して立ち上がる。
「それじゃ、行って来ます」
「祐一さん、ひどいです」
 むくれる栞。俺は苦笑してその頭にぽんと手を置いた。
「そんなこと言ってると大きくなれないぞ」
「関係ないと思います」
「まぁまぁ。それじゃ……」
「あ、待ってください」
 秋子さんは俺を呼び止めた。
「なんですか?」
「いえ、こんなこともあろうかと思って、作ってきたんですけど、よろしかったらどうぞ」
 そう言って、秋子さんは傍らのクーラーボックスを指した。そういえば、朝から秋子さんが担いでいたこのクーラーボックス、気にはなっていたんだよなぁ。
「開けてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
 許可をもらったところで、開けてみると、家庭用のリッターパックのアイスの箱がいくつか入っていた。
「これ、買ってきたんですか?」
「いいえ。箱だけ再利用です」
 静かに答える秋子さん。
「すごいですっ!」
 栞がいきなり尊敬のまなざしで秋子さんを見つめていた。
「バニラアイスを自分で作るなんて」
「簡単ですよ。今度教えて上げましょうか?」
「是非にお願いしますっ!」
 瞳が潤んでいた。
 俺はアイスクリームのパックを取り出して栞に渡す。
「ほれ、好きなだけ食え」
「はい」
 にこにこしながら受け取る栞。……冗談の通じない奴だ。
「すいません、スプーンください」
 ……冗談とは取ってないようだった。
「ま、まて、栞。俺が悪かったから全部食おうとするな」
「どうしてですか?」
「腹壊すだろうが!」
「大丈夫ですよ」
 にこにこしながら、秋子さんからスプーンを受け取る栞。確かに真冬の屋外でアイスクリーム食っても平然としてたけどなぁ……。
「秋子さぁん」
 俺が助けを求めると、秋子さんはベッドから体を起こして、栞に言った。
「栞ちゃん、一人で全部食べちゃったら、他の人が食べられないから」
「それもそうですね。判りました。半分にしておきます」
 それでも半分は食うのかっ!
「それならいいわよ。はい、スプーン」
 秋子さんもそれでいいのかっ!
「すみません」
 一人呆れる俺をよそに、栞は秋子さんからスプーンを受け取ると、白いアイスをひとさじすくい取って口に運ぶ。
「……美味しいっ! フォションのバニラアイスに匹敵する美味しさですっ」
 栞は感動している。
「お口に合って嬉しいわ」
 微笑むと、秋子さんはまたベッドに横になった。
 俺はため息をつくと、バニラアイスをぱくぱくと食べる栞をそこに置いて、立ち上がった。
 お、向こうで舞と佐祐理さんが甲羅干しをしているぞ。
「栞、俺は佐祐理さん達のところに行ってるから……」
 そう言って、顔を見ると……。
 ほわーん
 栞はしあわせそうに漂っていた。
 ホントにしあわせそうで、こっちまで幸せになりそうである。
 とと。ここで俺まで漂っちゃ話にならないか。
 俺は、ビーチパラソルの影を出た。

「よぉ」
 俺が声を掛けると、マットに寝そべっていた二人が顔を上げた。
「あら、祐一さん。おはようございます〜」
「……」
 相変わらずの二人だった。
 ちなみに、佐祐理さんは花柄のビキニパレオ付き、舞は白いビキニだった。どっちもかなりきわどい代物で、しかも二人ともプロポーションが良いので、それがまたよく似合うのだ。う〜んスピリチアパラダイス。
 ……あれ?
 ふと気付いたのだが、佐祐理さんは左の手首に白いサポーターを巻いている。
 捻挫でもしてるのかな?
 ま、問いただすほどのことでもないか。
「お二人さんで焼いてるのか?」
「ひなたぼっこさん」
 俺の質問に舞が答えた。まぁ、舞にとっちゃそうかもしれない。
「佐祐理はあんまり日に焼けないんですよ〜。すぐに赤くなっちゃう方なんです〜」
 佐祐理さんが苦笑気味に言った。……たしかに、小麦色に日焼けした佐祐理さんというのはなかなか想像範囲外だ。
「それじゃサンオイル塗らないとまずいんじゃないの?」
「そうですね〜」
 おっとり笑う佐祐理さん。
「……もしかして、サンオイル持ってきてないのか?」
「はい、忘れちゃったみたいです」
 ……おいおい。
「舞は……持ってきてるわけないか」
「……サンオイルって何?」
 訊ねる舞に、肩をすくめて立ち上がる俺。
「秋子さんに借りてくるよ」
「わざわざそこまでしなくても……」
「いいからいいから。塗っておかないと今夜大変だぞ」
「それもそうですね。すみません、祐一さん。お願いしますね」
 佐祐理さんの声を背に秋子さんの所に戻ろうとしたとき、くいっと腕を引っ張られた。振り返ると、舞が真剣な顔で訊ねてきた。
「サンオイルって何?」
「佐祐理さんに聞いてくれ」
「……そうする」
 舞はこくりと頷いて、俺の腕を離した。くるっと振り返る。
「佐祐理、サンオイル……」
「サンオイルっていうのはね〜」
 舞にサンオイルの説明をする佐祐理さんを後に、もう一度俺はベースキャンプに戻った。
「秋子さん、サンオイルありますか?」
「サンオイルですか? 名雪のでよければ」
 そう言って、秋子さんは名雪の荷物からサンオイルを出して渡してくれた。
「ありがとうございます」
 礼を言って、佐祐理さん達の所に戻ると、ちょうど佐祐理さんの説明も終わったところのようだった。
「……というわけなの」
「わかった」
「あ、祐一さん。佐祐理がちゃんと説明しておきましたよ」
「説明された」
 なんて言うか、いいコンビだなと思う。
「それじゃ、これ」
 サンオイルを佐祐理さんの傍らに置くと、俺は座ろうとした。
「祐一さん」
「はい?」
 佐祐理さんは、にっこりと微笑んで言った。
「サンオイル、塗ってくれませんか?」

 夏だけど、人生の春ぅぅぅっ!! ボンバイエ〜(意味不明)

「塗ります塗ります塗り塗りします、いえさせてくださいお嬢っ!」
「……祐一、変」
 ぼそっと舞に言われて、俺は我に返った。
「す、すまん。一瞬トリップした」
 佐祐理さんはくすくす笑いながらうつ伏せに寝そべった。
「お腹は自分で塗れますから、背中の方、お願いしますね」
「お、おおっ任せろっ!」
 シミ一つない真っ白な背中だった。
 俺はサンオイルの蓋をあけて、中のオイルをばしゃばしゃと手に取って、それをその背中に塗り広げていく。
「……ふぅ、冷たくて気持ちいいですねぇ〜」
 ううっ、ため息もなんともいい感じだっ。
 と、俺の指がブラの紐に引っかかった。
「あ、す、すまんっ」
 慌てて謝る俺に、佐祐理さんは何故謝られたのか判らないという風にきょとんとしていた。と、何か思いついたように体を起こした。
「佐祐理さん?」
「ちょっと待ってくださいね」
 そう言うと、佐祐理さんはブラの背中の紐を解いた。……って、なにぃっ!?
「さ、さ、さ、佐祐理さんっ!?」
「すみません、気付かなくて。紐があると邪魔ですよね〜」
 笑って言うと、佐祐理さんはブラを手で押さえて、再びうつ伏せになった。
「さぁ、どうぞっ」
 どうぞって言われても……。うぉぉっ、静まれ俺の煩悩っ! 佐祐理さんは俺を信頼してくれてるんだぞぉっ! その信頼に答える意味でもっ、ここで変なことをしてはいかんのだぁっ!
「祐一、息が荒い」
 横合いからぼそっと舞が言う。
「そ、そんなことないぞっ、はぁはぁはぁ」
「……」
 無言でじろっと俺を睨む舞。その無言の圧力を背景に、なんとか理性が煩悩を押さえつけることが出来た。
 と、佐祐理さんがくるっと顔だけ上げて振り返ると、甘い声で言った。
「早く塗ってくださぁい
 理性が保ったのは1秒だった。
「わっかりましたぁっ! 相沢祐一、塗らせていただきますっ! ぺたぺたぺた、おっと、手が滑った……」
 チャキッ
 滑った俺の手が佐祐理さんの胸の白い丘陵に触れるよりも早く、俺の喉元に冷たい感触が当たる。
 その感触に硬直した俺が、おそるおそる喉元を見てみると、舞が例の剣を俺の喉に突きつけていた。
 反射的に両手を上げながら俺は叫んでいた。
「わぁっ、舞、それどこから出したっ!?」
「佐祐理に変なコトしたら許さないから」
「しない、しないからそれ納めろっ!」
 舞は剣を引き、俺は大きく息を付いた。
「あのなぁ……」
「どうかしたんですか?」
 また振り返る佐祐理さん。
「な、なんでもないよ。さ、手早く塗るから前向いててくれっ」
「はい、お願いしますね」
 俺は「何も考えるな、何も考えるな」と自分に言い聞かせながら、サンオイルを佐祐理さんの背中に手早く塗った。
 ぺたぺたばしゃばしゃ
「はい、終わりっ!」
「……なんだか後半は妙に急いでませんでしたか?」
 上体を起こしてブラの紐を結びながら、佐祐理さんがどことなく不満そうに訊ねた。俺は慌てて否定した。
「そんなことはないぞっ! 全身全霊を込めて奉仕させていただいたんだからなっ」
「そうですか? ありがとうございます〜」
 笑って頭を下げると、佐祐理さんは恐ろしいことを言い出した。
「それじゃ、次は舞ね」
「……?」
 きょとんとしている舞を指して、佐祐理さんは俺に言った。
「舞の方もお願いしますね」
「……俺がやるのかっ?」
 思わず聞き返す俺に、佐祐理さんはさも当然というように頷いた。
「はい」
「でも、舞の方が……」
 俺が言うと、佐祐理さんは舞に訊ねた。
「舞も祐一さんに塗ってもらいたいよね」
 ……って、なんて聞き方するんだ佐祐理さんっ!
 舞は少し考えてから答えた。
「祐一に塗ってもらうのは嫌いじゃない、と思う」
「でしょ? やっぱり舞も楽しみにしてたのねっ」
 ビシッ
 いつにもまして鋭いチョップだった。
「ほらほら、早く横にならないと、祐一さんもオイル塗れないよ〜」
 しかし、効いていないようだった。
 舞はそのままうつ伏せになった。
「はい、紐は解いておくからね〜」
 そう言って、反論する隙も与えずに舞のブラの紐を解いてしまう佐祐理さん。
「はいっ、祐一さん、どうぞっ!」
 なんだか据え膳状態だなぁ。
「佐祐理さん、あのさ……」
「ほらほら、舞が待ってますよ〜」
 自分のお腹にピシャピシャとオイルを塗りながら佐祐理さんが笑って言った。
「あ、ああ、わかった」
 逃げ道はないようだった。
 俺は一つ深呼吸をして、舞の背中にオイルを塗ることにした。オイルを手につけて、舞の背中に滑らせる。
 舞の背中もまたすべすべで、ふにふになのであった。
「……祐一、くすぐったい」
「我慢しろって」
 ペシャペシャとオイルを塗りながら言うと、舞はこくりと頷いた。
「祐一がそう言うなら我慢する」
 そう言って前を向いてしまう舞。
 うーん、なんかつまらんな。
 俺は何故かそんな気分だった。
 とりあえず背中から、白い丘陵の裾野に指を滑らせてみる。うぉ、柔らかいぞっ。
「……」
 反応がない。おかしいな。よし、もう少し前に手を回してふにふにと……。
 ぐぉぉっ、この弾力がぁっ!
「祐一さん、舞には随分サービスいいんですねぇ。そんな前の方まで塗ってあげるなんて……」
「え? ……どひゃーっ!」
 はっと気付くと、佐祐理さんがしげしげと俺の手元をのぞき込んでいた。
「あ、いや、これはこのそのあのどの……」
 うろたえる俺に、佐祐理さんは少し拗ねたように言った。
「今度は佐祐理にもちゃんと塗ってくださいね」
「は、はははは」
「笑ってないで、約束してください」
 佐祐理さんは大まじめだった。
「……善処するよ」
「約束ですよ〜」
 そう言って、佐祐理さんはごろんとマットに横になった。
「……終わったの?」
 舞が顔を上げる。
「あ、ああ、終わりだ」
「わかった」
 そう言って、舞はむくっと状態を起こした。
 しかし、ブラの紐はほどけたままだった。
 さしもの佐祐理さんも一瞬硬直した。
「ま、舞っ! 胸っ!」
「あ……」

 ブシューッ

 俺は鼻血を吹き出して、灼熱の砂浜にぶっ倒れた。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 うわ、真琴と天野のコンビが出てこないうちに終わってしまったぁ(笑)
 佐祐理さんと舞のサンオイル塗りが予定外に長引いたせいだな、うん。
 二人ともナイスなプロポーションだし(佐祐理さんはあらぬ想像による推定(笑))、ここは男としては描写に手を抜くわけにいかないでしょ、やっぱり。
 舞のぽけぽけぶりはお約束ってやつだし。
 しかし、海に来てから祐一のオヤジ度がアップしているのは気のせいか?

 さて、次回こそ真琴&天野のコンビが登場して終わりのはずだ。……多分(笑)

PS
 村下孝蔵さんの訃報に接しました。「初恋」や「踊り子」は私も大好きな曲です。謹んでご冥福をお祈りします。

 プールへ行こう Episode 12 99/6/25 Up