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『朝〜、朝だよ〜』
Fortsetzung folgt
枕元からするいとこの声に、今日も起こされる。
『朝御飯食べて学校行くよ〜』
「今日は日曜だ」
目覚ましを止めてそう呟くと、体を起こそうとした。
ぐいっとパジャマが引っ張られる。
何かと思ってそっちを見ると、俺のパジャマの裾を握ったまま、真琴が眠りこけていた。
……なんでだっ!?
思わず強引に跳ね起きて、キョロキョロと左右を見回す俺。
「うにゃ……、肉まん……」
寝言を呟くと、真琴はコロンと寝返りを打った。もちろん、俺のパジャマの裾を握ったままで、不意を突かれた俺はバランスを崩す。
「うおっ!」
とっさに手で突っ張って、そのまま真琴の上に倒れ込むのだけは防ぐ。
と、ぱっちりと真琴が目を開けた。上にのしかかるようになっている俺と視線が合う。
「よ、よぉ、おは……」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!」
盛大な悲鳴を上げると同時に、真琴は膝を蹴り上げた。
「祐一君、大丈夫?」
あゆが心配半分、おかしさ半分という微妙な表情で訊ねた。
「……うぐぅ」
「うぐぅ、真似しないで」
あゆが拗ねるが、今回ばかりはべつにあゆをからかうつもりではない。そんな余裕は俺にはなかった。
向こうでは、秋子さんが真琴を叱っている。
「いきなり蹴ることはないでしょう?」
「だ、だって、祐一がいきなり……」
「それだって、そもそも祐一さんの部屋に潜り込んだ真琴が悪いんでしょ?」
「それは、ぴろが祐一と寝たいって言うから」
「だからって、真琴も一緒に祐一さんと寝ることはないのよ。そうでしょう?」
「う、うん……」
「それじゃ、祐一さんに謝りなさい」
「……ご、ごめん」
うーむ、さすが秋子さん。家主の貫禄だな。
……などと冷静に評論できる状態ではなかった。
「それで、祐一さんの方は、大丈夫ですか?」
秋子さんが俺の方に視線を向けた。
「だ、大丈夫、です」
俺はというと、自分のベッドにうつ伏せになって横たわった状態である。この姿勢が一番楽なのだ。
と、ドアが開いて、眠そうに目をこすりながら、名雪が入ってきた。
「……朝御飯、まだ?」
「ああ、そうね。すぐに用意するから、顔を洗っていらっしゃい」
「ふわぁい」
生あくびをして、名雪はふらふらと俺の部屋を出ていった。……結局俺の惨状にはまったく気付いていない様子だった。
「さ、あゆちゃんも真琴も顔洗っていらっしゃい。朝御飯にするわよ」
「はーい」
天真爛漫な笑顔で両手を上げると、真琴はとたたっと部屋を出ていく。……これ幸いと逃げ出したようにしか見えないな、あれは。
「でも、祐一君をこのままにしておくのもなんだから、ボクここにいるよ」
あゆが俺の方を指しながら言った。
ううっ、俺は今初めてお前のことをいい奴だと思ったぜ!
「大丈夫よ。本人だってそう言ってるんだし」
「それもそうだね。じゃ、ボクも顔洗って来るね〜」
パタパタッ
……いい奴だと思ったのは一瞬だった。薄情者め……。
「祐一さん、立てそうだったら降りてきてくださいね」
そう言って、秋子さんも出ていく。
ううっ、こういうとき男一人というのは哀しいよな。誰もこの痛みを理解してくれる人がいないんだ……。るるる〜。
俺は情けない格好のまま、しばし涙するのだった。
しばらくして、ようやくどうにか歩けるようになったので、俺は階段を下りていった。……ううっ、歩くたびに頭に響くっ。
それでもようやくダイニングにたどり着くと、俺はドアを開けた。
そこには、もう名雪達の姿はなく、俺の分の朝食だけが残されていた。
キッチンから洗い物をしていた秋子さんが出てくる。
「朝食は食べられそうですか?」
「ええ、なんとか」
「そうですか。それじゃ、コーヒー淹れますね。それとも、紅茶にします?」
「コーヒーでいいです」
「はい」
頷いて、キッチンに戻る秋子さん。
俺は訊ねた。
「名雪達は?」
「出かける準備とかで、部屋に戻ってますよ」
「あ、そうですか」
別に準備するようなこともないような気もするが、そこはそれ、女の子というのは何かと面倒らしい。
やがて、コーヒーのいい香りがダイニングの方まで漏れてきた。
俺はサラダをつつきながら、新聞の天気予報欄を読む。ふむ、今日もいい天気か。予想最高気温は……、なるほど、絶好のプール日和って奴だな。
カチャ
「どうぞ」
秋子さんがコーヒーカップを置いた。それから、焼きたてのトーストを並べると、笑顔で言う。
「いい天気みたいですね」
「そうですね」
「ところで、祐一さん」
不意に、秋子さんが改まった口調で言った。
「なんですか?」
トーストをかじりながら、俺は聞き返した。
「実は、試してもらいたいジャムが……」
「ごちそうさま」
俺は、トーストを二つ折りにして口の中に放り込み、コーヒーで流し込むと立ち上がった。
「えっ? もうですか?」
「朝はあまり食べないことにしてるんです。それじゃ、俺も用意がありますから」
そう言って、俺はダイニングを脱出した。
「そうですか……。それじゃしかたないですね」
秋子さんはちょっとがっかりしたように、俺の食べ残しを片づけ始めた。良心が痛まないでもないのだが、かといってあのジャムの餌食になるのはごめん被りたいものである。
自分の部屋に戻ろうと、階段まで来たところで、ばったりと階段を下りてきた名雪に出くわした。
「あ、おはよう、祐一」
すっかり目は覚めているようだ。俺の顔を見て、笑顔が怪訝そうな顔になる。
「どうしたの? なんだか慌ててるみたいだけど」
「秋子さんにジャムを勧められて、逃げてきたところだ」
「えっ? もしかして、あれ?」
「ああ、多分あれ」
俺と名雪は顔を見合わせて、同時にため息をついた。
「なんで秋子さんはあのジャムにこだわってるんだ?」
「わたしだって知らないんだよ」
「うーん、謎だ」
と、名雪がぽんと手を打って、俺に尋ねた。
「そうだそうだ。それよりも、祐一は準備出来てるの?」
「俺か? 俺は海パンを下に履けば準備完了だぞ」
「ええっ? 下に履いていくの?」
大げさに驚く名雪。俺はきっぱりと頷いた。
「男はそういうもんだ」
「そうなんだ。知らなかったよ。わたしもしてみようかな?」
真剣に考え込む名雪。
「いや、やるなら止めないが……」
「うーん。……じゃなかった。早く用意しないと、間に合わないよ」
「何? まさか100メートルを7秒で走らないと間に合わないとか?」
「そこまで余裕がないわけじゃないよ。でも急がないとそうなるかもしれないよ」
「わかった。速攻で準備する」
俺は頷いて、階段を駆け上がった。
とと。そういえば打ち合わせをするのを忘れていた。
俺は真琴の部屋のドアを開けた。
「おーい真琴、ちょっとものは相談なんだが……」
水着を履くと、着替えとタオルをスポーツバッグに詰めて、そのバッグを担ぎ上げ、準備完了。
自室のドアを開けて、階段を下りると、皆はもう玄関で待っていた。
「祐一、遅〜〜いっ!」
真琴が口を尖らせているので、俺はその額にデコピンを一発入れた。
「そもそもお前のせいだろうがっ!」
ビシッ
「痛ぁいっ! なにするのよぅっ!」
「やかましい! そもそもお前がだなぁ……」
「2人とも出かける前に喧嘩しないの。それじゃ行くわよ」
秋子さんがあっさり場を納めて、玄関を開けた。
パッとまぶしい太陽の光が射し込んできて、一瞬目が眩む。
「朝から暑い〜」
瞬時に熱気でげんなりとした顔をする真琴。対照的にあゆは嬉しそうにはしゃぐ。
「わぁっ、祐一君、暑いよっ! すご〜いっ」
「お前なぁ、暑いくらいで騒ぐなよ。よけい暑くなる」
俺はあゆに言うと、名雪の方をちらっと見た。秋子さんと何か話をしているのを確認してから、小声で真琴に尋ねる。
「ぴろはどうした?」
「このかごの中だけど?」
腕から提げたバスケットを掲げて見せる真琴。
なぜ、いつものように真琴の頭に乗せておかないかというと、この暑さだ。真琴はその辺りの加減がよくわからんから、下手すると真琴の頭の上でぴろが熱射病になりかねん。というわけで、今日は何か入れ物に入れて行くように頼んだわけだ。
ま、それは表向きの理由というやつで、もう一つの理由があるのだが……。
「何なら、見てみる?」
そう言って、かごを開けようとする真琴。
「開けるな開けるなっ!」
俺は慌ててそのバスケットの蓋を押さえた。
「きゃっ! 何するのよぉ!」
「馬鹿っ! こんなところで開けてみろ! 名雪が……」
「わたしが何?」
「どうわぁっ!」
後ろから聞かれて、俺は思わず飛び上がった。振り返ると、名雪が興味津々という顔で、バスケットを見つめている。
「さっきから気になってたんだけど、そのバスケットって何が入ってるの?」
「な、なんでもないぞっ。なぁ、真琴?」
そう言いながら、話を合わせろ、と視線で真琴に告げる。真琴も、前に寝ぼけた名雪にぴろを取られそうになったことを思い出したのか、慌てて頷く。
「う、うん、そうそう、なんでもないのよっ! 猫なんて入ってないぶびゃっ」
俺は慌てて真琴の口を押さえた。
「えっ? 猫っ? ねぇねぇ、猫って言った?」
いかんっ、名雪の目が潤んでるっ!
「そんなこと俺は言った覚えはないぞっ。なぁ、真琴?」
こくこく、と俺に口をふさがれたまま頷く真琴。
「そういうわけだ。それじゃまたな、名雪」
「一緒にプールに行くんでしょ?」
「おう、そうだったそうだった。さて、それじゃ行こうぜっ!」
「ふがーっ!」
真琴がじたばたともがき始めた。俺の手を押しのけて、大きく深呼吸する。
「すーはーすーはー。なにするのよぅっ! 危うく窒息するところだったじゃないのぉっ!」
「やぁ、元気だな真琴」
「くーっ! いつか学会に復讐してやるからねっ!!」
そう喚くと、真琴はずんずんと大股で先に歩いて行ってしまった。
名雪はきょとんとそれを見送ってから、俺に尋ねた。
「祐一、学会って?」
「さぁ」
おおかた、何かの漫画の読み過ぎだと思うんだが……。
「で、祐一、さっき猫って……」
「北へ〜行こうランララン♪」
歌いながら歩き出す俺。名雪が慌てて追いかけてくる。
「祐一、何か誤魔化そうとしてるよ〜」
「そんなことはないぞっ!」
「ああっ!!」
いきなり立ち止まる名雪。
「何か忘れてると思ったら、ぴろちゃんがいないよぉっ! ぐすっ」
泣くなよなぁ……。
「ぴろか? 朝はいたんだけど、猫のことだからどっかにふらっと行ったんだろうなぁ」
「そんなぁ……。わたし、ぴろちゃんと一緒にプールに入るの、楽しみだったのに……」
「第一、お前は猫アレルギーだろうが! そんなことしたら大変なことになるんじゃないのか?」
「大丈夫だもん」
きっぱり言い切る名雪。その自信はどこから出て来るんだろう?
そんなわけで、俺達は待ち合わせの場所、駅前に着いたのだった。
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あとがき
流石に観念して、ナンバーを振り直しました(苦笑) というわけで、エピソード8です。
しかし、まだプールに着きませんね。いつになったらプールに着くのか。いや、そもそもプールに着くのだろうか、と不安になってきました(笑)
そういえば、ときパで買ってきたkanon関係の同人誌(全部コピー本ですが(笑))整理してましたけど、佐祐理さん人気ありますねぇ。
でも、どうして魔法少女なんだろう? 私、Kanonにチェック入れてなかったんで全然判らないんですけど、元ネタが何かあるんでしょうか? 誰か教えて下さい(笑)
さて、次回、次こそプールだ、プールに……(がくっ)
プールへ行こう Episode 8 99/6/21 Up 99/6/22 Update