トップページに戻る 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
「……うん」
Fortsetzung folgt
まどろみから、次第に意識が覚醒してゆく。
だが、完全に目が覚めたわけでもない。
中途半端な心地よさの中をたゆたう……。
頭がふかっと柔らかなものに乗せられているのに気付き、なにか判らないままそれに触れてみる。
暖かくて柔らかい。
「あぅん……」
微かな声が聞こえる。でも、俺はそれには構わずに、それを撫でてみる。
「……あふぅ……」
ため息を付くような声。
なんだろう?
次第に、深海から引き上げられていくように、意識がはっきりしてくる。
ぼやけていた視界がはっきりしてくる。
「……くー」
もう見慣れてしまった、いとこの女の子の寝顔が、俺の上にあった。
「……あれ?」
名雪の顔から視線を外して、周囲を見回してみた。
どうやら、またしてもリビングのソファの上に寝かされているようだった。
「……あっ……」
名雪がぴくんと反応した。
……って、俺はソファに寝かされてるのに、名雪がその俺の頭上で何してるんだ?
俺は疑問に思った。断っておくが、この時点じゃまだ頭がちゃんと動いてなかったんだ。
俺はくるっと頭を回した。視線が名雪の顔から下に向かってパンする。流石に暑いせいか、見慣れたセーター姿ではなくてタンクトップだ。下は……ホットパンツか。
で、そのふとももは、そのまま俺の頭の下へ潜り込んでいる。
なんだ、それじゃこの柔らかくて暖かいものって、名雪の太股か。
正体がわかったところで、俺は安心してもう一度目を閉じ……。
「……あん……」
あ、そういえばずっと撫でてたな。
俺が撫でるのを止めると、名雪は再び寝息を立て始めた。
……ちょっと待て。
やっと、意識が覚醒してきたところで、俺は気が付いた。
なんで名雪が俺を膝枕してるんだ?
……って、膝枕だとぉっ!?
ようやく正常に戻った俺の理性が、状況を理解したところでランバダを踊り出していた。
慌てて飛び起きる。
「……うん?」
その動作に目を覚ましたらしく、名雪は目をこすりながら俺の方に視線を向けた。
「あ、祐一……。おはよぉ……」
「おはよぉ?」
慌てて時計に目をやったが、まだ午後9時を回ったところだった。
よく考えてみると、名雪は、寝ぼけているときには、必ず「おはよう」と挨拶するんだよな。
それはともかく、だ。なんで名雪が俺を膝枕してた訳なんだ?
俺は額に指を一本当てて、考え込んだ。
確か夕食の時に、秋子さんが水着エプロンで、鼻血ブーで、それから、それから……。
なんてこった。それからの記憶がない。
まさか、そのまま若さに任せて野獣となって秋子さんに襲いかかったとか?
で、実は謎の拳法の達人だった秋子さんにあっさり返り討ちにあった……。ううっ、情けない。
いや、待て待て。いくらなんでもそんな無軌道なことは……。しかし、記憶ないし……。
「どうしたの、祐一? 深刻な顔で考え込んで」
名雪が、俺の顔をのぞき込んだ。
そうだ、名雪なら知ってるはずだ。
「なぁ、名雪。聞きたいことがあるんだけど……」
「くー」
……もう寝てやがる。
そういえば、さっき……。
俺は悪戯心を出して、太股をすりすりとさすってみる。
「……あんっ」
ほう、なかなかいい声出すじゃないか。それじゃもうちょっと。
さわさわっ
「……うんっ、あっ……」
軽く眉をひそめてため息を漏らす名雪。な、なんか、いいじゃない? それじゃ、この辺りは……。
と、そこで俺は人の気配を感じて、慌てて振り返った。
リビングの入り口から、秋子さんがじぃーっとこっちを見ていた。振り返った俺と視線が合う。
「了承」
一言、それだけ言って、秋子さんは姿を消した。パタン、とドアが閉められる。
了承って、どういう意味なんだっ!?
「ああああ秋子さんっ! 待ってくれぇっ!!」
俺は慌てて秋子さんを追いかけて、リビングを飛び出した。
キッチンで秋子さんに追いつくと、俺は弁明を試みた。
「えっと、さっきはちょっとふざけてただけで、何もしようとかそういうつもりは無かったんですよっ!」
「あら、そうなの?」
「そうですよっ! 第一俺と名雪はいとこ同士でしょう?」
「いとこ同士だって結婚は出来るでしょ?」
そう言いながら、食器を洗い始める秋子さん。
「いや、えっと、それはそうかもしれませんけど……」
しどろもどろになる俺を見て、秋子さんはくすっと笑った。
「冗談よ」
かくんと腰が抜けた。俺は思わずその場にへなへなと座り込んでいた。
「あ、秋子さぁん……」
秋子さんはコロコロと笑いながら、蛇口をキュッと締めた。洗い物は終わったらしい。
「ごめんなさいね、祐一さん。ちょっとからかっただけですよ」
「は、はぁ……」
秋子さんは、そのまま廊下に出ていこうとして、立ち止まった。そして振り返る。
「祐一さん、ありがとう」
「え?」
「それだけです」
そう言って、秋子さんは廊下に出ていった。しばらくして、リビングの方から名雪を起こしている声が聞こえてきた。
俺は首をひねりつつも、これ以上事態がややこしくなる前に自分の部屋に引っ込む事にした。
トントン
自分の部屋で雑誌を読んでいると、小さなノックの音がした。
俺は雑誌から顔を上げて、返事をした。
「はぁい」
「ボク、あゆだよ。入ってもいい?」
「あゆか? 鍵はかかってねぇよ」
カチャ
ノブが回って、あゆが顔を見せた。
「祐一君……」
「どうした?」
俺は雑誌に視線を戻しながら答えた。
「……入るね」
そう言うと、あゆはドアの隙間から小柄な体を滑り込ませて、後ろ手にドアを閉めた。
なんとなく、いつものあゆとちょっと違う気がして、俺はもう一度雑誌から顔を上げた。
「な、なんだ、その格好は?」
あゆは、例のダッフルコート姿だった。別に冬なら別にどうとも思わないが、今の暑さでこの格好というのは酔狂を通り越してる。
「あっ、あのね、祐一君」
そう言うあゆの顔も真っ赤になっている。暑いんだろう、きっと。
「新手の我慢大会か何かか?」
「ち、違うもんっ! あ、あのね」
そこで言いよどむあゆ。
俺はあくびをして、言った。
「用がないなら、そろそろ寝たいんだけどな。明日は体力使うだろうから、早めに寝ておこうと思ってるんだ」
「あっ、うん、そ、そうだね……」
あゆは俯くと、くるっと振り返って、ドアノブに手をかけた。
「ごめんね。ボクも、もう寝るよ」
なんだか、語尾が震えているのに気付いて、俺は立ち上がると、あゆの肩に手をかけた。
「どうしたんだよ、あゆ?」
「……うぐぅ。なんでもないよっ」
「なんでもないじゃわかんねぇだろ?」
「……」
黙り込むあゆ。
俺はあゆの肩から手を外すと、ベッドに座った。それから、転がっていた団扇で自分をあおぎながら言った。
「ま、こっち来いって」
「う、うん……」
あゆは俺の隣にぽすっと腰を下ろした。それから、俺の顔を見上げる。
「あ、あのね……、祐一君、えっと……」
そこまで言って、また俯いてしまう。
何か言いにくい事なんだろうか? それじゃ、せかしたって逆効果かな。
しかし、耳まで真っ赤になってるぞ。よっぽど暑いんだろうな。
「なぁ、あゆ。暑そうだから、そのコート脱げよ」
「ええっっ!?」
耳元で大声を上げて飛びすさるあゆ。ご丁寧にダッフルコートの合わせ目をしっかりと手で押さえて、だ。
俺はきーんと耳鳴りがしている耳を押さえた。
「お前なぁっ! 俺はコートを脱げって言っただけだろっ! それを全部脱げって言われたみたいに大声上げやがって!」
「同じようなものだよっ!」
「どこがだっ! って、まさかお前その下には何も着てないのかっ!?」
「そ、そんなことないよっ。ちゃんと水着着てる……うぐぅ……」
そこまで言ってから、はっとして俯くあゆ。
「水着? なんで?」
思わず聞き返す俺に、あゆは俯いたまま小さな声で言った。
「祐一君に、見て貰おうと思ったんだよ……」
「……俺に?」
「うぐぅ……うん」
涙目になって、こくりと頷くあゆ。
「だって、デパートじゃ見てもらえなかったし……」
「お前が見せなかったんじゃないか」
「うぐぅ……」
「それに、明日になったらどうせ見るんだろ?」
「それはそうだけど……。でも、最初に祐一君に見て貰いたかったんだよ……」
小さな声で、でもはっきりとあゆはそう言った。
ドキッとした。
……って、なんで俺があゆにドキドキせにゃならんのだ? そりゃ同じ歳だけどさ、見た目中学生だぞ。
もしかして、俺ってロリ……。
危ない方向に行きかけた思考をそこで凍結させておくと、俺は頷いた。
「それじゃ見せろ」
「うぐぅ、ムードないよっ」
拗ねるあゆ。しょうがないやつだなぁ。
「よし、それじゃ俺がBGMを歌ってやるから」
そう言ってハミングしてやると、あゆはさらに拗ねた。
「“タブー”なんて歌わないでよぉ! そんなのやだ」
「注文の多い奴だな。どうせいっちゅうんだ?」
「えっと、それは……」
かぁっと赤くなると、あゆは指をつつき合わせた。
「もうちょっとロマンチックに、綺麗だよとか言ってくれるとか」
「きれいだよ」
「うぐぅ、棒読みしないで……。もういいよっ!」
あゆはこっちに背中を向けて、ダッフルコートのボタンを外した。そして一気に脱ぎ……かけて、振り返る。
「笑っちゃ、やだよ」
「いいから、さっさとしろっ!」
「うぐぅ、……うん」
そろそろとダッフルコートを肩からずらす。
ぱっと脱がれるよりも、こうやって恥じらいながら少しずつっていうのもなかなか……って、俺ってやっぱりロリ……、いやいや、考えるのはよそう。
そう思っているうちに、あゆの水着の全貌が明らかになってきた。
白いワンピース……なんだろう、多分。なにか名前が付いているのかもしれないが、それ以上詳しい識別は俺には付かない。
ただ、縁とかにやたらひらひらのフリルがついている辺り、あんまり機能的じゃぁないな。
「ど、どうかな?」
また真っ赤になっておずおずと訊ねるあゆ。
俺は腕組みして深々と頷いた。
「俺は正直者で通ってるんだ」
「ど、どういう意味?」
「俺は正直者で通ってるんだ」
「うぐぅ……。祐一君、意地悪だよ」
あゆがまだ涙目になったので、俺は苦笑してその頭にぽんと手を置いた。
「冗談だ、冗談。似合ってるんじゃねぇのか?」
「うぐぅ……。ホント?」
俺は苦笑した。
「ま、俺のセンスはあんまり良くないって言われてるけどな」
「ううん。ボク、祐一君がいいんならそれでいいよ」
ぐしぐしと目元を拭うと、あゆはにこっと笑った。そして、床に落ちていたダッフルコートを拾い上げた。
「これで一安心出来たし、今日はもう寝るね」
「おう」
「それじゃ、お休み〜」
ドアを開けると、あゆは出ていった。と、またドアが開く。
「ん?」
「ホントに、ありがと。ボク嬉しかった。じゃね!」
カチャ
ドアが閉まった。
あんなに喜ぶなんて、まだまだ子供なんだな。
俺はベッドに潜り込みながら、そう思った。
でも、あゆの笑顔を最後に見たせいか、今夜はいい夢が見られそうな気がしていた。
トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
ときパも無事に終わりまして、とりあえず良かったってことですね。
私のSSがのったコピー誌も、おかげさまで無事に完売しましたし。
うぐぅ、胃が痛い……。空腹のところにイチゴサンデー(正確には違うけど)食べたせいだな、きっと……。
それにしても、まだプールに行かないですなぁ(苦笑)
いつになったらプールに行くんでしょう?
ではでは。
プールへ行こう Episode 7 99/6/20 Up 99/6/21 Update