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カシャッ
Fortsetzung folgt
更衣室のカーテンが開くと、佐祐理さんが顔を出した。
「祐一さん、これなんてどうでしょう?」
胸に深い切れ込みの入った白いワンピースの水着。
「……どうしたんですか?」
「いや、着やせするほうなんですね、佐祐理さんは」
「?」
「あ、に、似合うと思いますよ」
「そうですか? それじゃ次の着てみますね」
シャッ
カーテンが閉ざされて、俺はほっと一息ついた。
「……祐一」
後ろからぼそっと声をかけられて、俺は振り返った。
「どうした舞、ってお前っ!」
舞は黒いビキニ(言うまでもなく佐祐理さんが選んだ)を着ていた……のはいいが、上のブラを手で押さえただけで出てきたのだ。
「なにやってんだ? ちゃんと付けて出てこい!」
小声で言うと、舞は答えた。
「上手く結べないから……」
「あのなぁ……」
「結んで」
そう言って背中を向ける舞。……いいのか、いいのかぁっ!?
俺は手を伸ばした。
「あっ、祐一! どうしたの?」
「どぅわぁっ!!」
思わず飛び上がって振り返ると、制服姿の名雪が立っていた。
「あゆちゃん、祐一は逃げたって言ってたのに、どうして……。あ……」
そこで、舞の姿に気付いた名雪は、かぁっと赤くなると、すすっと後ずさりした。
「ご、ごめん、祐一……」
「ちょ、ちょっと待て名雪っ! 誤解だ、誤解っ!」
「祐一、早くして」
首だけ曲げて振り返って舞が言う。
「舞もっ、誤解を招くような言動はやめろっ!」
「あははっ、ごめんね祐一。さよならぁ〜〜〜っ」
そのまま、ばたばたと走っていく名雪。
「おい、名雪っ!」
「……祐一」
舞が、名雪を追いかけていこうとした俺の腕を片手でぱしっと掴んだ。
「なんだよ、舞っ!」
「結んで」
「……お前、マイペースな奴だな」
「あらっ、何かあったんですかぁ?」
佐祐理さんがカーテンを開けて、俺と舞を見比べて訊ねた。ちなみに次の水着は花柄の明るいワンピース、パレオ付きってやつだ。
とりあえず舞は佐祐理さんに任せて、俺は名雪を追いかけることにした。……結局水着の紐は結ばされたのだが。
しかし、舞って胸大きいよなぁ。インド人もびっくりだ。
いや、インド人はこの際どうでもいいとして。
俺は辺りを見回した。
この暑さのせいで水着売場は賑わっている。のはいいとしても、女性用水着売場だけあって女の子ばっかりで、すっかり俺は浮いていた。
「あっ、祐一さん」
不意に声が聞こえて、俺は足を止めた。きょろきょろと辺りを見回す。
……声はすれども姿は見えず。
と思っていると、水着の掛かっているハンガーの向こう側でぴょんと栗色の頭が跳ねるのが見えた。
「栞か?」
「はい、栞ですっ」
と、目の前のハンガーにかかった水着が左右に割れて、栞が顔を出した。
「栞も来てたのか?」
「はい。姉さんと水瀬さんに引っ張って来られちゃいました」
そう言いながら、ハンガーの間から出てこようとする栞。と、その動きが止まる。
「あ、あれっ?」
「どうした、栞?」
「……」
栞はすこしもぞもぞっとすると、俺を見上げてぺろっと舌を出した。
「どこか引っかかっちゃったみたいです」
「どれ?」
俺はハンガーをかき分けてみたが、良く判らない。
「よくわからん。この辺りか?」
手をハンガーの間に入れてみる。
ふにっ
「ひゃっ! そ、そこは違いますっ」
手が何か柔らかなものに触れたかと思うと、栞が変な声を上げた。
「すまん。……こっちか?」
ふかっ
「あうっ……」
「すっ、すまん。……ところで、今どこに触ったんだ?」
「知りませんっ!」
真っ赤になっている。
「えっと……、これかな?」
「わわっ! 解かないでくださいっ!」
「でも引っかかってるぞ」
「でもでもっ……」
「祐一君、やっぱり来てたんだっ!」
底抜けに明るい声がした。とっさに俺はハンガーから手を抜いて、横に飛ぶ。
がっしゃぁん
すごい音を立てて、あゆがハンガーの中に突っ込んでいた。
「大丈夫か?」
「だ……、大丈夫じゃないもんっ!」
がばっと体を起こすあゆ。
「うぐぅ……。祐一君がまた避けたぁ」
「いや、いつも飛びかかられるから」
「そう思うんだったら避けないでっ!」
頭にカラフルな水着を乗せたままで、あゆが俺にくってかかる。
それはそうと、栞はどうなったんだろう?
「あっ、取れました」
「え?」
あゆが驚いて振り返ると、栞がハンガーの間からごそごそと出てきたところだった。
「あ、栞さん。……なんでそんなところから出てきたんですか?」
「それはヒミツです」
にこっと笑って答える栞。……あゆは俺と同じ歳だから栞に取っちゃ年上なはずなんだが、どう見てもあゆの方が年下にしか見えないな。
あゆはあっさりと追求を断念したらしく、笑顔になって言った。
「あ、そういえば栞さんのこと、さっき、香里さんが捜してたよ」
「そうなんですか?」
小首を傾げると、栞はにこっと笑った。
「でも、こういうときは両方とも動いてしまうと余計に見つからないものですから、こっちは動かないことにしましょう」
「そういうものなのか?」
「そういうものです」
澄まして言うと、栞はあゆに訊ねた。
「あゆさん、もう選びました?」
「まだだよ」
「サイズが合うのがないとか?」
「うぐぅ、そんなことないもんっ!」
「そうですよっ! 合うのは絶対にありますっ!」
なぜか栞も強調して言った。
「そうだよねっ、栞さん」
「ええ、あゆさん」
手を取り合って頷きあう二人。そして栞が俺に視線を向ける。
「こうなったら、祐一さんにも、責任取って選ぶの手伝って貰いましょう」
「ええっ? ボ、ボクは、そのっ」
赤くなって慌てるあゆ。
「何を慌ててるんだ、あゆ?」
「そ、そりゃやっぱり恥ずかしいっていうか……」
「何を言う。産まれたままの姿だって見て……」
「うわわぁっ!」
慌てて俺の口をふさぐと、耳元で小さな声であゆが叫ぶ。
「なんて事言うんだよっ、祐一君っ!」
「もが、もがもがっ!」
「違うよっ! それはそうかもしれないけど、やっぱり違うよっ!」
「もごもがぁっ」
「うぐぅ。祐一君意地悪だよっ」
涙目になって俺を睨むあゆ。
「ももも……」
「あゆさん、祐一さん苦しそうですよ」
脇から栞が言って、あゆが慌てて俺の口を塞いでいた手をどける。
「わっ、ご、ごめんなさいっ」
あやうく窒息するところだった俺は、大きく深呼吸してからじろっとあゆを睨む。
「おまえなぁ……」
「だ、だって祐一君が……うぐぅ」
「それじゃ、手伝って下さいね、祐一さん。あゆさん、こっちの方なんていいと思いませんか?」
俺に一言言うと、あゆを引っ張っていく栞。こういう世話好きというか仕切り好きなところをみると、やっぱり香里の妹なんだな、と思う。
シャッ
「祐一さん、これなんていいと思いませんか?」
カーテンが開いて、栞が姿を見せる。
「いいんじゃないか?」
「もう、さっきからそればっかりじゃないですか。もうちょっと考えてくださいよ」
ちょっと膨れる栞。
「俺には水着の善し悪しなんてわからねぇんだからしょうがないだろ?」
「でも、やっぱりこういう時は男の人が「それ、似合うよ」とか言ってくれるものだと思うんですよ」
何故か力説する栞。仕方なく、俺は答えた。
「それ、似合うよ」
栞はぷっと膨れて拗ねた。
「セリフが棒読みじゃないですか。そういうことを言う人は嫌いです」
「どうせいっちゅうねん!」
と、隣のカーテンの隙間からあゆが赤くなった顔を出した。
「栞さん、これやっぱり恥ずかしいよぉ」
「お、どんな水着なんだ?」
「わぁっ! ゆ、祐一君までいるっ!」
慌てて左右のカーテンをかきあわせるあゆ。
「そんなにせんでも、頼まれたって覗きやしないって」
「うぐぅ……」
何故か涙目になるあゆ。
「それはそれでなんかやだよぉ」
と、そこで俺は不意に思い出した。
そういえば、そもそも俺は名雪を捜してたんだっけ。
「栞、あゆ、名雪は何処にいるか知らないか?」
「……?」
二人は顔を見合わせた。それからあゆが小首を傾げながら答える。
「そういえば、さっき向こうから走っていくのを見たけど」
「どこに行ったんだか判るか?」
「さぁ……。あ、でも香里さんなら、さっきはそっちのレジの辺りにいたよ」
「サンキュ」
それだけ言い残して、俺は駆け出した。
「あっ! 逃げないでくださいっ!」
「悪いな栞、俺にはやらねばならんことがあるのだっ!」
「待ってくださいっ」
「わぁっ、栞さん! ボクを置いていかないでっ!」
あゆが慌てて栞を引き留めている隙に、俺はそこから逃げ出すことが出来た。
さて、あゆが言ってたレジの所まで来たのはいいが……。
俺は左右を見回したが、名雪も香里もいないようだった。
うーむ。どうしよう。この際、このまま逃げて帰ろうかなぁ。
よく考えてみると、どうせ名雪とは家でも会うんだから、別にここで血眼になって捜すこともないか。
よし、そうしよう。
一つ頷いて、俺はエレベーターホールに向かって歩き出した。
「あ、いたいた」
……3歩も歩かないうちに、見つかってしまった。
振り返ると、香里が手招きしていた。
「相沢君、ちょっと」
仕方なく、俺は香里のところに歩み寄った。
「どうした? 栞なら、あっちにいるぞ」
栞たちのいた辺りを指す。
「そう? ありがと。……それより、名雪に何したの?」
「いや、俺がしたってわけでもなかったんだが」
俺が答えると、香里は腕組みして俺を睨んだ。
「あ、やっぱり相沢君が原因なのね?」
……かまをかけられたか。
俺が心の中で苦笑いしていると、香里は上を指した。
「最上階の喫茶店にいるから」
「え?」
「もう、買い物は終わったから、連れて帰ってあげなさいよ。栞たちはあたしの方で面倒見てるから」
「あ、ああ……」
「それから、名雪にありがとうって言っておいて」
「ありがとうって?」
俺が聞き返すと、香里は照れたように笑った。
「栞をここまで引っぱり出すのに協力してもらったから」
なるほど。何か様子が変だと思ってたけど、香里は名雪に栞をここまで引っぱり出す協力を頼んでいたってわけだ。
「了解。じゃ」
俺は片手を上げて香里に言うと、駆け出した。
最上階の喫茶店の自動ドアをくぐり、店内を見回すと、窓際のテーブルに頬杖を付いて、外を眺めている名雪の姿が目に入った。
テーブルには、もう食べ尽くしたのか、空っぽになったパフェのガラス容器がそのままになっている。
案内しようとやってきたウェイトレスに「連れがいますから」と断ると、俺はその席に向かって歩いていった。そして、名雪の脇に立つ。
気配に気付いたのか、名雪が顔を上げた。
「遅いよ、香里……。あ、あれ? 祐一?」
「おう」
そう言って、俺は名雪の前の席に腰を下ろした。代わりに名雪が立ち上がる。
「わ、わたしもう帰るねっ!」
「すいません、注文いいですか?」
俺は立ったままの名雪を無視してウェイトレスを呼ぶと、注文した。
「ブレンドコーヒーと、それとイチゴサンデー」
「ブレンドコーヒーとイチゴサンデーですね? かしこまりました。少々お待ち下さい」
そう言って、ウェイトレスは戻っていった。俺は名雪に声をかけた。
「まぁ、座れ。立ったままだとイチゴサンデーは食えねぇだろ」
「……う、うん」
名雪は腰を下ろした。
俺はとりあえず、ざっと事情を説明した。
「というわけで、佐祐理さんと舞に引っ張ってこられたんだ。さすがに先輩相手じゃ逃げるわけにもいかんからな。それに佐祐理さんは今回誘ってくれた人だしな」
「……うん、そうだね」
こくりと頷く名雪。
「それに、だ。名雪が見たシーンだって、舞はもともとああいう奴だぞ」
「そうなのかな?」
名雪は小首を傾げた。
「そうだよ」
俺が断言すると、ちょうどそこにイチゴサンデーが運ばれてきた。
「ほら、食え」
「なんか食べ物で釣られてるような気がするよ」
そう言うと、名雪はスプーンでクリームをすくって舐めた。
「でも、美味しいよ〜」
すっかり機嫌は直ったようだった。
イチゴサンデー代はちょっと痛いが、まぁ、名雪のいつもの笑顔が見られるなら、いいか。
俺はそう思いながら、ブレンドコーヒーを口に運んでいた。
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あとがき
4点取ったのは良しとしても、1点とられたのはいただけないなぁ。どうせなら完封して欲しかったものです。
まぁ、当然とは言え4連勝おめでとうってことで>サッカーU−22
さて、完結編<2>です。通算で言えば第5話です(笑)
まだ土曜日です。水着選びです。もうちょっと何とかしたいので、後で書き直すかもしれません。
関東地方は週末雨なので、しばらく止るかもしれません。やっぱり暑くないとこういうのは書けませんよね(笑)
ではでは。
プールへ行こう Episode 5 99/6/18 Up 99/6/21 Update 99/6/24 Update