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Kanon Short Story #7
プールに行こう Episode 4

 ホームルームが終わって、担任の石橋が出ていくと、教室は1週間が終わった開放感に包まれ、一気に騒がしくなる。
「祐一、今週は終わったよっ」
 名雪も嬉しそうにやって来る。
「そっか。それじゃ風呂」
「ここ、学校……」
「んじゃ、寝る」
「さっきの時間寝てたじゃない」
「そっか、道理でまだ眠いと思ったぜ」
「はいはい、漫才はいいから」
 香里がツッコミにやって来た。それから名雪に尋ねる。
「もうすぐ栞が来ると思うけど、もう相沢君に頼んだの?」
「あ、うん。今話そうと思ってたところだよ」
「何の話だ? 明日の準備があるから商店街に行くって話なら、朝に聞いたぞ」
 ガタンッ
 いきなり、俺の後ろで音がした。振り返ると、北川が椅子を蹴飛ばして立ち上がっていた。
「明日の準備っ!?」
「うん、そうだよ」
 ちょっときょとんとした感じで頷く名雪。
「よっしゃぁっ!」
 いきなり拳を握りしめて盛り上がる北川。
「なんだよ、北川? ただでさえ暑いんだから、これ以上暑苦しい真似するなよ」
「愚か者っ!」
 北川は俺をびしっと指さした。
「明日の準備といえば、水着を買いに行くに決まってるじゃないかっ! プールサイドで戯れる真新しい水着に身を包んだ美少女! うぉーっ、燃える、燃えるぞぉ〜〜っ!!」
「そうか、そうだよなっ、北川っ!」
「おう、相沢っ! お前も判ってくれるかっ!」
「もちろんだっ! これぞ男の浪漫だよなっ!!」
 俺と北川はがしっと腕を組んで友情を確かめあった。
「これだから男ってのは……」
「祐一、エッチ……」
「そんなこと言う男の人は嫌いです」
 また氷点下になった女性陣の言葉が……、って、一人多かったような?
 振り返ると、いつの間に来たのか、香里の隣に栞が立っていた。
「よぉ、栞。どうした?」
「姉さんと一緒に帰ろうと思って来ました、はい」
 笑顔で頷く栞。北川がぼそっと呟く。
「……シスコン?」
 その瞬間、香里の瞳がオレンジ色に輝いた……ような気がした。
 ドグワァッ
 次の瞬間、どういうわけか北川は床にだらしなく伸びていた。
 ……今のはまさか、不可視の力?
 俺は名雪にささやいた。
「香里って、時々すごいな」
「うん、そうだよ」
 何をいまさら、という感じで平然と答える名雪。さすが付き合いが長いだけはある。
 俺は、無様に床に横たわる北川のことは爽やかに忘れることにして、名雪に尋ねた。
「で、これからどうする? あゆとの待ち合わせ、1時だろ? もうそろそろ行かないと間に合わないぞ」
「あ、そうそう。それでね、しお……もが」
「商店街よりも、駅前のデパートに行く方がいいんじゃないかって、さっき話してたのよ」
 名雪の口を塞いで、香里が言った。
「やっぱりあっちの方が商品の回転が速い分、良いもの入れてるからね」
「ふぉうふぉう」
 口をふさがれたまま、こくこくと頷くと、名雪は香里の手を外して、お願いポーズを取る。
「というわけで、祐一、あゆちゃん呼んできてくれないかな?」
「自分で行け、自分で。第一俺よりお前の方が足早いじゃないか、陸上部部長」
「相沢君、行ってあげてくれない?」
 脇から香里が言った。
 香里が言うってことは、何かあるんだろうな。
 俺は仕方なく、肩をすくめて言った。
「名雪、行ってもいいけど、条件がある」
「うん、何?」
 笑顔で訊ねる名雪。
 俺は答えた。
「秋子さんのジャム……」
「やっぱりわたしが行くよ」
 即答だった。いや、それ以前に俺はまだ全部言ってない。
「名雪、あのさ……」
「ううん、行かせて。わたし行きたいよっ」
 なんとも切実に訴える名雪。まぁ、気持ちはわからんでもないが。
 俺は苦笑した。
「冗談だ、冗談」
 そう言うと、名雪は、ほっとしたのと、むっとしたのが混じった複雑な表情になった。
「祐一、ひどいよ〜。冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ〜」
「祐一さん、なんですか、その『秋子さんのジャム』って?」
 栞が俺に訊ねた。香里が俺よりも早く答える。
「栞、世の中には知らない方がいいこともあるのよ」
「そんな言われ方すると、余計に気になるじゃないですか」
 ぷっと膨れる栞。
 俺は、香里に尋ねた。
「なぁ、香里。栞って、ホラー映画とか好きなんじゃないのか?」
「まぁね」
 肩をすくめると、香里は名雪に言った。
「さて、そろそろ行こうか、名雪」
「あ、うん。それじゃ祐一、あゆちゃんお願いね」
「お願いされるのはいいけど、どこに行けばいいんだ?」
「駅前のデパートは知ってるよね? そこの4階の水着売場にいるから」
 俺の質問に答えると、名雪は鞄を片手に笑顔で言った。
「校門までは、一緒に行こうよ」
「ま、そうだな。それじゃ香里と栞も行こうぜ」
「はいっ」
「ええ」
 俺達は立ち上がり、教室を出た。
 出がけに振り向いてみると、北川はまだ床に仰向けに倒れたままだった。
 ま、いいか。

 校門を出たところで、駅前に向かう名雪達と別れて、俺は商店街に向かって歩き出した。
 ……お。
 途中で、知り合いの背中を見つけて、小走りに駆け寄ると軽く肩を叩く。
「よう」
「……」
 じろっと振り返った天野は、相手が俺と気付くと、わずかに警戒を解いた。
「こんにちわ、相沢先輩」
「ああ。明日のことだけど、8時に駅前集合だと」
「……」
「で、真琴も行くってよ」
 正確にはまだ本人の確認はとってないんだが、まぁ佐祐理さんがぴろもいいって言った以上、あいつも来るだろう。
 天野はこくりと頷いた。
「わかりました」
「来てくれるのか?」
「約束ですから、仕方ありません」
 そう言うと、天野は「それでは」と一礼して、そのまま歩いていこうとした。
「天野は水着を買いに行かないのか?」
 俺がなにげに訊ねると、天野は振り返った。
「学校で使ってる水着がありますから」
「……あ、そう?」
「では、失礼します」
 そう言うと、今度こそ天野は振り返らずに歩いていってしまった。
 しかし、学校で使ってる水着って、いわゆるスクール水着のことか? うーむ。
 まぁ、本人がそれで良いって言うんなら別に構わないか。
 俺も苦笑して歩き出した。

 商店街の入り口の所まで来ると、あゆが立っているのが見えた。
「おーい、あゆ〜」
 声をかけると、こっちを見て、ぱっと顔をほころばせるあゆ。
「あっ!」
 そのまま、ぱたぱたと走ってくると、大きく両手を広げた。
「祐一君っ!」
 反射的にさっとよける俺。ついでに、足を出してみる。
 べしゃぁっ
「……」
「……」
 あゆが、ものの見事に地面にスライディングしていた。
「おーい、あゆ〜」
「……」
「返事がない。ただのしかばねのようだ」
「しかばねじゃないよっ!!」
 がばっと起き上がると、あゆは俺にくってかかる。
「よけたぁっ! しかも足引っかけたぁっ!!」
「元気そうだな。無事でなによりだ」
「無事じゃないよっ! すごく痛かったよぉっ」
 涙目で赤くなった鼻を押さえるあゆ。
「うぐぅっ、どうしていつも祐一君はそうなんだよっ!」
「いや、どうしてって言われても、俺はずっとこんなだ」
「確かに7年前からそうだけどっ、でもひどいよっ!」
「食い逃げ常習者にそこまで言われる筋合いはないぞっ」
「常習者じゃないもんっ! 2回だけだよっ! それに祐一君だって食べたくせにっ!」
「俺は善意の第三者だ」
「うぐぅっ、また難しい事言って誤魔化そうとしてる〜」
 拗ねるあゆ。ちなみに善意の第三者というのは、盗品を知らないで買ったりした人のことで、この場合は知らなかったので罪には問われない……ということだったと思う。
「それじゃ祐一君は善意の第三者じゃないよっ!」
 あゆに突っ込まれてしまった。
「ま、それはそれとしてだ」
 ずっとあゆをからかっててもいいのだが、それでは話が進まないので、おれは名雪達の話を伝えた。
「……というわけで、駅前のデパートの4階水着売場で待ってるってよ」
「あ、そうだったんだ。なかなか来ないから、ボクの方が時間を間違えたかと思ったよ」
 こくこくと頷くあゆ。
「じゃ伝えたから」
 俺はしゅたっと手を挙げてから、歩き出す。
「えっ? 祐一君、一緒に来ないの?」
「冗談。何が悲しくて女の子の水着選びに付き合わにゃならんのだ?」
 そう言って、俺はすたすたと歩き出した。
「あっ、待ってよっ!」
「じゃあな、あゆ。達者で暮らせよっ」
 そう言い残し、俺は駆け出した。

 しばらく走ってから振り返ると、あゆの姿は見えなかった。どうやら上手くまいたようだった。
 ほっと一息つくと、俺はのんびりと歩き出そうとした。
「あら、祐一さん。こんにちわ」
「……」
 ……のんびりとはできないようだった。
 いや、別の意味でのんびりなんだろうけど。
「よぉ、佐祐理さんに舞」
「ほら、やっぱり逢えたじゃない」
 佐祐理さんは笑いながら舞に言った。
「?」
 俺がきょとんとしていると、佐祐理さんは説明してくれた。
「なんだかこの辺りを歩いていたら、祐一さんに逢えそうな気がしてたんですよ」
「は、はぁ」
「私がそう言ったら、舞ったら喜んじゃって、でもなかなか祐一さんが来てくれなかったから、しまいには拗ねちゃって」
 ぽかっ
 舞が佐祐理さんの顔面にチョップを入れていた。
「さっきから、人とすれ違うごとにその顔をのぞき込んでね、例の調子で「……違った」って言うんですよ〜」
 ぽかっ
 もう一度チョップを入れると、舞はすたすたっと先に歩いていってしまった。
「もう、舞ったら照れちゃって。待ってよ、舞っ! ほら、祐一さんも待ってって言ってるわよ〜」
 と、舞がピタリと立ち止まって振り向く。
 佐祐理さんが俺の脇腹を肘でつついた。「ほら、合わせて」ということらしい。
「おうっ、俺も待ってって言ったぞ」
「……わかった。待ってる」
 こくりと頷くと、本当にその場で立ち止まったまま俺達を待っている舞。
 なんというか……。
「可愛いでしょ?」
 佐祐理さんに言われて、俺は苦笑した。
「あれで?」
「はい」
 笑顔で頷く佐祐理さん。うーむ、佐祐理さんの愛想の半分でも舞にあれば……。

「あははーっ。私は魔を狩る者なんですよ〜」

 ……思い切り変だった。
「祐一、どうした?」
 舞が、一瞬硬直した俺の顔をのぞき込んだ。俺はその肩を叩いた。
「舞、お前はそのままでいいんだぞ」
「? よくわからないが、わかった」
 素直に頷く舞。
「それじゃ、行きましょうか、祐一さん」
「……はい? 何処にですか?」
 思わず聞き返す俺に、さも当然という風に佐祐理さんは笑顔で言った。
「決まってるじゃないですか。明日の水着を買いに行くんですよ」

 ……結局、俺は逃げられないようだった。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 完結編です。しかも<1>です。<1>というからには、<2>も<3>もあるんでしょう、多分……。
 ああっ、どうしていつものように「その1」「その2」にしなかったんだろう?(笑)
 まぁ、良くあることだよね。そうだって言っておくれ(笑)

 ちなみに、水着リクエストはまだ受付中です。はい。

 ではでは〜。

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