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『朝〜、朝だよ〜』
Fortsetzung folgt
「……う」
『朝ご飯食べて学校行くよ〜』
俺はごろっと寝返りを打って、それから体を起こした。
『朝〜、朝だよ〜』
枕元の白い目覚まし時計が、もう聞き慣れてしまった声を再生している。俺は片手でそれを止めると、大きく伸びをした。
「ふわぁ〜、あちぃ」
首筋に触れてみると、寝汗がべったりとついていた。
そういえば、今になって気付いたんだが、布団は冬用のとても暖かそうなものだ。さすがに暑かったらしく、夜中に無意識に蹴飛ばしたのか、今はベッドから落ちて床に丸くなっているが。
とりあえずシャワーでも浴びてこの汗を流したほうがいいだろうな。
俺は部屋を出た。真琴と名雪の部屋の前を素通りして、階段を下りると、脱衣場でべたべたになったパジャマを脱ぎ、タオルを肩に掛けてバスルームのドアを開ける。
ガチャ
「……えっ?」
「よぉ、あゆ。俺も入れてくれ」
びっくりしたように振り返るあゆに一言言うと、俺はバスルームのドアを閉めようとした。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!」
盛大な悲鳴と共に、何かが吹っ飛んでくると、俺の眉間に命中した。鼻の奥できな臭いにおいがして、目の前がすっと暗くなる。
「……おーのー」
そのまま、俺はバスルームの床に倒れていた。
「……ううっ」
目が覚めると、俺はリビングのソファに寝かされていた。額には濡れタオルが乗せられている。
「あれ?」
俺は濡れタオルを片手で取ると、上体を起こして、キョロキョロと周囲を見回した。と、そこに秋子さんが顔を出した。
「あら、気が付きました?」
「……俺、なんでリビングで寝てるんですか?」
と、秋子さんに続いてあゆが顔を出した。真っ赤になっている。
「祐一君のえっちぃ!」
「よぉ、あゆ。おはよう」
「何事もなかったように挨拶しないでよっ!」
地団駄踏んでいる。秋子さんはそのあゆの頭にぽんと手を置いて言った。
「あゆちゃん、朝から大声出すと、ご近所に迷惑になるから、今度から気を付けてね」
「うぐぅ……、ボクは悪くないのにぃ。祐一君が覗いたのが悪いんだよっ」
「違うぞ、あゆ。俺はシャワーを浴びようとしただけだ。第一どっちが前か後ろか判らんような体に興味はない」
俺が言うと、あゆはさらに真っ赤になって反論した。
「そんなことないよっ! ボクだって、その、少しはあるもん」
「そうだったっけ?」
俺が腕組みして思い出そうとしていると、あゆが慌てて駆け寄ってくる。
「や、やだよっ、思い出しちゃ駄目っ!」
「いや、あゆがそれほどまでに言うなら、俺の青春のメモリーとしてこの瞼の奧に焼き付けておくことにしよう」
「うぐぅ……」
「おはよーっ」
そこに、無意味に爽やかな調子で真琴が顔を出した。そして俺を見てくっくっと笑う。
「な、なんだ?」
「べっつにぃ〜。うーん、今日はなんだか朝から調子いいわぁ。これも昨日の夜ぐっすり眠れたからかなぁ? ねぇ、ぴろ?」
「うなぁ」と、真琴の頭の上という定位置に乗ったぴろが答え、俺は思い出したくもない夕べの恥辱を思い出した。
「へっへぇ〜ん。祐一にあんな弱点があったとはねぇ〜」
「う、うるさいぞ。誰でも苦手なものの一つや二つはあるっ!」
「さぁて、気分いいからシャワーでも浴びて来ようっと。るんる〜ん」
鼻歌を歌いながら、真琴はバスルームの方に向かって歩いていった。おのれぇ……。
「朝からにぎやかでいいわねぇ。それじゃそろそろ朝食にするわね」
そう言って、秋子さんはキッチンの方に消えた。
俺はなにげに額に手を当てて、顔を顰めた。
「いてて……。こぶが出来てるな。あゆ、何を投げた?」
「えっ? あ、ボクびっくりしたから、とっさに手にしてたものを投げちゃって……」
「手にしてた? まさか、シャワーをそのまま投げつけたのかっ!?」
「う、うん……。でもまさかそのまま祐一が倒れるとは思わなかったんだよっ」
「お前なぁっ!」
言いかけて、俺はもっと重要な事に気付いて、自分の格好を見てみた。
脱衣場で脱いだはずのパジャマを着ている。
「あゆ……」
「な、なに?」
「見たのか?」
「……うぐぅ」
耳まで真っ赤になるあゆ。俺はじとぉっとあゆを見た。
「えっち」
「ちっ、違うよっ! だいたい祐一君の方が先に見たくせにっ!」
「だから、俺はべつにお前の裸なんて興味はないっ」
全くないかと言えば、そりゃ嘘だろうけど。
「うぐぅ」
涙目になるあゆ。
「なんか、それはそれでイヤだよ」
「贅沢な奴だな」
「……うぐぅ、意地悪……」
そこに、秋子さんが再び顔を出す。
「朝食の用意が出来ましたよ。2人とも食卓にいらっしゃい」
「あ、はい」
俺はリビングを出て食卓についた。あゆも俺の後に付いてくると、悲鳴を上げた。
「わぁっ! なに、これっ!?」
悲鳴が「きゃぁ」じゃなくて「わぁっ」っていう辺りが既に女の子してないと思うんだが。まぁ、それはそれであゆの味ってもんだからとやかくは言うまい。
「祐一君っ! 食卓の上に変なのがいるっ!」
あゆが俺の背中にしがみついてきた。いつぞやの商店街の時みたいに体を回転させて振り払おうかとも思ったが、ここでそれを実行すると、間違いなく食卓がひっくり返ったりして被害が甚大そうなので断念する。
「心配するな。ただの物体Xだ」
「ゆゆゆ祐一君っ! ぶぶぶ物体Xってなんだよっ!」
「うーっ」
と、その物体Xが顔を上げた。
「……眠い」
「わぁっ、動いたぁっ!」
慌てて俺の背中に隠れるあゆ。振り返ってみると、かがみ込んで両手で耳を塞いで目を閉じている。
俺は改めてその物体Xを見下ろして、秋子さんに尋ねた。
「これ、どうします?」
「あ、ごめんなさい。祐一さん、起こしてくれるかしら?」
キッチンから秋子さんの返事が聞こえた。さて、どうするか……。
「ゆ、祐一君、もういなくなった?」
後ろからか細い声が聞こえて、俺は振り返った。
あゆはまだ同じ姿勢だった。
「祐一君、何か言ってよぉ。……何も言ってくれない。……うぐぅ」
自分で耳を塞いでおいて「何も言ってくれない」もないもんだ。
俺は強引にあゆの腕を掴んで、耳から離した。そして間髪入れずに叫ぶ。
「わぁーっ、助けてくれぇっ、食べられるぅっ!」
「いやぁぁぁぁっ!」
慌てて俺の腕を振り解いて、耳を押さえるあゆ。がたがた震えながら、泣き声でぶつぶつ言い始めた。
「うぐっ、ボクは食べても美味しくないですっ。だから食べないでくださいっ」
「イチゴジャム……、イチゴのショートケーキ……、もう食べられないよぉ……」
食卓の方からは幸せそうなつぶやきが聞こえてくる。
俺は、とりあえずあゆはそのままにして、物体Xを起こすことにした。
「こら、名雪っ! 起きろっ!」
「え? 名雪さん?」
しっかり耳を押さえていたはずのあゆが、ぴょこんと立ち上がると、俺の後ろから食卓をのぞき込んだ。
物体Xこと名雪が、もぞもぞと顔を起こす。
「うーっ、眠い……」
「あ〜っ、ホントに名雪さんだ」
あゆが声を上げると、俺を睨んだ。
「うぐぅ……、いじわるぅ」
「……くー」
名雪は顔を上げたまま寝ていた。
そこに真琴が入ってくる。
「お腹空いたっ!」
その頭の上にはぴろが乗っている。と、不意に名雪がぱっちりと目を開けた。
「わっ! びっくりした」
「ねこー、ねこー」
驚く俺には見向きもせずに、名雪は真琴の方に顔を向ける。既にその瞳が潤んでいた。
そのまま、むくりと立ち上がると、真琴に近寄っていく。
あゆが俺の後ろに隠れた。
「名雪さん、なんだかゾンビみたいで、ボク怖いよぉ」
「な、なによぉ。ぴろはあげないわよっ」
真琴が頭からぴろを下ろすと抱きしめる。が、名雪は意にも介さないという感じでふらふらと近寄っていく。
「ねこー、ねこー」
……駄目だ。あれは寝ている。猫を本能的に察知して無意識に行動してるだけだ。
「真琴、とりあえずぴろを庭にでも逃がせ。でないと名雪に食われるぞ」
「ええっ!? 駄目よっ!」
慌ててぴろを抱いたまま部屋を飛び出す真琴。俺は名雪の腕をがしっと捕まえた。
「こらっ、名雪! いい加減に目を覚ませっ!」
「ねこ……。くー」
ぴろがいなくなったせいか、その場で立ったまま寝ている名雪だった。つくづく器用な奴だ。
俺と名雪は並んで通学路を走っていた。
「俺、今朝は随分早起きしたつもりだったんだがな」
「大丈夫だよ。100メートルを7秒で走れば間に合うよ」
それは世界新記録だ。
やれやれ、2日連続で遅刻確定か。
俺は朝から憂鬱な気分になっていた。
対照的にこっちは明るい。
「ほんとに名雪さんも祐一君も走るの速いよね」
リュックの羽根をぱたぱたと揺らしながら、あゆが言った。そう言うこいつも結構早い。
「あうーっ、待ってよぉ〜っ」
対照的に、意外に遅いのが真琴だったりする。俺は振り返った。
「お前はバイトなんだから、ゆっくり行ってもいいんだろうけど、俺達は学校なんだぞ!」
「だからって、そんなに急がなくてもいいじゃないのよぅっ!」
「急ぐ理由があるから急いでるんだっ!」
と、名雪が不意にあゆに話しかけた。
「そうだ。あゆちゃん、今日の放課後空いてる?」
「えっ? うん、別に予定はないけど……」
「よかった。それじゃ、一緒に商店街に行かない?」
名雪があゆを誘うっていうのも珍しいな、と思って聞いていると、理由は簡単だった。
「放課後、水着を買おうと思うんだよ」
「あっ、そうだね」
あゆも、ぽんと手を叩くと、笑顔でうんうんと頷いた。
「ボクも新しい水着買おうっと」
「スクール水着か?」
「なんでだよっ!」
「そうだよ。祐一、ひどいよ」
何故か名雪もあゆの味方をする。
と、そうこうするうちに、分かれ道まで来た。
「おっと、あゆの学校って確かあっちだよな」
「あ、うん。それじゃ、待ち合わせはどうするの、名雪さん?」
「そうだね、1時に商店街の入り口でいいかな?」
「1時だね。ボク、遅れないように行くよっ!」
そう言って、あゆは手を振ると向こうの道へ駆けていった。
俺達は息付く暇もなく自分たちの学校に向かって走った。
いつの間にか真琴がいなくなっていたのに気付いたのは、学校に着いた時だった。
結局2日連続で札を首から下げて廊下に立たされた俺と名雪だった。ちなみに、その札には「わたしは『今日も』遅刻しました」と書いてある。『今日も』の部分は紙で上から貼ってあるという念の入れようである。
「ホントに、あなた達は何してたのよ」
今日は遅刻しなかった香里が、休み時間になって廊下に出てくると、呆れたように言った。
「色々とあったんだ」
「そうだよね〜」
「ふーん」
「なんだよ、その意味ありげな相づちは」
「聞いての通りよ」
いつものように受け流す香里。
……判らないから聞いてるんだがなぁ。
と、名雪がぽんと手を叩いた。
「あ、そうだ。倉田先輩に報告しなくちゃ」
「そうだな。それじゃ俺が行って来る。というわけで、名雪、俺の分まで立っててくれ」
俺は首から札を外すと、名雪の首にかけてやった。
「わわっ! ちょっと待ってよ、祐一っ!」
「似合うぞ、名雪。それではさらばだ」
駆け出そうとした俺の肩を、香里が掴んだ。
「行くまでもないと思うけど」
「なんでだ?」
「だって、ほら」
香里は教室の中を指さした。俺はその指さす先をみて、額を押さえた。
「あの人は……」
そこには、俺の席で北川と談笑している佐祐理さんの姿があった。
「ってわけでさ、もうなんて言っても俺が一番だって相沢が言うんだ」
「あははーっ。可笑しいですね〜」
「おーい、佐祐理さん」
俺の声に、佐祐理さんは振り返った。
「あら、祐一さんに水瀬さんに美坂さん。こんにちわ、ごきげんよう」
あいかわらずおっとりと挨拶する佐祐理さんにそれぞれ挨拶してから、俺が訊ねた。
「で、どうしたんですか、こんなところまで」
「はい、明日の集合場所と集合時間をお知らせするのを忘れていましたので。それと、昨日のお返事をお伺いしようかと思いまして」
そう言って笑う佐祐理さん。でも、何もそれだけのために下級生の教室まで来なくても……。
いや、そこが佐祐理さんらしいところだよな。
「えっと、集合場所は、駅前の広場で、集合時間は朝の8時ですけれど、よろしいでしょうか?」
「朝の8時と。大丈夫、雨が降っても台風が来ても俺は行くぜっ」
北川が律儀にメモを取りながら言う。俺は名雪に尋ねた。
「覚えたか?」
「うん、大丈夫だよ」
「よし」
「……っていうか、相沢君、自分で覚えなさいよね」
「俺はそういうことは12時間で忘れることにしているんだ」
「あははーっ。祐一さんも大変ですね〜」
佐祐理さんはそう言って笑うと、名雪に尋ねた。
「それで、昨日のお返事をお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、すみません。えっとですね、私のお母さんと、お友達3人増えたんですけど……」
名雪が答えた。あ、そうそう。天野のことも言わないとな。
「すまん、それにもう一人追加だ」
「それじゃ、5人増えるんですね? いっぱい来てくれて良かったです」
にっこりと笑う佐祐理さん。
ん? ちょっと待て。
「名雪、お前の言う友達ってあゆと真琴の2人じゃないのか?」
「他にもいるもん」
きっぱり言う名雪。俺は念のために訊ねた。
「お前の友達って、人間だよな?」
「人間かどうかで差別するのは良くないですよ」
いきなり後ろから声が聞こえた。反射的に振り返ると、天野が「それじゃ」と一礼して歩き去っていった。思わず呟く俺。
「何しに来たんだ、天野の奴……」
「相沢、お前って変わった知り合いが多いな」
北川が言うので、俺は返答してやった。
「お前が一番まともに見えることもあるからな」
「……なんか気になる言い方だな、それ」
「気にするな。ともかく、名雪っ!」
「あっ、ほら、チャイムだよ〜」
思い切り不自然に話題を逸らそうとする名雪。
「まだ鳴ってないわよ」
あっさり香里が突っ込みを入れた。
「でっ、でも、もうすぐ鳴るかもしれないよっ」
「あと5分はあるけど」
さらに容赦なく追い打ちをかける香里。さすが付き合いが長いだけはあるな、と妙な感心をしてしまう。
「で、どなたなんですか?」
佐祐理さんにやんわりと聞かれて、名雪は観念したように小さな声で答えた。
「……猫さん」
「猫? ……あのね、どこの世界にプールに猫を連れて行く人がいるのよ」
呆れたように腕組みする香里。
だが、佐祐理さんは、ぽんと手を叩いて喜んだ。
「猫さんですか? 可愛いでしょうねぇ」
「先輩もそう思いますっ!?」
途端にぎゅっと佐祐理さんの手を握る名雪。
佐祐理さんはにこにこしながら頷いた。
「はい。私、猫さんは大好きですよ」
「そうですよねっ!」
思わぬ所で強力な味方を得て喜ぶ名雪。
俺と香里、そして北川の3人は、顔を見合わせて、ため息を付いた。
「倉田先輩も、かなりまともじゃないよなぁ」
「私もそう思うわ」
「まぁ、舞の親友やってるくらいだからなぁ……」
こうして、プールに行くメンバーが確定したのだった。
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あとがき
あうーっ。
後編なのに全然プールどころじゃないよぉ。
というわけで、次回は完結編です。多分終わるです。……終わるといいなぁと思うです。
水着募集は続行中です〜。
しかし、発売日までノーマークだったし、雑誌とか買わない人なので、皆のスペックとか全然知らなかったんですよ〜。あゆがまさかあんなに胸があるとは(爆)
なんでみんなあんなにハイスペックなんだろう? つまらん(核爆)
プールへ行こう Episode 3 99/6/16 Up 99/6/21 Update