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宇宙戦艦セント・エルシア その2
セント・エルシア

「地球の統合参謀本部から通信だっぴょーん」
 ミャーコちゃんが、インカムに手を当てて、振り返りました。

 私たちの乗っている、連合宇宙軍の練習艦“舶用”は、冥王星から逃げ出して、今は木星の近くまで来ています。
 あれから敵(?)には、幸いにも逢っていません。
 あのときの戦いで怪我をされた橋本さんは、肋骨にひびが入っていると診断されて、今は医務室で寝ています。
 でも、艦長さんがいないと、船は動きません。
 で、みんなで話し合った結果……。
「やっとつながったか。つないで、ミャーコちゃん」
「了解っ。ポチッとな」
 シュン
 正面のスクリーンに軍人さんが映りました。お兄ちゃんが敬礼します。
「練習艦“舶用”艦長代理の伊藤正樹准尉です」
 そう。お兄ちゃんが今、この艦の艦長代理なんです。
「詳細は報告を受けている。諸君らは、直ちに木星の衛星軌道に占位している連合宇宙軍のドック艦“星名”に向かいたまえ」
「ドック艦、ですか?」
 不思議そうな顔をするお兄ちゃん。だけじゃなくて、みんなもそう。
 でも、スクリーンに映った軍人さんは、詳しい説明はしてくれません。一方的に言っています。
「諸君らはドック艦と合流し、指示を待つように」
「了解しました」
 お兄ちゃんが敬礼すると、通信は切れました。お兄ちゃんは菜織ちゃんに声をかけます。
「だとよ」
「はいはい。乃絵美、ドック艦“星名”の位置は?」
 私はキーボードを叩きました。
「はい、方位220、距離25000です」
「ありがと」
 菜織ちゃんはうなずいて、“舶用”をそちらに向けました。
 え? 私がどうして、ブリッジでオペレータをしているのか、ですか? それは……。
「にしても、乃絵美ちゃんがいてくれて助かったぜ」
 冴子さんがふらっと私の前から、コンソールを覗き込みました。それから、顔を顰めます。
「あ〜、やだやだ。こういうややっこしいのを見てると、体が痒くなるぜ」
「サエちゃんあんまり難しいことはできないんだもんねぇ〜」
 ニャハハ、と笑いながら、ミャーコちゃんが言いました。かぁっと赤くなる冴子さん。
「うっ、うるせぇぞミャーコ!」
「ほらほら、無理しない無理しない」
「くっ」
「でも、乃絵美ちゃん、どうしてオペレータなんて?」
 軌道修正が終わって一息ついた菜織ちゃんが、私に尋ねました。
「えっ? あっ、それは……、ほら、最近じゃ喫茶店でも、注文とか仕入れとかでコンピュータを使うでしょ? だから、自然と覚えちゃって」
 ホントは……、いつかお兄ちゃんのお手伝いが出来ればいいなって思って覚えたんだけど……。でも、こんなに早くお兄ちゃんのお手伝いが本当にできるなんて……。えへへっ。
「ん? どうしたの、乃絵美? なんだか嬉しそうね」
「そ、そうですか?」
 私は慌てて顔を撫でました。いつのまにか笑っていたようです。
「ん〜? なんだか怪しいなぁ。あ、さては好きな男の子のことでも考えてたのかなぁ?」
「なにぃっ!? そんな男がいるのかっ!?」
「お、お兄ちゃん!? そ、そんな人いませんっ」

 1時間ほどして、“舶用”の窓からも、ドック艦“星名”が見えるようになってきました。
「へぇ〜、でけぇなぁ」
 冴子さんが窓際からそれをみて、声を上げています。
 私は、キーボードに指を滑らせて、“星名”のデータを呼び出しました。
 全長2500メートル、全幅1200メートル、全高580メートル。艦、というよりは大きな工場が宇宙に浮かんでいる、そんな感じです。
 正面から見ると、3つの大きな穴が空いています。そこにまるごと宇宙船を格納して、修理、補修を行うんだそうです。
 ミャーコちゃんがインカムをつけました。
「さってと、お仕事お仕事っと。ポチッとな。……もしも〜し、こちら連合宇宙軍所属、練習艦“舶用”。識別番号FC−004−02でぇ〜す」
 ……思うんですけど、連合宇宙軍って、ああいうしゃべり方でもいいんでしょうか?
 ミャーコちゃんは、しばらくインカムに向かってしゃべってから、菜織ちゃんに言いました。
「2番ドックに入港されたし、だって」
「2番って、真ん中ね? オッケイ」
 菜織ちゃんはレバーを引きます。
 “星名”から、さぁっと光の線がこちらに延びてきます。この光に沿っていけばいいみたいです。
「……あれ?」
 ずっと窓から“星名”を見ていた冴子さんが、ちょっと眉をひそめました。それから振り返ります。
「なぁ、一番右のドックに入っているのは、戦艦じゃねぇか?」
「どれ……って、見えねぇぞ、冴子」
 お兄ちゃんは、額に手をかざして“星名”を見てます。ミャーコちゃんが笑いました。
「サエちゃん、目だけはいいもんねぇ〜」
「だけってなんだよ、だけって!?」
 私は、キーボードに手を滑らせました。

 Unknown

 え?
 “星名”の一番ドックに入っている船のデータを呼び出そうとしたら、コンピュータはそんな答えしか返してきません。
「……軍の機密みたいだね〜」
「きゃっ!」
 いつのまに来ていたのか、ミャーコちゃんが私の手元をのぞき込んでいました。
「ミ、ミャーコちゃんっ?」
「ま、あたしに任せ解きなさいよっ。うーっ、ジャーナリストの腕が鳴るわっ」
 そう言いながら、ミャーコちゃんは自分の通信士席に戻ると、なにやら始めました。
 冴子さんが苦笑しながら言いました。
「ああ見えて、ミャーコのやつ、コンピュータを扱う腕もなかなかいいんだよなぁ。もっとも、自分の興味のあることしかやらねぇから、オペレータじゃなくて通信士に回されたんだ」
「そうなんですか」
 私は、鼻歌を歌いながらなにやらしているミャーコちゃんの楽しそうな横顔を見ていました。
「ほいほいっと。お、菜織ちゃんのパーソナルデータ見っけ」
「えっ?」
「ふぅーん。なかなかのナイスバディだぁ。3サイズはぁ、うえからはちじゅう……」
「くぉらぁっ!!」
 バシッバシッ
 菜織ちゃん、どこから取り出したのか、長い箒でミャーコちゃんを叩いてる。
「痛い痛いっ!」
「こらっ! すぐ消しなさいっ!!」
 うふふっ。
 それ見て笑っているうちに、私たちはその1番ドックのことはすっかり忘れちゃってたの。

 それから30分くらいで、“舶用”は“星名”の2番ドックの中に入りました。
 菜織ちゃんが、ほっと一息ついて、振り返ります。
「はい、ドッキング完了っと。で、これからどうするの?」
「とりあえず、全員ドック艦の方に乗り移ろう。報告もしないといけないしな」
「いいのか? 全員移動しちゃっても」
 冴子さんが訊ねると、お兄ちゃんはうなずきました。
「ああ。別に誰か残ってろ、なんて言われてないんだし、この級(クラス)のドック艦なら、整備は全自動でやってくれるはずさ。な、乃絵美?」
「えっ? あ、うん、そうだね」
 急に話し掛けられて、私は思わず飛び上がりそうになりました。でも、なんとか平静を装って返事できました。
「そうなの、乃絵美?」
 横から菜織ちゃんに聞かれて、私は頷きます。さっき、“星名”のデータは呼び出し済みですから。
「連合宇宙軍所属最新型ドック艦“星川”級2番艦“星名”。その最大の特徴が、無人整備システムです。このドック艦の就航で、整備員1500名が配置転換、解雇されることになり、そのために宇宙軍内で労働争議が……。あ、ごめんなさい。そんなことはどうでもいいんですよね」
「そうそう、連合宇宙軍最大のスキャンダル、“星川労働争議”はこうして起こったのよねぇ〜。でも、宇宙軍上層部はそれをもみ消そうとした。闇から闇に事件が葬り去られそうになったとき、立ち上がったのがっ! このあたしの先輩でもある、連合宇宙軍報道調査部の徳永博子先輩だったのよぉ〜」
 ミャーコさんが、なんだかうっとりした顔で話しています。
「あ〜あ、始まっちまった。ああなると誰もミャーコを止められねぇからなぁ」
 冴子さんがため息混じりに肩をすくめました。それからお兄ちゃんに言いました。
「んじゃ、さっさと上がっちまおうぜ」
「だな。ミャーコ……ちゃんはだめだな、ありゃ。乃絵美、アナウンス頼む」
「えっ? わ、私?」
 思わずミャーコさんの方を見て、私はため息。すっかり一人の世界に入ってるみたいです。

 ドッキングブリッジの奧のドアが開くと、一人の軍服姿の女の人が立っていました。私たちの姿を見て、ぴしっと敬礼してきます。
「ようこそ、“星名”へ。私は艦長代理の天都みちるです」
 綺麗な人です……。
「えっ、あ、ど、どうも、“舶用”艦長代理、伊藤正樹です……えへへっ」
 思わずにやけてるお兄ちゃん。と、いきなり飛び上がりました。
「いてててっ」
「ばかっ! しゃんとしなさいっ!」
 お兄ちゃんの後ろで、菜織ちゃん。あ、眉間にしわが寄ってる。
 でも、ちょっといい気分かも。ごめんなさい、お兄ちゃん。
 そんなお兄ちゃん達を見て、みちるさんはくすくす笑ったの。
「でも、あなた達が来てくれて、助かったわ。私たちじゃあんな戦艦、とても運用できなかったし」
「え? どういうことです?」
 聞き返すお兄ちゃん。みちるさんは、目をぱちくりさせてから、おそるおそるって感じで聞いてきました。
「あのぉ、あなた達って、新型戦艦を受け取りに来たのよね?」
「……は?」
 今度はこっちが目をぱちくりとさせる番でした。
「あの、そんな話聞いてませんけど……」
「えっ?」
「なるほどぉ。閉ざされたドックに秘められていたのは、軍の最新鋭戦艦だったってわけなのかぁ。ふむふむぅ」
 ミャーコさんが訳知り顔に頷きました。
 みちるさんの方はというと、かなりうろたえてます。
「ああっ、どうしましょう。てっきりそのために来たのだとばっかり……。えっと、それじゃ忘れてくれないかしら……」
「あまぁい。この愛と正義と真実と報道の使徒ミャーコさまが掴んだ特ダネ、ばらさない……じゃない、報道しないわけにはいかないわっ」
「そこのところをなんとか……」
 みちるさんがそう言いかけた時でした。
 ズガァァン
 いきなり爆発音が響いたかと思うと、床が大きく揺れました。
「きゃぁっ」
「乃絵美っ!」
 トン
 力強い腕が、よろめいた私を抱き留めてくれました。顔を上げると、お兄ちゃんの緊張した顔が、私をのぞき込んでいます。
「大丈夫か、乃絵美?」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん」
 思わず、かぁっとほっぺたが熱くなるのを感じて、私は慌てて身を起こしました。
「いたたぁ〜。何なの、いったい?」
 通路にべたんと倒れていた菜織ちゃんが、鼻を押さえながら顔を起こしました。
「もしかして、内部で爆発事故? 最新鋭ドック艦には、実は秘められた欠陥があったとか?」
 ミャーコさん、目を輝かせて、今にも駆け出しそうです。
 壁の手すりにすがっていたみちるさんが、慌てて言います。
「そんな欠陥なんてありませんっ!」
「ほんとぉかなぁ?」
「ほんと……」
 ドォォォン
 みちるさんが言いかけたとき、再び爆発が起こりました。そして、窓の外をいくつかの光が流れます。
 菜織ちゃんが言いました。
「正樹、今の……」
「見た。荷電粒子砲の軌跡みたいだな」
「ってことは……」
 二人は顔を見合わせて、同時に叫びました。
「攻撃を受けてるってこと!?」
「ええっ!?」
 それを聞いて、こんどはみちるさんが慌てました。腕の通信機のスイッチを入れて呼びかけます。
「こちら天都。ブリッジ、応答して! ブリッジ!」
 でも、みちるさんの腕の通信機からは、小さくザーッというノイズが流れてくるだけです。みちるさんは、表情を曇らせました。
「どうしたのかしら……。まさか、ブリッジが……」
「とりあえず、こんな通路で話をしてても仕方ない。“舶用”に戻った方が良さそうだな、これは」
 お兄ちゃんはそう言うと、振り返りました。
 次の瞬間、目の前が真っ赤になりました。

「……しっかりしろ、乃絵美っ!」
「……う、うん」
 乱暴に揺すられて、私は目を開けました。
「お……兄ちゃん」
「大丈夫か、乃絵美!?」
「う、うん……」
「良かった……」
 私は、ぐいっと抱きしめられました。
「お、お兄ちゃん?」
「こらっ、正樹! そんなコトしてる場合じゃないでしょ!」
 菜織ちゃんの声。お兄ちゃんは一つ頷いて私に尋ねました。
「立てそうか、乃絵美?」
「う、うん。大丈夫」
 そう言って、私は改めて辺りを見回しました。
 特に変わったところは……、ありました。今まで開いていた、“舶用”に通じているドッキングブリッジが、分厚い隔壁に遮られてしまっています。
 私にも、何が起こったのかは想像できました。もう、この隔壁の向こうには、“舶用”は、いないんです。
「どうするの、正樹?」
 菜織ちゃんに尋ねられて、お兄ちゃんは腕組みしました。
「どうするも何も……、“舶用”がない以上、俺達には何も出来ないじゃないか」
「なぁ、天都さんよ。この艦には戦闘機とか積んでねぇのかよ?」
 冴子さんが訊ねますが、みちるさんは首を振りました。
「“星名”はドック艦ですから、連絡用のシャトルや脱出用のシューターなら搭載していますけれど、戦闘用の機体は……」
「畜生!」
 冴子さんは、拳をパンと打ち合わせました。
 また、遠くで爆発の音がしました。
「お兄ちゃん……」
 私は、心細くなって、お兄ちゃんの服の裾をぎゅっと握りしめていました。すると、お兄ちゃんは私の手を包み込むように握って笑いました。
「乃絵美、心配するなって。俺にまかせとけ」
「ちょっと、正樹。そんな当てもない約束するんじゃないの」
 後ろから菜織ちゃんがあきれたように言いました。でも、私はそれですごく安心できたんです。
 お兄ちゃんは、私とした約束は絶対に守ってくれるんだから。
「どうすりゃいいんだよ。ミャーコ、何かいい方法はねぇのか!?」
「あたしに言われても困るよぉ」
「ったく、肝心なときには役にたたねぇ奴だな」
「あーーっ、サエちゃんそれひっどぉい!」
 冴子さんとミャーコさんがやり合っています。
 何か、武器になるようなものがあれば。何か……。
 あっ!
「お兄ちゃん、このドック艦には、最新鋭戦艦があるんでしょ?」
 私は、さっきのミャーコさんの言葉を思い出して、お兄ちゃんに尋ねました。お兄ちゃんは大きく頷きました。
「そうだ! 偉いぞ、乃絵美。よく思い出したな」
 お兄ちゃんは私の頭をなでてくれました。嬉しいです。
 ついで、お兄ちゃんはみちるさんに向き直りました。
「天都さん! お願いします。その戦艦を使わせてください!」
「でも……」
 ちょっとためらっているみちるさんに、横から菜織ちゃんが言いました。
「緊急事態なんですから!」
「……判りました」
 みちるさんはこくりとうなずき、私たちに言いました。
「こちらです」

 みちるさんに続いて通路を走りながら、ミャーコさんが他のみんなにも連絡を取ってくれました。そのおかげで、私たちがその場所に着いたときには、他のみんなも集まっていました。その中には、簡易ベッドに寝かされている橋本さんの姿もあります。
「橋本さんは?」
「今は睡眠剤が効いて眠ってます」
 お兄ちゃんの質問に、ベッドの脇についていてくれた看護士さんが答えました。
「そっか……」
「正樹、しっかりしてよ。今はあんたが大将なんだから」
 菜織ちゃんに言われて、お兄ちゃんは頷きました。それから、ドックに面した壁に向き直ります。
 ドックとの間には、堅く閉ざされた隔壁。その隔壁には、赤いテープが張ってあります。菜織ちゃんによると、軍の最高機密を意味しているものだそうです。
 みちるさんは、そのテープに手をかけて、一瞬ためらいました。
 お兄ちゃんが声をかけます。
「お願いします、天都さん」
「……わかりました」
 みちるさんは、思い切ってテープを引きはがしました。そして、振り返って頷きます。
「どうぞ」
「オッケー、まっかせといて」
 ミャーコさんが、隔壁の脇のコンソールパネルに取り付きました。キーボードを叩いて、振り返ります。
「開けるよん」
「おう」
 頷くみんな。ミャーコさんはコンソールパネルに向き直ると、ボタンを押しました。
「ポチッとな」
 ブシューッ
 何かが吹き出すような音とともに、ゆっくりと隔壁が上がり、そしてその向こうに黒い戦艦がその姿を現しました。
「ほぉーーーっ」
 思わずため息をつくみんな。やっぱり、軍人さんにはその価値がわかるんでしょうか? 私には、大きな宇宙船にしか見えません。
 みちるさんが、みんなの後ろから言いました。
「これが、連合宇宙軍最新鋭戦艦、型式番号MXS−0001――“セント・エルシア”よ!」

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