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それはそよ風のごとく 第11話
種明かし

 不意に俺は目を開けた。
 白い天井に、蛍光灯が目に入る。
 身体には毛布が掛けられて、ベッドに横になっているようだ。周囲は、白いカーテンで仕切られている。
 ……どこだ、ここは?
 身体を動かそうとすると、右腕にズキッと痛みが走った。おそるおそる、そっちを見てみると、二の腕に包帯が巻かれている。
 その瞬間、俺は思いだしていた。
 無人島、クルーザー、ヘリ、芹香先輩、セリオ、綾香、マルチ、葵ちゃん、琴音ちゃん、委員長、そして……あかり。
 フラッシュバックする映像と音。
 最後に覚えているのは、ヘリが動いたときの浮遊感と、落下感。
 ……で、どうなったんだ?
 俺は、右の二の腕に巻かれた包帯を、じっと見つめた。それから、周囲を見回す。
 ここは、病院……なのか?
 でも、どうして無人島にいた俺が、病院にいるわけだ?
 さっぱりわけが判らなくなった。
 芹香先輩や綾香を捕まえようとしていた連中が、俺をわざわざ病院に連れて来て、なおかつ傷の手当までするっていうのも考えにくい。
 いや、待てよ。もしかしたら、何かの人体実験に使うつもり……か?
 まさか……とは思うが……。
 と、不意にカーテンが引かれた。その向こうには……。
「マルチ!?」
「あっ!」
 俺の声に、一瞬目をパチクリとさせたマルチは、不意に表情をくしゃっと歪めると、そのまま俺に飛びついてきた。
「うわぁーーん、浩之さぁ〜ん! よかったですぅぅぅ」
「わぎゃっ!」
 情けない悲鳴を上げたのは、右腕の怪我をしている所をもろに掴まれたためである。
「わわっ、す、すみませんっ! 私、わた……。ふぇぇぇん」
 謝りながらまた泣きだすマルチ。……間違いねぇ。こんな反応を示すのは、俺達が知っているマルチ以外にありえねぇ。
 ……いや、まてよ。俺を油断させるために、仕組んだのかも……。
 よし、俺が確かめてやる。
 俺は、マルチの肩に手を置いた。
「マルチ……」
「は、はいっ」
 ぐしぐしと、服の袖で目もとを拭って顔を上げるマルチ。
 そのマルチの耳元で、俺は囁いた。
「マルチ、好きだ」
「ええっ!?」
「愛している。俺にはもうお前しか見えない。君は俺の太陽だ。ああ、マルチ、おまえはどうしてマルチなんだ?」
「はわぁ〜……」
 そのまま、かくっと動かなくなるマルチ。
 間違いない。これでブレーカーが落ちてしまうようなメイドロボは、古今東西マルチぐらいなものだな。
 うんうんとうなずく俺の耳に、震える声が聞こえてきた。
「ひ、浩之ちゃん……」
「先輩……」
 へ?
 顔を上げてみると、カーテンの向こう側にあかりと葵ちゃんがいた。二人とも、カーテンに手を掛けたままの姿勢で固まっている。
 俺も含めて3人は、しばしそのまま固まっていた。
 と、あかりの後ろから綾香がひょこっと顔を出した。
「あら、藤田くん、気がついたのね。……って、どうしたの、3人とも固まって? マルチは落ちてるし」
「あ、綾香!?」
 俺は綾香の顔を見て、金縛りから解けた。一体何がどうなってんだ?
 俺のその表情を見て、綾香はくすくす笑った。
「なにがどうなってんだって聞きたいみたいねぇ」
「あ、当たり前だろ!」
 俺は思わず立ち上がろうとして、右腕に走った痛みに顔をしかめた。
「つつっ」
「浩之ちゃん!」
 いきなり復活したあかりが、心配そうに俺の腕に触れた。それから綾香に訊ねる。
「あの、浩之ちゃんの右腕は……?」
「ああ、大した事はないわよ。5針くらい縫ったけど、腱も傷ついてなかったし」
「よかったぁ」
 ほっとため息をつくあかり。そのあかりをちらっと見てから、綾香は俺に尋ねた。
「どう? 立てる?」
 俺は、そろそろと身を起こした。
「ああ、大丈夫そうだ」
「なら、こっちに来て。他のみんなもいるから」
 と。
 ブゥゥン
「……はっ? わ、私は何をしてたんでしょう?」
 不意にマルチが再起動した。きょときょとと辺りを見回している。俺はそのマルチの頭をぐしぐしと撫でながら、あかりと葵ちゃんに声を掛けた。
「よし、行こうか」
「う、うん……」
「は、はい……」
 ちょっと歯切れの悪い二人の返事。
「な、なんだよ」
「べ、別に何でもないよ」
「わ、私もです」
「……」
「……」
 沈黙が病室を満たした。俯く二人。
 綾香が、おそるおそる声を掛ける。
「私、外で待ってるから」
「あ……」
 止める間もなく、綾香はカーテンの影に消えた。一拍置いて、ドアの閉まる音が微かに聞こえる。
「……あ、あの、浩之ちゃん」
 不意にあかりが顔を上げた。微笑みを浮かべて言う。
「私、気にしてないよ。浩之ちゃんが誰を好きになったって……、その……」
「わ、私もです。藤田さんが、えっと……」
「ち、違うぞ、二人ともっ! さっきのはだな、その……」
「それじゃ、私、先に行くね」
「私も」
 そのまま、視界から消える二人。
「ま、待て! いててて」
 慌てて立ち上がろうとした俺に、右腕の激痛が走る。
「だ、大丈夫ですかぁ?」
 マルチが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。俺は、痛みに耐えながら、微笑を浮かべた。
「だ、大丈夫。それより、行かないと」
「は、はい」
 マルチはこくこくとうなずいた。俺はそのマルチの肩を借りて、ようやく立ち上がった。

 病室の外に出ると、パジャマ姿の患者やクリップボードを抱えた看護婦が行き来している、どう見ても普通の病院の廊下だった。
「何してたの?」
 ドアの前で待っていたらしい綾香が訊ねた。俺は肩をすくめてから、廊下を見渡した。
「あれ? あかりに葵ちゃんは?」
「先に行くって。何かあったの?」
「別に」
 素っ気なく答えると、綾香は肩をすくめて歩き出した。それ以上追求して来なかったので、俺は別の事を訊ねた。
「ここは?」
「那覇の総合病院よ。うちの経営だから、問題ないわ」
「うちって、来栖川グループ?」
「そ」
 そう言って、綾香はエレベーターに乗り込んだ。俺達を手招きする。
「はい、こっちこっち」
「あ、ああ」
 俺はうなずいた。

 チーン
 チャイムの音が鳴って、エレベーターは1階についた。ドアが開く。
 そこは、病院のロビーのようだった。長椅子がいくつか並んでいる。
「あっ、藤田さん」
 ロビーを見回していた俺に、琴音ちゃんの声が聞こえた。その方を見ると、琴音ちゃんが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大したことはないけど……」
「にしても、無茶しよるわ。うちらまで危なかったんやで」
 琴音ちゃんの後ろから、委員長が肩をすくめながらやってくる。そして、琴音ちゃんに聞こえないように、俺の耳元で囁いた。
「んで、神岸さんと松原さんに、何をしたんや?」
「何って……?」
「二人とも、あんたを迎えに行って、それで二人で戻ってきた後は、あの通り、だんまりを決め込んではるんやで。何もなかったわけないやんか」
 俺は、委員長がちょいちょいと親指で指した方を見た。長椅子に座って、今まで俺を見ていたらしいあかりが、慌てて視線を逸らす。その隣に座っている葵ちゃんは、俯いたままだ。
 まずいなぁ……。
「これで、全員揃ったかしら?」
 綾香がくるっと見回す。俺は訊ねた。
「芹香先輩は?」
「儀式の準備とか言ってたわ。それから、セリオは、あれだけ壊れちゃったから、送り返したわ。今頃は、研究所で修理中よ」
「んで、藤田くんも目を覚ましたことやし、そろそろ説明してくれるんやろうなぁ? この茶番の」
 委員長が腕を組んで綾香を睨んだ。……茶番?
 と、綾香がパンと両手をあわせた。
「ごめん、みんな」
「は?」
「実は……、あの黒服の連中って、うちの社員だったのよ」
「うちって、来栖川の?」
 聞き返した俺に、綾香はうなずいた。
「それじゃ、もしかして内輪もめってやつだったのか?」
 綾香は首を振った。そして、申し訳なさそうに、上目づかいに俺を見ながら、言った。
「予行演習だったのよ」
「予行……演習?」
「ほら、私や姉さんって、いつどんなところで狙われるかわからないでしょ? それに備えて、予行演習をしたってわけなの」
「……もしかして、最初にクルーザーが難破したところから……?」
「ええ。自動航行プログラムは、最初からいじってあったんですって」
「……おめぇなぁ……」
 俺は、ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じていた。
「それじゃ、俺達はおめぇらの予行演習とやらに巻き込まれたってわけかよ?」
「……そうなるわね。ごめん……」
「謝って済むかよ!」
 思わず怒鳴る俺の前で、綾香は予想外の行動に出た。
 リメリウムの床の上に、土下座して頭を下げたのだ。
「ごめんなさい」
「あ、綾香さん!?」
 葵ちゃんが思わず声を上げていた。
「でも、これだけは信じて。姉さんも私も、こんなことが仕組まれてた、なんて知らなかったの」
「その通りでございます」
 別の声がした。俺は、怒りが急速に抜けていくのを感じて、肩をすくめた。
「そうだな。あんたが芹香先輩に着いてこなかった時に、おかしいって思うべきだった」
「恐れ入ります」
 セバスチャンが、頭を下げた。俺は訊ねた。
「あんたは知ってたんだな?」
「はい。知っていながら、藤田様や他の方々を巻き込んだのは、私でございます」
「なんでうちらまで巻き込んだんや? 来栖川の人だけでやればええやろ、そんなことは」
 委員長が横から突っ込んだ。どうやら委員長はまだ怒っているらしい。
 セバスチャンは淡々と答えた。
「芹香さまも綾香さまも、いずれは人の上に立たれる身です。非常時に、どれだけ仲間を守ることができるか、というところも、私は拝見したかったのです」
「……」
 むっとして、腕を組んだまま、沈黙する委員長。
 と、その委員長の前に小柄な影が立った。
「あかり……」
 次の瞬間、誰もが度肝を抜かれた。
 あかりが、右手を振りかぶったのだ。
 パァン
 乾いた音がして、セバスチャンの頬が微かに赤くなった。
「そんなことの、そんなことのために、浩之ちゃんに怪我をさせたの!?」
「あかり! もういい!」
 俺は後ろから、なおもセバスチャンを殴る勢いだったあかりの腕を掴んだ。
「もういいんだ……」
「神岸殿のお怒りは、ごもっともでございます。このセバスチャン、浅慮の至りでございました」
 セバスチャンは頭を下げた。
「だって、浩之ちゃん!」
 振り向いて、さらに何か言おうとしたあかりを、俺は抱きしめた。
「ありがとう、あかり……」
「……浩之ちゃん……」
 たちまち、ぽっと赤くなると、あかりは俯いた。
「み、みんな見てるよぉ……」
 そう言われて、俺は慌てて手を離した。
「その、なんだ、とにかく落ち着け。な?」
「う、うん」
 あかりはこくんとうなずくと、セバスチャンに頭を下げた。
「ごめんなさい。わたし、かっとなっちゃって」
「いえ」
 セバスチャンはさらに頭を下げた。
 俺は、まだ土下座していた綾香に手を差し出した。
「綾香も、立てよ」
「え?」
「お前が仕組んだことじゃねぇんだろ? なら、もういいって」
「藤田くん……」
 綾香は俺の手に素直につかまった。
 ……ここでぱっと手を離すと面白そうだったけど、後が怖いので、俺は綾香を引っ張り起こした。それから、訊ねる。
「で、これからどうするんだ?」
「姉さんの準備が終わり次第、今度は安全なクルーザーで海に出るわ」
 綾香は「安全な」ってところに力を込めて言った。それから、視線を落とす。
「でも、みんなには着いてこい、なんて言わないわ。少し離れたところに、うちのホテルがあるから、ゆっくりと休んでて」
「そやな。また襲われたらたまらへんさかいなぁ。うちらはそのホテルでのんびりさせてもらうわ」
 肩をすくめて、委員長が言った。
 あかりが、俺に尋ねた。
「浩之ちゃんはどうするの?」
「そうさな……。のんびりするか?」
 俺はあかりの頭をくしゃっと撫でた。
「うんっ」
 あかりは嬉しそうに微笑んだ。

《続く》

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