喫茶店『Mute』へ 目次に戻る 前回に戻る 末尾へ 次回へ続く
ザザーッ
《続く》
波の音だけが聞こえる。
そう、ここは沖縄の無人島。
太平洋戦争の時に戦死した、例の幽霊の恋人の戦死した場所。
……の近く。
「う、海の上ぇ?」
オレが聞き返すと、先輩はコクリとうなずいた。
「え? 米軍の戦艦に特攻して散ったんだって? それで、海の上ってわけ?」
こくこくとうなずく先輩。
オレはエメラルドグリーンにきらめく海を眺めた。
「でも、海の上ったって……」
「……」
オレと先輩は並んで海を眺めた。
風が、先輩の長い黒髪をなびかせる。
と。
「あ、こんな所にいた! 姉さん、藤田くん!」
「せんぱぁ〜い!!」
後ろで声がして、オレ達は振り返った。
綾香と葵ちゃんが走ってきた。葵ちゃんはまだピチピチしている大きな魚を抱えている。
「見て下さい! 釣れましたよぉ〜!!」
「……綾香。おめぇは?」
「あたしは……えっと、あははは」
笑ってごまかす綾香に、オレは額を押さえた。
「あのなぁ……」
「なによ。文句あるなら自分で釣りなさいよね!!」
腰に手を当てて言い放つ綾香に、オレは指を突きつけた。
「誰のせいでこんな無人島でサバイバルする羽目になったと思ってるんだ!?」
「それは……そうだけど。悪かったわよ。そう思ってるからこうして……」
「やめて下さい、二人とも!」
葵ちゃんが魚を抱えたまま、オレ達の間に割って入った。
オレ達の高校にとりついていた幽霊を成仏させるべく、オレ達……オレ、藤田浩之と幼なじみの神岸あかり、オカルト研部長で来栖川財閥会長の孫娘の来栖川芹香先輩、その妹で全国高校エクストリーム女子チャンピオン来栖川綾香、うちのクラスの委員長保科智子、そして後輩の超能力少女姫川琴音、綾香と同じくエクストリームの修行に励む松原葵、そして来栖川電工の技術の粋を集めた最新試作型メイドロボ、HMX−12マルチとHMX−13セリオの合計9人は、は夏休みに入った早々、その幽霊の恋人が戦死したという沖縄にやってきた。
那覇空港に着いたオレ達は、早速来栖川財団の用意したチャーター船で、その問題の戦場に一番近い島に向かうことになった……までは順調だったのだが。
そのチャーター船とやらにオレ達以外誰もいなかったのがそもそもケチの付き始めだった
まぁ、サテライトシステム対応型教育コンピューター装備のセリオがいれば全然問題はない、……はずだったのだが。
オレは寝ていて知らなかったのだが、途中で綾香が「おもしろそうだから、自分にもやらせて」と操船を始めてしまった。セリオ? 主人である綾香に逆らうようなプログラムはされてなかったようだ。
というわけで、ベッドから放り出されてオレが目を覚ましたときには、船はあっさりと無人島に座礁してしまっていた。
ご丁寧にも船の無線機は水没し、セリオのサテライトアンテナは座礁のときにぶつけて折れてしまったそうだ。けが人がでなかったのはなにより、としか言いようがない。
(例によってマルチのブレーカーが落ちたが、まぁそれはいつものことなので気にしないことにしよう)
結局、オレ達はしばらく無人島生活をするしかない、という事態に陥ったわけだ。
砂浜に座礁したクルーザーのところに戻ってくると、キャビンから委員長が顔を出した。
「お、戻って来よったな」
「よ、委員長。何か使えそうなもんはあったか?」
「緊急用食料がちょっとばっかり。予備の無線機もあればよかったんやけどな」
肩をすくめる委員長。綾香は苦笑した。
「セリオが予備の無線機代わりだったからねぇ」
「あのなぁ……。んで、セリオは?」
「マルチともども、今は止めてるで。バッテリーが上がってしもたらやばいさかいな」
マルチは1日1回、セリオはサテライトシステムを使う関係上1日2回の充電が必要になる。二人とも燃料電池を積んでいるから、すぐに動けなくなるってことはないが、無人島にコンセントがない以上、無駄にエネルギーを使うこともないだろう。さすが委員長だ。
オレは感心してうなずいた。
「で、あかりと琴音ちゃんは?」
「あの二人なら、山の方に行ったで。川を捜してくるって言っとった」
「そっか……って、それって危ないじゃないか!」
「琴音はん、超能力があるんやろ? 多少のことは大丈夫やって言っとったで」
「一発ならな。だけど、琴音ちゃん、一度超能力を使うと消耗して寝てしまうんだ」
オレはそう言うと、森に向かって駆け出した。
「あ、先輩! 私も行きます! 保科先輩、これお願いします!」
「わっ、わっ!」
大きな魚をほいっとキャビンに放り投げて、葵ちゃんが追いかけてきた。
さて、この無人島、結構大きな島のようである。島の中央にはジャングルまでありやがるくらいだ。
オレと葵ちゃんは、あかりと琴音ちゃんが向かったとおぼしきそのジャングルに分け入っていった。
「先輩、本当に神岸先輩と姫川さんはこっちに来てるんですか?」
「え?」
後ろから聞かれて、目の前に現れた薮を切り分けようとしていたオレは我に返った。
そういえば、二人が前に通ったならそれなりの跡があるはずだ。
「うーん。こっちじゃないのか?」
「だと……きゃぁぁぁ!」
葵ちゃんが可愛い悲鳴を上げた。
「葵ちゃ、わぁっ!!」
振り返ろうとした俺に、葵ちゃんが飛びついてきた。そのままオレにしがみつく。
「せっせっせんぱい! ねねねねねねこねこねこっ!」
「猫?」
葵ちゃんの後ろを見ると、確かに猫だ。
フゥーーッ
毛を逆立ててこっちを睨み付けている……大きな猫。
もしかして、何とかヤマネコってやつかぁ?
「せっ、先輩先輩せんぱぁい」
泣きそうな声でギュッとしがみつく葵ちゃん。そういえば、前に猫はダメだって言ってたっけ。
とはいえ、これじゃオレも身動き取れない。
「ちょ、ちょっと葵ちゃん」
「先輩〜〜〜」
ギュゥゥーーッ
うっ。
小振りな脹らみが当たって気持ちいい……何て言ってる場合じゃねぇ! このままじゃ、やられる!
と。
ガサガサッ
不意に脇の茂みが揺れたかと思うと、ひょこっとあかりが顔を出した。
「ふぅ。……あれ? 浩之ちゃん?」
「あ、あかり! あぶねぇ!!」
「え?」
きょとんとしてオレを見た後、あかりはオレの視線を追ってヤマネコの方を見た。
「わぁ、猫ちゃん!」
「猫ちゃんって、ちょっとおい!!」
フゥーーッ
ヤマネコはあかりに跳びかかった。
「あかりぃ!!」
オレは思わず叫んでいた。
と。
ミャァオ
「いい子ねぇ、よしよし」
ヤマネコはあかりに体を擦り寄せている。あかりが喉をくすぐると、今度はゴロゴロと喉をならしはじめた。
オレは思わず深々とため息をついた。
そういえば、こいつ動物を懐かせるのって上手いんだよなぁ。
「す、すごいです、神岸先輩って」
感心したように、木の陰からその様子を見ている葵ちゃん。
うーん。猫嫌いの葵ちゃんにとってみれば、あかりが猛獣使いか何かみたいに見えるんだろう。
っとっと。
「おい、あかり。琴音ちゃんは?」
「姫川さん? あたしの後から……」
あかりが言いかけたときに、不意にあかりが出てきた茂みがガサガサと揺れて、琴音ちゃんが出てきた。
「神岸さん早いですよぉ……。あ、先輩。どうして?」
オレは再度、ため息をつく。
「無事だったか」
「?」
キョトンとして顔を見合わせる琴音ちゃんとあかり。
その後、川を見つけて水を汲んで(バケツはオレが持たされた)、オレ達4人とヤマネコはみんなの所に戻っていった。なぜかこのヤマネコ、あかりに懐いてしまったらしく、その後にのこのこと付いてきた。
それから、あかりが葵ちゃんの釣った魚と在り合わせの食料を使って料理を作り、みんなで舌鼓を打った。
「ふぅ、喰った喰った」
「ほんと。それにしても、神岸さんも保科さんも、料理上手いのねぇ。感心しちゃったわぁ」
綾香が笑って言う。
「やだ、そんなぁ……」
照れて赤くなるあかりと、胸を張る委員長。
「そりゃいつもやってるさかい、いい加減慣れてまうわ」
「さて、美味しいもの食べたし、葵」
「はい」
食器を運んでいた葵ちゃんが振り返った。綾香は立ち上がった。
「腹ごなしにちょっとやろうか?」
「え? あ、はいっ!」
一瞬キョトンとした葵ちゃんは、はっと気付くと笑顔になってうなずいた。
そっか。食後のトレーニングって訳だな。
「あ、でも食器……」
「そこに置いておいてくれれば、洗っておくわ」
あかりが立ち上がった。琴音ちゃんもうなずく。
「私も手伝います」
「それやったら、藤田くんはうちを手伝ってくれへん?」
委員長がオレを呼んだ。
「手伝うって何をするんだ?」
「セリオの修理や」
「そんな難しいことできねぇぞ、オレ達だけじゃ」
「わかっとるって」
そう言いながら、委員長はブリッジの角にあるキャビネットを開けた。
そこに、起動前状態になっている、まぁ人でいえば眠っているマルチとセリオがいた。二人ともケーブルで、それぞれの端末に繋がっている。
座礁したときに手酷くぶつけた(本当は綾香と芹香先輩をかばったせいなんだが)せいで、セリオの耳カバーは根元からへし折れてしまっている。
マルチの耳カバーは本当に耳カバーで、外しても特に支障がないんだが、セリオの耳カバーはサテライトシステムと接続するためのアンテナなんだそうで、これが壊れたおかげで衛星回線と繋げなくなってしまったわけだ。
委員長はセリオに繋がった方の端末を引っ張りだすと、スイッチを入れた。液晶画面に文字が浮き上がる。
RAM CHECK ... 2024TB OK
Booting Now...
Kurusugawa Homemaid System Version 9.06a
Satelite System Version 6.08
...Connect Missing
Ok
[serio]
「委員長、メイドロボ使えたのか?」
「アホ。こんなん、スイッチを入れるだけやろ」
そう言うと、委員長は端末を叩いた。
[serio]startup
Wait a few time.....
"Serio" Start Success
パチッと目を開けるセリオ。
「……システムチェック完了。サテライトコネクト不能。アンテナシステムに破損が認められます。来栖川サービスへ連絡をして下さい」
「そうもいかんのや。セリオはん、自分で修理はできへんのか?」
「……」
一瞬、目を閉じたセリオ。多分その間に色々と情報を検索していたんだろう。
「不可能です。修理するための補修部品がありません」
「あれは、つかえへん?」
そう言って委員長が指さしたのは、水を被ってダメになってしまった無線機。
「……汎用船舶無線機。来栖川電工製。型式A8008-BS9。最大出力240KW」
そう呟くと、セリオはゆっくりと立ち上がった。そっちに近づくと、すっと左手を上げる。
パシュ
かすかな音がして、手首が開いた。セリオはそこから工具を取りだすと、無線機を分解し始めた。
ザザーーッ
波の音が聞こえる。
月が海を照らしてる。
取りあえずセリオが作業を始めたので、暇になったオレは波打ち際に座ってぼーっとしていた。
サク、サク、サク
「浩之ちゃん」
砂を踏む足音が聞こえて、後ろからあかりがやってきた。
「隣、いいかな?」
「ああ」
「ありがとう」
あかりはオレの隣に腰を下ろした。そして夜空を見上げる。
「星が綺麗だね」
「沖縄だしな」
「ほら、天の川が見えるよ」
夜空を指さすあかり。
「すごいね、浩之ちゃん」
「……ああ」
オレは、後ろに手を付いて、空を見上げた。
確かに、星がよく見える。
「……」
それっきり、オレ達は言葉を交わさず、夜空を見つめていた。
不意に、オレの手に暖かい手が重ねられた。オレが隣を見ると、あかりが俯いて、オレの手を握っている。
「……浩之ちゃん。私達……助かるよね?」
「……当たり前だろ?」
オレは苦笑して、あかりの手を握った。
「大丈夫。今セリオが通信機の修理をしてるし、何とかなるって」
「……うん。そうだね。そうだよね」
そう言うと、あかりはにこっと笑った。
「ごめんね、浩之ちゃん」
「……ばーか」