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それはそよ風のごとく 第1話
チャイムとともに話は始まる

 キーンコーンカーンコーン
 4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
 さて、お昼だ。
 オレはおもむろに伸びをして、教室を飛びだしていく雅史を見送った。いつもなら、あいつと共に飛びだして、食堂で行われるカツサンド争奪戦に加わるところなのだが、どっこい今日は余裕をふかしていられるのだ。
 というのも……。
「浩之ちゃん、お弁当食べよ」
 そう、今日はあかりが弁当を作ってきてくれているのだ。持つべきものは幼なじみである。
「よし、それじゃ屋上に行くか」
「うん」
 オレは立ち上がると、すたすたと歩きだした。あかりがちょこちょこと後ろについてくる。

 バタン
 屋上に通じる扉を開けると、オレは大きく伸びをした。
 今日もいい天気だ。
 あかりは早速、弁当を広げ始めている。
「今日はね、浩之ちゃんの好きなエビフライを入れてきたよ」
「さすが。わかってるじゃないか」
 オレがほめると、あかりはぽっと赤くなってうつむいた。
「うん。……ありがと」
 さわさわと、暖かい風がオレとあかりの髪を揺らして通り過ぎていく。
「あ、どうぞ」
 我に返ったあかりが、オレに弁当箱を差しだした。
「ごっそさん。ありがとな」
 空になった弁当箱を返すと、あかりはにこにこしながらそれを丁寧にナプキンで包んだ。
「何がそんなに嬉しいんだろうね?」
「だって、浩之ちゃん、きれいに食べてくれるんだもの」
「あっそ」
 オレは立ち上がった。
「もう行っちゃうの?」
「ああ。そろそろうるさいのがくるから……」
「あ、いたいた!」
 かん高い声がして、オレはこめかみを押さえた。
「志保、その声は消化に悪いからやめろ」
「うっさいわね。あんたが聞かなきゃ良いんでしょ。ねぇ、あかりぃ」
 同意を求められて、あかりは困ったように笑う。
「そ、そうだね」
「ほら、あかりもそう言ってるじゃない」
「あ、私は別に……」
 オレはこめかみから手を外すと、志保に尋ねた。
「で、今日の志保ちゃんニュースとやらは、何なんだ?」
 次の瞬間、志保は我が意を得たりとにんまりし、オレは激しく後悔した。
「よくぞ聞いてくれました!」
「すまん。今のはなかったことにしてくれ」
「いまさらそんなのなしよ。あのねぇ……」
 志保はオレとあかりの顔を見比べて、おどろおどろしい声で言った。
「この学校に、幽霊がでるんだって」
 きっかり30秒後、志保はぷっと膨れて言った。
「どうして二人とも驚かないのよぉ」
「だってぇ……。ねぇ、浩之ちゃん」
「だよなぁ」
 オレとあかりは顔を見合わせた。それからオレは言った。
「いいか? この学校はなぁ、格闘家にロボットに魔女に超能力者までいるんだぞ。いまさら幽霊の一人や二人で驚くか。そんなもん、オカルト研に行けば、いくらでも……」
 そこで言葉を切ったのは、春休みに来栖川芹香先輩の降霊実験に突き合ったときのことを思い出したからだ。
 オレは、志保の鼻先に指を突きつけた。
「とにかく、オレ達を脅かしたいってんなら、もっとマシなネタを持ってこい」
 志保はにっと笑った。オレはいやな予感が背中を走り回るのを感じた。
「あるんだなぁ、それが」
「なんだよ」
「その幽霊に襲われた娘がいるのよ」
「オレの知ってる娘か?」
「そーよ。最近あんたが御執心の、1年生の娘で……」
「人聞きの悪い言い方をするな。御執心ったぁなんだ」
 そう言い返してからオレははっとした。
「おい志保、その1年生ってもしかしてあ……、松原さんか?」
「あ〜ら、松原さんだなんて他人行儀な」
 なんとも意地の悪そうな笑みを浮かべる志保を前に、オレは必死に冷静になろうと自分に言い聞かせる。
(セルフコントロール、セルフコントロール)
 よく考えてみれば、志保の情報とやらを信じてひどい目に遭ったことが何度あることか。山岡先生事故事件とか、あかり重傷事件とか、委員長援助交際事件とか、う〜。思い出してるだけでも腹が立ってきたぞ。
 と。
「あんたら、また集まって何しとんのや」
「あ、委員長」
 さっきから困ったようにオレと志保を見比べながらおろおろしてたあかりが、救世主到来とばかりに表情を明るくした。
 委員長こと保科智子。最初はつんけんした嫌みなやつと思ってたが、ひょんなことからうち解けてみると、以外といい奴だったりする。
 オレは腕時計をちらっと見た。委員長は、昼休みが半分終わって、皆が飯を食い終わった時間になってから、屋上で悠々と弁当を食べるのが日課になっている。以前とは違って、皆と溶け込もうとするようになってきた彼女だが、この日課だけは変わらないようだ。
 それはさておき。
「幽霊やて? あほらし」
 志保とあかりから(主に志保だが)話を聞いた委員長は、弁当を食べながらあっさりと言ってのけた。
「なによぉ」
 志保がむっとする。
 委員長はお得意の「あきれたでぇ」という表情をして肩をすくめると、
「幽霊なんておるわけないやん」
 と、あっさりと否定する。
 個人的にはその意見には反対なのだが、ここでそう言うと志保の味方をする形になってしまうから、オレは口を挟まないことにした。
 それよりも、葵ちゃんが気になる。志保の言うことだから、大したことはないとは思うのだが、あいつの「志保ちゃんニュース」は2割の確率で正しいこともあるからなぁ。
「ねぇ、あかりは幽霊はいるって思うよね!」
「神岸はん、あんたまでそんな非科学的なこと、言わへんよな?」
 二人に同時に同意を求められて、あかりは困り切った顔をして苦笑した。
「私は、その……、うーん」
 オレはその隙に、こそこそと後ずさりすると、屋上から撤収した。
 許せよあかり。
 オレは一気に階段を駆け下りていた。
 と、
「あ、藤田さん」
 不意に声を掛けられて、オレは手すりを掴んで急ブレーキをかけた。足がもつれて転びそうになるところを気力でもちこたえると、笑顔を声の主に向ける。
「やぁ、琴音ちゃん。どうしたの?」
「だ、大丈夫ですか?」
 息を切らして手すりにもたれかかっているオレを見て、琴音ちゃんの方が驚いて駆け降りてきた。
「大丈夫、大丈夫」
「よかった」
 胸に手を当ててホッとしている琴音ちゃんは、まぁ可愛らしいこと。
 姫川琴音ちゃん。今年入学してきた1年生で予知を操る超能力者である。……というのは表向きで、実は念動力者なのだ。それを証明するためにオレは死にかけたのだが、この笑顔を見られるようになっただけでも、その価値はあったと思う。
 おっと、それはこの際どうでもよい。
 琴音ちゃんは1年生。ってことは、もしかしたら知ってるかもしれないな。
「そうそう、聞きたいことがあったんだ」
「何でしょう?」
 小首を傾げる琴音ちゃん。オレはひらひらと手を振った。
「大したことじゃないけどね。近ごろ、幽霊が出るとかいう噂、知ってる?」
「……」
 琴音ちゃんはふるふると首を振った。
 あ、まさかとは思うけど、琴音ちゃんの超能力がまた無意識に発動してた、なんてオチじゃないだろうな?
 でも、無意識に発動してたとしたら、なおさら琴音ちゃん自身は知らないだろうし、またそんな事で悩ませるのも、すこぶるよろしくない。
「そっか。んじゃ、またね」
 手を振って行こうとすると、琴音ちゃんが声をかけた。
「あ、あのっ」
「ん?」
 振り返ると、琴音ちゃんはぽっと頬を赤らめてうつむいた。
「あの、よろしければ、今度また、お昼をご一緒しませんか?」
「また、食べさせてくれる?」
 聞き返すと、さらに真っ赤になってしまう琴音ちゃん。ちょっとからかいすぎかな? と思って訂正しようとしたら……。
「……はい」
 琴音ちゃんはにこっと笑って頷いた。
 くぅ〜〜〜〜っ、可愛いぜっ!
 琴音ちゃんのことで時間をロスったので、オレは廊下を全速で駆けていた。
 葵ちゃんのクラスに到着したところで、息を整えながら中をのぞき込んでみる。
 いた!
 窓際の自分の席に座って、ほけーっとしている。その右腕には痛々しい包帯が……って、志保の言ったことは本当だったのかぁっ!?
「葵ちゃん!」
 オレは思わず教室に飛び込んでいった。
「え? あ、先輩?」
 葵ちゃんはオレに気づいて、びっくりしたように目を丸くした。
「どうなさったんですか?」
「どうもこうも……」
 と言いかけたところで、まわりの1年生達がこちらを注目しているのに気づいた。小声で尋ねる。
「その腕、どうしたの?」
「え? あ、コレですか。別になんでもないですよ」
 葵ちゃんは笑顔で言ったのだが、オレはその笑顔が妙に硬いのに気づいていた。
 うーん。取りあえずは大したこともないようだし……。
「そっか」
 オレはぽんと葵ちゃんの頭に手を乗せた。
「今日のクラブは、いつも通り?」
「え? あ、そうですね、はい」
「んじゃ、いつものところで」
 こんな人目のあるところで問いつめても逆効果だろう。オレはそう思ったので、とりあえずこの場は引くことにした。
 ちらっと時計を見上げると、昼休みはあと20分ほど残っている。
 オレは、葵ちゃんに「それじゃ」と別れを告げると、教室を出た。
 まだ、たぶんいつものところにいるんだろうな。
 そう思って、オレは中庭に出た。
 どんぴしゃ。
「せんぱぁ〜い」
 オレが声を掛けると、いつものように中庭のベンチに座ってお弁当を食べていた芹香先輩は、顔をあげた。
「…………」
「え? どうしたんですかって? いやぁ、なんとなく先輩に逢いに行きたくなって」
 そう言うと、先輩はぽっと赤くなった。くぅ〜〜〜っ、可愛いぜぇっ!
 とと、そうじゃない。
「時に、先輩にちょっと聞きたいことがあるんですけど、最近幽霊が出るって噂、知ってますか?」
「…………」
 少し考えてから、先輩はふるふると首を振った。
 まぁ、どっかの志保とは違って、先輩は世間とは没交渉っていうか別次元って感じだから、噂なんて知るわけないか。
 何て考えてたら、先輩の方から、それがどうしましたか、と聞かれた。
「いや、なんでも1年生の女の子が襲われて怪我したって噂まであるんですよ、これが。まぁ、本当かどうかまでは知りませんけどね」
 葵ちゃんのことはわざとぼかして、言うオレ。
「…………」
「え? オカルト同好会の部員にも聞いてみますって? いや、別にそれほどのものじゃないけど……。そう? それならお願いしようかな」
 キーンコーンカーンコーン
 予鈴が鳴るのが聞こえて、オレは立ち上がった。
「それじゃ、オレもう行くわ」
「…………」
 先輩は、オレが走っていくのをじっと見送ってくれた。……って、先輩のほうは授業は大丈夫なのか? まぁ、いつものことだけどさぁ。
 2−Bに駆け戻ると、オレは席にすべり込んだ。
「なんや、どこほっつき歩いとったんや?」
 隣の席の委員長が、オレにじろっと視線を向けて尋ねた。
「いつの間にか屋上からおらんようなっとったから、さっさと教室に帰ったんかと思ったらおらへんし。神岸さん、あんたのこと捜しに行ってしもうたんやで」
「あかりが? ったく、あいつはぁ……」
 オレは肩をすくめた。
 委員長はフンと鼻で笑うと、からかい混じりの声で言った。
「ええ娘やん。大事にせなあかんよ」
 ちょうどそのとき、あかりが教室に戻ってきた。息を切らしながらもオレを見てにこっと笑うと、自分の席に着いた。
「ほれ、まずあんたを確認するとこなんて、けなげやあらへんか」
 オレをつつきながら笑う委員長。ううー、志保に似てきたぞ委員長。
 ちょうどそこに先生が入ってきたので、委員長は業務(起立、礼のかけ声だ)に戻り、オレはほっと一息ついた。
 5時間目が終わったところで、あかりがとてとてっとオレの席までやってきた。
「浩之ちゃん、お昼休みはどうしたの? いきなりいなくなるから心配したんだよ」
 隣の席で教科書をまとめるふりをしながら、委員長が聞き耳を立てている気配がしている。
「ちょっと用事があったんでな」
「そうなの? でも、一言くらい言ってくれても……」
「そうだな、すまん」
 そう言って謝ると、あかりは、え? という顔をした。たぶんオレが素直に謝ったのが珍しかったんだろう。
「それと、今日もクラブだから、先に帰っていいぞ」
「……そうなの? うん、わかった」
 あかりは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「それじゃ、志保と帰るね」
「おう」
「それじゃ」
 そう言うと、あかりはとてとてっと自分の席に戻っていった。
 委員長が何か言いたげな顔をしてたが、オレは無視して次の時間の用意をしながら考え込んでいた。

《続く》

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