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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜 第2部
第2章 Target "H" その4

 はぁはぁはぁ
 荒い息をなんとか納めようとしながら、僕は目の前にある部室棟を見上げた。
 このどこかに、春歌が……。
「あにぃ、ここは?」
「ああ、部室棟っていって、運動部の部室が集まってるところで……って、衛っ!?」
「うん? どうしたの、あにぃ?」
 僕の隣で、腰に手を当てて部室棟を見上げていた衛が、僕に視線を向けた。
「なんで……」
「でも、あにぃもやっぱり足が速いんだね だって、ほら。他のみんなはまだ来てないんだよ」
 そう言って振り返る衛。
 つられて振り返ると、四葉と咲耶がこっちに向かって走ってきているのが見えた。
 ……みんな、僕の言うことは聞いてくれないわけね。
 思わずしゃがみ込んで、地面にのの字を書いていると、先に追いついてきた四葉が、屈み込んで僕の顔を覗き込む。
「兄チャマ、どうしたデスか?」
「……いや」
 うむ、落ち込んでる場合じゃなかった。早く春歌を見つけ出さないと……。
 と。
「あらっ、兄君さま? それに、咲耶さん、衛さん、四葉さんまで……」
 不意に声が聞こえた。
 顔を上げると、春歌がそこに立っていた。いつもの和服ではなく、弓道着っていうんだろうか、紺の袴に白い上衣と黒い胸当てを付けた格好だった。
「春歌……? あ、あれ?」
 僕が戸惑っていると、春歌はぽっと頬を染めて俯いた。
「やはり兄君さま、春歌のことを想ってくださっていらっしゃるのですね」
 ……話が全然見えない。
 と、今まで深呼吸して息を整えていた咲耶が、ずいっと割り込んだ。
「春歌ちゃん、一体何がどうしたのか、説明してくれないかしら?」
「あ、はい……。それがですね……」
 春歌が話し始めようとしたところで、部室棟からぞろぞろと、春歌と同じように弓道着を着た女の子が出てきた。
 その中の一人が、僕たちに近寄ってくると、一礼して訊ねた。
「失礼ですが、春歌さんのお身内の方々とお見受けしますが?」
「あ、はい。僕は兄の俊一です」
 思わずこちらも丁寧に返事をする。
 彼女は頷いた。
「やはりそうでしたか。あ、申し遅れました。私は白並木学園の弓道部長を勤めております、坂代と申します」
「あ、これはご丁寧に……」
 ……ちょっと待て。弓道部の部長ってことは、春歌を弓道部に入れないって言った張本人じゃないのか?
 それに気付いて、僕は彼女に尋ねようとした。
「あ、あの……」
 だけど、彼女は「失礼」と軽く頭を下げて僕の質問をかわすと、春歌に言った。
「春歌さん、お話の途中で申し訳ありませんが、道場へ」
「あっ、はい」
 頷くと、春歌は僕に囁いた。
「御安心を。兄君さまの名を辱めるような真似は、わたくし、絶対にいたしませんから
「えっ?」
 聞き返そうとしたときには、もう春歌は、先に歩き出した部長さんの後について歩き出していた。ちなみにそのほかの女の子達はとっくに先に行ってしまっている。
 僕は春歌を追いかけようとして、はたと気付いた。
「あ、そういえば……」
 可憐や鞠絵達は、後からここに来るはずだったのだ。
 さて、どうしようか。やっぱり、ここは……。
「……咲耶、お願いがあるんだけど……」
「心得てますわ、お兄様。可憐ちゃん達が来たら、弓道場まで案内すればいいのね」
 にっこり笑うと、咲耶はそっと顔を近づけて、囁いた。
「あとで、この分の埋め合わせ、期待してるから
「……心得てます」
 咲耶の真似をして言うと、咲耶はもう一度笑って、素早く僕の頬にキスをして、踵を返した。
「じゃ、お兄様。後でね
 ぱちん、とウィンクして、校門に向かって歩いていく咲耶。
 僕は咲耶の後ろ姿を目で見送ってから、春歌達を追いかけようとして、振り返る。
「どうしたんだ、衛、四葉?」
「……うーん。ボクもわかんない……。でも、なんか……あーーっ、もうっ!」
 衛は頭をくしゃっとかきむしると、僕のところまで駆け寄ってきた。そして、右腕にしがみつく。
「ごめん、あにぃ。でも、ちょっとだけこうしててもいいでしょ?」
 そう言って、僕の腕を自分の胸に抱え込む衛。
 うぉ、ちょうど二の腕辺りになんか柔らかな感触がっ!
 と、左腕にもぐいっと重みがかかった。そっちを見ると、四葉が笑顔でぶら下がっていた。
「兄チャマ、チェキ!」
 ……なにがチェキなのだかよく判らないけど、でも左腕にも柔らかな感触が……。
 はう、いかん。このままじゃ春歌達を見失ってしまうっ!
 まぁ、行き先は弓道場以外にはないだろうけど、見失ってる間に何かあっても困る。
「ちょっと衛、四葉、離れて離れて。ほら、春歌を追いかけないと」
「あ、そうだね。ごめん、あにぃ」
 頷いて素直に離れると、衛は照れたような笑いを浮かべた。
「えへへっ。もうボクは大丈夫」
「四葉もデス!」
 こっちもぴょんと離れると、四葉はびしっと、離れていく春歌達を指した。
「さぁ、兄チャマ! レッツ・チェキデス!!」
 ……まぁ、そうなんだけどさ。
 僕は苦笑して、駆け足で春歌達を追いかけた。

 弓道場の入り口まで来たところで、僕は足を止めた。
 なぜなら、そこで僕を待っていたように、部長さんがもたれていた壁から身体を起こしたから。
「あの……」
「皆様にも、事情を説明した方がいいのでは、と思いましたので。先ほどお話ししましたら、春歌さんの方も誤解していらっしゃったようですし……」
 そう言うと、部長さんは真っ直ぐに僕に視線を向けた。
 その瞬間。
 まるで、視線に貫かれたような気がした。
 息が詰まる。
 呼吸が出来ない。
 な、なんで、いきもできなく……。
「あにぃに何するんだよっ」
 衛が声を上げながら、僕の前に立った。そして、部長さんを睨み付ける。
「……いい目をしてらっしゃいますね」
 部長さんは、にこっと微笑んで、衛に言った。それから僕に視線を移す。
「春歌さんに誤解を招くような発言をしたことは、私も申し訳ないと思っています」
「誤解って、ドイツから来たから入部出来ないって春歌に言ったことですか?」
「ええ」
 彼女は頷いた。それから、苦笑した。
「ただ、私としてはそういうつもりで言ったわけじゃなかったのですが」
「……それじゃ、どういう?」
「弓道部は、……いえ、うちに限らず、運動部系の部活はみなそうだと思いますが、4月に新入部員が入部してくることを前提として、練習のスケジュールを組んでいます」
「……そうなの、衛?」
 僕は隣にいる衛に訊ねてみた。衛はこくりと頷いた。
「それは、うん、そうだよ、あにぃ。ボクんとこだって、確かに覚えることは弓道部に比べれば少ないけど、それでも色々と教えなくちゃいけないからね」
「そちらは……?」
「あ、僕の妹で衛。若草学園の陸上部にいるんだ」
 頭にぽんと手を載せて紹介すると、照れたように笑う衛。
「えへへ」
「なるほど、道理で……。あ、すみません。やはり、常日頃から運動をしている人には、そういう感じがありますもので」
 納得したように頷くと、部長さんは話を戻した。
「弓道部の場合、特にここに新しくいらっしゃる方は、今まで弓なんて触ったこともない、という方が多いのです。そして、弓道は武道の中でも特に“型”を重んじるものですから」
「なるほど、教育に時間をかける必要がある、と」
「ええ。ですから、お恥ずかしい話ですが、途中から入って来られても、充分にその方に教えられる余力がないのが実情なので、基本的に弓道部は途中入部はお断りしてるんです」
 そこで言葉を切ると、部長さんは困ったように俯いた。
「それに、……うちの学校は、帰国子女の受け入れに積極的じゃないですか。それは結構なことだと思いますが……。帰国子女の方々は、物珍しさからか、武道系の部活に入ろうとする傾向があるんです。それで、今までにも色々とトラブルが起こっているんです」
「なるほど……。それはお気の毒というか……」
 それで、ドイツ帰りの春歌も断られたってわけなのか。
「ただ、春歌さんの場合、初心者にしては熱心でしたので、後で他の方々にお聞きしたところ、実はドイツで弓道を学んでおられたとか。それで、一度手の内を見せていただきたいと思ったわけです」
「手の内? 春歌になにか秘密でもあるっていうんですか?」
「あ、御免なさい。弓道用語ですね。手の内っていうのは、弓を持つ形のことなんです」
 部長さんは苦笑した。
「元々、手の内っていうのは弓道から来た言葉なんですよ、兄上さま」
 後ろから柔らかい声がした。振り返ると、鞠絵と可憐、亞里亞を連れて、咲耶がやってきたところだった。
「お待たせ、お兄ちゃん。話は、咲耶ちゃんから聞いたよ」
 可憐がにっこり笑って言う。
 僕は頷いて、振り返った。
「それじゃ、今から春歌に試し打ちをさせてみるってことですか?」
「ええ。それで、それなりに手の内が出来ているようなら、むしろこちらからお願いします。残念ながら、それほどでもないようでしたら、4月までお待ちいただくということで」
「春歌にも、それは……?」
「ええ。誤解されていた件も含めて、ご本人にも納得していただきました」
 そう言うと、部長さんは僕たちに尋ねた。
「皆さんも、ご覧になられますか?」
「是非!」
 そう言ってから、僕ははたと気づいた。
 他の妹たちはともかく、亞里亞は恐がりそうだなぁ。それでだだをこねたりしたら、春歌の立場が丸つぶれだし……。
 その時、僕をじっと見ていた可憐が口を挟んだ。
「あ、お兄ちゃん。可憐、ちょっとお菓子買いに行かなくちゃ」
「えっ、お菓子?」
 その言葉に反応する亞里亞に、可憐は笑って頷いた。
「うん。あ、亞里亞ちゃんも行く?」
「……兄や、亞里亞、行ってもいいの?」
「ああ、構わないよ」
 頷いて、僕は可憐の耳元に口を寄せた。
「ありがとう、可憐」
「ううん、お兄ちゃん
 にっこり笑って、可憐は亞里亞の手を取った。
「それじゃ、行こう、亞里亞ちゃん」
「うんっ」
 嬉しそうに可憐の後に続く亞里亞。
 僕はそれを見送って、向き直った。
「それじゃ僕たちは……」
「可憐ちゃん、存在感無いわりにはやるわね」
「兄上様の好感度、1アップですわね」
「……咲耶、鞠絵?」
「あっ、なんでもないのよ、お兄様
「そ、そうですわ、兄上様。さぁ、参りましょう」
 そそくさと弓道場に入っていく2人。
 僕は苦笑して、その後に続いた。

 部長さんに教えられた通り、板張りの壁際のところに座る。
 ぴたっと正座する僕たちを見て、部長さんは苦笑して言った。
「皆さんは、足は崩されても結構ですよ。別に私語も構いませんし」
「そうなんですか? いや、足はともかく、後ろでゴチャゴチャしゃべったりしたら……」
「それくらいで集中を乱されるようでは、お話になりませんから」
 なるほど。厳しいんだなぁ。
 そう思って、的の方を見る。
 芝生の向こうに小さく的が見える。
 随分遠くに見えるんだけど、どれくらいの距離があるんだろう?
 そう思っていると、部長さんが説明してくれた。
「的までの距離は28メートルです。ちなみに、的の大きさは36センチです」
「そうなんですか。で、真ん中に当たれば10点とかそういう話なんですよね、確か」
 鞠絵が苦笑して口を挟む。
「兄上様、それは洋弓競技ですよ」
「あ、そうなの?」
「厳密には、弓道でも得点を計る競技がありますけど、普通は中りと外れしかありません。そもそも、本当に見るのは、正しい動きをしているか、なんですよ。中るか外れるかは、その動作の結果に過ぎない、というのが弓道の考え方ですから」
 部長さんがそう言ったとき、春歌が入ってきた。
 お、雰囲気からして、いつもの春歌とは違うなぁ。
 軽く一礼してから、中央に進み出ると、春歌は右手に矢を、左手に弓を持って、的とは直角の方を向いて立った。
「的の方を向かないデスか?」
「弓はそうなんだよ」
「なるほどデス」
 四葉が頷く間に、まず的の方に視線を向けて、足を左右に開く。
 部長さんは、一つ頷いた。
「綺麗な胴造りですね……」
 よくわかんないけど、部長さんの評価はいいようだった。
 春歌は、弓と矢を目でチェックしてから、弓を起こすと、矢をつがえた。そして、再び的に視線を向けると、ゆっくりと弓を掲げるようにして、頭の上まで上げる。
 それを見ていた部長さんが、腕を組んだ。
「斜面打起し……。ドイツということは、日置流の流れを汲んでいるのかしらね」
「それって、まずいんですか?」
 思わず訊ねると、部長さんは我に返ったように僕を見て、それから笑顔で首を振った。
「いいえ。ただ、あまり使われない作法だから、ちょっとびっくりしただけ。私も話には聞いてたけど、実際に見たのは初めてだし」
「へぇ……」
 そう言っている間にも、春歌はゆっくりと上げた弓と矢を降ろしはじめた。降ろしながら、弓を左に、矢を右に引いていく。
 弦が、微かにキリキリと音を立てているのが聞こえたような気がした。
 そして、ちょうど口のあたりの高さで止めると、そのままの姿勢で一瞬動きが止まったように見えた。
「……春歌」
 思わず呟いたその瞬間。
 ビシュゥン
 微かな音を立てて、矢が放たれた。
 思わずその矢を目で追う僕たちをよそに、部長さんはじっと春歌を見つめていた。
「……残心も綺麗ね」
「へ?」
「わぁっ! あにぃ、当たったよっ!」
 衛の声に、的に視線を戻すと、春歌の放った矢が的の中央で揺れていた。
 春歌は、と見ると、既に次の矢をつがえようとしていた。

 二本の矢を打ち終わると、春歌は一礼してから、部長の前に正座した。
「いかがでしたでしょうか?」
「率直に言って、見事なものでした」
 部長さんは頷いて、それから僕たちの隣に座ってみていた部員達に視線を向けた。
「春歌さんを部員として迎えることに、異義のある者は?」
「異議なし!」
 部員達が全員揃って答えるのを見て、部長さんは静かに頷き、そして春歌に向き直った。
「春歌さん、色々とご迷惑をおかけしましたが、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
 春歌も丁寧にお辞儀をしてから、僕に視線を向けて、嬉しそうに微笑んだ。

《続く》

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あとがき
 弓道のことを調べるのにやたら時間食いました(苦笑)
 でも、やっぱりかなり適当です。
 春歌編もそろそろ大詰め……のはず。

01/07/23 Up

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