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しすたぁぷりんせす〜12人の姫君達〜
第4話

 独り暮らしなんてしていると、生活はどんどん簡略化されていくものだ。
 顔を洗って、トーストと牛乳の朝食をとって、学校に行く。僕にとって、朝はそれだけの話だ。少なくとも、昨日までは……。

 今日も僕は、いつも通りトーストを焼いていた。
 と。
 ピンポーン
 オーブントースターからのパンが焼き上がった音ではなく、玄関のチャイムの音が聞こえた。
 ま、オーブントースターは故障気味で、最近はチーンとも鳴らない事も多いんだ。今度、鈴凛に見てもらおうかな。
 おっと、オーブントースターはどうでもいいんだ。それよりも、こんな朝から、なんだろう?
 不思議に思って立ち上がると、玄関に出る。
「はぁい」
 ドアを開けると、そこには見知らぬ美少女がっ!
「はぁい、お兄様
 ……ではなくて、見知った美少女が立っていた。
「咲耶じゃないか。どうしたの、こんな朝から……」
「朝のご挨拶ですわ、お兄様
 にっこり笑って言う咲耶。
「私のお兄様が朝から寂しい思いをしてるんじゃないかって思ったら、いても立ってもいられなくて、ついつい来てしまったの。ああ、これも私とお兄様の間に結ばれた赤い糸の為せる技なのね
「あ、そうなんですか……」
 と。
「咲耶ちゃん!?」
 咲耶の後ろから、びっくりしたような声が聞こえた。
 振り返る咲耶と、その肩越しにそちらを見る僕。
 そこにいたのは可憐だった。
「あら、可憐ちゃん。おはよう」
「やぁ、おはよう、可憐」
「おはようございます、お兄ちゃん、咲耶ちゃん」
 ぺこりと礼儀正しく頭を下げると、可憐は咲耶に尋ねた。
「咲耶ちゃん、どうしてここに?」
「可憐ちゃんこそ……」
「可憐は、その、えっと、お、お兄ちゃんと一緒に、学校に行きたいなって……」
 だんだん声が小さくなり、反比例して顔が赤くなる可憐。むぅ、名前通りの純情可憐って感じだなぁ。
「せっかく、お兄ちゃんとまた逢えたんだもん。今度こそ、ずっと、ずぅっと一緒にいたいんだもん……」
「うん、それはわかるわ、同じ妹として。でも可憐ちゃん、今日は私が先約なの」
 咲耶はにっこり笑って、僕の腕をとる。
「そ、そんなぁ……」
 声を上げる可憐。
「えっと……。あっ、そう言えばパンを焼きっぱなしだったんだっ!」
 僕は慌てて咲耶から腕を取り戻すと、台所に走った。

 黒くなるまで焼き上げるところだったパンを、危ういところでオーブントースターから救出し、ほっと一息ついていると、後ろから声がした。
「ここがお兄様の暮らしていらっしゃるお家なのね
「お兄ちゃん、朝ご飯ってこれだけなの? 栄養が偏っちゃうよ」
「わっ、いつの間にっ!?」
 ビックリして振り返ると、そこには物珍しげに台所を見回す咲耶と、テーブルにおいてある牛乳パックを心配そうに見る可憐の姿。
「でも、シンプルな中にそこはかとない気品が感じられるわ。さすがお兄様」
「いや、それほどのモノでも……」
「お兄ちゃん、可憐が何か作ってもいい? ちょっと自信ないけど……」
「え? あ、うん……」
「それなら、私も手伝うわよ」
 そう言って鞄をテーブルに置く咲耶。
「えっ? 咲耶ちゃんもお料理できるの?」
「そりゃそうよ。私はいつでもお兄様のために……きゃっ、可憐ちゃんったら何言わせるのよぉ
 ぽっと赤くなって恥ずかしがる咲耶。なんとなくわざとらしいけど、そこもまたコケティッシュな可愛さが……って何を考えてるんだ僕はっ!?
「お兄ちゃん、冷蔵庫開けてもいい?」
「あ、どうぞ……」
 一方、手早く制服の上着を脱いだ可憐が、冷蔵庫を開けて中に入っているものを一通り見回した。それから、咲耶に視線を向ける。
「咲耶ちゃん、手早くできるお料理ってなにか知ってる? 可憐の知ってるお料理って、どれも時間がかかっちゃうから……」
「ええっ? 可憐ちゃんも?」
「ってことは、咲耶ちゃんも、なの?」
「あははっ。私の手料理は、お兄様との優雅なディナーを想定してるから……」
「うふふっ。実は、可憐もなの……」
 顔を見合わせて笑う2人。どうやら一瞬険悪になりかけた雰囲気も和らいだようだ。
 僕はほっと胸をなで下ろした。そして、時計に目をやる。
 って、うわぁ!
「いかん、遅刻するっ!」
「ええっ?」
「きゃっ、もうこんな時間!」
 可憐と咲耶も悲鳴を上げて、僕を見た。
「どうしよう、お兄ちゃん……」
「お兄様……」
 僕はトーストを二つ折りにして口に詰め込むと、牛乳パックに直接口を当てて飲み干した。
 ごくごくごく、ぷはっ。
「よし! 行くぞ、咲耶、可憐!」
「ワイルドなお兄様も、格好いいわぁ
「うん。可憐も大好き
 ええっと……。
「とにかく行くよっ!」
 僕が鞄を手に、もう片方の手で上着を掴みながら言うと、2人も我に返ったように頷いた。
「はいっ、お兄ちゃん
「ええ、お兄様

 2人にあわせて、僕としてはちょっとゆっくりめのペースで走る。それで余裕が出来て、僕は初めて2人の制服に気がついた。
「その制服……」
「あら、お兄様。私の制服に何か? あ、センスがいいってこと? そりゃそうよ。だってお兄様の妹ですもの
 こちらは僕と同じく余裕のありげな咲耶。一方の可憐はというと、既に目一杯らしく息も荒い。
「はぁ、はぁ、お、お兄ちゃん……」
「あ、可憐は無理しなくても……」
「だ、だって、可憐も、お兄ちゃんと、お話し、したいし……」
 そう言われても、これ以上スピード落とすと遅刻しかねないし。
 まぁ、確かに可憐はあまりスポーツの出来そうなタイプには見えないよなぁ。
「わかった。んじゃ学校までは黙って走るよ。ね、咲耶」
 何か言いかけた咲耶の機先を制するように話しかけると、咲耶は頷いた。
「まぁ、お兄様がそう言うのなら……」
「よし、それじゃ……、頑張れ可憐」
 僕が可憐に向き直って声をかけると、可憐は嬉しそうに頷いた。
「はいっ、お兄ちゃん!」
「……はぁはぁはぁ、お兄様、私もう駄目かも……」
 今度は咲耶が息を荒げ始めた。まったく、咲耶ってきりっとしてるように見えるけど、意外に甘えん坊なんだなぁ。
「咲耶も、頑張れよっ」
「はいっ、お兄様
 嬉しそうに頷くと、咲耶はまた軽快に走り出す。
 こうして、僕たちはなんとか始業のチャイムが鳴る前に、学校に駆け込んだのだった。

 校門をくぐり抜けてから、僕たちはほっとして歩調をゆるめた。
「ふぅ、間に合った」
「ええ。これも私とお兄様の愛のあかしよねっ
「いや、それは……。可憐、大丈夫かい?」
「はぁはぁ。う、うん、大丈夫」
 そう答えながら、膝に手をついて深呼吸する可憐。
 僕はかがみ込んで、ハンカチを出すとその額の汗をぬぐってあげた。
「きゃっ、お、お兄ちゃん……
「これでよし、と。あ〜、咲耶。今から汗を出しても拭いてあげないからね」
「えっ? や、やだわ、お兄様ったら。そんなことしません。……いじわる」
「へ? 何か言った?」
「ううん、なんでもないわよ、お兄様」
「それにしても……」
 僕は改めて2人の制服を見た。
「2人とも、白並木学園だったんだね」
 2人は顔を見合わせてくすっと笑った。
「えっ? ど、どうしたの?」
「何でもありませんわ、お兄様」
 にっこり笑って答える咲耶。
「それじゃ、可憐たちはこっちだから。またね、お兄ちゃん
「御機嫌よう、お兄様
 2人は頭を下げると、中等部の校舎の方に向かって歩いていってしまった。
 それを何となく見送っていると、いきなり後ろからどつかれた。
「おいっ、シュン! 今の、可憐ちゃんと咲耶ちゃんじゃないかっ! お前もしかして彼女達と……?」
「痛いなカズ」
 振り返ると同時に、僕の胸ぐらを掴みあげんばかりにしてカズが迫ってきた。
「てめぇ、浮いた噂一つないと思って油断してたら、いつのまに中等部のアイドルに手を付けてたんだっ!? くっそぉ、やりやがったなぁ!」
「違うって……。へ? 中等部のアイドル?」
「シラ切ってんじゃねぇよっ。なぁ、教えろよ。中等部の撃墜王を、それも二人まとめてどんな手管で口説いたんだ? しかし、そっかぁ、年下好みだったのか。悪かったな、今まで年上ばかり紹介しちまって。うんうん。しかし二股はいかんぞ二股は」
 俺はとりあえずまくし立てるカズの頭をこづいた。
「いてっ」
「いいから俺にも説明させろ」
 と、そこに予鈴の鐘が鳴り響いた。
 きーんこーんかーんこーん
「うわ、やべっ。遅刻だ!」
「走るぞカズ」
 僕は慌てて駆け出した。

 昼休み。
「なにぃっ? い、妹? あの2人がお前の妹だってぇ!?」
「しっ、声がでかいっ」
 僕は慌ててカズの口を塞いだ。……よく考えると、隠すことでもないんだけど。
 カズは、「そっかぁ」と腕組みして頷くと、俺の手を取った。
「シュン、キミのことをお義兄さんと呼ばせて……」
「呼ばせるかぁっ!!」
 バキィィッ
 とりあえず、たわけたことを言うカズをガゼルパンチで黙らせてから、訊ねる。
「それにしても、朝言ってたのはホントか?」
「なんだい、お義兄さん」
「よぶなぁっ!!」
 ドカドカドカッ
 フリッカージャブでもう一度黙らせてから、改めて聞く。
「もう一度しか聞かないぞっ。朝言ってたアイドルとか撃墜王とかいうのはどういうことなんだ?」
「お、お前、そんなに強かったっけ……がく」
「くぉらっ、逃げるなぁ!」

 それにしても、なぁ……。
 午後の授業を聞き流しながら、僕は窓の外に視線を向けた。
 あれから意識を取り戻したカズの説明によると、2人とも中等部では人気があるらしい。
 特に咲耶はその大人っぽさから、高等部の男子生徒にも人気が高い。
 その咲耶の一人勝ち状態に待ったをかけたのが、可憐だった。男子生徒に圧倒的な人気を誇る咲耶に比べて、おっとりしたお嬢さんっぽい可憐は男女ともに高い人気を得て、以後中等部の人気を二分することになっていった……。
 だが、一見してほとんど同じところのない2人の唯一の共通項。それが身持ちの堅さだった。それこそ、交際の申し込みが雨あられと降り注いだのだが、2人とも誰とも付き合おうとはしなかった。そしてついたあだ名が……。
「……撃墜王、かぁ」
 僕は苦笑した。
「でも、二人とも、そんなに男嫌いって風にも見えなかったけどなぁ」

 放課後になり、ホームルームが終わったので、家に帰ろうと鞄を手に廊下に出る。
 まっすぐ帰るのもなんだし、……帰りに商店街にでも寄って帰ろうかな。
 などと考えながら廊下をのたのたと歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「お兄ちゃん
「え? なんだ、可憐か」
「はい、可憐です」
 そこにいたのは可憐だった。
「今帰りなの?」
「うん。それでね、よかったら……一緒に帰ってくれないかなって思って」
 上目遣いに僕を見上げる可憐。
「だめ?」
「そんなことないって。いいよ、帰ろう」
「よかったぁ。断られたらどうしようかと思っちゃった」
 ほっと胸をなで下ろす可憐。うんうん、確かにこれは人気高いだろうなぁ。兄としても鼻が高い。
 と。
「か、可憐っ」
 不意に後ろから大声で呼ばれて、飛び上がる可憐。
「きゃんっ!」
 そちらを見ると、中等部の制服を着た男子生徒が、こっちを……正確には可憐を睨んでいた。どうやら、僕はアウトオブ眼中らしい。
「今日こそ返事をしてもらうぞ。いい加減に俺と付き合うって言えよっ!」
「久慈くん……。だから、前にもお返事した通り、可憐は男の子とおつきあいする気はないんです」
「なんだよ。他に誰かと付き合ってるのか? そうじゃないんだろっ? だったらいいじゃないかっ」
「そんな……」
 困った顔をする可憐。
 やれやれ。
 僕はその男子生徒と可憐の間に割って入った。
「ちょっと待ってくれないか」
「なんだよ、てめっ!」
「なんだって、見ての通り高等部の者だけど」
 僕がそう言うと、初めて男子生徒は僕の制服に気づいたようで、思わず後ずさった。
 学校内では、学年が違うと、そこには絶対的な力関係の上下がある。ましてや、中等部と高等部の差は歴然だ。僕がこうして割って入れたのも、相手が中等部だったからなんだよね。
「な、なんだ、ですか?」
 既に腰が引けてる男子生徒。強気に出ようとしてるのだが、思わず敬語になってたりする。
 僕は、そんな様子にかえって余裕が出来てしまった。最初は結構ドキドキものだったんだけど。
「可憐とは僕が先約なんだ。今日はおとなしく帰ってくれないか?」
「な、なに……」
「それと、もし今後、可憐が嫌がってるのにちょっかいかけてたら……」
 そこで言葉を止めて、じっと睨む。
 男子生徒は後ずさりながら、精一杯の虚勢を張って見せた。
「そ、そんなことしていいと思ってるのかよっ! 上級生が下級生に暴力ふるったらいけないんだぞっ」
 別に何をするって言ったわけでもないんだけどなぁ。ま、そう思ってくれるならそれでもいいか。
「上級生とか下級生とかそういうことじゃない。可憐は僕にとって大切な人だからね。それを守るのは僕の務めだ。たとえ相手が下級生であっても、ね。判るかい?」
「……く、くそぉっ!」
 一つ叫んで、男子生徒はくるっと背中を向けると、だだっと廊下を走っていった。
 僕は振り返った。
「ごめん、可憐。ちょっと差し出がましかったかな」
「ううん」
 可憐は首を振ると、おずおずと僕の手を取って、胸に当てた。
「ありがとう、お兄ちゃん 可憐、とっても嬉しかった
 とくとくとく  ちょっと早めの鼓動が、僕の手に伝わってくる。
「ちょ、ちょっと、可憐?」
「あっ」
 自分のしていた事に気が付いて、可憐は慌てて僕の手を離すと、真っ赤になってうつむいてしまう。
 僕は深呼吸して、わざと明るく言った。
「それじゃ、帰ろうか、可憐」
 可憐も、僕の意図を汲んでくれたのか、顔をあげると微笑んだ。
「うん、お兄ちゃん

 後でこのことが咲耶にばれて、僕は散々咲耶に甘えられることになったのだが、それはまた別のお話しである。

《続く》

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あとがき
 誰も新キャラ出てこない辺り、意表を突けたのではないかと。
 ……ごめんなさい、もうしません(笑)

00/04/16 Up

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