『そうか、今日でお前も18歳になったわけだな』
《続く?》
「ああ」
僕は電話の向こうから聞こえてくる親父の声に相づちを打った。
雑音混じりで少し聞こえにくいのは、たぶん国際電話だからだろう。
『……そうか、とうとうこの日が来たわけだな』
「そりゃいつかは18歳になるって」
『いや、そうではない。いいか、心して聞くのだ、俊一』
やれやれ、まただ。
いつもこうして電話してくるときは、だいたいとんでもない冗談を言ってくるんだからなぁ、親父の奴。まぁ、高校生を一人残して外国を飛び回ってる両親の、せめてもの罪滅ぼしと思ってのことなんだろうから、大目にみて、いや、聞いてあげてるけど。
「はいはい。それで、今日はなんですか? また裏庭に徳川埋蔵金が埋まってるとかそういうことですか?」
……あのときは、少し本気にして裏庭を掘り返してしまった、というのは秘密だ。
電話回線の向こうで、親父は咳払いすると、僕に告げた。
『俊一、今まで黙っていたが、お前には実は妹がいるのだ』
「……はいはい。それは知りませんでした。それじゃねっ」
『ちょっと待て、それでだな……』
カチャッ
受話器を置くと、僕は大きくため息をついた。
と、そのとき。
ピンポーン
ドアのチャイムが鳴った。
誰だろう? 新聞か何かの勧誘かな? それともお袋から何か荷物でも届いたのかな?
「はぁい」
僕は返事をして、玄関に向かった。そしてドアを開ける。
「……あっ」
そこにいたのは、可愛らしい女の子だった。年の頃は僕よりも3つくらい下かな? うーん、女の子の歳はよくわかんないや。
でも、こんな娘が何の用だろう?
女の子は最初に小さく声を上げた後、じっと僕の顔を見つめていた。
「あ、あの……」
僕が声をかけると、その娘は、はぁ、とため息をついた。そして、もじもじと手を組むと、ぺこりと頭を下げる。
「お久しぶりです、お兄ちゃんゥ」
「……は?」
僕は、頭の中が真っ白になったような感じで、とりあえず返事をした。それから、頭を掻く。
その娘は、そんな僕のことをじぃっと見つめている。
な、なにか言わないと。
「ええっと、き、君は……。え、お兄ちゃんって……」
口に出してからまた混乱する僕。
誰だって、初めて逢った、それもとびきり可愛い女の子に「お兄ちゃん」なんて呼ばれたら、そりゃ頭の中で理性と知性が佐渡おけさを踊り出すってもんだろう。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
その娘は不思議そうに僕の顔をのぞき込んでから、はっとしたように口に手を当てた。
「も、もしかして、本当に忘れちゃったの……?」
「あ、えっと……」
と、見る間にその娘は瞳をうるうるさせた。
「そんな……。お兄ちゃんのことは、一日だって忘れたことなかったのに……」
「わぁっ、泣かないで可憐!」
……えっ?
反射的に言ってから、僕は戸惑った。
今、可憐って……言ったよな、僕は。
その娘は、さらに混迷の度合いを増す僕とは正反対に、ぱっと表情を明るくした。
「あはっ、やっぱりお兄ちゃんだ。そうよね、可憐たちのことをお兄ちゃんが忘れるわけないものね。ごめんね、お兄ちゃん」
……おまけに、すまなさそうに謝られてしまった。
ど、どうしよう。
ここは、適当に話を合わせるべきか?
いや、そんなことして、後でそれがばれたら、よけいに傷つけることになってしまうに違いない。ここは正直に……。
「お兄ちゃん、可憐、ずっとこの日が来るのを待ってたのよ。ううん、可憐だけじゃなくて、みんなも……」
「み、みんな?」
思わず聞き返すと、その娘……たぶん、可憐って名前なんだろう……は、こくんと頷いた。
「咲耶ちゃんも、白雪ちゃんも、衛ちゃんも、千影ちゃんも、雛子ちゃんも、花穂ちゃんも、鈴凛ちゃんも、鞠絵ちゃんも、みんなずっと待ってたんだから」
「……う、うん」
いまなんかずらっと名前が並んだような気が……。
「あっ、ごめんなさい。可憐、つい嬉しくて……。お兄ちゃんを迎えに来ただけなのに、こんなに話しちゃって。ごめんなさい」
「あ、いや、そんなことないけど……」
「それでね、お兄ちゃん。みんなが待ってるから、来て欲しいんだけど……」
「えっ? 来てって、い、今から?」
「うん。だって、お兄ちゃんの誕生日は、今日だけなんだから」
「そりゃそうだけど……」
確かに、この歳で誕生日パーティーを、それも一人でやるなんて恥ずかしいことをする予定なんてあるはずもないから、後は寂しく寝るだけだったんだけど……。
「あっ、ごめんなさい。お兄ちゃん着替えないといけないよね。それじゃ可憐、ここで待ってますから」
にっこり笑って言う可憐。
「ここでって、玄関で?」
「はい」
年下の女の子を玄関に立たせておくなんて、いくら相手が半分正体不明とは言っても、よくないよな。
「そんなことできないよ。とりあえず上がって」
「えっ?」
一瞬驚いた顔をする可憐。う、考えてみると、一人暮らしの男の部屋に上がれって、やっぱりそれはそれで問題があったよな。
「あ、いや……、別に変な下心があってとかそういうんじゃ……」
あわてて言い訳をしかけた僕を遮るように、可憐はぱっと笑顔になって、僕に飛びついてきた。って、ええっ!?
あまりのことに硬直している僕をよそに、可憐はそのまま僕の胸にあたりを、すがりつくようにして抱きしめた。
「お兄ちゃんって、やっぱり優しいんだね……ゥ」
わ、いい香りがする。女の子ってこんな香りがするんだ……。
……って、いかんいかんっ!
僕は可憐の肩に手をおいて、少なからぬ努力を払って押し返した。
「あっ」
可憐はそれで初めて自分が僕に抱きついているのに気づいたらしく、かぁっと真っ赤になると、慌てて僕から離れた。
「ごっ、ごめんなさいっ」
「いやっ、僕の方こそっ」
「ううんっ、可憐こそっ……」
僕たちは、そこで顔を見合わせて、思わず吹き出していた。
笑う門には福きたる、とはよく言ったもんだ。
僕と可憐は、お互いに笑ったおかげで、すっかりうち解けた雰囲気で話せるようになっていた。
「それじゃ、ここで待ってて。すぐに着替えてくるから」
可憐をダイニングに案内して、そう声をかけると、僕は寝室にしている部屋に入ってドアを閉めた。
シャツを脱ぎながら声をかける。
「可憐……」
「うん、なぁに、お兄ちゃん?」
「一つだけ聞きたいんだけど……」
僕は思いきって、訊ねることにした。
「本当に、可憐は僕の妹なの?」
「えっ?」
息を飲むような声が、扉越しに聞こえた。
そしてもう一つの声。
「可憐くん、兄(あに)くんは本当に忘れているんだ……。私たちとの記憶を……失ってる……」
「どうしてここに!? ううん、そうじゃなくて……。何か知ってるの? どうしてお兄ちゃんが、可憐やみんなのこと、忘れてるの?」
「それは、私が……。いや、なんでも……」
誰か他に人がいるのか!?
僕は慌ててドアを開けた。
「お兄ちゃ……きゃっ」
僕の姿を見て、慌てて手で顔を隠す可憐。そしてもう一人。
「……き、君は……」
「……兄くん」
そこにいたのは、神秘的な雰囲気をもった少女。背は可憐より高くて、長い葡萄の色をした髪をフードで覆っている。
だけど、その瞳……。見ているだけで吸い込まれそうなその瞳を、僕は一瞬、何もかもを忘れて見つめていた。
そして、僕の唇が勝手に動いた。
「……ち、かげ?」
少女は、かすかに表情を動かした。
「……兄くんは、そんなに忘れたくなかったんだね、私たちのことを……」
「……えっ?」
「喜ぶべき、なのかな。……それじゃ、また来世……」
そう言い残して、少女はくるりと踵を返して、部屋を出ていった。
「……ちょ、ちょっと待っ……」
「お、お兄ちゃん、そ、そのっ、着替えてっ」
可憐の言葉に、僕ははっと我に返った。
「えっ?」
そういえば、シャツを脱いだところだったから、僕は上半身裸だった。
「ごっ、ごめんっ」
慌てて寝室に戻って、今度はちゃんと着替える。
それにしても、さっきの娘……。僕は千影って呼んでたな。可憐といい、千影といい、知らない娘なのにどうして名前は知ってるんだろう?
……いや、知らないはずなのに、初めて逢った気がしないんだよな。まるで、昔からよく知ってるみたいな感覚……。
「……どういうことなんだ、いったい」
小さくつぶやきながら、ジャケットを羽織って、僕はドアを開けた。
可憐はというと、まだ両手で顔を覆ったままだった。
「お、お兄ちゃん、もう着替え終わった?」
「うん。ごめんね、ビックリさせて」
僕がそう言うと、可憐はおそるおそる指の間から僕を見た。そしてちゃんと着替えているのを確かめると、手を胸に当てて大きく息をつく。
「本当にビックリしちゃった……」
「ごめん。でも、話し声が聞こえたから、てっきり可憐に何かあったのかと思って」
「えっ? それって、可憐のこと……」
可憐は、ぽっと赤くなった。そしてにっこり微笑む。
「嬉しいな、お兄ちゃん。可憐のこと、心配してくれてゥ」
「あ、いや……」
恥ずかしくなって、僕は頭を掻いた。それから言う。
「あ、それで、さっきの娘は……」
「そうっ!」
急に、可憐が大きな声を上げた。それからまっすぐに僕を見る。
「千影ちゃんが言ったこと、本当なんですか? お兄ちゃん、私たちのこと覚えてないって……」
「……ごめん。でも、可憐に嘘を付くわけにいかないから、本当のことを言うよ」
僕は深呼吸して、答えた。
「僕は、可憐、君のことも、さっきの千影って娘にも、今日初めて逢ったんだ」
「……そんな……」
可憐の顔色が変わった。口に手を当てて、数歩後ずさる。
「そんな、お兄ちゃん……。本当に……可憐のこと、覚えてないの?」
「……ごめん」
僕がもう一度謝ると、しばし沈黙が流れた。
可憐はうつむいてしまった。
その沈黙に耐えきれなくなった僕が、何か言おうと口を開きかけたときだった。
タッ
可憐が駆け寄ってくると、そのままの勢いで僕の首に腕を回した。
彼女の可愛い顔が目の前にある。
「……かっ、可憐?」
「可憐が……」
真っ赤になって、それでもはっきりと可憐は言った。
「可憐が思い出させてあげる」
そして、目を閉じると、そっとその唇を、僕の唇に押しつけた。
「……っ!!」
思わず硬直している僕から、ゆっくりと唇を離すと、可憐は真っ赤になりながらも言った。
「……大好きゥ」
今の、……僕の、初めての……だよな。
「か、可憐……」
「……」
「……」
「え、えっと、そうそう。みんな待ってるのよ、お兄ちゃん」
可憐が、恥ずかしいのを隠すように、大きな声を上げた。
「みんな……?」
「あっ、そうか。今はまだ忘れているんだものね。あのね、お兄ちゃん……」
「お兄ちゃんって、やっぱり僕のこと、だよね」
「うん。可憐のお兄ちゃんはお兄ちゃんだけよゥ」
そっかぁ。やっぱり、この娘は僕の妹なのかぁ。
天涯孤独の一人っ子だとずっと信じていた僕に、こんな可愛い妹がいたなんて。
しかも、その妹と、キス、してしまったんだよなぁ。しかも僕のファーストキス……。
後悔? いやするわけがない。たとえ本当の妹だとしても、これだけ可愛い娘ならモウマンタイ。ていうか無問題。
「それで、みんなって?」
はっきり言ってハイになっていた僕。だが、それに続く可憐の言葉は、僕をしてファーストキスの衝撃をも忘れ去らせるに十分なものだった。
「あのね、お兄ちゃんには、可憐を入れて、9人の妹がいるのよ」
一瞬、可憐が何を言ったのかわからず、僕は聞き返した。
「……9人?」
「うん」
こくりと頷く可憐。
そういえば、さっき可憐がずらずらと名前を挙げたような気が……。
と、可憐が僕の腕を引いた。
「行こっ、お兄ちゃん」
「あ、ああ」
僕は頷いて、可憐の後について歩き出した。
あとがき
というわけで、シスタープリンセスのSSです。
最初にお断りしておきますが、続きを書く予定は今のところないです。
リクエストされれば考えますが(笑)
PS
なにせ、私のシスプリレベルは低いので、「こんなの俺の妹じゃないやい」というところがありましたら、ご指摘ください。出来る限り修正させていただきます。
00/04/10 Up 00/4/11 Update