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鬼畜王ランス アフターストーリー

颱風娘の大騒動 その20

 承前

 魔人ガルティアがこのサバサバの街に攻め寄せてきた魔物を撃退した、との知らせを受けて、“サクラ&パスタ”で待機していたマジック達は、とりあえず安堵のため息をついていた。
 だが、あくまでもそれが“とりあえず”に過ぎないことは、当の彼らが一番よく判っていた。
「今回は、なんとかなった。……でも、いつまでもガルティア一人で戦線を支えられるとは思えないな」
 アレックスは、顎に手を当てて呟いた。
 マジックも頷く。
「もしリセット=カラーが自ら出てきたとしたら……ってことね?」
「そう。その時は、魔人と魔人の戦いになる。いくらガルティアでも、魔人と戦いながらこの街も守る、なんて芸当が出来るとは思えない……」
「それでは、アレックス殿は、我々はさらにリーザス、あるいはヘルマン方向に退くが妥当と?」
 五十六が聞き返した。
 アレックスは首を振った。
「このサバサバの街は、北へはシャングリラ経由でヘルマンへ、東はリーザス、自由都市諸国、そしてJAPANへと続く街道が交差する要所。ここを取られると、敵は自由にどこへでも戦いを仕掛けることが出来るようになります。ある意味、ゼス宮殿よりも重要な拠点と言っていいかと思います」
「では、この地を死守すると?」
「ええ」
 五十六の訊ねに、マジックは頷いた。
「私は、そのつもり」
「あ、あの……、でも、戦況は圧倒的に不利……です」
 アールコートが口を挟んだ。それから、慌てて頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい……。私なんかが口を出すことじゃないですよね……」
「否、アールコート将軍には発言する権利があると思うが」
 五十六は、アールコートに視線を向けた。
「将軍は、何か良い策をお持ちか?」
「あの、私はもう将軍じゃないですから……」
 小さな声で呟くアールコート。
 かつて、リーザス緑軍がゼスに援軍に赴くとき、その指揮を執ったのはラファリアであり、アールコートは形式の上とはいえ副将に格下げされていたのだ。
 アールコートの隣で座っていたラファリアは、ひとつ深呼吸すると、立ち上がった。
「アールコート」
「は、はいっ!」
 慌てて直立不動の姿勢をとるアールコートをじろっと見て、ラファリアは言った。
「現在のリーザス緑軍の士官の任免権はまだ私にある。そうよね?」
「は、はい、そうです……」
 こくこくとうなずくアールコート。
 ラファリアは、もう一度深呼吸して、言った。
「アールコート・マリウス。現緑軍将軍、ラファリア・ムスカはあなたをリーザス緑軍の将軍に任命します」
「……え?」
「二度も言わせるんじゃないわよ。と・に・か・く!」
 ラファリアはアールコートの胸に指を突きつけた。
「あんたに将軍を返すって言ってるの。しゃきっとしなさいよねっ!」
「ラファリア……さん。あ、あの……」
「何よ?」
 じろっとアールコートを睨むラファリア。
 アールコートは、ポケットに手を入れて、そこにあるさくら貝をぎゅっと握った。そして、視線を上げて言った。
「よろしければ、ラファリアさん。私のお手伝いをしてもらえませんか?」
「あたしに、副将になれ、と?」
「わ、私だけじゃ、ダメなんです。私、臆病だしぐずだしとろいし……、ラファリアさんみたいな人が手伝ってくれないとダメなんです」
 そう言ったアールコートを、ラファリアはもう一度じろっと睨んだ。それから、ふっとため息をついて肩をすくめた。
「わかったわよ。わかったから、そんな情けない顔するんじゃないわよ」
 アールコートはほっと大きく息をついた。それから、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ただし、いまさらあんたに敬語使うのも面倒だから、このままのしゃべり方でやらせてもらうわよ」
「はい、全然構いませんっ!」
 その様子を見ていたフレイヤは、唇に微かに笑みを浮かべた。
(こりゃ、任務完了……かな?)

 改めて座り直すと、ラファリアはアールコートに訊ねた。
「それで、あなたの意見は?」
 アールコートは、机の上に広げられた地図を見つめた。そして、静かに答える。
「ガルティアが支えきれなくなるパターンはいくつも考えられます。さっきおっしゃっていた、リセットさんが直接攻めてきた場合以外にも、今回以上に魔物を投入してきた場合、この街を包囲して兵糧責めにした場合、スパイを使って攪乱した場合、それから……」
「それはもういいから。それで?」
 指を折ってあまり楽しくない可能性を数えるアールコートに、ラファリアは呆れたように言った。慌てて答えるアールコート。
「あっ、はい。私は、この街を放棄したほうがいいと思います」
「しかし、ここは重要な拠点で……」
 言いかけるアレックスを、マジックが押さえた。
「アレックス。アールコートさんの話を最後まで聞いて」
「あ、うん、そうだね。すみません、アールコート将軍。先を続けてください」
 頷くと、アレックスはアールコートに頭を下げた。
 アールコートは、フレイヤに視線を向けた。
「フレイヤさん、確かにリセットさんはリーザスに向かうって言ったんですよね?」
「ええ、間違いなくね」
 フレイヤは頷いた。アールコートは皆に視線を戻した。
「それに、ヘルマンに行くにはここからだとシャングリラを通らなければなりません。シャングリラには現在、リーザス青軍が駐屯していますし、その背後のヘルマンには白軍と赤軍がいます。その戦力は私たちの現有戦力の5倍以上になると思います」
「つまり、もし魔物達がリーザスじゃなくてヘルマンに向かったとしても、それはそれで問題ないわけだから、あえてここに私たちが残って壊滅させられても、ほとんど意味がないってことね? ま、それはそうか……」
 ラファリアは頷いた。彼女とて、リーザス女子士官学校を次席で卒業した優秀な士官なのである。すぐに頭を切り換えてアールコートに聞き返す。
「それじゃ、私たちはどこまで撤退するわけ?」
「……ここです」
 アールコートが指した地名を見て、皆は思わず目を丸くした。
 そこには、2つの砦が記されていた。アダムの砦とパラパラ砦。ゼスとリーザスの国境にある2つの砦は、ゼスが事実上リーザスの統治下に入った今は、わずかな守備兵のみが残されただけで、ほとんど使われてないと言うに等しい状態である。ちなみに、アダムの砦がゼス側の、パラパラ砦がリーザス側の砦である。
 かつて、リーザスとゼスが戦っていた頃、さしものランスも、ゼスの炎の魔法団隊長サイアスが守っていたアダムの砦をどうしても攻め落とせず、やむなくシャングリラから砂漠を通るルートでゼスに攻め込まざるを得なかった、というのは有名な話である。
 炎の中に散っていったサイアスのことを思い出したか、アレックスが目頭を押さえた。
「……サイアスさんがいてくれたら……」
 その肩を軽く叩いてから、マジックはアールコートに訊ねた。
「そこまで引くの?」
「ここはもともと、ゼスとリーザスの国境に作られた要塞ですから、このサバサバの街よりは立てこもり易いはずです。それに、ここなら……」
 アールコートは言った。
「リーザス黒軍に援軍を要請することが出来ます」
「!」
 ラファリアは息をのんだ。
 リーザス黒軍。リーザス軍団長バレス自身が率いる、リーザス王国の中でも、最も大兵力を有する軍団である。
 今までこの黒軍が動かなかったのは、ひとえに黒軍がリーザス本国直衛の軍である、というたてまえのためであった。確かに戦場がリーザス国内になれば、黒軍が動かない理由はなくなる。
 余談だが、ランスはこの「黒軍はリーザス本国直衛の軍」という不文律を無視して世界中を駆けめぐらせた。が、それがかえって、とかくリーザス国内だけに目を向けがちだった黒軍の兵士達に世界を見せることになり、士気を高めることにも役立ったと後に評されることになる。
 閑話休題。
 思わず、ラファリアは机を叩いて言い返した。
「で、でも、それじゃまるで私達がリーザスに敵を呼び込んでるみたいじゃない」
「……そう言われても仕方ないと思います。でも」
 アールコートは、ポケットのなかのさくら貝を、またぎゅっと握りしめた。
「私たちの戦力では、他に出来ることはもうありませんから」
「……なるほど、そうね」
 マジックは頷いた。そして、視線をあげる。
「アールコートさん、その案をとるのはやぶさかじゃないわ。でも、その前に一つだけお願いがあるの」
「何でしょうか?」
「あなたの言うとおりにした場合、ゼス王国全土が魔物の手に落ちるわ。だからその前に、王国の国民を自由都市やリーザスに避難させたいの」
「それは無理だよ、マジック。北部の住人はともかく、南部の住人は、もう……」
 アレックスが首を振った。
 ゼス宮殿はちょうどゼスの中央に位置している。そこを魔物に奪われた以上、今彼らのいるゼス王国の北側から南側に移動することは、不可能と言わないまでもかなり困難だ。逆もまた然りである。
 つまり、ゼス王国の南側に住んでいる人々とは、現在連絡がほとんど途絶した状況になっていたのだ。
 アールコートはしばらく考えてから、マジックに訊ねた。
「その人達に避難体勢を整えさせるまで、2日でできますか?」
「2日? ……わかった」
 マジックは頷いた。
「転移呪文を使える魔法使いを使えば、伝令はすぐにできるし、あの辺りの人達って、リーザス戦争のときにこういうことには慣れちゃってるから、それくらいあればすぐに移動できると思うわ」
「でも、どこに向かわせるんですか? 南側から北側に抜ける街道は、もう魔物に押さえられてるんですよ」
 アレックスの質問に、アールコートは地図の一点を指した。
「ここを使います」
 全員が、アールコートの指す先を見て、今度こそ驚きの表情で彼女を見つめた。

「……ん」
 呻き声を上げて、緑の髪の少女は目を開けた。
 ぼんやりと天井が目に入る。
「……つっ」
 飛び起きようとして、全身に走る痛みに彼女は思わず悲鳴を上げた。そして、大きく息をする。
「……痛いってことは、生きてるってこと、ね」
 彼女――魔想志津香は呟いた。それから、左右を見回した。
「……ここは……」
「あ、気が付きましたか?」
 ドアが開いて、小柄な眼鏡を掛けた少女が顔を出す。
 志津香はその顔に見覚えがあった。
「あなたは……カフェさん?」
「はい。お久しぶりです、魔想志津香さん」
 童顔も手伝って10代前半にしか見えないが、その実力は世界でも並ぶ者がいないと言われる神官、カフェ・アートフル。数奇な運命をたどった彼女も、かのルドラサウムとの戦いでランスの配下として志津香達と共に戦った仲間だった。
 戦いが終わり、ランス王がいなくなった後、彼女もまたリーザスを離れ、彼女を慕う者達と共に世界を巡るあてどもない旅に出た、と言われていた。
「……っ」
 身体を起こそうとして呻く志津香に、カフェが慌てて駆け寄る。
「まだ無理をしないでください。かなりの重傷だったんですから」
「……なにがあったの?」
「それはこっちのセリフですよ」
 カフェに言われて、志津香は首を振ると、今までのことを話し始めた。

「……なにも、なしかぁ」
 かなみは周囲を見回した。
 メナドが行方不明になった戦場は、今は誰も動く者はなく、死体をついばむ鴉や野犬がうろうろしているだけだった。
 ため息をつくと、空を仰いで呟くかなみ。
「メナドまで、あたしを残して行っちゃったっていうの……?」
 と、かなみはその瞳を細めた。
「何よ、この気配……」
 すっと腰を低くして、周囲の様子を窺う。
 ランスのせいで貧乏くじばかり引かされているが、かなみは元々この大陸屈指の実力を持つ忍者である。放心しているようでも周囲の気配を読むくらいはお茶の子さいさいだ。
 魔物の集団が近づいてくる。
 その数、およそ……60。
 数こそ少ないが、それぞれから発散される気からして、かなりの力を持っていると思われた。
 それを察知すると同時に、その場に散らばっていた死骸に紛れ込むと、かなみは自分の気配を完全に殺した。
 やがて、魔物が近づいてくる。
(……魔物将軍ばかり。何をしようっていうの?)
 近づいてくる魔物を視界に入れ、かなみは心の中で呟いた。
 と、微かに魔物将軍達の声が聞こえてくる。
 かなみは聞き耳を立てた。忍者の聴覚は一般人の数十倍にまで高められており、その気になれば絨毯の上に針が落ちた音さえも聞き取れる。
「おでたちを、こんなところにあつめて、どうしよってんだ?」
「きっと、たのしいことでもしてくれるんだぜ。げへへっ」
「でも、女も酒もねぇぞ〜。さすがに腐った死体相手じゃ、俺様のモノも萎えちまわぁ。げへへへ」
「リセット様のご命令じゃ、しょうがねぇげや」
(リセット!?)
 魔物将軍の言葉に、かなみははっとした。
 と、急に風の音がしたかと思うと、何かが破裂するような音がした。
「おお、リセットさま……」
「お待たせ〜」
 その声は、確かにリセットのものだった。ただし、魔人になったリセットの。
 かなみは、微かに首の角度を変えて、そちらに視線を向けた。
 リセットがそこに立っていた。今日はナギがおらず、代わりに後ろに小柄な人影が控えている。
(……誰?)
 全身をフードとマントで覆った、魔法使いのような出で立ちの人影だが、かなみはどこかで見たような気がしていた。
 それと、胸騒ぎ。
「お、おでたちに、何のようだ?」
「あのね〜、新しいお友達を紹介しに来たんだよ」
 リセットはそう言って、振り返る。
「ねっ」
「……」
「それでね」
 小柄な人影は返事をしなかったが、リセットは気にした風もなく魔物将軍達に向き直って続ける。
「あんた達いらなくなっちゃったから」
「……は?」
「このまま捨てちゃうのも、もったいないから、ちょっとお稽古の相手になってもらおうと思ってね。ここだったら、使い終わったらそのまま捨ててもいいでしょ。えへへっ」
 笑うリセットを唖然として見る魔物将軍達。
 リセットは微笑んだまま続けた。
「でも、リセット優しいから、チャンスあげるよ。みんなでかかって、この子に勝てたら、今まで通りにリセットのそばで働いてもらうね」
 そうリセットが言うと同時に、それまで後ろにいた小柄なマントの人が前に進み出る。
 彼らは理解した。この相手を倒さなければ、自分たちが死ぬと。
「うっ、うおぉぉぉぉっっ」
 一匹が飛びかかっていく。
 その瞬間、その小柄な人はマントを跳ね上げ、腰から剣を抜きはなった。かなみは、はっとする。
(剣士!?)
 ずばあっ
 一撃で、緑色の血を吹き出しながら倒される魔物将軍。
 一瞬の間を置いて、残りの魔物将軍達が次々と飛びかかるが、それらは全て、一刀のもとに切り捨てられていった。

 ざしゅぅっ
 流れるような連撃で、最後の魔物将軍が地に倒れ伏すまで、それほどの時間は掛からなかった。
 その間、その動きを見つめていたかなみの中で、少しずつ疑念が高まっていた。
(あの太刀筋……どこかで見たような。でも、今まで見た誰とも違う……。誰に似てるかって言えば……)
 ふと、下品な笑い声とともに魔物を切り捨てる緑の鎧の男を思い出してしまい、かなみは慌ててそれを振り払った。
(ランスだなんて、そんな馬鹿なことあるわけないじゃないっ。第一、あの馬鹿とは身体の大きさが全然違うわよっ。でも……それじゃ誰?)
 かなみは、考え込んだ。
 戦乱の時代の直後である現在、剣術の流派は数多い。だが、ランスのそれは誰に学んだというものでもない我流の剣術であった。だから、その剣を受け継ぐ者はいない。ほとんど唯一の例外が、必殺技ランスアタックを使える小川健太郎なのだが、剣の天才と呼ばれた彼にしても、この技のみを見よう見まねで覚えただけで、ランスの剣術を自分のものにしたわけではない。
 もっとも、ランスの剣術は彼の持って生まれた天与の才能なくしては成り立たない、彼のみにしか出来ない技のひとつと言ってもよいのだが。
 だが、そこでかなみはふと思い出していた。
 ランスを剣士として尊敬し、その剣術を懸命に真似ようとしていた少女のことを。
(……まさか、そんな……)
「さっすがだねっ」
 リセットの声に、かなみははっと我に返り、視線を向け直した。
 その声に、人影はずっと羽織っていたフードを外した。そして頭を下げる。
「リセット様の仰せのままに」
 露わになったその顔に、かなみは思わず気配を殺すのも忘れて声を上げていた。
「メナドっ!!」
 そこにいたのは紛れもなく、かなみの親友で、戦いの中で行方不明になったメナド・シセイだった。

「……そうだったんですか。そんなことがねぇ……」
 志津香の話を聞き終えて、カフェは一つ息を付いた。
 と、その時だった。
[我が名はナギ]
「はっ!!」
 志津香は周囲を見回した。カフェが不審そうに志津香を見る。
「どうかしたんですか?」
「……聞こえたわ」
「え?」
「ちょっと、静かに」
 片手を上げてカフェの言葉を止めると、志津香は片手を耳に当てて集中した。
[我が名はナギ……。魔想志津香、聞こえているのだろう? 決着を付けよう。パラパラ砦北の平原で待つ]
(今のは……魔法使いにしか聞こえない念波……。やはり、ナギも生きていたのね……)
 それっきり、声が聞こえなくなったことを確認して、志津香はカフェに視線を向けた。
「カフェさん、お願いがあるんです」
「駄目よ」
 頼みを聞く前に、カフェは断った。
「え?」
「あなたの目を見ればわかるわ。戦いに行こうって言うんでしょう? でも駄目。あなたの身体は戦いに耐えられるような身体じゃない。それは、あなた自身判ってることでしょう?」
「……それは……」
「……志津香さん。別に、今、あなたが身体に負っている傷だけのことを言ってるわけじゃないわ。あなたの身体は、魔法に耐えられなくなり始めてる」
 そう言ってから、カフェは肩をすくめた。
「今ならまだ……。今後一切魔法を使わないなら、普通の人と同じように生きていける。でも、これ以上は、魔法を使うたびにあなたの寿命は減っていくのよ。そしていずれは……」
「もしそうだとしても、あたしは後悔してないわ」
 志津香は首を振った。そして視線を落として呟いた。
「あたしが強い魔法使いになりたかったのは、父を殺したラガールに復讐するため。でも、そのラガールももういない……。それに、マリアだって……。あたしが生きている意味も、もうなくなったもの……」
「……志津香さん、そんなこと、言うものじゃないわ」
 カフェは、志津香の肩に手を置いた。そして、少し考えてから訊ねた。
「マリアさんの遺体は、もうカスタムの街に?」
「えっ? ……うん、多分……」
「わかりました」
 頷くと、カフェは指を一本立てた。
「志津香さん。あなたがこのまま大人しく養生してくれるなら、マリアさんのこと、なんとかしてあげるわよ」
「えっ? 本当に!?」
「もちろん、神に誓って」
 カフェはにこにこ笑いながら頷いた。
 志津香は、こくりと頷いてベッドに横になった。
「わかったわ。大人しくしてる」
「それじゃ、旅の支度をしなくちゃね」
 志津香の上に毛布をかぶせて、ぽんと軽く叩くと、カフェは部屋を出ていった。

「……メナドが、どうして……?」
 呟くかなみに、リセットの笑う声が聞こえた。
「ナギちゃんが、どうしても志津香と決着付けるって行っちゃったのよ。それで、その代わり」
「リセットっ!」
 かなみはリセットを睨んだ。びくっとして、少し後ずさるリセット。
「な、なによっ。そんな声出しても怖くないわよっ!」
「メナドになにしたのよっ!!」
 そう言いながら、ずいっと近寄るかなみ。
「リセットのしとになってもらったのよ。だって、そうしないとメナド死んじゃってたんだよっ!」
「使徒に……」
 メナドの首筋に、小さな穴のような傷が二つ並んでついているのに気付いて、かなみは目の前が真っ暗になったような気がした。
「リセット、あなた、自分のしたことがどういうことなのか、判ってるのっ!?」
「う、うるさーいっ! そんなかなみ嫌いっ!!」
 ぶんっ、と勢いよく振った手から旋風が巻き起こり、かなみ目掛けて飛んだ。だが、その旋風はかなみの身体をすりぬけていく。
「えっ?」
「……リセット」
 すぐ後ろから声がして、慌てて振り返るリセット。
 ぱぁん
「……えっ?」
 乾いた音がした。そして、リセットの頬が赤くなる。
「……リセットの馬鹿っ!」
 かなみの頬を涙が流れ落ちた。
「……かなみ……」
 頬に手を当て、呆然と立ち尽くすリセット。
 そのリセットを、かなみは怒鳴りつけた。
「いい加減にしなさいよっ!! あんた何者のつもりよっ! そんなことして、ランスが喜ぶとでも思ってんのっ!!」
「パパが……喜ばないの……?」
「当たり前でしょっ!! マリアさんも死んだのよ! それにメナドまでこんなにしちゃって! あいつは大っ嫌いだけど、それでもお気に入りの女の子のことはすっごく大事にする奴なのよ!」
「う、嘘だもんっ! そんなのかなみの嘘だもんっ!」
「嘘じゃないっ! あたしは、リセットよりもずっと長くあいつのこと見てきたんだからっ!!」
 かなみはそう叫ぶと、リセットを睨み付けた。
「う……、嘘だもん……」
 弱々しく呟くと、リセットはその場に膝をついた。

「むぅ、まずいな。これまでか」
 男は呟くと、呪文を唱えた。

「嘘……だもん」
 呟くリセット。その足下に、不意に漆黒の円が現れた。
「なにっ!?」
 とっさに飛び退くかなみ。
 と、リセットの身体が、そのまま漆黒の円に沈み込んでいく。
「リ、リセット……! 待ってっ!!」
 とっさにリセットの身体を掴もうと、かなみは手を伸ばした。だが、その手をすり抜けるようにして、リセットの身体はその場から消えていった……。
「……リセット」
 呟くかなみの耳に、何かが倒れる音が聞こえた。
 ドサッ
 振り返ると、メナドが地面に横たわっていた。
「メナドっ!!」
 慌てて駆け寄ると、かなみはメナドの身体を抱き起こした。そして頬を軽く叩く。
「メナド、しっかりしてっ! メナドっ!!」
「……」
 メナドは目を閉じたまま、身動き一つしない。
 かなみは少し考えて、メナドを背負って立ち上がった。
「とにかく、一度戻って、誰かに看てもらわないと……」
 そう呟いて、かなみはゆっくりと歩き出した。そして、もう一度振り返る。
「待ってて、リセット。絶対あなたも助けるからね……」

《続く》

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あとがき
 祝・ダイエーホークス優勝!

 というわけで、お久しぶりな颱風娘です。
 あ、別に某騎士育成恋愛シミュレーションやってて不意に思い出したとかそういうわけじゃ……あははっ。
 んじゃ、またっ(爆)

 颱風娘の大騒動 その20 00/10/7 Up

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