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承前
《続く》
ゼス宮殿の正門前。
「ったく、どうして私まで……」
「ブツブツ言うなって、志津香。どうせカスタムに帰っても暇なんだろ?」
ミリは、ぶつぶつ言う志津香に向かって笑みを見せると、壮麗な門を見上げた。
「にしても、でけぇなぁ。リーザス城よりすげぇんじゃねぇか?」
「ゼスは魔法が発達してるから、その力を使ったんだと思うわ。だから、こんなすごい建築も出来たってわけよ」
マリアが説明した。
「にしても、門番もいねぇじゃん。不用心だこと」
「……軍隊が、動いたようね」
道を調べていたかなみが立ち上がった。何をしてるのかと思って側にいたメナドが、驚いて訊ねる。
「軍隊?」
かなみは、それには答えずに、城壁の向こうにそびえるゼス宮殿を見つめた。
「何があったの……?」
イタリアの町で、行方不明になったリセット・カラー。途方に暮れていたかなみとメナドのまえに、偶然保養の旅から戻る途中のミリ達が現れた。かなみ達の窮状を聞いたミリ達は、退屈だった(ミリ談)、放っておけない(マリア談)などの理由で、かなみ達に同行し、まずはゼス宮殿に向かうことにした。
というのも、志津香が探知魔法を使ってみたところ、リセットの近くに魔の気配がしたためだ。それも、かなり強力な。
それほどのものが動いているなら、ゼス宮殿の方でもなにか情報を持っているかも知れないし、なにも知らないなら警告しなければならない、というわけだ。
ミリが、じれたように言った。
「とにかく、入ってみようぜ」
そう言うと、ずかずかと正門から入っていこうとするミリ。
「あ、ちょっと待って!」
マリアの声は、少し遅かった。
バリバリバリッ
「うわぁっ!」
いきなり、ミリの前の地面に、稲妻が突き刺さった。ミリはとっさに飛び退いたので、なんとか黒こげは免れた。
「危ねぇなぁ。なんだよ、これは?」
「だから、言ったでしょ。ゼスは魔法が発達してるって」
額を押さえながら、マリアが言った。
「魔法による自動警護装置よ。許可なく入ろうとする者は容赦なく攻撃するわ」
「それを早く言えよ」
憮然として言うミリ。
その頃、カバッハーン率いるゼス魔法兵団(といっても、その兵力は昔日の10分の1程度だったが)は、魔物に占拠されかけていたパンティラオンの町を奪回することに成功していた。
だが、カバッハーンは、内心で首を傾げていた。
(おかしいのぉ。まるで向こうが戦おうとせずに引き上げたようじゃわい。魔路埜要塞を突破したからには、敵の戦力はこの程度ではないはずじゃが……)
と、カバッハーンの天幕に、一人の魔法将軍(ゼス軍の将軍は全員魔法使いであるため、こう呼ばれている)が飛び込んできた。
「カバッハーン殿! マジック王女とアレックス殿を無事に保護致しましたっ!」
「ちょっと、その王女っていうの、やめてくれない?」
その後ろから不機嫌そうな声が聞こえ、マジックが天幕の中に入ってきた。ちなみに、今までの服は魔物に破かれてしまっていたので、兵士の着るようなこざっぱりしたセーラー服にズボンというスタイルである。
カバッハーンは微かに眉を上げた。不機嫌そうな声とは裏腹に、マジックの表情が妙に明るかったからである。
だが、すぐにその訳は判った。その後ろからアレックスが入ってくると、カバッハーンに一礼したのだ。
「お久しぶりです、カバッハーン殿」
「アレックス、お主まさか……」
「ええ、全て思い出しました」
アレックスはうなずき、マジックの肩を軽く叩いた。
「すべてマジックのおかげですよ」
「ちょっと、やめてよ、そういうの」
ちょっと赤くなってはにかむマジック。カバッハーンは微笑んだ。
「そうか。よかったのぉ、マジック殿」
「それより、カバッハーン殿、ゼスの現在の状況はマジックから聞いたので知ってますが、あの魔物は?」
アレックスは真面目な顔になって訊ねた。カバッハーンは首を振った。
「判らぬ。儂とて、魔路埜要塞が破壊されたとしか知らぬでな」
「要塞が?」
思わず声を上げるマジック。それとは対照的に、アレックスは静かにうなずいた。
「やはり、そうですか。では、この軍はその魔物と戦うためですか?」
「千鶴子殿がお命じになってな。嬢ちゃんとお主を守れ、と」
「ちょっとカバッハーン。その嬢ちゃんはやめてってば。それよりも……」
マジックは、カバッハーンに言った。
「私達、見たのよ。あいつが魔物の中にいたのを」
「あいつ、とは?」
マジックとアレックスは顔を見合わせ、うなずきあった。そしてマジックはカバッハーンに向き直り、言った。
「元ゼス四天王、ナギ・ス・ラガールよ」
「なんと!」
思わず、カバッハーンは目を見開いた。
「ナギ殿は、ランス王がナギの塔を攻め落としたときに、リーザス軍に加わっていた魔想志津香殿との一騎打ちで敗北し、行方知れずになられたと聞き及んでおりましたが」
「ええ、私もそう聞いてたけどね」
マジックは、肩をすくめた。
アレックスが言った。
「とにかく、ここは一時ゼス宮殿に引きましょう。この町も、またいつ魔物に再度襲われないとも限りません。市民も全員ゼス宮殿まで避難させた方がよいかと」
「どうやら、完全に治ったようじゃの」
カバッハーンは成長した孫を見るように、目を細めてアレックスを見た。それから、控えていた魔法将軍に告げる。
「全軍に命令じゃ。アレックスの言うとおりにせよ」
「はっ」
一礼し、魔法将軍は姿を消した。瞬間移動の魔法を使ったのである。
正門に向かって、ランは優雅に一礼した。
「自由都市群、カスタム市の市長、チサ・ゴートの名代として参りました、エレノア・ランです。これなる者達は、私の連れです。どうか、お取り次ぎ願います」
余談であるが、ランはリーザス城にいた頃、上流階級の礼儀作法を学んでいる。彼女が自殺未遂をしかけるほど思い詰めているのを知ったランスが、彼女の気晴らしになるなら、と色々なことをさせたのだが、そのうちの一つがこの礼儀作法である。おかげで、ランは貴族なみの礼儀作法を身に付けていた。
「シバラクオマチクダサイ」
機械的な声が答えた。ややあって、声が再び聞こえる。
「結界ヲカイジョシマシタ。えれのあ・らんイカ6名、オ通リクダサイ」
「さっすが、ラン。こういう時は役に立つぜ」
ミリがランの肩をポンと叩いた。ランはちょっと困ったような顔をした。
「いいのかな、ほんとうに」
「いいっていいって。ランが市長代理なのは事実だろ?」
ミリはウィンクした。そしてスタスタと入っていく。
皆もその後に続いた。
宮殿の前にくると、流石にここには兵士達がいた。一同の前にやってくると、一礼する。
「お待ちしておりました。千鶴子殿がお待ちになっておられます。こちらへ」
「ああ、ご苦労さん。どうだい、後で飲みに……」
「ミリ!」
マリアが慌てて、ハンサムな兵士を口説きにかかったミリの服を引っ張った。
「わかったわかった。んじゃ、後でな」
「は、はい」
赤面する兵士に手を振って、ミリは歩き出した。マリアはため息をついた。
(ランスも顔負けなのよね、ミリさんのこういうとこって)
なにしろ、ミリはランスに閨房で勝てる、数少ない剛の者なのである。
一同は、千鶴子の執務室に通された。
「で、用件というのは?」
妙に固い表情の千鶴子は、一同に尋ねた。その意味を察して、かなみは手を振った。
「ああ、違うわよ。あたしたちは、ゼス軍の移動について詮議しにきたんじゃないわ。別件よ」
「でも、場合によったら同じ件かもしれないけど」
志津香がつけ加えた。それから、千鶴子に訊ねる。
「魔の動きがない?」
「!」
千鶴子は、眼鏡の奥の目を細めた。
「どうやら、同じ件のようね……」
「魔路埜要塞が突破された?」
千鶴子の言葉に、志津香は思わず聞き返した。
「そんな! あれを突破するなんて」
「そんなにすげぇのか? そのなんとか要塞ってのは」
訊ねるミリに、ランが説明した。
「あれを突破するには、魔人クラスの破壊力を持ってないと駄目だと思うわ」
「でも、あいつなら、できるわ」
その言葉とともに、マジックが部屋に入ってきた。
「マジック? 相変わらず礼儀を知らないわね。接客中なのよ」
千鶴子は眉をひそめた。マジックはフンと鼻を鳴らすと、言った。
「ナギがいたわ」
「!」
志津香は息を飲んだ。
「ナギ……」
ちらっとその志津香を見て、マリアは訊ねた。
「ナギって、元ゼス四天王の?」
「ええ」
千鶴子はうなずくと、マジックに視線を向けた。
「本当なの?」
「ええ。この目で見たわ」
「……やっぱり、あいつか……」
志津香は呟いた。マリアが聞き返す。
「やっぱり? そういえば、あの時、相手は判ってるって言ってたよね?」
「ええ」
志津香は呟いた。
「リセットの反応を追っていったら、知っている気配に当たったのよ。そして、そこで私の探知呪文は弾き返された……。あの気配、間違えようがないわ。あれは……ナギ・ス・ラガール」
「それって……」
「そう。私の宿敵、チェネザリ・ド・ラガールの娘、元ゼス四天王の一人、そして……」
志津香は、俯き、声を絞りだすようにして告げた。
「私の……妹よ」
「ええっ!?」
全員が、思わず声をあげていた。
マジックが志津香に尋ねる。
「それ、本当なの?」
「本当よ。ナギは、ラガールと私の母との間に産まれた娘。私の異父姉妹よ」
志津香は拳を握りしめて、答えた。マリアは、そっと親友の手を握る。
「志津香……」
「それじゃ、ラガールがナギを鍛えていたのは……」
千鶴子が、息を飲んだ。
「そう。私に対抗させるため。そして、ラガールを殺したのも、私じゃない。ナギよ」
淡々と語る志津香。
「ラガールは、母さんの代わりに私を手に入れようとした。それは、ナギに取ってはラガールを私に奪われることに等しかったのよ。だから、ナギはラガールを殺した。そこに、あの馬鹿が来た」
「馬鹿って……もしかしてランス?」
マリアがおそるおそる訊ねた。志津香は肩をすくめた。
「そうよ」
「……はぁ」
ため息をつくマリア。志津香はそれには構わず、話を続けた。
「そして、自分の物になれ、と迫るランスに、ナギは言ったわ。魔想の娘と自分とどちらを取るか選べ、と。私は、別にリーザスに未練も何もなかったから、ナギを取ればいいって言ったのに、あの馬鹿は私を取った。そして、ナギは姿を消した……」
「そんなことが……」
かなみ達はもちろん、千鶴子やマジックも初めて聞く話だった。
千鶴子は頭を下げた。
「……ごめんなさい。ゼスの者として、あなたにはお詫びをしなければならないわ」
「今更、どうでもいいわ。既にラガールはあの世に行ったんだしね」
志津香は、手をヒラヒラさせてそれを遮った。それから、真顔になる。
「余程のことがない限り、ナギの目的は私。それは変わってないはずよ。私を越えることだけが、ナギの中では存在目的になってるから……」
ズズゥン
不意に辺りが揺れた。
「きゃぁっ!」
「おっとっと」
とっさに踏み止まれたのは、戦士であるミリとランとメナド、そして忍者のかなみだけで、残りはみなひっくり返っていた。千鶴子など、棚から流れ落ちてきた書類の山に埋もれて悲鳴を上げている。
「誰か助けてぇ〜」
それを無視して、マジックは志津香に視線を向けた。
「今の、もしかして……」
「魔法弾、それもかなりの魔力ね」
答えると、志津香は立ち上がった。
「とにかく、外が見えるところに行かないと」
「こっちよ!」
マジックが駆け出し、皆その後を追った。
「ちょ、ちょっと、誰か助けてよぉぉ。あぁ〜ん、ガンジー様ぁ〜」
若干1名が取り残されていたが。
一同は、マジックの先導に従って、テラスに飛び出した。
「あれを見ろ!」
振り仰いだミリが叫ぶと、天を指した。
思わず、マジックは絶句した。
「レッドドラゴン!? そ、そんな!」
ぎゅごぉぉん
空を悠々と舞いながら叫ぶ、その赤い巨体は、間違いなくドラゴンの中でも凶暴なレッドドラゴンである。
KD(キングドラゴン)を筆頭とするドラゴン族は、必要がない限り人間達の争いには無関心で、ドラゴンの山で独自に暮らしているが、レッドドラゴンだけは時折人間を襲うことがあるので知られている。
叫びをあげ、炎を吐くレッドドラゴン。しかし、その炎は途中で拡散し、消滅してしまう。ゼス宮殿の四方を覆う魔法障壁のためだ。
「でも、レッドドラゴンは魔法弾を打ちはしない……」
「ええ」
マジックの言葉に応えると、志津香は目を閉じた。そして、持っていた杖を水平にかざし、呪文を唱える。
「……。あっち!」
ブンと杖を向ける志津香。その杖の示す先には尖塔があった。
そして、その尖塔の上に人影が。
「ナギ?」
「私、行くわ。後はよろしく」
そう言うと、志津香の姿がかき消えた。
「志津香っ!!」
マリアが叫ぶが、もうその姿は、そこにはなかった。
「志津香……」
「マリア、志津香の心配よりもあいつが先だぜ」
ミリが腕組みをし、頭上を見上げて呟いた。
ピシピシッ
レッドドラゴンの炎を浴び続け、魔法障壁に細かく亀裂が入った。その障壁の強力さをよく知っているマジックが、思わず口に手を当てる。
「そんな! あれを破るなんて……」
次の瞬間、魔法障壁が砕け散った。ドラゴンブレスが、テラスに襲いかかる。
「風よ、我が声に応え、盾となれ!」
凛とした声と共に、風が渦巻き、炎を逸らした。マジックが視線を向ける。
「あなた、確かカスタムの……」
「ランです。エレノア・ラン」
ランはにこっと笑うと、腰の細剣を抜こうとした。その手をミリが止める。
「ラン、剣はいいから、魔法でサポートを頼むぜ。メナド、かなみ、準備はいいか?」
「ボクはいつでも」
剣を構えて答えるメナド。
「しょうがないわね。付き合うわよ」
こちらは手裏剣を両手に持って身構えるかなみ。
「マリアも援護を!」
「オッケイ」
マリアは、背中に背負っていた袋から、いくつかの筒を取り出して、組み立て始めていた。
「ミル」
「いっつでもいーよぉ!」
にこにこしながら、ミルが応えた。ミリは唇をペロッと舐め、頭上で吠えるレッドドラゴンを見上げた。
「それじゃ、教えてやるか。どれだけの相手に、喧嘩を売ったのか」
シュン
空中に出現すると同時に、浮空の術を使ってその場に止まると、志津香は尖塔の上に立つ少女を睨んだ。
「久しぶりね、ナギ」
「魔想の娘!」
ナギも、相手を認めて、笑みを浮かべた。
「久しかったな」
「そうね。かれこれ2年くらいかしら?」
「そちらから来てくれるとは好都合。今日こそ決着をつけようではないか」
「望むところよ」
二人は同時に術を放った。
『火爆破!!』
二人の放った火の玉が、お互いの間でぶつかり合い、爆発する。
こうして、ゼス宮殿の戦いが、始まった。