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Pia☆キャロットへようこそ2014 
Sect.36

「……」
 パタンと、みらいちゃんは本を閉じた。そして、ぎゅっと胸に抱きしめて、小さく呟く。
「……お父さん……」
 俺は、視線を逸らして一つ深呼吸した。
「……まいったな」
「……ぐすっ」
「あ、かおる、お前泣いてるのか?」
「ば、ばかっ。違うわよ、ほこりが目に入っただけよっ」
 俺に指摘されて、慌てて袖で目元を拭うかおる。
 それにしても……。
 改めて、いや、初めて、俺は千堂和樹っていう人を知ったような気がしていた。
 どれほど、あさひさん、そしてみらいちゃんを想っているのか。
「……でも」
 不意に、みらいちゃんが小さく呟いた。
「私も……負けません」
「みらいちゃん?」
 みらいちゃんは、その本……千堂さんが、あさひさんとのことを描いた同人誌『あさひのようにさわやかに』を、机の上に置いた。それから、俺の方に振り返る。
「恭一さん、わっ、私、恭一さんのこと、大好きですからっ。お母さんが、お父さんのこと、好きなくらいに」
 真っ赤になって、でも一生懸命にそう言うと、みらいちゃんはじっと俺を見つめた。
 そうだ。呑まれている場合じゃない。
 俺はみらいちゃんの肩に手を置いた。
「俺もみらいちゃんのことが好きだよ」
「あっ、ありがとうございますっ」
「……あのね、愛を確かめ合うのも良いけど、あたしがいること忘れてない?」
 後ろから呆れたように声を掛けられて、俺はかおるがいたことを思い出した。
「ああ、すまん」
「ああああのあのあのっ、えっとえっと……」
 みらいちゃんも我に返ったらしく、さらに赤くなってあたふたしている。
 ま、とりあえず、あの時九品仏さんや高瀬さんが、千堂さんに色々と言っていた辺りの事情は判った。
「それで、これからあんた達どうするの?」
「……私」
 みらいちゃんは、きゅっと唇を引き結んだ。そして、言った。
「私、家に帰ります。そして、もう一度、お父さんと話してみます」
「みらいちゃん……」
「で、でも、12時までは……、恭一さんと一緒にいさせてください」
 そう言って、俺を見上げるみらいちゃん。
「駄目……ですか?」
「駄目なわけないだろ?」
 俺は頷いた。
「一緒にいよう、みらいちゃん」
「……はいっ」
 みらいちゃんは、嬉しそうに微笑んだ。
「……それじゃ、あたしはお邪魔みたいだから、部屋に戻るわね」
 かおるがそう言って立ち上がる。
「あっ、あの、かおるさん……」
「え?」
「あの……、ありがとうございます……」
 頭を下げるみらいちゃんに、かおるは軽く手を振った。
「いいのよ。あたしが好きで世話を焼いているんだし。じゃね」
 そう言い残して、部屋を出ていくかおる。
 パタン、とドアが閉まる。
「……さて、これからどうする? 12時までずっとこの部屋に閉じこもってるっていうのもなんだから、どこかに遊びに行こうか?」
「……そ、そうですね。あ、あの、わ、私は……」
 みらいちゃんは、俯いて、小さな声で言った。
「私は……、恭一さんのやりたいことなら、なんでも……」
 くぅっ、可愛い。
 思わずその場で抱きしめかけたところで、ノックの音がした。
 トントン
 その音に弾かれたように顔を上げたみらいちゃんの目と、抱きしめようとしていた俺の目が、至近距離でぴたりと合った。
「き、恭一……さん」
「みらいちゃん……」
 しばし見つめ合っていた俺達は、再びのノックの音に、同時に我に返って飛び退いた。
「……わわっ、は、はいっ!!」
 俺は、とりあえずかおるだったら一発しばこうと思いながら、ドアを開けた。
「あ、恭一くん。みらいちゃんは中かしら?」
「涼子さんでしたか……」
「え?」
「あ、いえ、なんでも。あははっ、みらいちゃん、涼子さんだよっ」
 俺は、きょとんとしている涼子さんに、後頭部を掻きながら奥に向かって声をかけた。
「は、はいっ」
 慌てて出てくるみらいちゃんを見て、もう一度首を傾げる涼子さん。
「みらいちゃん、どうしたの? なんだか真っ赤よ?」
「あ、はい。あ、いえっ」
 ……どっちなんだ、みらいちゃん?
 まぁ、あわあわしているみらいちゃんを涼子さんの前に立たせておくのも酷なので、俺は割り込んだ。
「それで、どうしたんですか?」
「あ、ええ。とりあえず、九品仏さんとつかさちゃんから話は聞いたわ」
 そういえば、2人が涼子さんに事情を説明しておいてくれるって言ってたっけ。
「それでね、ちょっと思い出したんだけど、これをあげようと思って」
 涼子さんは、ポケットからなにやら紙切れを出して、俺に差し出した。
「何ですか、それ?」
「遊園地の無料ペアチケットよ。店長に頂いてたんだけど、私は忙しくて行く機会も無さそうだし」
「でも、悪いですよ……」
「いいのよ。社員の福利厚生も立派なお仕事なんですもの。ね?」
 微笑む涼子さんに、俺は頭を下げた。
「すみません。頂きます」
「ええ。それじゃ、私はそろそろキャロットに行かないといけないから。あ、でも、羽目を外しすぎないようにね。明日はちゃんとお仕事があること、忘れないでね」
「はい」
 頷く俺とみらいちゃんに笑顔を向けて、涼子さんは戻っていった。
 俺は振り向いて、みらいちゃんに訊ねた。
「そんなわけなんだけど、みらいちゃん、遊園地はどうかな?」
「えっ? あ、はい、えっと、う、嬉しいですっ」
 ぽっと赤くなって、こくこくと頷くみらいちゃん。そんなみらいちゃんを見ているだけで、こちらもなんだか嬉しくなってくる。
「オッケイ。でも、考えてみればさ、これが初めてじゃないかな?」
「えっ、何がですか?」
「みらいちゃんとのデート」
「でっ……」
 一瞬絶句してから、またあたふたとし始めるみらいちゃん。
「わ、わわっ、わたしっ、えっと、あのっ、ど、どうしよう……。えくっ……」
「うわ、何で泣くのっ!?」
「だ、だって、せっ、せっかくの、なのにっ、わたっ、わた……ぐしゅっ……」
「ええっと、あの……」
「こぉの〜〜〜、すかぽらちんたんっ!!」
 スパコーンッ
 派手な音と共に、後頭部に激痛が走った。慌てて振り返ると、部屋に戻ったはずのかおるが、ご丁寧に右手にビニールスリッパを持って仁王立ちしていた。
「うわ、かおる!? なんでいるんだっ!?」
「そ、そんなことはどうでもいいのよっ! それより、何いきなりみらいちゃんを泣かせてるのよっ!」
「そ、それが俺にも……。ええと、みらいちゃん、どうしたの?」
「ううっ……」
 なんだか今までの喜びようはどこへやら、すっかりしょぼんとして、俯いてしまっているみらいちゃん。でも、理由が判らない。
 と、かおるが俺の持っているチケットに気付いた。
「あら、それ何?」
「あ、これ? さっき、涼子さんにもらった遊園地のペアチケットなんだ。で、一緒に遊びに行こうかっていう話になったところなんだけど……」
「……ああ、そういうことか」
 かおるは、なるほど、と頷いた。それから俺を押しのけて、みらいちゃんにささやきかける。
「……で、……なんでしょ?」
 みらいちゃんは顔を上げてかおるを見ると、ためらいがちにこくんと頷いた。
「おい、どういう……」
「男は黙ってるのっ。それじゃみらいちゃん、ちょっといらっしゃい?」
「へ? こ、こら……」
 スパパーン
「黙ってるのって言ってるでしょっ!」
 スリッパで往復で叩かれてしまった。
「き、恭一さんをいじめたら駄目ですっ」
 慌てて割って入ろうとするみらいちゃん。
 かおるは、ふぅ、とため息を付いた。
「そうね……。ごめんね、みらいちゃん」
 ……なぜ俺ではなくみらいちゃんに謝る?
「あっ、いえっ、そんな……」
 慌てて首を振るみらいちゃんに、かおるは何やら囁いた。
「……」
「えっ? い、いいんですかっ!?」
「あたしもあんまり持ってきてるわけじゃないけどね。とりあえず見立ててあげるからいらっしゃい」
「あっ、はいっ」
 こくんと頷くみらいちゃん。
 俺は2人に訊ねた。
「あの、話が見えないんですが……」
「いいから、あんたはさっさと着替えて来なさいよ。えっと、30分後に寮のエントランスだったっけ?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「それじゃ、そういうことでっ!」
 言い残して、かおるはさっさとみらいちゃんの手を引いて、自分の部屋に戻ってしまった。
 後に取り残された俺。
「……なんやねん」
 思わず呟いてから、こうしていても仕方ないので、言われたとおりに自分の部屋に戻って着替えることにした。

 30分後。
 男の着替えなんて10分もかからない。というわけで、さっさと着替え終わった俺は、多少時間を潰してから寮の入り口でぼけーっと待っていた。
 と、エレベーターが降りてきて、ドアが開いた。そして、おずおずと中から降りてきたみらいちゃんが、ぺこりと頭を下げる。
「あっ、あのっ、お、お待たせしましたっ」
 そこで、俺は初めて合点がいった。
「なるほど、着替えが無かったんだ」
 思わず口に出してしまうと、みらいちゃんはかぁっと真っ赤になって俯いてしまった。
「あ、あの、はい……。わ、わたし、何も持たないで家を出て来ちゃったから、その、着替えもなくて……ご、ごめんなさいっ」
 がばっと頭を下げるみらいちゃん。
 俺は慌てて手を振った。
「あ、いや、そうじゃなくて。その……似合ってて可愛いよ」
 おそらくかおるのを借りたのだろう、ちょっとぶかぶか気味のサマーセーターにパンツルック。だが、ぶかぶかなところがまた可愛かったりするわけであり、……くそぉ、さすがかおる。俺の好みをよく知っているではないかっ。
「えっ?」
 ぱっと顔を上げて、それからまたかぁっと赤くなるみらいちゃん。
「あ、あのあのあのっ、そ、そんな、わ、わたし……」
 またわたわたするみらいちゃんはなんとも可愛いのだが、このままではずっと寮の玄関で騒いでるだけで終わりそうな気もする。
 俺は、みらいちゃんの肩を軽くぽんと叩いた。
「それじゃ、行こうか」
「えっ? あ、はいっ」
 こくんと頷くと、みらいちゃんは顔を上げて、微笑んだ。
「行きましょう、恭一さん」
 俺達は、並んで寮を出た。

 電車を乗り継いで、遊園地には30分あまりで到着した。
「さて、それじゃどれから行こうか?」
 入り口のゲートをチケットを見せて通ると、俺はみらいちゃんに訊ねた。
「あ、あの、恭一さんの好きなものからで……」
「いや、せっかくだから」
 俺はそう言って、周囲を見回した。
 さすが世間一般では夏休み。結構子供連れやカップルが多い。
「……う〜〜〜っ、はう〜〜〜〜〜っ」
 入場した時にもらったパンフレットを広げて、唸るみらいちゃん。
 うーむ、このままではしばらく決まりそうにないな。
 俺は辺りを見回し、ぽんと手を打った。
「よし、それじゃあれにしない?」
「えっ? あ、はいっ?」
 急に声を掛けられて、慌てて顔を上げるみらいちゃん。
 そんなみらいちゃんに、俺は指さして見せた。
「ほら、あれ」
 俺の指さしたのは、コーヒーカップだった。
「どう?」
「あ、はいっ、わたし乗りますっ!」
 ぎゅっと拳を握りしめて力説するみらいちゃん。
 ……いや、そこまで張り切らなくてもいいんだけど。
 俺は苦笑しながら、みらいちゃんの手を取った。
「えっ?」
「行こう、みらいちゃん」
「えっと……。はいっ」
 みらいちゃんは、嬉しそうに笑って、俺と一緒に歩き出した。

To be continued...

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あとがき

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