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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #10
野バラのエチュード その5

 8月。
「折原、最近柚木さん、元気ないと思わないか?」
「そうか?」
「なんだよ、気のない返事だな。そうだ、海に誘ってみるぜ」
「俺はお前と海に行く趣味はないぞ」
「誰がお前を誘うかっ! 柚木さんだ、柚木さんっ!」
「そっか、がんばれや」
「おうっ!」

 9月。
「9月だってのに、暑いぞっ!」
「……はい」
「かき氷でも食いに行くか? 練乳かかった宇治金時」
「行きます」
「……それで、最近逢ってるのか?」
「……詩子ですか?」
「あ、ああ……」
「……いいえ」
「……そっか」

 10月。
「また寝てる〜。ちゃんと勉強しないと、また大学に落ちちゃうよ」
「そっか?」
「もうっ。また落ちちゃったら、里村さんも悲しむと思うよ」
「そうかな……」
「そうだよっ! ほら、起きなさいっ!」
「わぁっ、シーツを剥ぐなっ、枕を取るなっ!!」

 11月。
「折原っ! やったぞぉっ!」
「なんだ、住井。やぶからぼうに?」
「聞いて驚けっ」
「わぁっ、びっくりしたぁっ!!」
「聞く前に驚くなっ!」
「注文の多い奴だなぁ。で、なんだ?」
「ふっふっふっ。実はな、昨日、思い切って告白したんだ」
「南にか?」
「なんで男に告白するんだっ! 柚木さんだ、柚木さんっ!」
「それでそのまま砕けたのか?」
「ふっふっふ」
「ま、まさか……」
「オッケイだってよっ。くぅ〜っ、住井護、地道な好感度アップ作戦が功を奏したに違いないっ!!」
「……そうか。よかったな」

 12月。
「あっ、……柚木」
「浩平……くん。えっと、やだな、もう」
「あ、ああ。元気、みたいだな」
「ええ。おかげさまで」
「住井と、付き合ってるんだって?」
「……ええ。あ、さては住井くんから聞いたんでしょ? もう、お喋りなんだから……」
「……よかったな」
「……そうね……」
「じゃあな」
「ええ、さよなら」
「……」
「……浩平」
「え?」
「……ごめん、なんでもないわ」
「……そっか」

 1月……。

 2月……。

 そして、3月……。

 俺は掲示板を見上げていた。
 数字の羅列が並んだ紙が、今まさに張り出されようとしている。
 周囲は歓声や悲鳴が上がり、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
 そう、今日は俺の受けた大学の合格発表なのだ。
「ど、どうしようっ。わたしドキドキしてきたよっ!」
「落ち着け長森。お前が受験したわけじゃないだろう?」
「でもでもっ、浩平、浩平なんだよっ! 浩平なんだもんっ!」
 すっかり舞い上がってる長森。ぴょんぴょんとせわしなく跳ねて、掲示板を見ようとしている。
 本当は俺が舞い上がってるはずだったんだが、こいつのせいで、逆に落ち着いてしまった。
「別に今見ないとなくなるとかそう言うもんじゃないだろう?」
「でもでもでもねっ! 早く見れば合格してるかもしれないじゃない」
 遅く見たら不合格になるのか?
「あっ! 浩平、そろそろ浩平のじゃないのっ!?」
「ん?」
 言われてみてみると、俺の受けた学部の紙が張り出されるところだった。
 俺は、視線を走らせた。
「ねぇ、浩平の受験番号は何番だったっけ?」
 長森に言われて、俺はポケットから受験票を出して、見てみる。
「1245」
「えっと、えっと……」
 またぴょんぴょんと跳ねる長森。面白い奴だ。
「ああ〜ん、見えないよぉ〜〜」
「落ち着けって言ってるだろう?」
 俺が長森をなだめていると、後ろから声がかかった。
「よぉ、折原。どうだ?」
「住井か? お前は?」
「くっくっく」
 住井は含み笑いを浮かべると、Vサインをしてみせた。
「むぅ、やるなぁ」
 俺は腕を組んで唸った。
「二度も浪人するものかっ。それに俺には崇高な目標があったからなぁ」
 住井は空を見上げて呟いた。
「なんだよ、その崇高な目的とやらは」
「聞きたいか? なら聞かせてやろう」
「別に聞きたくない」
 俺がきっぱり言うと、住井はぶつぶつ言い始めた。
「友達甲斐のない奴だなぁ。そんなんだから浪人するんだ」
「その言葉、そっくりお前に返してやるぞ」
「浩平っ!!」
 いきなり耳元で大声を出されて、俺は思わず飛び上がった。
「なっ、なんだっ!?」
「やったよっ、浩平っ! 受かってるよっ!! ほら、1245番あったもんっ! ほらほらっ!」
 長森が俺の腕を掴んで跳ね回っている。こいつ、自分が合格したときよりもはしゃいでないか?
「おうっ、お前もやったなっ!」
「ああ」
 それでも、やっぱり嬉しかった。

To be continued...

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