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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #2
俺と澪のハプニング・ジャーニー その12

 ブルッ
 俺は、目を開けた。
 まだ、真っ暗だ。どうして目が覚めたのか、不思議になって、すぐに判った。
 とにかく、寒かった。
「ったく」
 寝ている間に月が上がってきたらしい。木の間を抜けてきた青白い光のおかげで、目が慣れてくると、辺りが見えるようになってくる。
 腕時計を見る。……午前4時。
 もうすぐ、明るくなりはじめるな。
 すー、すー、すー
 寝息が聞こえる。俺は、俺の腕の中で眠る澪の顔を見た。
 無邪気な寝顔しやがって。
「……へっくしょん」
 思わず大きなくしゃみをした。
「……」
 澪が微かに身動きをして、目を開ける。
「へへっ、ごめん。起こしちまったか」
 俺が笑いながら声をかけると、澪はふるふると首を振った。それから、俺の顔をじっと見上げる。
 心配そうな顔をしてるので、俺はもう一度笑った。
「大丈夫だって。……っくしょん」
 もう一つくしゃみが出た。それから、俺は澪を抱きしめた。
「暖かいな、澪は」
「……」
 澪は、目を閉じて微笑んだ。
 青白い月の光の中、俺達はしばらくそうしていた。

 不意に、辺りが暗くなった。俺は夜空を見上げた。
 どうやら、雲が出てきたらしい。その雲が月を隠したというわけだ。
 また暗くなって、澪は不安げに俺にすがりついた。
「大丈夫……、おや?」
 鼻先で、何かが跳ねた。
 ま、まさか……。
 澪も、弾かれたように顔を上げる。
「……おい、冗談だろ?」
 俺が呟くと同時に、雨粒が落ちてきた。

 明るくなる頃には、雨は本降りになり始めていた。俺は澪を抱いたまま大木の根元に座り込んで、思案していた。
 ここに留まるか、進むか……。
 ここにいれば、木のおかげで多少は雨を凌げるが、それだって限界がある。
 だが、この雨の中を進む、というのも勇気のいることだ。
 と、不意に澪が身体を起こした。
「どうした、澪?」
 俺が訊ねると、澪は屈み込んで地面に文字を書いた。
 『もう大丈夫なの』
「そうか。それじゃ、出発するか?」
 俺の言葉に、うんうんとうなずくと、澪は先に立って、川に向かって歩き出した。

 雨のせいで、滑りやすくなっている岩の上を、注意深く歩いていると、不意に澪が立ち止まった。
「どうした?」
 聞き返すと、澪は俺にしがみついて、前の方向を指した。
 前の方向、俺達は川に沿って下っているので、当然川下の方向になる。
「なにかあるのか?」
 聞き返す俺に、澪は耳に手を当てる仕草をした。……聞けってことか?
 俺は、澪のするとおり、耳に手を当てた。
  ゴォーッ
 微かに音が聞こえる。……って、まさかおい?
 俺と澪は顔を見合わせた。それから、俺は言った。
「とにかく、進もう」
 こくんと澪はうなずいた。

 ゴォーーーッ
「滝だ」
 うんうん
 俺達は、目の前から下に向かって流れ落ちている滝を、見下ろしていた。
 落差は20メートルちかくあるだろうか? 左右に伝い降りられそうなところもない。どうやら、ここで俺達は行き詰まってしまったようだ。
 と、澪が不意に俺の服を引っ張り、指さした。
「ん? 何だ?」
 澪の指す方を見て、俺ははっとした。滝壺の近くに、屋根のついた、休憩所のような建物があったのだ。そこからは、川下に向かって、確かに立派な人の通る道がある。
「あそこまで行けば、なんとかなるなっ!」
 うんっうんっ
 大きくうなずくと、澪は笑顔を見せた。
 俺は再び滝を見下ろした。
「問題は、どうやってこの滝を超えるか、だな」
 澪は、あう〜という顔になった。
「ま、考えててもしょうがない。行動あるのみだっ」
 うんっ
 俺達は、新たな決意を秘めて、滝から引き返した。

 なんとか川からそれようと、左右を見ながら進んでいるが、どっちの岸も茂みになっていて、ノコギリやナタでも無ければ入れそうにない。
 むー、困ったなぁ。
 と、澪が不意に俺の手を引っ張った。そして右岸を指す。
 川の向こう側の茂みに、細い裂け目のようなものが空いている。けもの道とかいうやつだろう。
「ラッキー……はいいけどなぁ……」
 俺は、その場に佇んだ。俺達のいる場所からそこに行くには、川を渡る必要がある。差し渡し10メートルはありそうだ。しかも、深そう。
 ……どうしてここだけ川がこんなになってるんだよ〜、とグチっても仕方ない。
 それに、俺も澪もどうせ雨でずぶ濡れだ。
 俺は澪の前で屈み込んだ。
「よし、背中に乗れ」
 澪はふるふると首を振った。これ以上俺に迷惑を掛けたくないってところだろう。でも、澪を引っ張って川を渡るのも疲れそうだ。
「いいから乗れって」
 あうー、と俺を見ていた澪だが、結局俺の背中に掴まった。
 俺は澪を一度揺すり上げて、靴を履いたまま、川に足を突っ込んだ。
 つっ、冷たいっ!
 思わず足を上げ、それから諦めて、もう一度足を突っ込む。

 ザバーッ
 俺と澪は、向こう岸に上がった。茂みを通り抜けてから、澪を下ろして一息つく。
 靴を脱いでひっくり返すと、水がどばどばと流れ落ちた。
 ついでに靴下も脱いで絞りながら、俺は澪に訊ねた。
「澪は大丈夫か?」
 う……ん。
 うなずくまでに、ちょっと間が空く。
「どうかしたか?」
 あう〜
 なんだか、半泣きになってるぞ。そんなに冷たかったのか?
 でも、どうしようもないしなぁ。この雨じゃ乾かしようもないし。
 と思ったが、どうも違うようらしいと気付いた。顔を赤らめて、やたらもじもじしているところを見て、ピンときた。
「そっか、トイレか」
 ばしっばしっばしっばしっ
 思いっ切りスケッチブックで叩かれてしまった。

 とりあえず、澪がトイレを済ませた後(俺「そのへんでしてこいっ」澪『や』というやり取りはあったが)、俺達は今度は森の中を進みはじめた。
 取り合えず、川の音を聞きながら、傾斜を下っていくと、やがて滝の音が聞こえてきた。
「よしっ、澪、出口は近いぞっ!」
 うんうんっ
 うなずくと、澪は駆け出した。
「おーい、走ると転ぶぞっ!」
 俺が叫ぶと、澪は大丈夫〜と手を振る。……と、そのまま転けた。
「澪っ!」
 俺は慌てて駆け出した。というのも、澪の小柄な身体はそのままごろごろっと転がっていったからだ。もともと地面に傾斜がついていたものだから、止まらなくなったらしい。
 先回りして、なんとか受けとめると、澪ははにゃ〜と目を回していた。
「澪っ、しっかりせいっ! 傷は浅いぞっ!」
 俺が揺さぶると、やがて澪は目を開けた。俺を確認して、やにわにがばっとしがみつく。
「よしよし、澪は可愛いなぁ」
 そう言いながら撫でてやると、照れたようにえへへっと笑った。
「さて、それじゃ出発するか」
 そう言いながら、俺は立ち上がった。澪も慌てて立ち上がると、服に付いた泥をはたき落とす。……まぁ、びしょ濡れだから、汚れは付き放題なのは我慢せねばなるまいなぁ。

 俺は茂みをかき分け、思わず声を上げた。
「よしっ! やったぜ澪っ!!」
 俺の目の前には、さきほど(と言ってもかなり前だが)滝の上から見下ろしていた休憩所が、確かにあった。
 先に茂みを抜け、後から出てくる澪に手を貸してやる。澪の表情も喜びに輝いていた。
「やったぞ、俺達はとうとうやったんだっ!!」
 うんうんっ!
 俺と澪が腕を組んで躍りだしかけたところで、不意に俺達に声がかかった。
「……何をしてるんですか?」
 振り向いた俺の目に映ったのは、ピンク色の傘と、それをさしている少女の姿。
 でも、どうしてこんなところに……?
 いや、そんなことはどうでもいい。
 俺は、元クラスメートに話しかけた。
「久しぶりだな、茜」
「……はい」
 無言で、茜は俺と澪の姿をじーっと見てから、言った。
「まるで、一昼夜山の中をさまよってたような格好ですね」
「おうっ、よく判ったな」
 うんうん
「……そうですか」
「……」
 あう〜
「……それじゃ」
 そう言って、きびすを返す茜。少し歩いてから、振り返る。
「あなたは、ここに残るんですか?」
「あ……」
 気が付いてみると、澪はちゃっかり茜のピンクの傘の下に入っていた。
「俺も入れてくれ」
「定員オーバーです」
「くわ」
 ……とりあえず、どうやらこれで下界に帰還できそうである。それだけでも、よしとするか。
 俺は、茜と澪の後を追って、歩き出した。

 しばらく歩くと、やがて見慣れた旅館が行く手の木の間に見え始めた。
「おっ、茜も湯野里旅館に泊まってたのか?」
「この辺りにある旅館は、ここだけですから」
 そう言いながら、茜は旅館の玄関に視線を向けた。俺もつられてそっちを見る。
 おっ、あれは柚木じゃないか。
「茜〜っ、お帰りっ! ちゃんと見つけてきたのねっ! さすが我が親友だわっ!!」
 柚木が、降りしきる雨をものともせずに飛び出してきた。元気な奴だ。
 そのまま柚木は澪に駆け寄ると、頭を撫でながら訊ねた。
「澪ちゃんっ、元気? 無事? 生きてる? 変なことされてないっ?」
「こらっ、どさくさまぎれに何を聞いてるかっ?」
「あっ、浩平君も無事だったんだね〜。あたし、みんなに知らせてくるわっ!」
 それだけ言って、すったかたったと旅館に駆け戻っていく柚木。
「……私達も、行きましょう」
 茜は静かに言うと、歩き出した。

 旅館の玄関に着くと、従業員一同様がお出迎えしてくれたのには仰天した。旅館の御主人とやらが、「よくもまぁご無事で」と泣きだしたので、澪は怯えてしまい、茜の背中に隠れる始末。
 それから、とりあえず身体も冷え切ってるし、泥だらけだから、ということで、そのまま俺は露天風呂に直行した。澪は内風呂に入るそうで、澪に背中を流して貰おうという俺の野望はそこでついえてしまった。無念。
 そんなわけで、俺はのんびりと湯に浸かっていた。
 暖かくて嬉しいなぁ。
 と。
 ガラガラガラッ
 いきなり脱衣場のドアが勢いよく開いた。
「浩平っ!!」
「おう、七瀬か。でも、風呂に入るときは、服は脱げよな」
 七瀬は、その場に立って、じっと俺を見ていた。
「……どした、七瀬?」
「こうへ……。アホっ!!」
 一声怒鳴るなり、七瀬は服を着たまま風呂に飛び込んできた。って、ちょっと待てっ!
 バッシャァーーン
「うわぁーーーーっ!!」
 そのまま、俺の首根っこにしがみついて、わんわんと泣きだす七瀬。
 俺は苦笑して、七瀬の背中に手を回し、そのまま抱きしめた。

To be continued...

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