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「はい、これでよし、と」
Fortsetzung folgt
保健の如月先生は、名雪の足に湿布を貼ると、立ち上がった。
「とりあえず、これで様子を見ましょう。それじゃ、私はお昼食べて、そのあと外出しないといけないから、5時間目が終わるくらいまで戻ってこられないけど、水瀬さんはその間ここで休んでていいわよ」
「はい、ありがとうございます〜」
ぺこりと頭を下げる名雪。
先生は微笑んで、俺に「それじゃお願いね」と言い残し、保健室を出ていった。
俺は名雪に、足の治療をしている間に食堂に行って買ってきたイチゴジュースのパックを手渡した。
「ほら、昼飯の代わりだ」
「う〜っ、これだけじゃお腹空くよ〜」
「我慢しろ。俺も付き合うから」
俺は苦笑しながら、オレンジジュースのパックにストローを突き刺した。
ズーッ、ズズーッ
しばらく、2人は黙ってジュースを飲んでいた。
と、不意に名雪が俺に尋ねた。
「それで、祐一は誰に投票したの?」
「ぶぅっ!」
俺は危うく飲みかけていたジュースの紙パックを握り潰しそうになった。
「……祐一、汚いよ〜」
「誰のせいだっ、だれのっ!」
俺はため息をついた。それから、ジュースを飲み終えて、ベッドに座り足をぶらぶらさせている名雪に訊ねた。
「それよりも、足の具合はどうだ?」
「うん、湿布貼ったから、大丈夫だよ、きっと」
「そっか、ならいいんだけどな……」
「それで?」
う、話を逸らしたつもりだったのに。
かくなるうえは……。
「ええっと……。あっ!」
明後日の方を指さして声を上げると、名雪はそっちの方に視線を向ける。
「えっ? 何、どうしたのっ? ……あっ」
すかさず、その唇に自分の唇を重ねながら、ゆっくりと背中に手を回して、そのまま背後のベッドに押し倒す。
甘い唇の感触を楽しんでから、顔を離すと、赤くなった名雪が、困ったような口調で囁く。
「祐一〜、ダメだよ、こんなところで……」
「何を言うかな。学校の保健室と言えば、エッチの本場じゃないか」
「で、でも先生が……」
「先生なら、5時間目が終わるまで戻らないって言ってただろ?」
「だって……あふっ……」
再度唇を塞ぎ、そのまま手を胸に滑らせて……。
トントン
「わっ!」
「ぬぉっ!」
とっさに、名雪の上に覆い被さる形になっていた俺は、背筋だけで身体を起こすと、飛びすさった。それから振り返る。
「だ、誰だ?」
「あら〜、お邪魔しちゃったぁ?」
「い、郁未ちゃんっ!?」
ドアに寄りかかるようにして腕組みしていたのは、陸上部の副部長で隣のクラスの天沢さんだった。
「ど、どうしてっ、ここにっ?」
「うちの部長が足を怪我したって、美坂さんに教えてもらってね。でも、そんなことしてるとこを見ると、それほどでもないみたいね。あ〜あ、走ってきて損しちゃった」
わざとらしくため息をつく天沢さん。
名雪は、シーツで赤く染まった顔を隠すようにしながら、俺に小声で言う。
「ど、どうしようっ、祐一っ」
「どうしようもこうしようも、決定的シーンを見られてしまったからにはもうやることは一つだろ」
俺は、天沢さんに視線を向けて、言った。
「こうなった以上、仲間に入れて口を封じるっ!」
「へぇ、それって3Pってこと?」
そう言いながら身体を起こす天沢さん。うぉ、こんな話に乗ってくるとはちょっと意外。
「お、話が判るじゃないか」
「まぁね」
舌なめずりするような表情で、後ろ手で鍵を閉めると、天沢さんはこっちに歩み寄ってきた。そして、俺の横まで来ると、そっと手を伸ばして名雪の頬を撫でる。
「うふふっ、前から名雪のこと、可愛いって思ってたのよね」
「ちょ、ちょっと郁未ちゃん、冗談、だよね?」
意外な展開に、目をぱちくりさせていた名雪が、はっと気付いて慌てて逃げようとする。
が、既にその背中には俺が腕を回していた。
「おっと、逃がさないぞ名雪」
「ゆ、祐一〜〜っ」
「うふふふふ」
俺が腕を押さえつけている間に、天沢さんは名雪のふくよかな胸にすっと手を伸ばす。
「い、いやだよっ、こんなの……」
「あ、そう。残念」
肩をすくめて、天沢さんはあっさりと手を引いた。そして立ち上がると、ドアの所に歩み寄って鍵を開ける。
「……えっ?」
「冗談よ、冗談。ふふっ」
いや、名雪ならずとも、俺にも今のは冗談に見えなかったぞ。
まぁいざとなれば俺も参加して……じゃなくて、天沢さんを止めるつもりだったからな。
「……も、もうっ、ひどいよ郁未ちゃんっ」
ぷぅっと膨れる名雪。
「もう郁未ちゃんも祐一も嫌いっ!」
「まぁ、イチゴサンデーでも奢ってやれば、すぐに機嫌は直ると思うけどな」
「思いっきり聞こえてるよ〜」
さらにぶーっと膨れる名雪。
天沢さんはそんな名雪の前に屈み込む。
「それで名雪、足の方はどうなの?」
「あ、うん。一応軽いねんざだって、如月先生は言ってたけど……」
名雪は改めて靴下を脱いだままの右足をぶらぶらさせて見せた。
「ちょっといい?」
断ってから手を伸ばして、名雪のふくらはぎを触る天沢さん。
「……っ!」
「そうね、ねんざだと思うけど、一応病院に行った方がいいかもね」
「うん、今日の帰りに寄っていくつもりだよ。あ、それで今日の部活は……」
「はいはい。これじゃ仕方ないわね」
肩をすくめてから、天沢さんは立ち上がった。
「それじゃあたしは帰るわね」
「あ、うん。ありがとね、郁未ちゃん」
軽く手を上げて、ドアを開けて出て行きかけたところで、天沢さんは不意に振り返った。
「あ、そうそう」
「うん?」
「名雪、相沢くんに飽きたらいつでもお相手してあ・げ・る・からね」
「……えっと」
「あははっ」
最後に笑って、天沢さんはドアを閉めた。
俺は、赤くなっている名雪に尋ねた。
「名雪、天沢さんって、いつもあんななのか?」
「よ、よくわかんないよ……。あんな郁未ちゃん初めて見たし……。あ、でも……」
考え込む名雪。
「そういえば、郁未ちゃんをすっごく慕ってる下級生が何人もいるんだよ」
「……もしかして、“郁未お姉さま”とか呼ばせてたりするのか?」
「うん、どうして知ってるの、祐一?」
「あ〜、いや、別に、なんとなくだ」
そう返事しながら、俺はこのことは俺の胸の奥深くにしまっておくことにした。
「……さて、と」
大きく深呼吸してから、俺は名雪に向き直った。
「邪魔者は去った」
「えっ?」
「まだ昼休みは30分残っている」
びしっと時計を指す。
「……も、もうっ、祐一のえっち……」
かぁっと耳まで真っ赤になった名雪を、俺は優しく抱きしめた。
「そ、そんなことしても、誤魔化され……あっ……」
ちなみに、天沢さんが出ていった後で、ドアに鍵を掛けるのを忘れていたことに気付いたのは、昼休みも終わろうかという時間であった。
「……うーーっっ」
「いや、多分誰も来てないんだと思うぞっ」
「イチゴサンデー7つ」
「……はい、承ります」
立場の弱い俺であった。
それはともかく、俺は確かめたいことがあったので、5時間目の休み時間に北川を捕まえて、男子トイレまで引っ張っていった。
「なんだよ、相沢?」
「昼休みに、名雪に聞かれたぞ。例のコンテストって女子には秘密じゃなかったのか?」
「ああ、そのことか」
北川は肩をすくめた。
「まぁ、公然の秘密ってやつだ。考えてもみろよ。いくら秘密って言ったって、毎年それも全校規模でやってるんだぞ。そりゃ女子だって、よっぽど鈍くなけりゃ気付くって」
「いや、名雪にさえ気付かれてるとしたら、あと気付いてないのはあゆくらいなもんだろうけどな」
今頃、あゆはくしゃみでもしてるかな、などと思いながら、俺は言葉を継ぐ。
「で、どのことをしゃべるとまずいんだ?」
「そうだなぁ。投票の集計者が誰か、くらいだな。それがばれたら、下手するとそいつをたらし込んでクラス代表になろうって女子がいることも考えられるし」
「……いるのか、そんなの?」
「ああ。なんだかんだ言っても、この美少女コンテストクラス代表っていうのは、結構なステータスみたいだからな。水瀬さんがなんだかんだいって一目置かれて陸上部の部長まで務めてるのは、2年連続でクラス代表に選ばれたからだし」
「721っ!」
ちなみに今のは“なにぃ”と読む。そんなことはさておき。
「名雪の奴、クラス代表だったのかっ!?」
「ああ。もっとも、水瀬さんをクラス代表として戦った2回とも、全校トップは倉田先輩だったからなぁ」
「佐祐理さんじゃ相手が悪すぎだ。……それじゃつまり……」
「そう、倉田先輩が卒業した今年こそ、千載一遇のチャンスというわけだよ同志相沢スキー。ただなぁ……」
そこで悩ましげな表情になる北川。
「クラスのメンツが去年のままなら水瀬さんで決まりだったんだが、去年の2学期に七瀬さん、3学期に月宮さんと粒よりの美少女が転入してきたからなぁ」
「あれ? 七瀬も転校生だったのか?」
思わず聞き返すと、北川は頷いた。
「ああ。元々うちのクラスは、他のクラスよりも人数が少なかったんだよ」
「そうなのか。まぁ、そんなことはどうでもいいや」
俺は肩をすくめた。
「それじゃ、とりあえず女子はみんなコンテストのことは知ってるということだな」
「ああ。もっとも、公然と口にはしちゃいけないっていう不文律があるんで、表だっては誰も何も言わないけど、結構裏じゃいろいろとあるクラスもあるって噂だぜ」
にやりと笑ってみせる北川。
なんていうか、まぁ、平和なことで。
ホームルームが終わったところで、俺は保健室に向かった。ドアをノックして開けると、如月先生が振り返る。
「はい? あら、相沢くん」
「ども。水瀬さんを迎えに来ました」
「祐一?」
カーテンによって仕切られたベッドの方から、名雪の声が聞こえた。かと思うと、カーテンが開いて名雪が顔を出す。
「よう。ゆっくり寝られたみたいだな」
「うん」
嬉しそうに頷く名雪。
「ベッドでゆっくり寝られたよ」
「そりゃなにより」
俺は先生に苦笑して見せた。もちろん、如月先生も、名雪の眠り癖はよく知ってるわけで、向こうも苦笑する。
「水瀬さん、保健室は寝る所じゃないのよ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「それより、帰りに病院に寄るんでしょう? ちゃんと歩けそう?」
「えっと……」
名雪は、ちらっと俺を見て、ばつが悪そうな笑みを浮かべた。
「歩けないみたいです」
「そう。でも、それって私が車で病院まで送るほどのことでもないのよね?」
先生もちらっと俺を見て、くすっと笑った。
「はい、そうなんです」
……こいつめ。
俺はやれやれとため息を付いて、ベッドの前まで行くと、背中を向けて腰をかがめた。
「はいどうぞ、お乗りくださいお姫様」
「祐一〜、恥ずかしいよぉ〜」
……そう言いながらもまんざらでもない様子の名雪が、手に取るように判るな。はぁ。
俺は、名雪を背中におぶって立ち上がった。
「あ、そういえばわたしの荷物……」
「ああ。それなら俺のと一緒に、あゆに頼んで持って帰ってもらったから」
「え? それじゃあゆちゃん、3人分の荷物持って帰ってるの?」
「大丈夫だろ。いざとなれば香里だって手伝ってくれてるだろうし」
「あ、そうだよね」
うんうん、と頷く名雪。
俺は如月先生に礼を言って、保健室を後にした。
「それで、病院の先生は何て言ったの?」
水瀬家のリビング。
先に帰ってきたあゆ達に話を聞いていた秋子さんが、病院からまた俺におぶさって家まで帰ってきた名雪に訊ねた。
ソファに座って、名雪は答える。
「うん、やっぱりねんざだったよ。1週間は運動は避けた方がいいって。あ、歩くのは明日から大丈夫だよ」
「大した事が無くてよかったですね、名雪さん」
と、今日も泊まりに来ている栞が、包帯で巻かれた足を見ながら言った。
「ありがとう、栞ちゃん。あ、そういえばあゆちゃんのお手伝いしてくれたんだって? ありがとね」
「いえいえ」
軽く手を振る栞。
「困ったときはお互い様ですよ。ね、あゆさん」
「うん、栞ちゃんの言うとおりだよっ」
と、こちらも名雪の怪我が軽いと聞いて一安心のあゆが、笑顔で答えた。
そのあゆの話を聞くと、どうやら部活が終わってから、あゆが3人分の荷物を持って帰ろうとしたところに、たまたまこちらも部活が終わったところの栞が通りかかった、ということだったらしい。
と、ふと思い出したように名雪が首を傾げた。
「そういえば、真琴はちゃんと部活に出たのかな?」
「お、そう言えば……」
「真琴なら、まだ帰ってませんよ」
秋子さんが答えた。俺は首を傾げて、名雪に視線を向ける。
名雪は首を振った。
「こんな時間まで部活してないよ〜」
「……ったく、昨日といい今日といい、とことん世話のかかるやつだな……」
と。
ピンポーン
チャイムの音が鳴った。秋子さんが「はい」と言って玄関に出ていく。
しばらくして、戻ってきた秋子さんが、俺に声を掛けた。
「祐一さん、天野さんですよ」
「天野?」
首を傾げて、俺は玄関に出た。
出てきた俺の姿を見て、天野は軽く頭を下げてから訊ねた。
「相沢さん、真琴はまだ帰ってないんですね?」
「ああ。どうしたんだ?」
聞き返す俺に、天野はため息をついた。
「はい……。真琴が、いなくなってしまいました……」
「……はい?」
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あとがき
とりあえず、今回も前回と同じ表示形式でお送りしています。
なお、ネスケの4.x系ではなんか表示がおかしくなるようで(ローカルだとちゃんと表示されるのに、HPにアップするとおかしくなるんですよね)、とりあえずそっちでは従来通りの表示になるように小細工しています。
そんなわけで、悪評の高いスタイルシートに加えてジャバスクリプトまで含む代物になってしまいました(苦笑)
こちらとしては、読みやすさを追求した結果なのですが、どうでしょうか?
5話の段階では、概ね好評みたいなんですが。
ちなみに、今回登場した如月先生には特にモデルはいません。
いや、ホントは館林先生にしようかと思ったんですが、さすがにそれはあざといかと(笑)
それはそうと、ちゆ12歳を見ていると、ジオシティーズが新規約で利用者のコンテンツを横取りという記事があり、かなり憂鬱になっています。
じお支店も、この際引っ越しをするべきでしょうかねぇ? むしろ、こっちを皆さんに聞くべきでしょうか。
PS
これをアップしようとしてるときに、米軍のアフガン攻撃開始の報を耳にしました。
……複雑です。
プールに行こう6 Episode 6 01/10/7 Up