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まだ練習があるという陸上部ご一同様と別れ、俺と天野は校門に向かった。
Fortsetzung folgt
「あっ、祐一くんっ! わーい」
校門に近づいたところで、めざとく俺を見つけたらしく、あゆがこっちに駆け寄って……。
「えい」
「うぐっ!?」
ずざぁーーっ
……来ようとして、見事なヘッドスライディングを敢行する。
「……うぐぅ」
「祐一さん、こんにちわ」
その後ろから、栞が現れた。
「よう、栞も帰りか?」
「はい。通りかかったところで、あゆさん達と逢って、お喋りしながら待ってました」
こくりと頷く栞。
俺は、うぐうぐしているあゆを引っ張り起こしてやりながら、律儀に校門の外で待っている2人に声を掛けた。
「悪い、時間がかかって」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。ね、舞?」
「……うん」
「反応が遅いっ!」
びすっ
思わず反射的にツッコミを入れてしまった。もちろん、舞相手にハリセンや裏拳でツッコミを入れると後が怖いので、つむじを指で押してみただけであるが。
「……痛い」
「祐一さん、舞をいじめたらめっ、ですよ」
うう、それでも佐祐理さんにめっをされてしまった。
「ごめん、舞」
「……うん」
「あ〜、舞ってば赤くなってる。照れてるんだね〜」
ばしばしばしっ
佐祐理さんの一言で、耳まで真っ赤になった舞が、佐祐理さんにチョップを連打する。きゃぁきゃぁと笑いながら逃げ回る佐祐理さん。
和やかな雰囲気なのはいいんだが……、夕方の校門前でそんなことをしてると、結構注目の的である。
「えーっと、そろそろ帰ろうと思うんだが?」
「あっ、はい。それじゃ舞も帰ろっか?」
「……」
無言でこくりと頷いて、舞は振り上げていた右手を下ろした。
内心ほっとして、俺は腕時計を見る。
「わ、祐一さんっ! いきなり腕引っ張らないでください〜」
「我慢しろ。ん〜、もう5時過ぎてるのか。百花屋に寄ると夕飯が食えなくなりそうだなぁ。しょうがない、今日は真っ直ぐ帰るぞ」
「うん」
あゆが頷いた。俺は残る3人に訊ねる。
「で、3人は今日はうちに来るのか?」
正確には水瀬家は俺の家ではないが、もう3ヶ月以上住んでいるので、自然と「うち」と言ってしまうのだ。
「祐一くんが名雪さんと結婚したら、本当にうちになるもんね」
「あゆさんっ、言っていい冗談と悪い冗談がありますっ!」
「……」
「舞、怒っちゃだめだよっ」
途端に殺気立つ2人と、慌てるあゆあゆ。
「うぐぅっ! ご、ごめんなさいっ、ボクそんなつもりじゃなくって……」
「で?」
俺は先を促した。栞は頬に指を当てて宙を見上げる。
「そうですね……、昨日お邪魔してませんし、あゆさんの言うこと聞いてたらちょっと心配になっちゃいましたから、お邪魔します」
「舞と佐祐理さんは?」
「……行く」
「それじゃ、佐祐理もお邪魔しちゃいますね」
「了解」
頷いて、俺は歩き出した。それから、ふと思い出して振り返る。
「……悪い、ところで天野は……?」
「……いいんですよ。どっちにしても私は最後ですから」
あ、なんか天野が黄昏れてる。
「まぁまぁ、大物は最後に現れるって言うじゃないか。それよりも天野もうちに来ないか?」
「真琴ちゃんもきっと喜ぶよ」
あゆが言葉を添えると、天野は少し考えて頷いた。
「そうですね。今日決まったことも伝えないといけませんし」
「決まりっ」
ぽんと手を叩くあゆ。
ちなみに、秋子さん曰く「いつでも好きなときにいらしてくださいね」とのことなので、舞や栞も泊まりに来るときに、特に事前に断ったりはしないのが通例になっている。
今日もそれに倣って、俺達はそのまま帰途についた。
水瀬家に着くと、まず俺がキッチンで夕御飯の支度をしている秋子さんのところに行って、4人が泊まることを報告する。
「今日は栞と舞と佐祐理さんと天野が泊まりたいって言ってました」
「了承」
相変わらずのキレのある1秒了承である。
「あ、そうそう。祐一さん」
そのまま部屋に戻って着替えようとした俺を呼び止める秋子さん。
「はい、なんですか?」
「真琴に買い物に行ってもらったんだけど、まだ戻ってこないのよ。もし暇だったら、着替えてからでいいですから、ちょっと捜しに行ってくれないかしら?」
「おおかた、コンビニで漫画でも立ち読みしてるんだと思いますけど、いいですよ」
俺は頷いて、部屋に戻った。
着替えてから、リビングでくつろいでいた4人に事情を説明する。ちなみにあゆはまだ着替えている最中らしく、この場にはいなかった。
「……というわけで、ちょっと商店街まで行って来る」
「真琴が? それなら私が……」
「私も、こんこんまこさん捜す」
天野と舞が立ち上がったが、俺はそれを制した。
「みんなでぞろぞろ行く程のこともないって。それに、入れ違いになるかもしれないしな。それじゃ、ちょっと行って来る」
「そうですか。それじゃ、お任せします」
「……」
天野が座っても、舞はまだ立ったままだった。
佐祐理さんがそんな舞を見上げる。
「舞、どうしたの?」
「……行く」
そう言って歩き出す舞。
「はぇ〜。舞ったら、強情さんですねぇ」
佐祐理さんは肩をすくめてから、俺に視線を向けた。
「祐一さん、ごめんなさい」
「いや、佐祐理さんが謝ることじゃないって」
と、リビングのドアのところで舞が振り返った。
「祐一、早く」
「へいへい。んじゃちょっと行って来る」
俺は、再びすたすたと歩き出した舞の後に続いた。
「さて、と……」
商店街の入り口まで来て、俺は左右を見回した。
「あいつめ、どこにいるんだ?」
「……」
舞は無言で辺りをぐるっと見てから、歩き出す。
「舞?」
「こっち」
ちらっと俺を見て、それだけ言うと、再びすたすたと歩いていく舞。
俺は肩をすくめてその後を追いかけた。
しかし……。
颯爽と人波の中を歩いていく舞は、率直に言って格好良かった。
長身の美人で、凛とした雰囲気を辺りに漂わせる舞。
普段は、おっとりした佐祐理さんがそばにいる分、舞のそういう鋭い部分が中和されているが、こうして一人でいると、余計にその部分が目立つ。まるで、触れれば切れそうな、という形容詞が似合う。
今は夕方の雑踏の中だからいいけど、その手のところにいけば、たちまちチーマーが因縁を付けてきそうな感じである。……もっとも、舞相手だと、チーマーの方が心配だけど。
……おっと。
しょうもないことを考えていると、舞の姿を見失いそうになり、俺は慌てて駆け出した。
しばらく歩いて、舞は商店街の一角で立ち止まった。
本屋かコンビニか、はてまたゲーセンか、と駆け寄ってみると、そのどれでもない平凡な豆腐屋だった。
そしてその店先に、真琴がぼーっと立っていた。
「まこさん、見つけた」
舞の声に、真琴はびくっとして振り返った。そして舞と俺の姿を見て、慌てて身構える。
「な、なにようっ?」
「なにようって、お前を捜しに来たんだよ。帰りが遅いから、秋子さんが心配してたぞ」
「あ、そんな時間?」
「ったく。こんなところで何してたんだ?」
「あ、あう〜」
口ごもる真琴。
俺は、真琴の隣に立って、ショーケースの中を見てみた。そして顔を上げる。
「……油揚げか?」
「う……、うん」
こくん、と頷く。
「なんか、美味しそうで、目が離せなくなったのよう……」
「まぁ、狐にあぶらげって基本だしなぁ。でも、それじゃ買ってくれば……」
言いかけて、真琴が既に両手に大荷物を抱えていることに気付いた。スーパーの袋は秋子さんに頼まれた買い物として、もう片手に抱えている本屋の紙袋の中身は、多分漫画。
「なるほど。有り金使い果たしたのか」
「あ、余ったお金は使ってもいいって、秋子さん言ってくれたもんっ」
まぁ、昔はともかく、最近はこいつも無意味な嘘はあまりつかなくなったし、なにより秋子さんなら言いそうなことなので、それは信用しておこう。
「でも、それならそれで、一旦家に帰ってお金もらえば済む話だろ?」
「だって、真琴が目を離した隙に売れちゃったらどうするのようっ!」
……そんな、壁サークルの新刊じゃあるまいし。
「……まこさん、いくら?」
反対側に屈み込む舞。
「えっ? あ、180円……」
「それなら……」
舞はポケットから財布を出すと、硬貨を真琴に渡した。
「はい」
「あ……」
真琴の手のひらに載せられた、百円玉が2枚。
真琴は、ぱっと表情を明るくした。
「ありがとっ!」
「……うん」
「おじちゃんおじちゃんっ! これちょうだいっ! これっ!!」
機嫌良く店の人に声を掛ける真琴。
俺はその間に舞に声を掛けた。
「悪いな。後で返すから」
「……」
舞は無言で首を振った。そして、真琴の後ろ姿に視線を向けた。
「まこさん嬉しいと、私も嬉しいから……」
「そっか……」
俺は、舞の肩を軽く叩いてやった。
「良かったな」
「……うん」
「祐一〜〜っ」
店の奥で支払いを済ませた真琴が、袋を手にして駆け戻ってくる。
「おじさんがおまけしてくれたのようっ!」
「そりゃ良かったな。それじゃ帰るぞ」
「うんっ。あ、えーっと、その……」
と、真琴は舞に向き直って、何か言おうとして口ごもった。
「……?」
きょとんとする舞。
「あの、その……、今日、泊まっていくんでしょっ?」
「うん……」
「そのね……、一緒に、お風呂、入ってもいいよ」
最後は言いにくそうに小声で、それでもはっきり真琴は言った。
舞は少し驚いて、それから嬉しそうに頷いた。
「うん」
む、舞と真琴が一緒にお風呂……。
あらぬ想像をたくましくしてみる。
一緒にお風呂、といえば、洗いっこが基本!
そしていつしか、手がお互いの……。
……ぐはっ!
いかん、こないだ北川から押しつけられたいかがわしい本のせいだ。
「祐一、いきなり立ち止まって鼻押さえて、なにしてんの?」
「あ、いや、なんでも」
よし、今夜はひさびさに、漢の浪漫決定。
俺は内心ウキウキと、2人を連れて一緒に帰路を辿ったのであった。
ちなみに、勘の鋭い2人が俺の邪な心に気付かなかったのは、きっと2人ともそれぞれに浮かれていたせいなんだろう。
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あとがき
まったりと。
プールに行こう6 Episode 4 01/10/4 Up