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「よし、それじゃ今日は終わりにするぞ。日直!」
Fortsetzung folgt
「起立! 礼!」
日直の香里の声に合わせて礼をすると、担任の石橋が出席簿を持って教室から出ていくのを待たずに教室の中は一気に騒がしくなる。
この時期になると、部活もほとんどが開店休業状態になるため、普段は部活で忙しい生徒達も、このときとばかりに帰宅部の仲間入りをする。そのために、放課後に遊ぶ約束で忙しい、というわけだ。
「祐一っ! いちご食べに行こうよっ」
その一人が、いままで寝ていたとは思えない元気の良さで俺に声を掛けてくる。
「いっちごいちご〜」
「……わかったから、妙な歌を歌うんじゃない」
俺が浮かれて歌い始めた名雪を押さえていると、斜め後ろから香里が声を掛けてきた。
「相沢くん、倉田先輩のことなんだけど……。昼休みに逢えなかったって言ってたけど、本当は逢えたんでしょ?」
「何を言ってるんだジョニー?」
「……あたし、真面目に言ってるんだけど」
香里の目が妖しく光りそうになったので、俺は慌てて真面目に答えた。
「うぐぅ。ボク、ぜんっぜん逢ってないよっ!」
「……うぐぅ、ボクの真似しないで……」
「お、いたのかあゆあゆ」
「ずっと同じ教室にいたよっ! それより、一緒に帰るなら、ボク商店街のたい焼きが食べたいなって……」
「スペイン宗教裁判について言ってみろ」
「それならボク知ってるよ! この間秋子さんにテレビで見せてもらったもん。あの赤い服着て、「我々の武器は2つ!」とか言ってた人達だよねっ!」
……それは絶対に何かが違う。
俺が呆れていると、名雪は名雪で別の事を思い出したらしかった。
「わたし、あれ嫌い。猫殺すんだもん」
「でも、やっぱり基本ですよね」
「お、いたのかしおしお」
「そんなしなびそうな呼び方は嫌いですよっ」
そう言いながら登場した栞が、あゆに訊ねる。
「ところであゆさん、その2つの武器って何ですか?」
「えっと……。うぐぅ……。ボク、図書室で勉強してから帰る……」
とぼとぼと、あゆは鞄を手に教室を出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、名雪が寂しそうに言う。
「……可哀想だけど、しょうがないよね。わたし、あゆちゃんと一緒に3年生になりたいもん……」
「そうだな。3年になったら高校最大のイベント、修学旅行もあることだし」
そう言ってから、俺は回りの連中が俺を哀れみの目で見ていることに気付く。
「どうした、みんな?」
「……祐一、言いにくいことなんだけど」
名雪が言う。
「うちの学校、修学旅行は2年の秋なんだよ……」
「……なにーーっっ!!?」
俺は、思わずその場にがっくりと膝をついた。
「そ、そんな馬鹿な……。高校生最大のイベントが……」
「大丈夫ですよっ。祐一さん、私と一緒に修学旅行に行けばいいんです」
そう言いながら、栞が俺の肩をたたいた。
「……それって、俺にもう一度2年生をしろということか?」
「はいっ。きっと大丈夫ですよ」
「何がだ?」
そう言いながら、俺はため息をついた。
「ま、修学旅行は仕方ないから諦めよう」
「そんなこと言う人は嫌いですっ。ううっ、祐一さんと一緒に熊牧場に行ってアイスクリームを食べるのを楽しみにしてたのに……」
「熊カレーが食えるようになったら考えてやろう」
「……」
栞が恨めしそうな顔をして俺を見るが、とりあえず無視する。
「さて、それじゃ帰るか名雪。いちごサンデーおごってやるぞっ」
「うんっ。だから祐一大好きだよっ」
満面の笑顔で頷く名雪を従え、俺は教室を出ようと……。
「そんな青春ドラマで誤魔化されませんからね」
出ようとしたが、香里に襟を掴まれて引っ張り戻される。
「わぁっ、離せ香里っ。俺は名雪にいちごを……」
「そうだよっ。祐一がいちごになるんだからっ」
名雪が意味不明なことを言いながら俺を教室から引っ張り出そうとする。
「名雪っ、こ、こらっ、止めなさいっ! きゃぁぁっ」
さすが陸上部部長。香里ごと俺を教室から引っ張り出していく。
香里は悲鳴を上げながら、手をぱっと離した。
「えっ?」
「わわっ!!」
当然ながら、俺達はそのままもつれ合って教室の外に転がり出ていた。
「……何をしてるんですか?」
廊下の床に絡まって倒れていると、上から声がした。
見上げると、天野が俺達を見下ろしていた。
「よう、天野」
「……はい」
いつものように返事をする天野をもう一度見上げ、それから起き上がり、服の埃を払い落としてから言う。
「やっぱり白か」
「……っ!」
珍しく真っ赤になって、慌ててスカートを押さえると、天野は非難の声を上げた。
「相沢さんっ!」
「祐一、そういうことは見えても言わないものだよ〜。それに、見たければ、その、わたしが……」
同じく起き上がった名雪が、こっちも真っ赤になって、指をつつき合わせる。
「あ〜っ、名雪ずるいっ! 真琴も見せるっ!!」
そう言いながら走ってくると、真琴は無邪気に俺に訊ねた。
「で、何を見せるの?」
俺は無言で真琴の頭を一発叩いた。
「あうーっ、痛い〜っ。祐一がぶったぁ〜っ」
「それはそうと、どうしたんだ、天野? 真琴と図書室で勉強してるんじゃなかったのか?」
ここのところ、放課後は天野と真琴は、真琴の進級試験のために図書室で勉強しているのだ。
「……」
無言で俺を睨む天野。俺はため息をつくと頭を下げた。
「悪かった。今度からは色は言わない」
「何も言わないでください」
「わかった、そうしよう。それで?」
「……」
天野は深々とため息をついた。
「水瀬先輩には頭が下がります」
「……なんかそこはかとなく遠回しにバカにされてるような気がするよ」
「わっ、祐一、それ、わたしの真似……」
「まぁそれはおいといて……」
と、脇に置いておくゼスチャーをしてから、天野に訊ねる。
「で?」
「図書室で、倉田先輩と久瀬先輩が一緒にいらっしゃるのを見かけたんです」
淡々と答える天野。
「いつ?」
「つい先ほど。私は、プライベートなことですから干渉するつもりはなかったのですが、真琴が、どうしても相沢さんにお知らせするって……」
「だってねっ!」
大声でそう言ってから、真琴は不意に声を潜めた。
「あのね、婚約成立って言ってたんだよ」
「……婚約!?」
思わず声を上げてから、俺は慌てて自分の口を塞いだ。それから2人に訊ねる。
「もうちょっと詳しく話してくれないか?」
「詳しく、と言われましても……」
天野は困ったように視線を宙に彷徨わせた。
「私は、お二人が閲覧席に並んで座っていたところしか見ていませんから。聞いたのは真琴なんです」
「えへん」
胸を張る真琴。
そういえば、もともと妖狐だけあって、こいつは耳や目は異常にいいんだった。
「あの久瀬って奴がね、佐祐理さんに「きょううちにきてくだされば、こんやくせいりつですね〜」なんて言って、佐祐理さんが「ありがとーございます〜。かならずうかがいますね〜」って言ってたんだよ」
「……天野、頼む」
「久瀬先輩が、「今日家に来てくだされば、婚約成立ですね」と言って、倉田先輩が「ありがとうございます。必ず伺います」と答えた、と真琴は言ってます」
天野がマコピー語を翻訳してくれた。……って、今日っ!?
俺は天野に訊ねた。
「それって、どれくらい前だ?」
「5分ほど前ですね」
「サンキュ。名雪、行くぞっ!」
「うんっ!」
俺達は廊下を駆けだした。
バンッ
図書室のドアを開けると、閲覧席で勉強していた生徒達の非難の視線がこちらに突き刺さった。
が、そんなことに取り合ってる暇はない。
俺は図書室を見回した。だが、佐祐理さんも久瀬もその姿は無かった。
「あっ、祐一くん。勉強手伝ってくれるの?」
俺達を見つけて、うぐぅが閲覧席を立って駆け寄ってきた。
「あゆっ、佐祐理さん見なかったか?」
「えっ? 倉田先輩? ええっと……、うん、そういえばボクがここに来たとき入れ違いに出ていったよ」
首を傾げて思い出しながら答えるあゆ。
「なんだかとっても嬉しそうだったな……」
「嬉しそう?」
「うん。ボクにもちゃんと「さようなら」って挨拶してくれたもん」
「……名雪、下駄箱に急いでくれ。まだ佐祐理さんを掴まえられるかも知れない。俺よりもお前の方が足は速いだろ?」
「うん、行ってみるよ」
頷いて、名雪は駆け出した。
「祐一くん、何かあったの?」
それを見送る俺に、あゆが訊ねる。
一瞬迷ったが、試験勉強を抱えてるあゆに、気を散らすようなことは教えるべきじゃないだろう。そう思って俺は首を振った。
「……いや。あゆは勉強してくれ」
「うぐぅ、ちゃんと勉強してるもん」
「ヴィクトリア女王障害レースの優勝は?」
「……うぐぅ、ボク勉強するよ……」
頑張れあゆ。ちなみにヴィクトリア女王障害レースの優勝はヴィクトリア女王だぞ。
しおしおと閲覧席に戻っていくあゆに、心の中でエールを送ってから、俺は名雪を追って昇降口に急いだ。
だが。
「……ごめん、祐一」
俺が昇降口に着いたとき、そこでは名雪が悄然として佇んでいるだけだった。
「校門まで行ってみたけど、倉田先輩は見つからなかったよ……」
「……そっか」
俺は名雪の頭に手を置いて撫でてやると、考え込んだ。
「久瀬の家ってどこにあるんだろ? 名雪は知らないか?」
くすぐったそうに目を細めていた名雪は、俺の質問に首を振った。
「わたしは知らないけど……。あっ! もしかしたら香里なら知ってるかも。クラス委員だし」
「よし、教室に戻るぞ」
俺達は再び廊下を駆けだした。
「香里っ!」
声を上げながら教室に飛び込むと、幸いまだ香里は、栞と一緒にそこにいた。真琴達は、どうやら図書室に戻ったらしく、教室にはいない。
「あら、忘れ物?」
「香里、久瀬先輩の住所知らない?」
名雪が息を切らしている俺に代わって訊ねると、香里は眉をひそめて答えた。
「知るわけないでしょ? そもそも一体どうしたっていうのよ? ちゃんと判るように説明しなさい」
どうやら、香里達は、天野達には話を聞いてはいないらしい。
「えっと……」
そこで口ごもると、俺の顔を見る名雪。
「つまりだな……」
ようやく呼吸を整えて、俺は説明した。
「佐祐理さんが久瀬の野郎と婚約しちまうんだ」
「ええっ!?」
栞が目を丸くした。そして、ぽんと手を打つ。
「それじゃライバルが一人減るんですねっ」
「……あのな、栞」
「栞、冗談が過ぎるわよ」
「……ごめんなさい」
香里に言われて素直に謝る栞。香里はそんな栞の頭を撫でると、俺に視線を向けた。
「で、話が戻るんだけど……、本当は、昼休みに倉田先輩に逢ってるんでしょ?」
「……ああ。まぁ、正確には逢ったって言うより、俺が見かけただけだったんだが……」
俺は、佐祐理さんと久瀬が仲良く話していたところを目撃した話をした。
「……で、話しかけることも出来ずに見送ったと。まったく、何やってるのよ」
「そんなこと言われても、俺だってショックだったんだぞ。まさか、本当に佐祐理さんが久瀬なんかと一緒にいるなんて思ってもみなかったんだからな。おまけに笑いながら話をしてるなんて、そりゃもう驚天動地ってやつだ」
俺が身振り手振りを交えて言い返すと、香里は肩をすくめた。
「どうして男って、こうも冷静になれないのかしらね。ねぇ、名雪」
「どっ、どうしてわたしに聞くんだよっ!? そんなの知らないよっ!」
何故か真っ赤になってわたわたと手を振る名雪。それを見てあきれ顔になる香里。
「別にいいけどね。さて、問題は倉田先輩本人がどう思ってるか、よね」
「佐祐理さん本人が? そんなの決まってるじゃないか!」
「決まってないわよ。まったく……」
香里はため息を付くと、鞄を手に立ち上がった。
「とりあえず、行きましょうか」
「どこにっ!?」
「職員室に。久瀬の住所なら調べられるわよ」
それは盲点だった。
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あとがき
なかなか迂闊なことを書いてるような気がしますが。
さて、ここからどうしたものか、色々と迷ってたり……。
2月だしね。
プールに行こう4 Episode 29 01/2/1 Up