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「あんまりですっ、私というものがありながらっ。いとこ同士なんて不潔ですっ」
Fortsetzung folgt
「真琴も手繋ぐ〜っ」
後ろから栞と真琴にやいのやいのと言われながら、俺はリビングのドアをくぐった。
「あっ、お帰りなさい、祐一さん」
「よう、佐祐理さん。……って、あれ?」
首を傾げる俺に、私服姿でソファに座っていた佐祐理さんは、笑顔で説明した。
「あ、佐祐理は舞の付き添いさんですよ」
「そういえば、舞は結局病院に行ったのか?」
「はい。佐祐理がお願いしたら、ちゃんと聞いてくれましたよ」
そう言ってから、不意に表情が曇る。
「でも……」
「まさか、検査結果が悪くて、即入院手術とか?」
「……」
ふるふると首を振って、佐祐理さんは言った。
「悪いところがなかったんです」
「……」
俺は思わず脱力して、そのまま佐祐理さんの反対側のソファに座り込んだ。
佐祐理さんは、ぎゅっと拳を握って、言葉を続けた。
「CTスキャンとか超音波検査とか色々とやって頂いたんですけど、舞の左腕はどこもおかしくなかったんです」
「……どこも?」
座り直すと、俺は訊ねた。ようやく、その時になって、俺にも事態が容易でないことが判ったのだ。
「それでも、やっぱり舞の腕は動かなくて……」
泣きそうな顔をする佐祐理さん。
原因が分からないということは、治そうにも治せないということだ。
「……それで、舞は?」
「真琴の部屋にいるわよっ」
真琴がぴんと耳を立てて言った。佐祐理さんが悲しそうな顔をして続ける。
「佐祐理が無理矢理病院に連れて行ったりしたから、舞はすっかり怒っちゃったんです。佐祐理の責任です……」
「そんなことないって。佐祐理さんは舞のことを思ってしてくれたんだしな」
「でも……」
なおも佐祐理さんが何か言いかけたとき、秋子さんがリビングに入ってきた。俺の姿を見て、いつもと同じように挨拶する。
「あら、祐一さん、お帰りなさい」
「あ、はい。ただいま」
俺はもごもごと挨拶した。秋子さんはというと、いつもの笑顔で言った。
「そろそろ夕御飯にしますね。倉田さんも食べて行きます?」
佐祐理さんは遠慮したのだが、結局秋子さんに押し切られるように、夕食を食べていくことになった。
夕食を食べ終わって、部屋に戻ってベッドに横になっていると、不意にノックの音がした。
トントン
……まさか?
俺が飛び起きてドアを開けると、思った通り舞が立っていた。
「行くから……」
「ちょっと待て! お前、左腕が動かないんだろ? そんなんじゃ無理だっ」
「大丈夫」
まだ、両足と右腕は動くから、と付け加える。
どうやら、止めることは出来ないと悟って、俺は言った。
「……わかった。一緒に行くから、ちょっと待ってろ」
それなら、せめて一緒に行って、出来るだけのサポートをしてやるしかないだろう。……俺が役に立つのかどうかは疑問だけど。
後で考えると、魔物の姿を実際に見ることが出来るらしい真琴を連れて行く、という選択肢もあったのだが、その時の俺には思いつかなかった。
ジャケットを羽織り、廊下に戻ると、声を掛ける。
「よし、それじゃ行こうぜ」
「……」
無言でこくりと頷く舞。
だが、その時の俺達は、廊下の影でそれを聞いていた人影に、気付くことはなかった。
深夜の学校。
今日も月の光が射し込んで、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「……左腕は、痛いのか?」
「痛くはない。動かないだけ」
そう答える舞の左腕は、だらんとさがっている。
そのため、いつもは左手で下げている剣は、今日は最初から右手に握られている。
と、不意に舞は顔を上げた。同時に微かな音。
ピシッ
「来たか」
「……」
こくりと頷くと同時に、舞が疾走する。あっという間にその姿が見えなくなる。
「……くそっ」
守ってやるんじゃなかったのかよっ!
自分に舌打ちして、俺は後を追おうとした。
「祐一っ!」
後ろから俺を呼ぶ声に、振り返る。
「真琴!? 何しに……」
開いていた窓から、真琴がふわりと飛び込んできた。……って、確かここは2階だったような。
「名雪に、祐一に知らせてって言われたのよっ!」
その言葉に、思わず俺は聞き返す。
「名雪に?」
もうこの時間だと寝てるんじゃないのか?
そんな疑問は、次の真琴の言葉を聞いた瞬間吹っ飛んでいた。
「佐祐理が祐一たちを追っかけて行ったって!」
「佐祐理さんが? なんで!?」
「そんなの真琴にわかるわけないわようっ」
口を尖らす真琴。
その時、俺ははっと思い当たった。
出がけの俺と舞の会話を聞かれてたんだ。
きっと、佐祐理さんは俺と同じ事を考えたんだろう。舞を止める事が出来ないなら、せめてその力になろうと。
でも、以前佐祐理さんは俺と約束した。夜の学校にはもう来ない、と。
だから、俺達に隠れて後を追ってきたんだ。
俺は、真琴の腕を掴んだ。
「真琴っ、舞や佐祐理さんがどこにいるかわからないかっ!?」
「い、痛いっ、痛いよっ!」
真琴の悲鳴に、俺ははっと我に返る。
「わ、悪い……」
手を離して謝ると、真琴は俺が掴んだところにふーふーと息を吹きかけた。
「あう〜、痛かったぁ……」
「悪かったって。だから……」
「わかってるわようっ。ちょっと待って!」
そう言うと、真琴は頭をくしゃっとかき回した。すると、ぴょこんと耳が立ち上がる。
そして、真琴は目をすっと細くして辺りを見回し、そして駆け出した。
「こっちっ!」
「あ、おい、待てよっ!」
間に合ってくれ!
何故、そう思うのか自分でも判らぬまま、俺は真琴の後を追って走った。
階段を駆け上がり、廊下の角を曲がったところで、いきなり目の前で立ち止まっている真琴の背中に衝突する。
「わっ、なにしてんだ、まこ……と?」
真琴はちらっと俺を見てから、廊下の奥に視線を向けた。
俺もそっちを見る。
そこには、舞が立っていた。
相変わらず左腕はだらんと下げていたけれど、他に怪我した様子もない。
俺はほっと息をついた。
「……」
「舞っ!」
舞の表情は見えない。こっちに背中を向けて、黙って立っている。
「舞、こっちを向けって……。舞?」
不意に、舞の体が、ぐらりと揺れて、壁にもたれ掛かった。
そしてその向こうに、何かが転がっているのが見えた。
見慣れたチェックのリボンが、なぜかそれだけはっきりと俺の目に映っていた。
「……嘘……だろ?」
その時になって、つん、と嫌な臭いが鼻をついた。
廊下の向こうに転がっているものの周りには、黒っぽい液体が広がっていた。
黒っぽく見えるのは、月の光のせいだった。
だけど……。
ずるっ
舞の体が、壁からずり落ちて、床に丸くなって横たわった。
「……ありがとうございました」
「いえ。それで、容態ですが……」
秋子さんが、医者と会話を交わしているのを、待合室の椅子に座ったまま、俺達はぼんやりと聞き流していた。
あれからすぐ、俺は我に返り、水瀬家に電話をかけた。救急車を呼んだ方が良かったのかも知れないが、そうしたら今度は、何故俺達が深夜の学校にいたのかが問題になるだろう。とっさにそう思っての行動だった。
幸い、秋子さんはまだ寝ていなかった。電話に出た秋子さんは、要領を得なかっただろう俺の言葉から状況をくみ取り、適切な指示をしてから、自分も学校に駆けつけてくれたのだ。
そして、俺達は佐祐理さんを病院に運び込んだ、というわけだ。
「川澄さん、祐一さん」
医者が一礼して戻っていき、秋子さんは俺達に向き直った。
「安心してください。出血の量はひどかったですが、処置が早かったので大事には至りませんでしたよ」
「……それじゃ」
「ええ。傷もおそらく残らないだろう、とのことです。ただ、大量の輸血をしたので、しばらく経過をみるために入院しなければならないそうですけど。意識も明日には戻るということです」
俺は大きく息をついて、舞の肩を叩いた。
「よかったな、舞?」
「……」
舞は無言で立ち上がると、すたすたと歩き出した。
「舞? どした、舞?」
慌てて立ち上がった俺に、秋子さんが声を掛けた。
「祐一さん」
「はい?」
「今の川澄さんの力になれるのは、祐一さんだけですよ。お願いしますね」
「……ええ」
俺は頷いて、駆け出した。
「あっ、祐一っ!」
「真琴、待ちなさい」
「……あうぅ〜っ」
その後を追いかけてこようとした真琴が秋子さんに止められているのをちらっと見て、俺は舞の後を追って病院の外に出た。
外の道路で、やっと舞に追いつく。
「舞、家に帰るのか?」
「……学校」
それだけ言って、歩き続ける舞。
俺は黙って、その隣りに並んだ。
「……」
佐祐理さんが怪我をしたのは、舞のせいじゃない。
不運が重なっただけだ。
いろんな慰めの言葉が浮かんだけれど、それを舞に投げることは出来なかった。
いつもの廊下に出たところで、舞は立ち止まった。そのまま、壁に背中をつけて、ずるずると座り込む。
「……舞?」
俺は、その隣りに座り込んだ。
「……祐一」
小さな声で、舞が俺の名前を呼んだ。
「どうした、舞?」
「……私のせいで、佐祐理が傷ついた……」
「それは……」
俺の言葉を遮るように、舞は続けた。
「佐祐理が傷ついても……、私は傷ついてない……」
俺の言葉なんて聞こえていないのかも知れない。
ただ、一方的に自分を責めていた。
「祐一……」
不意に、舞が俺の肩に自分の頭を乗せた。
「どうしていいのか……わからない」
首筋に、熱いものが当たっていた。舞の唇だろう。
それが動いて、熱い息が首筋を撫でる。
「祐一……」
舞は、求めている。
佐祐理さんと同じように、自分を傷つけてくれるものを、だ。
だけど……。
「それを俺に求めるのは、お門違いだろっ!」
俺は虚空に向かって叫んだ。そして、体を回して舞を抱きしめた。
「舞、俺はお前を傷つけることはできない。でも、一緒にいることならできる」
「……」
強張っていた舞の体から、ゆっくり力が抜けていった。
そのまま、舞は俺に体重を預けた。
その重みを俺はずっと支えていた。
俺達は、ずっとふたりでいたのだった。
「……ん」
深い微睡みの中から目覚めると、そこは学校の廊下だった。
「……はい?」
驚いて左右を見回そうとしたとき、微かな寝息が聞こえた。
そちらを見ると、俺の体にもたれ掛かって、舞が眠っていた。
ゆっくりと記憶が蘇ってくる。
「そっか、俺達、あのまま……」
これで、名雪に続いて舞とも外泊してしまったわけだ、などとくだらない考えが浮かぶ。
俺は頭を振ってそれを追い出すと、舞の肩を揺さぶった。
「舞、起きろよ」
「……」
舞はゆっくりと目を開けた。
「よう」
「……おはよう」
舞はそう言うと、微かに微笑んだ。
「落ち着いたか?」
「……祐一、ずっとそばにいてくれた」
「ああ。約束したしな」
「……私も、約束する」
その瞳が、真剣な色を帯びた。
「今日、全てを終わらせる」
「……そうか」
俺がそう言うと、舞は立ち上がった。そして、俺に背を向けたまま、言った。
「手伝って……欲しい」
「俺で良ければな」
「……ありがとう」
振り返った、その時の舞の顔を、俺はきっと忘れないだろう。
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あとがき
あゆ編クライマックスの次は舞編クライマックスへと突き進んでます。
なんか、本編と同じですが(苦笑)
元々、本編の再構成だし……(言い訳爆)
しかし、残暑が厳しいですなぁ。
プールに行こう3 Episode 51 00/8/22 Up