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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 33(Director's Cut Ver.)

 3時間目の前半は、無茶苦茶になった教室の修復に費やされたが、まぁ退屈なお題目を聞かされるよりはましだった。
 危うく何を逃れたクラスメイト達の話によると、乱闘に加わった生徒達は今頃職員室でお説教を食らっているとか。
 どうやら次の休み時間は平和になりそうである。
「それにしても、大人気だな、あゆ」
 俺はモップを片手に笑顔で言った。
「うぐぅ……。他の子に人気でも嬉しくないよう」
 あゆは贅沢な事を言いながら、ため息混じりに雑巾で床を拭いていた。と、いきなり硬直する。
「うぐぅっ、床に血が付いてるようっ!」
「そういえば、誰か殴られて鼻血を出したって言ってたしな」
「どうしようっ! 何か悪いことがあるかもしれないよっ!」
「悪いことってなんだ?」
「たとえば、二度とたい焼きが食べられなくなるとか……」
「お前の悪い事ってその程度か?」
 呆れて聞き返すと、後ろで机を運んでいた名雪が口を挟んだ。
「わたしだってイチゴサンデー食べられなくなったら困るよ」
「そうだよねっ、名雪さんっ!」
 我が意を得たりと大きく頷くあゆ。っていうか、おまえらどうして食べ物が単位なんだ?
 俺は、試しに通りかかった香里に尋ねてみる。
「なぁ、香里。何か悪いことって言われて、香里ならどういうことを連想する?」
「あたし? そうね、北川くんと付き合う羽目になる、とかかしら」
「……うーむ、それは確かに悪いことだな」
 俺がうんうんと頷く後ろで、北川がだぁーっと涙を流していたが無視する。
「よーし、片づいたな。席につけ、授業始めるぞ」
 教師がパンパンと手を叩き、皆がのろのろと自分の席について、退屈な授業が始まる。
 救いは、いつもの半分の時間で終わるということか。
「……くー」
 隣の席で、名雪は速攻で寝ていた。

 キーンコーンカーンコーン
 予想通り、3時間目と4時間目の間の休み時間は平和に過ぎ、そして今、4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 今日は土曜日なので、これで授業は終わりだ。
「さて、それじゃ帰るかなっと」
「祐一、まだホームルームが残ってるよ」
 独り言を呟いて立ち上がろうとしたところで、名雪に言われた。
 俺はふっとため息をついて、肩をすくめた。
「どうでもいいじゃないか。俺はこのどこまでも続く空の下で……」
「よくないよ〜。さぼっちゃダメだよ」
 名雪は相変わらずの強敵だった。俺は作戦を変えることにした。
「よし。それじゃ名雪も一緒にふけるか?」
「えっ? うーん、どうしようかな?」
「あのね。学級委員の前でそういう相談を堂々とやらないでくれる?」
 斜め後ろの席から、香里が呆れたように言った。そういえば学級委員だっけ?
「それより、月宮さんと沢渡さん、この学校に来るのも最後なんでしょ? 帰りに商店街にでも寄って、送別会開いてあげたら?」
「えっ? ボクがどうしたの?」
 あゆが後ろから訊ねた。察するに、チャイムが鳴ると同時に速攻でこっちに駆けてきたらしい。
「おお、あゆ。良いところに……」
 ガラガラッ
「よし、ホームルーム始めるぞ。席につけ」
「……というわけだ。じゃあな、あゆ」
「うぐぅ……」
 しぶしぶ席に戻りかけたあゆを、石橋(ちなみに今入ってきた担任の名前だ)が呼んだ。
「あ、月宮。ちょっと来い」
「えっ? あ、はい」
 たたっと教壇に上がるあゆ。
 石橋は、そのあゆをこっちに向けさせて、言った。
「えー、みんなも知っての通り、今日で月宮くんがこの学校に来るのも最後となった。とりあえず、月宮くんからお別れの挨拶をしてもらおう」
「えっ? あ、えっと……、うぐぅ……」
 突然言われて困ってあたふたするあゆ。
 適当に「この1週間のことは忘れません」くらいで済ませりゃいいのに。相変わらず要領の悪い奴だ。
「えっと、ボク、もう……。うぐぅ……」
 うわ、泣き出したぞ。
「つ、月宮くん、何も泣くことは……えーっと……」
「うぐぅ……」
「しょうがないわね。名雪、一緒に来て」
「えっ? あ、うん」
 香里と名雪が教壇に駆け寄って、泣き出したあゆをそのまま教室の外に連れ出した。  みょうに白けた空気の中、ホームルームはそのまま終わった。

 ホームルームが終わった後、俺達は昇降口に向かうことにした、のだが……。
「月宮さん、これ、一生懸命書きましたっ!」
「俺の熱い魂の迸りを聞けぇっ!」
「うぐぅ、ボク困るよぉ」
 教室を出た途端、あゆは廊下で待ちかまえていたストーカー予備軍に捕まってしまっていた。
「祐一くん〜」
 人混みに揉まれながら、情けない声を上げるあゆ。
「祐一、助けてあげようよ〜」
 のんびりした口調で名雪が言った。
 俺は肩をすくめて人混みを指した。
「名雪、あの連中を散らしてあゆを救出できると思うのか?」
「祐一だったら出来るよ」
 その無意味な信頼はやめて欲しい。
「俺にだって出来ることと出来ないことが……」
 そう言いかけたとき、不意にざわめきが上がり、そして静かになった。
 カツ、カツ、カツ
 足音だけが近寄ってくる。
 廊下に溢れていた人だかりがさっと左右に分かれて、その向こうから歩いてくる少女の姿が見えた。
「よぉ、舞」
「……遅い」
 舞は不機嫌そうだった。
 まぁ、確かにあゆのお別れの挨拶(未遂に終わったが)なんかあって、ホームルームがいつもよりも長引いていたのは事実だが。
「悪い。で、迎えに来たのか?」
「佐祐理にそうしろって言われた」
「佐祐理さんは?」
「1年生を迎えに行った」
 どうやら、真琴達も遅くなっていたようだった。
 俺は辺りを見回した。
 札付きの不良学生(俺としては大いに意義を唱えたいが)である舞に近づく勇気がないらしく、男子生徒達は俺達を遠巻きに見守っているだけだった。
 と、その中の一人が、勇を振るってあゆに駆け寄った。
「月宮さんっ!」
「……うるさい」
 ぼそっと舞が呟いたおかげで、そいつはその場で硬直した。
「ご、ごめんねっ!」
 あゆは一声かけて、俺に駆け寄ってくると、そのまま飛びついてきた。
「祐一くんっ!」
「どわっ!」
 とっさに正面を向いて受け止めたその瞬間、男子生徒達の殺気を感じたが、もてない奴のひがみなら北川で慣れているので無視する。
「うぐぅっ、怖かったようっ!」
「よしよし、さぁ行くぞあゆあゆ」
「うぐぅ、あゆあゆじゃないもん」
 そんな会話を交わしながら、俺達は歩き出した。
 なおもその後についてこようとした男子生徒達にとどめを刺すセリフを名雪が言う。
「ほんとーに祐一とあゆちゃんって仲いいよね〜。わたしうらやましいよ〜」
 そのセリフを聞いて、なおも俺達を追いかけてこようとする男子生徒はいなかった。

 昇降口のところで、佐祐理さん&1年生3人と合流する。
「随分ゆっくりだったね、舞」
「……祐一が悪い」
 何となく怒ってるような口調だった。
「俺か? 俺が悪かったのか?」
「そう」
 やっぱり怒っているらしい。
「そうか。俺とあゆがラブラブだったから舞は怒ってるんだな」
 ビシィッ
 いつになく厳しいツッコミだった。俺が思わず眉間を押さえてうずくまってしまうくらい。
「祐一、自業自得」
「そうですよね〜」
 名雪と栞が頷き合ってる隣で、あゆは真っ赤になっていた。
「うぐぅ、恥ずかしいよ……」

「で、そっちはどうだったんだ、天野?」
「そちらでの乱闘騒ぎの後は、とりたててお話しするようなことはありませんでした」
 とりあえず商店街に向かう道すがら、真琴の様子を天野に聞いてみた。
「でも、そっちでもホームルームの時間に、お別れの挨拶とかあったんだろ?」
「……」
 天野は俺をじろっと見た。
「な、なんだよ?」
「……いえ」
 微かに首を振る天野。
 あゆであれなんだから、真琴のときはもっとすごい事になってたんじゃないかと思ったんだけど、天野のリアクションだと何があったかもわからない。
 しょうがない。本人に聞いてみるか。
「おい、真琴!」
「きゃ! な、なにようっ!!」
 後ろから声を掛けると、飛び上がって驚いてから、俺に向かってファイティングポーズを取る真琴。
「そんなに警戒するな」
「警戒もするわようっ! 今まで真琴にしてきた数々のあくぎょーさんまい、忘れたんじゃないでしょうねっ!」
 それを言うなら悪行三昧だ。
「ま、それはともかくだ。ちゃんとみんなにお別れの挨拶は出来たか? ちなみにあゆは出来なかったが」
「……うぐぅ」
「ちゃんとできたわようっ! 真琴ガキじゃないもん」
「ホントか?」
「ホントだもん!」
「じゃ、もう一度やってみせろ」
「えっ? ここで?」
「佐祐理も見たいですよ〜。ね、舞?」
 何故か佐祐理さんも乗り気だった。
「……どうでもいい」
 舞は相変わらずだった。
「しょ、しょうがないわね。じゃやるからねっ。えっと……」
 真琴はごそごそとポケットから紙を出した。そして読み上げる。
「きょうまでのみなさんとのたのしいひびはわすれません。ありがとーございました」
 見事なまでの棒読みだった。
「……天野。もしかしてお前が原稿書いたのか……」
「聞かないでください」
 そっぽを向いてぼそっと言う天野。
 真琴は読み終わって、「どうだ」と言わんばかりに胸を張っていた。
「ちゃんとできたでしょっ!?」
「すごいですね〜。立派ですよ」
「えへん」
 ……佐祐理さんも誉めてどうする?
「うぐぅ、ボクよりちゃんと出来てる……」
「大丈夫だよ。あゆちゃんもそのうちきっと上手くなるよ」
 名雪がフォローになっているような、なっていないような事を言う。
「あ、そうそう」
 佐祐理さんがぽんと手を打って、何気なく俺に訊ねた。

「明日の事ですけど、10時に市民プールの前に集合で良いんですよね?」

 ……なんですと?

「ええ、その予定です」
 俺が唖然としていると、香里が答えた。
「楽しみですね〜。舞、ちゃんとおめかししていかなくちゃダメですよ〜」
 ポカッ
 舞が佐祐理さんにチョップをしていたが、それどころじゃない。
「ちょ、ちょっと待って……」
「栞、負けちゃだめよ」
「お姉ちゃんったら、もう……」
「うぐぅ、ボクも負けないもん!」
「真琴だって……、あ、えっと、そうじゃなくて……」
 なんだか昨日の再現になってきたが、それどころじゃない。
「いいから、ちょっと待てって言ってるだろっ!」
 俺が大声を出すと、香里がじろっと俺を見た。
「なによ、この期に及んで逃げようと思ってるわけじゃないでしょうね?」
「逃げるもなにも、お前ら本気でプールに行く気かっ!?」
 全員がこくりと頷いた。
 俺は空を指した。
「あのなっ! どこの世界に雪が降ってる中でプールに泳ぎに行く奴がいるっ! 寒中水泳大会じゃないんだぞっ!」
「あ、そっか。祐一は知らなかったんだよね」
 名雪が笑顔で言った。
 嫌な予感が背筋を走る。
「あのね、ここの市民プールって、温水プールなんだよ」

 ……温水プール、ですと?

「だから、真冬でもプールはやってるんだよ。……祐一、どうしたの?」
「……いや、ちょっとしたカルチャーショックだ」
 俺は額を押さえて呟いた。
 確かに、これだけ寒い地方なら、温水プールっていうのもありか。
「ちなみに完全屋内式のプールだから、雨が降っても雪が降っても営業してるわよ」
 香里が笑顔で言った。
「だから、ちゃんと栞を選んでね」
 そう言いながら、がしっと俺の肩を掴む。
「もう、お姉ちゃんったら……」
 栞が赤くなって照れていた。
「ダメだよっ! ボクだって、その、祐一くんのこと、えっと……」
「真琴はどうでもいいんだからねっ!」
「……くー」
「はぇ〜。舞、負けてられませんね〜」
 ポカポカッ
 賑やかに騒ぐ女の子達の輪の真ん中で、俺はただ惚けていた。

 夕食は、今日も香里と佐祐理さんが加わってより賑やかだった。
 ちなみにメニューはすき焼きだった。
「もぐもぐ。美味しいね」
 幸せそうに牛肉を食べていた名雪が、俺に視線を向ける。
「祐一、元気ないね。どこか具合でも悪いの?」
「未来と将来の具合が少々な」
「うーん。さすがにそれに効く薬は持ってないです」
 栞が残念そうに言った。
 秋子さんが切った野菜を大皿に乗せて、キッチンから戻ってくる。
「はい、野菜はここに置くわね。真琴、肉ばかりじゃなくて野菜もちゃんと食べなさいね」
「はーい」
 そう言いながら、また肉ばかり取る真琴。……って、ああっ!
「くぉら、真琴っ! それは俺が目を付けてた肉だっ!!」
「へへーん。取った者が勝ちだもんっ!」
 おのれ真琴。食い物の恨みは恐ろしいことを身をもって教えてやろう。
「あっ、あれなんだっ!?」
 明後日の方を指して叫ぶ。
「えっ? なになに?」
「スキ有りっ!!」
 俺は真琴の皿から俺の肉を奪回して、自分の口に放り込んだ。
「あちあちあちちっ」
「ああーっ、真琴のお肉取ったぁっ!」
「ふっふっふっ。ふっふぁももふぁっひ」
「あうーっ。秋子さ〜ん、祐一が真琴のお肉取る〜」
「ああっ、秋子さんに泣きつくとは卑怯なっ!」
「もう、真琴も祐一さんもやめなさい。まだお肉はいっぱいあるんだから」
 秋子さんに呆れたように言われて、俺と真琴はとりあえず箸を納めた。
「ふっ、運がいいわねっ。今度はこうはいかないんだからっ」
「それはこっちのセリフだっ!」
「……祐一と真琴って仲いいね〜」
 唐突に名雪が言って、俺と真琴は同時に食いかけていたものを吹き出しそうになった。
「何言ってんだ名雪っ!」
「そうよっ。なんで真琴がこんなのとっ!」
「でも、ボクもそう思ったよ」
「私も。なんか兄妹みたいでいいですね」
 あゆと栞が口を揃えて言う。
 俺はため息をついた。
「お前ら、何か勘違いしてるぞ。大体俺はこいつに生命を狙われてるんだからな」
「そうよっ! なんだかよく覚えてないけど、祐一は真琴の運命の敵なんだからっ!」
「なんでもいいけど、そこのしらたき煮えてるわよ」
 呆れたように、香里が箸でしらたきを指した。
「よし、あゆ。俺が熱く煮えてるところを取ってやろう」
「……うぐぅ、意地悪」
 何故か涙目で俺を睨むあゆ。
「なんだよ、せっかく俺が親切に取ってやろうっていうのに」
「ボクが猫舌だって知ってるくせに……」
 あ、忘れてた。
「……もしかして、ホントに忘れてたの?」
「そんな細かい設定覚えてられるかっ」
「うぐぅ、ボクにとっては大事なことなのに……」
「……そういえば、前にたい焼きは焼きたてが一番とか言ってなかったか? それなのに猫舌とはどういうことだ?」
 俺が鋭い指摘をすると、あゆは困ったような顔をして首を傾げた。
「うーん。ボクもよくわかんないよ。でもたい焼きは焼きたてが一番だと思うよ」
「だって、冷めちゃったらあの皮の香ばしさが無くなっちゃうじゃないですか」
 栞が笑いながら言った。
「そうだよねっ! やっぱり栞ちゃんはわかってくれるよねっ!」
「でも私はアイスクリームの方が好きですけど」
 済まして答える栞と、がくっとつんのめるあゆ。
「うぐぅ、栞ちゃんも意地悪だよ〜」
「あっ、真琴は肉まんが好き〜」
「……牛丼……」
「わたしはね〜」
「名雪は言わなくても判ってるわよ。イチゴでしょ?」
「香里〜、先に言わないでよ〜」
 膨れる名雪に、みんなが笑い出す。

 その夜も舞に付き合って学校に行った後(ちなみに、今夜も何も出なかった)、俺は夢も見ないでぐっすりと眠った。
 そして、翌朝……。

「朝〜、朝だよ〜」
 耳元で俺を呼ぶ声。
 ゆっくりと、意識が現実に引き上げられていく。
 朝の白い光に包まれて、笑顔が見えた。
 7年ぶりに再会した幼なじみの、
「朝だよ〜」
 白い笑顔の少女の、
「朝ですよ〜」
 そして、傍若無人だが妙に憎めない少女の笑顔。
「朝なのに〜っ」
「……朝」
 若干、仏頂面も見えるが。
 俺は苦笑して、上体を起こした。
「なんだよ、みんなして……」
「だって、祐一くんが起きてこないんだもん」
 膨れるあゆ。
「そうですよ。もう8時過ぎてますよ」
 栞が同調する。
「祐一、寝坊しすぎ〜っ!」
 真琴が騒ぐ。
「……遅いから」
 そして、舞がぼそっと言う。
 そういえば、今日は目覚まし止めてたっけ。
「いいじゃないか、たまの日曜くらい」
 俺が文句を言うと、いとこの少女が笑った。
「ダメだよ。今日はちゃんと起きないと」
 そう言って、名雪は俺の腕を引っ張った。

「さっ! プールに行こっ!」

das Ende

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あとがき
 えっと、とりあえずこれで終わりです。
 前回、新展開とか言ってましたけど、忘れて下さい(笑)
 プール3はないです。多分(笑)
 てゆうか、他のSS書かせて下さい(笑)
 てゆうか、その前にしばらく休ませて下さい(爆笑)

 ではでは。

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