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「はい、どうぞ」
Fortsetzung folgt
秋子さんが笑顔で言って、みんなは声を揃えて言う。
「いただきま〜す」
それから、しばらくみんな黙って、秋子さん入魂のハンバーグと里芋の煮っ転がしに舌鼓を打つ。
「わ、これ美味しいわ」
天野(中身は違うらしいのだが)が声を上げ、当然と言いたげにあゆが答える。
「そりゃ、秋子さんが作ったんだもん」
「あら、あゆちゃんも手伝ってくれたからよ」
「えへへ〜」
照れ笑いをするあゆ。俺は訊ねた。
「……手伝いって、今日も皿を並べただけなんだろ?」
「うぐぅ。もうちょっとお料理したよっ」
「どんな?」
「えっと、里芋の皮を剥いたよ」
「それって料理か?」
「立派な料理だもんっ!」
「そうですよ」
秋子さんにまで言われると、俺としても返す言葉がないわけであり。
その時、俺はあゆがまだハンバーグに箸を付けていないのに気付いた。
「……あれ? あゆ、食べないのか?」
「うぐぅ……。ボク猫舌だもん」
どうやら、冷めるのを待っているらしい。
「あゆあゆが食べないんなら、真琴がもらうねっ!」
「えっ? わぁっ!!」
一瞬の隙をついて、真琴があゆの皿からハンバーグをかっさらう。
「もぐもぐ……おいひい」
「うぐぅ……ボクのハンバーグ……」
……あゆも、それくらいで泣きそうな顔をするなよ……。
「それくらいじゃないようっ。ボクにとっては大切なことなんだようっ!」
「だから、勝手に俺の考えを読むなっ」
「うぐぅ……」
しょげかえるあゆ。
名雪がイチゴの佃煮を取りながら真琴に視線を向ける。
「真琴、人のものを勝手に取ったらダメだよ」
「だって……」
真琴は口を尖らすが、名雪は首を振って言った。
「だって、じゃないよ。ほら、謝って」
「あう……。ご、ごめんなさい」
どうも、真琴は名雪に言われると逆らえないらしい。
名雪はよしよしと頷くと、あゆに声をかけた。
「あゆちゃん、よかったらわたしのハンバーグ、あげるよ」
「えっ? で、でも名雪さんは?」
「わたしはいいから。ほら」
そう言って名雪は自分の皿をあゆの前に置く。
「でも……」
「お姉ちゃんの好意は受け取るものだよ、あゆちゃん」
「えっと……。うん。ありがとう、名雪さん」
「うんうん」
そんなやりとりを、秋子さんは嬉しそうに微笑んで見つめていた。
「はぇ〜。皆さん仲がいいですね〜。これは佐祐理達も負けていられませんよ」
「……もぐもぐ」
そして、そんな団らんを見て何故かファイトを燃やす佐祐理さんと、我関せずという感じでハンバーグを食べ続ける舞。
……そういえば、しおしおは?
「私をお捜しですか、祐一さん?」
「わっ、いつの間に隣りにっ!?」
「愛する者の特権です」
澄まして言うと、栞はハンバーグを小さく切ってフォークに刺した。そして、それを俺の口に近づける。
「はい、食べさせてあげますから、あーんしてください」
「……あのながっ!」
呆れて文句を言おうと口を開いた瞬間、栞は狙いすましたようにハンバーグを口の中に放り込んだ。
とりあえずそれを噛んで飲み込んでから、文句を言おうとすると、栞は今度はそのフォークで自分の口にハンバーグを運んでいた。
「これで祐一さんと間接キッスです〜。きゃっ、私ったらぁ」
「……勝手にしてくれ……」
と、ハンバーグを噛みしめた栞が、ピタリと動きを止める。
「……ど、どうした、栞?」
「……うぅ〜」
みるみる、涙目になる栞。
「だ、大丈夫か?」
「……」
ふるふると首を振る栞。俺は慌てて手を叩いた。
「ウェイトレスさんっ、水くださいっ!」
「ウェイトレスさんじゃありませんけれど、はいどうぞ」
さっと水の入ったコップを差し出す秋子さん。栞はそのコップを一気に傾けて、それから大きく息をついた。
「……えぅ〜、死ぬかと思いました〜」
「どうしたんだ、一体?」
「これ、カレーが入ってますっ!」
びしっと、ハンバーグを指して言う栞。
「……そうか?」
同じハンバーグを食ったはずだが、俺には全然判らなかったぞ。
「私にはわかるんですっ。カレー入ってますよね?」
今度は秋子さんに尋ねる栞。秋子さんは「ええ」と頷いた。
「少し、隠し味程度には」
「やっぱり」
「あと、甘くないジャムも入れてみたんですよ」
ガタッ!
その瞬間、3人を残して他の全員が立ち上がった。
「わ、わたし宿題しないとっ」
「ボクも宿題あるんだっ! ごめんなさいっ!」
「俺は何かがあるんで、これでっ!」
「あうーっ、真琴も何かあるのっ!」
「すみません、私ダイエットしてますから、ごちそうさまですっ!」
そのまま、だだーっと俺達はリビングを飛び出したのだった。
とりあえず緊急避難として、俺達は真琴の部屋に集まった。というのも、真琴の部屋が一番家具がない部屋だからだ。
「あう〜っ。真琴食べちゃったよ〜」
「俺も少し食ったぞ。名雪っ、料理の手伝いしてたんだろ? 気付かなかったのか?」
「……くー」
「寝るなっ!」
ばこっと頭を叩くと、名雪は頭をさすりながら薄目を開けた。
「うにゅ……。わたし気付いてないよ……」
「名雪さん、料理のお手伝いしながら半分寝てたよ」
あゆの証言が得られて、俺は頭を抱えた。
「しかし、まいったな。夕飯どうしよう?」
「あうーっ。お腹が空いたようっ」
手足をばたばたさせる真琴。
「真琴ちゃん、夜なんだからあんまり騒いだらダメだよ」
「でもお腹空いたの〜っ!」
確かに、夕飯が始まったばかりで、少しだけ食べたところで中断を余儀なくされたわけだ。なまじ食欲を解放しかけたところだっただけに、余計に空腹が腹にこたえそうである。
さりとて……。
「それじゃ、真琴さんだけ食べてきてください。止めませんから」
「あう〜、祐一、しおしおがいじめる〜」
栞に冷たく言われて、俺に泣きつく真琴。
確かに、今リビングに戻るのも自殺行為だ。
……残された舞達のことは気になるが……。
と、そこで俺はふと気付いた。
そういえば、今、下に残っている3人も謎じゃむを食べてしまったことはあったはずだ。だが、あの3人がそれで騒いだところは見たことがないような気がする。
もしかしたら、個人差っていうものがあるんだろうか?
そんな事を真剣に考え込んでいると、不意に真琴が俺の服をつんつんと引っ張った。
「祐一、外に食べに行こうよう」
「ん?」
「真琴お腹減ったもん」
「でも、外に出るには玄関を通らないといけないし、そうするにはリビングの前を通らないといけないんだよ。秋子さんに何て言うんだよっ」
あゆが珍しく理論的に反論する。
「うぐぅ。ボクはいつもりろんてきだよっ」
「嘘付け」
「うぐぅ、即答……」
落ち込むあゆの代わりに、栞が訊ねた。
「でも、あゆさんの言うことも最もですよ」
「そんなの簡単ようっ。窓から出ればいいのよ」
えへん、と胸を張る真琴。さすが飯のことになると頭が回るようだ。
栞がサッシの方を見る。
「窓からって、ここ2階ですよ」
「大丈夫ようっ。まぁ、見てなさいって」
自信たっぷりに言うと、真琴はサッシをカラカラと開いた。そして、机の下からスニーカーを出してきて履く。
「……お前、そのスニーカーどしたんだ?」
「あ、これ? えへへ、いいでしょ。おにゅーなんだよっ」
嬉しそうに裸足にスニーカーを履いた足を俺の前に振り上げて見せる真琴。
「……白だな」
「うん、白いスニーカーだよ」
「いや、スニーカーも白いんだが」
「?」
きょとんとする真琴。と、不意に俺の視界がブラックアウトした。
「祐一くん、見たらダメだよっ!!」
「わぁっ、あゆあゆかっ!? またしても男の浪漫をっ!!」
「祐一さんエッチですっ! それに、そんなに見たいならいつでも言ってくれれば……」
「わっ、栞ちゃんどさくさ紛れに何言ってるんだよっ!!」
「何一人で騒いでるのよう、あゆあゆ」
「うぐぅ、あゆあゆじゃないもん……」
「いいから離せっ」
ようやくあゆの手を振り解いたときには、もう真琴は足を降ろしてしまっていた。
「んじゃ、行くよっ!」
そう言うと、そのままベランダの手摺りに手をかけ、ひらりと飛び越える。
……って、おいっ!
慌てて俺達はベランダに駆け出した。あゆが手摺り越しに下を見下ろす。
「真琴ちゃんっ!」
「えへへーっ。どんなもんだいっ」
「も、もうっ。びっくりしたよっ!」
どうやら、真琴は無事らしかった。
「……祐一さん、ベランダに半歩踏み出した姿勢で固まってるみたいですけど、どうしたんですか?」
「見ての通りだ」
栞にそう答えると、俺は部屋の中に身体を戻して、大きく息をつく。
「助かった……」
「祐一さん、顔色が悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」
栞も部屋に戻ってくると、俺の顔を覗き込んだ。
「あ、思い出したっ! 祐一くんって高所恐怖症なんだっけ」
あゆがベランダで、ぽんと手を叩く。
「そうなんですか?」
俺の顔を覗き込む栞。
俺は視線を逸らして、小さな声で言った。
「ええっと、まぁ、そういうこともあるかもしれない」
「祐一くんも、少しくらい弱点がある方がかわいくていいよ。うんうん」
嬉しそうに頷くあゆ。
「……誰のせいだと思ってるんだっ!」
「わぁっ! び、びっくりしました〜」
尻餅をついて、胸に手を当てる栞は放っておいて、俺はあゆに指を突きつけた。
「ああ、はっきり思い出したぞっ! 俺が高所恐怖症になったのはあゆのせいに違いない! あの事故で俺の幼い心に高いところへの恐怖が拭いきれない傷になって残ったのだっ!!」
「うぐぅ……。ボクのせいだったんだ……」
ベランダの壁に手をついて反省するあゆ。と、いきなり顔を上げる。
「違うよっ! ボクだって思い出したもん。その前から、祐一くん高所恐怖症だからって木に登らなかったよっ!」
……そう言われてみればそうだったような気も……。
と、ベランダの手すりの向こう側から、真琴がにゅっと顔を出した。
「みんな遅い〜っ。早く来なさいようっ!」
「阿呆かっ! 平然と2階から飛び降りられるのはお前だけだっ!」
「あう〜っ。もういいわようっ! 真琴だけで行って来るんだからっ!」
そう言い残し、またぴょんと飛び降りる真琴。
「あっ、真琴ちゃん!」
あゆが慌てて手すり越しに下を覗き込んだ。そしてバランスを崩す。
「わっ!」
あゆの足がふわっと浮いた。
一瞬、7年前の悪夢が脳裏をよぎった。
「あゆっ!」
「うぐぅっ!!」
あゆの悲鳴が、そのまま消えて……いかなかった。
「祐一さんっ、手伝って、ください〜」
栞が、落ちかけたあゆの足にしがみついていたのだ。
「お、おうっ!」
この際、高所恐怖症どころではない。慌ててベランダに飛び出すと、あゆの足を掴んで、栞と一緒に思いっきり引っ張る。
「うぐぅっ!」
ぴょんと、梃子のようにベランダ側に生還したあゆは、そのままぺたんとベランダに座り込んで、大きく息をついた。
「……うぐぅ、びっくりした……」
「こっちこそびっくりしました……」
こちらも大きく息をつく栞。
「あ、ありがとう、栞ちゃん、祐一くん」
ようやく、胸を押さえながら、あゆは俺達に礼を言った。
「……ったく。心臓が止まるかと思ったぞ」
「ごめんなさい……」
と。
キキーッ
激しい車のブレーキの音が、ちょうど家の前でした。
「えっ?」
「まさか真琴!?」
俺達は顔を見合わせ、そしてベランダから身を乗り出すように家の前の道を見た。
車が止まっているのは見えるが、あまりよくは見えない。
「ちっ」
俺は身を翻すと、部屋の中に駆け戻った。そして廊下に出て、階段を駆け下りる。
その駆け下りる騒がしい足音を聞いて、秋子さんがリビングから顔を出した。
「あら、祐一さん。どうかしたんですか?」
「すみませんっ」
それだけ言って、そのまま廊下を走って、玄関のドアを開ける。
そこに、真琴がいた。
車の運転をしていたらしい、男の人に抱かれて。
あの無垢な瞳を閉じ、いつも溌剌と動かしていた手足をだらんと力無く伸ばして。
「……そんな、ことって……」
呆然と立ち尽くす俺の背後から、秋子さんの声がした。
「祐一さん……」
俺は振り返って、言った。
「秋子さん……。春になったら、あいつが好きだった肉まんを持って、ものみの丘に出かけませんか? あいつもきっと喜ぶでしょう」
ぱこっ
いきなり後頭部を叩かれた。
「勝手に真琴を思い出の中のひとにしないでようっ!」
「うぉっ、生きていたのか!?」
慌てて振り返ると、真琴が男の人の腕の中からぴょんと飛び降りたところだった。胸に手を当てて大きく息をついている。
「あう〜っ、びっくりしたぁ」
「驚いたのはこっちだよ」
真琴を抱いていた男の人は苦笑した。
秋子さんがすっと頭を下げる。
「すみません、八汐さん。真琴がご迷惑をおかけしたようで」
「あ、いえ」
その人こそ、天野の兄さんの八汐さんだった。前に天野の家に行ったときに、俺も逢ったことがある。
八汐さんは、真琴の前に屈み込んで、頭にぽんと手を乗せた。
「真琴ちゃん、急に車の前に飛び出すと危ないぞ」
「あう……ごめんなさい」
しょぼんと謝る真琴。さすが天野の兄だけあって、真琴の扱いも上手いものだ。
「でも、本当に大丈夫なのか?」
俺が訊ねると、真琴は何故か慌てたように手を振る。
「あ、うん。びっくりしただけだから」
「ああ。車にはぶつかっていないよ。ただ……」
「あうっ、言ったらだめっ」
慌てて八汐さんの口を塞ぐ真琴。……何か恥ずかしいことがあったらしい。
「おおかた、格好良くぱっと車をかわそうとしたが、目測を誤ってブロック塀に激突して、あまつさえ気絶したとかそういうことか?」
「どっ、どうしてわかったのようっ! ……あ」
慌てて今度は自分の口を塞ぐ真琴。俺はため息をついて、八汐さんに謝った。
「すみません、うちの馬鹿が迷惑かけまして」
「いやいや」
「真琴ばかじゃないわようっ! 進級試験はしおしおより成績良かったんだからっ!」
「あれは答えを丸暗記しただけじゃないですか。そんなこと言う人は嫌いです」
いつの間にか来ていた栞がほっぺたを膨らませた。ちなみに最近めっきり影が薄くなったあゆも来ているが、あいかわらず存在感が薄かった。
「うぐぅ……そんなことないもん……」
「……だから、俺の考えを読むなっ」
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