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Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 2

 百花屋に入ってきた秋子さんは、何故か深刻そうな顔をしていた。
「どうしたの、お母さん?」
 訊ねる名雪に、頷いて答える秋子さん。
「実はね、今日のおかずが決まらないのよ。何がいいかしら?」
「……」
 俺達が思わず顔を見合わせている中で、名雪も深刻そうな顔になった。
「それは大変だよ……」
「でしょう?」
 うんうん、と頷き合う水瀬親娘。
 そして、2人は同時に視線を俺に向けた。
「祐一さんは、何がいいと思いますか?」
「祐一、何がいいかな?」
「……ええっと」
 適当に決めれば良いだろう、とは、2人の真剣な目の前では言えなかった。とりあえずあゆに振ってみる。
「あゆ、お前は何が良いと思う?」
「うーんとね……。あ、そうだ! ハンバーグなんてどうかな?」
「……やっぱり、小学生……」
「うぐぅ……。いいもんっ。どうせボクはお子さまだよっ」
 あゆはぷいっと拗ねてしまった。名雪が非難の視線を向ける。
「祐一、あゆちゃんいじめたらだめだよ」
「ハンバーグもいいけど、もう一品欲しいところね」
 一方、秋子さんは頷いた。……ハンバーグ確定っすか? ま、いいけど。
「ええっと、真琴はどう思う……?」
 真琴に振ってから、はっと気付く。
「真琴はにくっ……」
 俺は、予想通りの答えをしかけた真琴の口を慌てて塞いだ。昼飯や間食ならともかく、一日のメインである夕食に肉まんというのは勘弁してもらいたかったからだ。
「ふがふがーっっ」
「ええっと、佐祐理さんは何がいいと思う?」
 もがもがっと暴れる真琴を押さえながら、俺はこの中では一番常識人であろう佐祐理さんに望みを託した。
 佐祐理さんは小首を傾げた。
「はぇ〜、夕御飯ですか? そうですねぇ。里芋の煮っ転がしとか……」
「それっ、それで行きましょう秋子さんっ」
 お嬢様らしからぬ庶民的なメニューだったが、いかにも佐祐理さんらしい答えに満足して、俺は秋子さんに視線を向けた。
 秋子さんは笑顔で頷いた。
「そうね。それじゃ今日はそうしようかしら。名雪、手伝ってくれる?」
「うん、いいよ」
「あ、ボクも手伝うよっ!!」
 ぴょこんと立ち上がるあゆ。秋子さんは頷いた。
「ありがとう、あゆちゃん。それじゃ、今から買い物に行くから、一緒に来てくれるかしら? 名雪は先に帰って、下ごしらえしておいてね。パンと挽肉ならあるから」
「うん、わかったよ」
 頷く名雪。一方のあゆは、嬉しそうに立ち上がった。
「ボク、がんばるねっ、秋子さん! それじゃあ、名雪さん、祐一くん、それに真琴ちゃんも後でねっ。えっと、栞ちゃんは、今日はうちに来るの?」
 あゆに訊ねられて、栞はほっぺたに指を当てて考え込んだ。
「そうですね……。家に帰っても、お姉ちゃんにのろけられるだけだし……。秋子さん、お邪魔してもいいですか?」
「ええ、いいわよ。私はいつでも歓迎だから」
 にっこり笑うと、秋子さんは舞と佐祐理さんにも視線を向けた。
「川澄さん、倉田さん。お二人もよろしければ、どうぞ」
 佐祐理さんは舞に訊ねた。
「舞、どうする?」
「……佐祐理は?」
 聞き返す舞に、佐祐理さんは微笑んで答える。
「佐祐理は、舞が行きたければそれでいいよ」
「私は、佐祐理が行きたくなければ行かない」
「もう、舞ったら」
 佐祐理さんは、舞のおでこを人差し指でぴんと弾いた。
「佐祐理には判ってますよ。もう、舞ったら欲張りさん」
「……そんなことない」
「はいはい。あの、そんなわけで、佐祐理と舞もお邪魔させていただきますね」
「ええ」
 秋子さんは頷いて、あゆに声をかけた。
「それじゃ行きましょうか?」
「うんっ。それじゃみんな後でねっ」
 パタパタッと手を振って、あゆは秋子さんの後に着いて、百花屋を出ていった。
「……それにしても、秋子さんは相変わらず謎な人だな」
 俺は呟くと、まだもがもがと暴れていた真琴を解放してやった。
「ぷはぁっ。もう、祐一のいじわるっ」
「さて、それじゃそろそろ帰ろうか。佐祐理さん達はどうする? 一度家に帰ってから来るか?」
「そうですね。色々準備もありますから、はい、そうしますね」
 佐祐理さんは頷いた。
「それじゃ私も、一度家に帰ってから、そちらにお邪魔しますね」
 そう言うと、栞も立ち上がる。
「なんだよ、どうせ来るんなら、一緒に来ればいいのに」
「直接一緒に行きたいのは山々なんですが、一度は家に帰っておかないと、お父さんやお母さんが寂しがりますから」
 栞は苦笑する。
「子離れできない親を持つと、苦労します」
「でも、いないよりはいる方がいいよ」
「……そう」
 親がいない2人が呟いた。栞ははっとして、慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ。そんなつもりじゃ……」
「ううん、いいんだよ。わたしには今はいっぱい家族がいるもの」
「私にも……佐祐理がいるから」
「本当にごめんなさい……」
 すっかりしゅんとしてしまった栞の頭に、俺はぽんと手を乗せる。
「ま、今はみんな幸せなんだから、それでいいってことさ」
「……はい」
 栞は頷いて、もう一度2人に頭を下げた。
「本当に……すみません」
「栞ちゃん、もういいってば」
 あまり謝られてかえって恐縮といった感じの名雪。
 舞は栞の頭にぽんと手を乗せた。
「私も、もう大丈夫」
「……はい」
 栞は顔を上げて、微笑んだ。
「ありがとうございます」
「よし、それじゃ引き上げるか」
 俺は、パンと手を叩いて言った。

「祐一のばかーっ」
 帰り道、夕ご飯に肉まんを食べ損ねる形になった真琴は、すっかりむくれていた。
 名雪がなだめるように声をかける。
「真琴、そんなに怒ってたらだめだよ」
「名雪も嫌いっ」
「もう、真琴ったらぁ」
 そう言いながらも、念願だったお姉さんをやってるからか、なんとなく満足げな名雪であった。
 と、不意に真琴が足を止めた。
「おい、どうしたマコピー?」
「マコピーじゃないわようっ! そうじゃなくて……」
 真琴は耳をぴんと立て、腰を落として、辺りの様子を窺っていた。
「……なんか、変な感じがするぅ……」
 普段はちょっと間抜けでからかいがいのある妹分でも、その実体は妖狐である真琴は、俺達には感じ取れないようなものを感じ取っている時がある。
 俺は少し声を潜めて訊ねた。
「何か感じるのか?」
「わかんない……。でも……」
「あれ? 祐一、真琴ちゃん、あれ天野さんだよ」
 名雪が言って、俺達は名雪の指さしている方を見た。
「あ、ホントだ」
 確かに、俺達の前を、こちらに背を向けて歩いているのは、天野だった。一度家に帰ったのか、白いブラウスに赤いプリーツスカート姿である。
「真琴に逢いに来たのかな?」
「天野も結構マメだからな」
 名雪の言うことに頷いてから、俺はいつもなら「みしおーっ」と駆け寄っていくはずの真琴が、何故か俺の後ろに隠れているのに気付いて振り返る。
「どうした、真琴?」
「……あう〜」
 真琴は、俺の肩越しに天野をじーっと見ていた。そして俺に尋ねる。
「祐一、あれ、誰?」
「誰って……」
 俺は、慌てて真琴の肩をがしっと掴んだ。
「お前まさか、忘れてしまったのか? 記憶を失って、そして今まさに感動のフィナーレっ!」
「祐一、落ち着いてよ」
 名雪がのんびりと言うと、真琴の顔を覗き込んだ。
「あれ、天野さんでしょう?」
「違う……」
 真琴は首を振った。
「あれ、美汐じゃないよ……」
「……どういうことだ? どう見ても天野だぞ」
「後ろ姿だから、わかんないよ。間違ってるかも。わたし、確かめて来ようか?」
「ああ、頼む」
「うん、任せてよ」
 頷いて、名雪は駆けだした。天野の前に回り込むと、何か話しかけている。天野は顔を上げて、それからこちらを見た。
 どう見ても天野だ。……実は双子の妹がいた、とかいうならわからんが。
「あうーっ!」
 一声唸ると、真琴は俺の背中を押した。
「真琴……?」
「ほら、行ってようっ!」
「わ、わかったから押すなっ」
 俺と真琴は、そのまま天野の前まで行った。そして、真琴がびしっと天野に指を突きつけた。
「あんた、誰なのようっ! 真琴を騙そうったって、そうはいかないんだからねっ!!」
 ……偉そうなのはいいんだが、俺の背中に隠れたまま言ったって迫力は出ないぞ。
 俺はさっと右に動いてみた。目の前にいた俺の姿が消えたので、真琴は慌てて左右を見回して、俺の後ろにさっと隠れると、拳を突き上げる。
「さぁっ、正体見せなさいようっ!」
「……天野?」
「……」
 天野は俺をじっと見て、それから真琴に視線を向けた。そして呟く。
「……えっと、誰?」
 声も、やっぱり天野なのだが……。
「……名雪?」
「うん、わたしのことも判らないみたいなんだよ」
 名雪も困った顔で言う。
「天野さん、どうしたのかな?」
「私、天野じゃないよ」
 天野はきっぱりと言った。
「ほら〜っ! 真琴の言うとおりでしょ〜っ」
 話が意を得たりとばかりに、俺の服を引っ張る真琴。
「……どうなってるんだ?」
「わたしに聞かれても、わからないよ……」
 俺と名雪は、顔を見合わせたて、途方に暮れた。
 と。
「あら、どうしたの? こんなところで……」
「あっ、お母さんっ!」
 名雪が、ぱっと表情を明るくして振り返る。
 そこにいたのは、買い物かごを抱えた秋子さんと、スーパーのビニール袋を両手で提げているあゆだった。
「お、あゆ。ちゃんと手伝いしてるな?」
「うん。ボクよい子だもん」
「お母さん、あのね……」
 俺があゆの頭を撫でてやって、真琴に「真琴も撫でてーっ」と絡まれている間に、名雪は要領よく状況を秋子さんに説明した。
 話を聞くと、秋子さんはきょとんと俺達を見ていた天野の前に進み出て、視線を合わせた。そして、目を丸くして呟く。
「……まぁ」
「お母さん、どうしたの?」
「何か判ったんですか?」
 俺と名雪に同時に訊ねられ、秋子さんは微笑んだ。
「企業秘密です」
「……」
 顔を見合わせる俺と名雪をよそに、秋子さんは天野に声をかける。
「どうしてここに?」
「……わからないの」
 ちょっと考えてから、途方に暮れた表情をする天野。
 秋子さんは、その天野の肩にそっと手を置いて、言った。
「こんなところじゃなんだから、うちにいらっしゃいな」
 天野は、こくりと頷いた。
 その様子を見ていた名雪が、俺に囁いた。
「やっぱり、いつもの天野さんとは様子が違うね」
「えっ? なにがどうしたの?」
 一方のあゆは、まったく状況を掴めないでうぐうぐしていた。
「なんだよっ、うぐうぐって!?」
「やかましい。いちいち俺の考えを読むなっ」
「……うぐぅ、いじわる……」

Fortsetzung folgt

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あとがき
 とまぁ、こんな感じでのんびりと参ります。はい。
 ……疲れてるなぁ、私。いろんな意味で。

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