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ブロロローッ
Fortsetzung folgt
俺達を乗せたバスは、市の中心部から郊外に向かって走り出した。
車内では、バスガイドさんよろしく、佐祐理さんがマイクを片手にしてぺこりと頭を下げると話し始めた。
「皆さん、今日はお集まりいただきまして大変ありがとうございました。佐祐理は嬉しいです」
「俺も嬉しいぞぉっ!」
北川がチャチャを入れるが、さすが佐祐理さん、動じる様子もなく「あははーっ」と受け流した。
「それで、海までは1時間くらいかかるのですが、この中に乗り物に弱い方はいらっしゃいますかぁ?」
「俺は問題ないっす!」
胸を張る北川。そりゃ問題ないだろうよ。
「あゆは?」
「ボク子供じゃないもん」
俺の隣の席で、窓にしがみついて景色を眺めていたあゆが、振り返って頬を膨らませた。いや、子供じゃなくても酔う奴は酔うんだが。
「名雪は?」
「くー」
なんか静かだと思ったら、速攻で寝ていた。まぁ、寝てるなら大丈夫だろう。
「栞?」
「大丈夫です。乗り物酔いの薬は持ってますから」
栞は、ポケットから薬瓶をいくつか出して見せた。
「相変わらず動く薬屋だな。マツ○トキヨシもびっくりだ」
「そんなこと言う人は嫌いです」
「香里?」
「あたしは大丈夫よ」
栞の隣に座っている香里が肩をすくめる。
「天野は?」
「大丈夫です」
あっさり言われた。本人がそう言うんならそうなんだろう。
あと……、真琴は問題ないだろうしな。
「あうーっ」
と思ったら、もうやばい状況だった。
「お、おい真琴っ! 大丈夫かっ!? 傷は浅いぞっ!」
「だ、だいじょう……うぷっ」
青い顔で口を押さえる真琴。
「よ、酔ってなんてないわよっ。子供じゃないんだからっ」
「うーむ、真琴が乗り物に弱いとはな」
俺は腕組みした。
と、天野が真琴の背中をさすりはじめた。
「大丈夫ですか?」
「……う、うん」
「お名前は?」
「沢渡……うっ」
「ほら、がんばって」
「ま……うぷっ」
……なんだか微笑ましいのかギャグなのかよくわからん状況だった。
栞も心配そうにのぞき込んで来た。
「大丈夫ですか? 薬ならありますよ」
すると、真琴本人よりも早く天野が首を振った。
「人間の薬は強すぎますから」
「……?」
俺と栞は顔を見合わせた。今のは天野流のギャグなんだろうか?
「大丈夫ですかぁ?」
前からとてとてと佐祐理さんもやって来た。
天野は顔を上げて、佐祐理さんに言った。
「できるだけ、車通りの少ないコースを取ってください」
「は、はぁ……」
要領を得ない、という表情だったが、佐祐理さんは頷くと、前にとって返した。運転席の秋子さんとなにやら話をしていたが、しばらくして戻ってくる。
「高速を使わないで、山越えの道を通ることにしたそうです」
「すみません」
天野は言うと、身を乗り出して、窓を大きく開けた。
「ああっ、冷房入れてるのにっ!」
「自然の風の方がいいんです」
平然と言われると、それもそうかと思ってしまう。佐祐理さんも頷いた。
「判りました。冷房は切って窓を開けましょう。きっとその方が気持ちいいでしょうしね」
「お願いします」
天野はぺこりと頭を下げた。
キキキーーッ
ブロローーッ
「むむぅ、見事なドリフト。水瀬さんのお袋さん、ただ者じゃねぇな」
「一体何をしてる人なのか、俺にも謎なんだ」
「平然と語ってないでよっ!! きゃっ!」
バスは、狭いうえに曲がりくねった山道を、スピードを落とさずに駆け抜けていく。さっきからタイヤが鳴りっ放しだ。
香里はげっそりとした顔で座席に掴まっている。
「あたしの方が酔いそうだわ」
「姉さ〜ん、私は〜大丈夫ですよ〜」
とろんとした表情で、栞が呟く。いかにも眠そうなのは、乗り物酔いの薬の副作用なのか?
「栞、眠いのか? なら俺の膝枕で眠らせてやろうか?」
「そんな〜こと言う人はぁ〜、えっとぉ〜、人類の敵ですぅ〜」
人類の敵って、なんかいきなり最終段階じゃないか?
俺はバスの中を見回した。それから言う。
「めげてるのは香里くらいか」
「他のみんなが異常なのよ」
むっとした顔で香里が言う。
真琴はというと、すっかり回復した様子で、開いた窓から顔を出さんばかりにして風景を眺めている。
「わっ、わわっ、すごいすごいっ!」
……あいつは小学生か?
「祐一君、すごく気持ちいいよねっ!」
真琴とは反対側の窓にこれまたしがみついて、髪を風になぶらせているあゆが、目を細めながら俺の方に視線を向けた。
「そうか?」
「そうだよ。なんだかジェットコースターに乗ってるみたいでねっ……」
キキキーーッ
その時、再び大きくバスが揺れた。突然の事でバランスを崩した俺は、そのままあゆの方に倒れ込んでしまう。
「うわぁっ」
「わっ!」
ドシン
「す、すまんっ!」
慌てて立ち上がろうとして、俺は右手をついた。と、その右手が何か柔らかいものに触れた。
「……?」
とりあえず、手をふにふにと動かしてみる。
「わっ、わわっ!!」
焦ったような声が聞こえて、顔を上げてみると、至近距離にあゆの困ったような顔があった。
そのまままじまじとあゆの顔を見ていると、だんだん泣きそうな顔になってきた。
「うぐぅ……」
改めて、手を見てみる。
あゆの白いブラウスの胸をしっかりと掴んでいる俺の手。
って、おいっ!!
「うわぁっ!!」
慌てて飛び上がって離れて、改めて周りを見てみると……。
寝ている名雪と運転している秋子さん以外は全員俺とあゆを注目していた。
あゆに視線を戻すと、胸を押さえて涙目になって俺を睨んでいた。
「うぐぅ、触ったぁ……」
「えっと、違うぞ、これは事故だ、事故っ!!」
「セクハラですね」
「女の敵よ」
栞と香里がうんうんと頷きあっている。
「だから、事故だって!」
「やーい、セクハラ男〜っ!」
すっかり気分良くなったらしい真琴が嬉しそうに囃したてる。
「うぐぅ……」
「うぐぅ、真似しないでっ」
「すまん。うぐぅ、はお前のものだったな」
「そんなこと言われても嬉しくないよっ。うぐぅ、触られたぁ」
「相沢っ、お前っ!」
北川が前の席からばたばたと走ってくると、俺の肩をぐいっと掴んだ。
「な、なんだよ、北川?」
「なんてうらやましい奴なんだっ!!」
「……」
一瞬、バスの中は沈黙に満たされた。
「最低ね」
「人類の敵ですね」
囁き合う美坂姉妹。
俺は北川の肩を軽く叩くと、首を振った。
「北川、同じ男として恥ずかしいぞ」
「お前、俺に罪をなすりつけようとするなっ!」
と、不意に前の席で眠っていたはずの名雪がむくりと立ち上がった。
「?」
思わず名雪の方を見る皆。その名雪はというと、眠そうな目でぐるっとバスの中を見回すと、一言だけ言った。
「けろぴー、どこ?」
「だぁぁぁ〜〜っ」
そこまで高まっていた緊張感が一気に雲霧散消する。
名雪は、元のように座り直すと、またそのまま「くー」と寝てしまった。
俺は苦笑すると、まだ涙目のあゆの頭を撫でて謝っておく。
「ごめん」
「ううん。ボクもビックリしただけだから」
まだ目には涙が残っていたが、あゆはにこっと笑って頷いた。
「そっか。それじゃ今度はじっくりと……」
「それは嫌だよ」
そう言うと、あゆは赤くなってなにやらもじもじし始めた。
「で、でも、祐一君がどうしてもって言うんなら……」
「は?」
「あっ、えっと、な、なんでもないよっ。あっ、ほら見て! 海だよっ!!」
あゆは窓の向こうを指さした。
ちょうど、山の切れ間から、青い海がちらっと見えたところだった。
「わぁーっ」
バスの中から歓声が上がる。
俺はあゆの頭に手を置いて、海を眺めた。
「うーん、久しぶりの海だなぁ」
「うぐぅ、重いよぉ……」
そう言いながらも、あゆはにこにこしていた。
佐祐理さんがマイクで言った。
「みなさぁん。山越えの峠は越えたそうですよ〜。あとは、この道を下って行くだけだそうですぅ。海まではぁ……、ちょっとごめんなさいねぇ」
がくんとつんのめる一同をよそに、佐祐理さんは秋子さんとなにやら会話をしたあとで、もう一度マイクに向かって言った。
「あと30分もかからないそうですぅ」
……って、今まで30分もかかってないぞ、おい。高速を使ったのとそう変わらないってことか?
秋子さんって本当に何者なんだろう?
あれ? そういえば、舞は何してるんだ?
俺は前の方に視線を移して、確かに舞の頭が椅子の背からぴょんと出ているのを見た。ちゃんといる。……寝てるんだろうか?
気になるなぁ。
俺は立ち上がった。
「あれ? 祐一君、どうしたの?」
あゆが振り返る。俺はにやっと笑った。
「男には行かなければならないときがあるんだ」
「そうなんだ。がんばってね」
……張り合いがなかった。俺は後ろの席に訊ねた。
「ドラマだとこういうときはなんて言うんだ?」
「そうですね……」
眠そうだったのはどこへやら、さっきの騒ぎですっかり目を覚ましてしまった栞が、小首を傾げて考え込んだ。
「それなら、『俺の屍を越えて行け』でしょうか?」
「そんなのやだよ」
あゆがぷっと膨れた。なんだか知らないが気に入らないらしい。
そんなあゆの頭を撫でてやりながら、俺は栞に聞き返す。
「他にはどんなのがある?」
「うーんと、『拳銃は最後の武器だ』とか、『せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜ』とか……」
「普段、どんなドラマを見てるんだ、お前はっ!」
俺が突っ込むと、栞はふっと笑った。
「それは秘密です」
「さよか。まぁいいや」
俺は今度こそ立ち上がって、前の方に歩いていった。
佐祐理さんがその俺に気付いて、いつもの笑顔で訊ねた。
「あら、祐一さん、どうかしましたか?」
「いや、舞は何してるのかなと思って」
「寝てますよ」
思った通りだった。
俺は舞の顔をのぞき込んで、苦笑した。
「なんだか、随分無防備な寝顔だなぁ」
「そうなんですよ〜。可愛いと思いませんか?」
佐祐理さんが、我が意を得たりとばかりにぽんと手を合わせて微笑んだ。
「か、可愛い……かもしれませんね」
ぽけっと開けた口から涎を垂らして眠りこけている舞も、佐祐理さんにかかると可愛らしいの一言で片づいてしまうようだった。
その後はさしたることもなく、俺達を乗せたバスは、海水浴場に到着した。
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あとがき
前回弱気なことを後書きに書きましたら、なんだか随分色々と応援頂きましてありがとうございます。おかげさまで、このように続きが出来ました。
私の場合、感想っていうか、反応が何もないと、読まれてないのかな→つまらないのかな→つまらないのなら書いてもしょうがないな、という三段論法が成立してしまうんですよね。
特に、今回は発売間もないKanonSSです。ONEとは違って、Kanonの場合、まだ完全にキャラを掴んでないので、余計に不安定な部分っていうのがあるんです。反応来ないよ、なにか変なこと書いたからかな、と不安になったりしてね。
何か書いてくれれば、それに沿って修正かけたり出来ますけど、何も言われなければどうしていいのかわかりませんしね。
SS作家にとって、感想が何よりのエナジーです、ってよく言われてますけど、あれは本当なんですよ〜(笑)
ともあれ、ありがたいことに、それなりに支持は得ているようなので、一安心っていうところです、はい。
プールへ行こう Episode 10 99/6/23 Up