朝食の席で、俺はふと思い立った。
Fortsetzung folgt
「秋子さん、ちょっといいですか?」
「何かしら?」
「俺、寒いの嫌なので、夏にしませんか?」
「了承」
一秒だった。
「わぁっ、いきなり暑いよぉっ」
外に出た途端に、もわぁーっと暑い空気が俺達を包み込み、名雪がうだぁ〜っという顔になって悲鳴をあげた。俺も頭を掻いた。
「まさか、秋子さんがあそこまでやれるとは思わなかったんだ」
「お母さん、時々すごいことするもんね」
「それで片づけないでよっ!」
いきなり怒鳴られてしまった。俺は片手を上げた。
「よぉ、香里」
「おはよう、香里」
名雪も笑顔で挨拶する。香里は腕組みしたが、暑かったらしくすぐに解くと、呆れたように言った。
「何事もなかったかのように明るく挨拶するんじゃないわよ」
「こうなっちまったもんは仕方ないだろ?」
「うんうん、仕方ないよ〜」
こくこくと頷く名雪。
俺はさんさんと照りつける太陽を指した。
「ほら、夏だ」
「なによ、それはっ!」
「あははーっ」
後ろからおっとりとした笑い声が聞こえて、俺は振り返った。
「よう、佐祐理さんに舞」
「おはようございます、祐一さん」
「……おはよう」
佐祐理さんはいつも通りににこにこと、舞はこれまたいつも通りに仏頂面で挨拶する。
「おはようございまぁす」
「おはようございます」
名雪たちも佐祐理さんたちに挨拶した。
「はい、おはようございます。今日は暑いですねぇ」
「ホントですね〜。夏の制服を慌てて出さなくちゃならなくなって大変でした」
「そうですね。佐祐理も大慌てでした」
「そうなんですかぁ?」
「そうなんですよ〜」
よく考えると、名雪と佐祐理さんが会話しているところは初めて見たが、なんとも味があるようなないような。
と、香里が思い出したように腕時計を見て言った。
「あ、いけない。早く行かないと遅刻するわよ」
「そうですよ。早く行きましょう」
「ええ。……って、栞っ!?」
香里が大げさに驚いていた。
「はい、栞です」
そこには、制服を着た栞が笑顔で立っていた。
「あんた、どうしてっ!?」
「どうしてって、私だって学生ですから。それとも、私、学校に行っちゃいけないんですか?」
「いけないんですかって、あのねっ! あんた病気でしょうがっ!」
「大丈夫ですよ」
しごくあっさりと言う栞。
「謎の病気なんですから、治療方法もわからないんです。もしかしたら、学校に行けば治るかもしれないじゃないですかぁ」
「なおるかっ!」
俺と香里が口を揃えて突っ込んだ。栞は拗ねたように上目遣いで俺達を睨んだ。
「そんなこと言う人たちは嫌いです」
「あのな……」
「あ、そうそう。時間はいいんですか?」
ぽんと手を打って、栞は俺達に言った。俺達は顔を見合わせた。
「やばいっ!」
「まずいわね」
「行くぞ名雪っ! ……って、いない?」
「水瀬先輩なら、倉田先輩とお喋りしながら先に行っちゃいましたよ」
栞が学校の方を指して言う。
「舞は?」
「川澄先輩ですか? その前にとっとと歩いて行ってたみたいですけど」
「おのれぇ、3人とも裏切ったなぁ」
「いいから、走るわよ」
「はい。私も走ります!」
「あんたは走らなくてもいいのっ!」
結局、栞を置いていくわけにもいかず、俺と香里はそろって遅刻した。
「……なんであたしがこんな目に……」
俺と香里は、並んで廊下に立たされていた。ちなみに、首からは「わたしは遅刻しました」とでかでかとかかれている看板を下げている。
「そうぶつぶつ言うな。こんな日もあるさ」
「誰のせいよ!」
「まぁまぁ、香里」
名雪が香里をなだめる。
「……で、名雪」
「うん? どうしたの、祐一?」
「お前がどうして遅刻して、俺達と一緒に立たされてるんだ? 佐祐理さんたちと一緒に先に行ったんじゃなかったのか?」
「名雪が教室に着いたのって、私たちよりも遅かったものね」
香里がうんうんと頷く。
「えっと、ほら、チャイムが鳴るよっ!」
「今は授業中だっ!」
「この顔は、答えたくないことを聞かれた時の顔ね」
香里が指摘すると、名雪はあさっての方をみながら呟いた。
「だって……、可愛かったんだもん」
「……猫か」
「……猫ね」
俺と香里はため息をついた。名雪がくるっとこっちを向くと、こいつにしては真剣な顔で訴える。
「だってぇ、ホントに可愛かったんだよっ! 黒と白の子猫でねっ!」
「黒と白の子猫? もしかして耳と鼻先と足と尻尾が黒くて後が白の人をくったような顔をしてる子猫か?」
「えっ? 祐一知ってるの? 可愛いよねぇ〜」
「いや、俺は可愛いとは思わないが……」
「うそつき」
名雪がいきなり拗ねた。俺と香里は思わずそろってツッコミを入れてしまう。
「なんでやねん!」
ガララッ
「お前ら、廊下に立たされてるってこと、判ってるのかぁっ!!」
「……すみません」
キーンコーンカーンコーン
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴って、教師が出ていくと同時に、名雪が俺のところにやって来た。
「祐一、昼休みだよっ」
「おう」
俺は体を起こした。言うまでもないだろうが4時間目は寝ても大丈夫な時間だったのだ。
「お昼はどうするの? 学食に行く?」
「うーん、北川、香里、お前達はどうする?」
名雪に聞かれて、俺は振り返って後ろの席にいる2人に訊ねた。
北川がきっぱり言った。
「学食」
「なぜだ?」
「教室にはクーラーがない」
「行くぞ、みんな!」
俺は速攻で決断して立ち上がった。
同じ考えの生徒達で食堂はごった返していたが、なんとか俺達はテーブルを確保する事が出来た。
しかし、すぐに次の作戦に移らなければならない。
「よし、名雪はここに残ってこの橋頭堡を確保することに全力を注げ。北川は名雪のバックアップを頼む」
「おう、任せろ」
「で、あたしと相沢君が料理を運んでくるってことね」
香里が頷く。さすが話が早い。
「で、北川は何にする?」
「冷やし中華」
「よし行くぞ香里」
「祐一〜、わたしの注文聞いてないよ〜」
名雪が恨めしそうに言ったので、その場で立ち止まって振り返る。
「一応、聞いてやる」
そう言うと、名雪は嬉しそうにぽんと手を合わせた。
「Aランチ〜」
「……聞くまでもなかったな」
「本当ね」
俺と香里は頷き合って、食券売場に向かおうとした。
「私はバニラアイスがいいです」
「……牛丼」
「あははーっ。それじゃ私もそれにしますね」
「へいへい、バニラアイスに牛丼2つね。……って、栞に舞に佐祐理さんっ!?」
振り返ると、3人がちゃっかりテーブルに付いている。
こうなったら、毒を食らわばなんとやら、だな。
「佐祐理さん、舞を借りて行っていいか?」
「はい、どうぞ」
にこにこしながら佐祐理さんは頷いた。俺は向き直った。
「舞、手伝ってくれ」
「……わかった」
舞はこくんと頷いて立ち上がった。香里が怪訝そうに俺を見たので、説明しておく。
「この舞は貴重な戦力になるぞ。何しろ一度に牛丼3つを屋上まで運ぶ能力を持っているのだ!」
ぽかっ!
後頭部にチョップをされてしまった。唐突だったので、結構痛い。
俺は振り返って文句を言おうとした。
「痛……」
ぽかっ!
今度は顔面だった。2連発で来るとは……。
「……やるな、舞」
「祐一が鈍いから」
香里がため息混じりに言う。
「遊んでないで行きましょう」
戻ってきてみると、おとなしく俺達の帰りを待ちこがれているはずの残留部隊は、さっさと佐祐理さんお手製の重箱弁当を広げていた。
「ああっ! お前ら裏切り者っ!!」
俺が慌てて駆け寄ると、名雪が箸をくわえてにこにこしながら言う。
「お帰り、祐一。倉田先輩がお弁当出してくれたんだよ。美味しいよ〜」
「美味いのは知ってる! それよりなんでお前らが食ってるんだ! 特に北川っ!」
「俺かっ!?」
タコさんウィンナーを箸で摘み上げた北川が不服そうな声を上げる。
と。
シュッ
微かな音がしたかと思うと、そのタコさんウィンナーが消えた。振り返ると、舞が両手にお盆を持ったままで、もぐもぐと口を動かしていた。
……あまり深くは考えないようにしよう。
「あれっ? 俺のタコさんウィンナーはどこに行った?」
一拍置いてそれに気付いた北川がきょろきょろと辺りを見回す。
「お前、落としたんじゃないのか?」
「あら〜。あれは自信作でしたのに」
俺の言葉に、佐祐理さんが悲しそうな顔をする。慌てて釈明する北川。
「いや、俺は別に無くしたとか」
もぐもぐもぐ……ごっくん。
「佐祐理を悲しませたら、許さないから」
「……お前が言えた義理かよ」
俺は呆れて言うと、とりあえず持ってきた料理を机に並べる。
「うわぁ〜、机一杯だよ〜」
元々、佐祐理さんの重箱弁当だけでも机の半分を占めていたところに、人数分のトレーが展開され、名雪が歓声か悲鳴かよく判らない声を上げる。
「とりあえず、目標は全部食うことだ!」
俺はそう宣言して、椅子に座った。香里がため息をつく。
「5時間目は胸焼けしそうね……」
げんなりする俺達をよそに、栞は香里が買ってきたバニラアイスを幸せそうに食べていた。
「……美味しいです」
それでも、7人もいれば大量の弁当もそれなりに片づく。
あらかた机の上が片づき、皆がほっとくつろいだ雰囲気に浸れるようになったところで、佐祐理さんが言った。
「ところで、皆さん、明後日はお暇ですか?」
ちなみに都合のいいことに明後日は日曜日である。今突然決まったような気もするが、そういうことだ。
「名雪は部活だな」
「わぁっ、勝手に決めないでよ、祐一っ! 暇です、暇ですっ」
慌てる名雪。佐祐理さんはぽんと手を合わせて嬉しそうに頷くと、香里に視線を向ける。
「あたしも特に予定はないけど」
「私もないですよ」
栞が頷く。
「愚問。倉田先輩のお誘いならば、他の予定は全てキャンセルだ」
「北川、その通りだな」
「おう」
パンパンと手を叩き合わせる俺と北川。
佐祐理さんはうんうんと頷くと、言った。
「それなら、プールに行きませんか?」
「行く」
俺と北川は即答だった。再び手をパンパンと叩き合わせる。
「生きてて良かったな」
「おうっ」
「……何考えてるんだか」
「祐一、鼻の下伸びてるよ」
「えっちな人は嫌いです」
「……変態」
気が付くと、女性陣に睨まれていた。俺と北川は慌てて咳払いして元の席に座る。
と、そこで俺はふと気が付いて、佐祐理さんに尋ねた。
「俺の知り合いも連れていって良いかな?」
「ええ、大歓迎ですよ」
こくこくと頷く佐祐理さん。
名雪が訊ねた。
「誰か誘うの?」
「ああ。真琴の奴、毎日暇そうにぶらぶらしてるだろ? たまにはそういう所に連れて行ってやるのもいいんじゃないか?」
思い切り疲れさせたら、深夜に襲ってくることもないだろうし、と心の中で付け加える。
「あっ、そうだね」
名雪は大きく頷いた。それからちょっと考えて訊ねる。
「お母さんも誘ってもいいかな?」
「秋子さんも? 俺はいいけどさ、佐祐理さんに聞いてみろよ」
俺に言われて、名雪は佐祐理さんに尋ねる。
「あの、私のお母さんなんですけど、一緒に行ってもいいですか?」
「全然構いませんよ〜」
佐祐理さんに許可をもらって、名雪は嬉しそうに頷いた。
「わぁ〜。ありがとうございます」
「とりあえず、今日話してみますから、人数が確定してから明日にでも報告しますよ」
「はい。舞も喜んでますよ」
ぽかっ
舞が佐祐理さんの顔面にチョップをしていた。ということは、やっぱり舞も喜んでいるらしい。
「……というわけで、日曜日なんだが、天野も行かないか?」
食堂から帰るときに、教室に戻る皆と別れて一人で廊下を歩いていると、たまたま天野に会ったので、声をかけてみた。
「プールですか? いえ、私は遠慮し……」
言いかけて、少し考え込む天野。
「ん? どうした?」
「あの子は来るんですか?」
疑問に疑問で返されてしまった。
「あの子? 真琴のことか?」
こくりと頷く天野。俺は肩をすくめた。
「さぁ。まぁ、今夜誘ってみるつもりだけどな」
「そうですか。……判りました」
「おう、来るか」
「あの子が行くなら、私も行きます」
そう言うと、天野は微かに微笑んだ。俺は苦笑した。
「遠慮がちな奴だな。もっと「わぁーい、プールだプールだぁ」って喜べばいいだろうに。感情表現が貧弱だぞ」
「物腰が上品だって言ってください」
天野はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
「それじゃ、失礼します」
俺はその場で彼女を見送った。
それでも、天野の後ろ姿は、どことなく嬉しそうだった
あとがき
とりあえず、書いてみました(笑)
真面目なKanonのファンの皆さんには非難轟々でしょうね。でも、こういうのもありじゃないかな、とも思います。
続きが見たい人がいるとも思えませんが(笑) そういう奇特な人がいれば書くかもしれません。
自宅のメインマシンの調子がいまいち良くないので、これからはちょっと抑えめになると思います。
プールに行こう Episode 1 99/6/14 Up 99/6/21 Update 99/6/28 Update