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こみっくパーティー Short Story #2
猪之坊旅館へようこそ!! 後編

 ガラッとドアを開けると、由宇ちゃんは振り返りました。
「とりあえず、この鴻鵠の間、自由に使ったってや。元々家族向けの部屋やさかい、狭いっちゅうことは無いはずやし」
「あたしの部屋より広い……」
 呟いてから、詠美ちゃんが慌てて口に手を当てました。それから、腰に手を当ててふんぞり返ります。
「まぁ、あたしの豪邸に比べれば掘っ建て小屋みたいなところだけど、しょうがないから我慢したげるわねっ!」
 その隣では千紗ちゃんが素直に感動しています。
「わぁ〜。千紗のお部屋の何倍もありますぅ」
「ごめんなさい、急に押し掛けたのに、こんないいお部屋まで世話してもらって」
 南さんが頭を下げると、由宇ちゃんは軽く手を振りました。
「かまへんかまへん。さっきも言うた通り、ちょうどウチの旅館も暇しとるとこやさかい。それに牧やんにも瑞希はんにも千紗はんにも色々世話になっとるさかいなぁ。受けた恩を徒で返すほどウチはすれとりゃせぇへん」
「ありがとう。好意は遠慮なく受け取らせてもらうわ」
 南さんは笑顔で頷きました。由宇ちゃんはすっと南さんにすり寄ります。
「そやさかい、次のこみパん時にやな、辛味亭の配置をやな……」
「それは、ダメよ」
 笑顔のまま釘を刺す南さんでした。でも目が笑ってませんね。由宇ちゃんもあっさりと引っ込めます。
「ま、それは冗談として、や」
「本気だったくせに。ほほほほ、その点あたしなんてほっといても壁だもんね〜。あ〜、たまには島に入ってみたいわぁ〜」
「ったく、さっきから聞いとりゃこちゃこちゃうるさいやっちゃなぁ。ま、しゃぁないかぁ。詠美ちゃんはお子さまやもんね〜」
「なっ! ど、どこがお子さまだってのよっ!! 胸だってあんたよりもあるんだからねっ!」
「ああ〜〜っ、言うてはならんこと言うたなぁ! ええやろ、表出ぇ! ここで勝負したるわ!」
「望むところよっ!!」
「二人とも、いい加減にしなさいっ!」
 南さんが割って入りました。
「詠美ちゃんも、こんな所まで来て喧嘩しちゃだめでしょう? 由宇ちゃんもよっ!」
「へいへい、牧やんには勝てへんなぁ」
 あっさり引っ込む由宇ちゃん。詠美ちゃんも文句言いたげでしたけれど、疲れているせいもあってか、そのまま引っ込みます。
「なによぉ、パンダのくせにパンダのくせにパンダのくせにぃ」
 ……あんまり引っ込んでませんけどね。
「あれ? 瑞希はんはどないしたん?」
 由宇ちゃんは、もう一度部屋を見回しました。確かに、瑞希ちゃんの姿がありません。
「瑞希さんなら、あそこですよ」
 窓を開けて外の様子を見ていた千紗ちゃんが振り返りました。
「庭かいな?」
「うん。お兄さんと何か話してるみたいです」
「なんやて!?」
 だだっと由宇ちゃんは窓に駆け寄りました。
 確かに、庭に瑞希ちゃんと和樹くんが立っているのが見えます。流石に声までは聞き取れませんけれど。
「あんにゃろ、ウチっちゅうもんがありながらぁ」
 そう言いながら部屋を飛び出そうとした由宇ちゃんの襟首が、いきなり引っ張られました。
「誰や? ウチを止めるんはっ!」
「由宇ちゃん」
 由宇ちゃんを止めたのは、南さんでした。
「今だけでいいから、そっとしておいてあげてくれないかしら?」
「牧やん……」
 由宇ちゃんは南さんのお顔をじっと見て、それから肩をすくめました。
「ま、しゃぁない。ここは牧やんの顔を立てることにするわ」
「ありがとう、由宇ちゃん」
 南さんはにっこりと笑いました。
 由宇ちゃんは、部屋にかかっている時計を指しました。
「そやそや。夕食は7時からやさかい、もうあんまり時間ないで。風呂入るんやったら、その後にしてんか?」
「風呂って、もしかして大っきなお風呂なんですかぁ?」
 千紗ちゃんはぽんと手を合わせました。
 うんうんと由宇ちゃんが頷きます。
「そや。ウチの旅館の自慢やで。山から温泉引いて来とるんや」
「わぁっ! 千紗、大きなお風呂大好きなんですぅ」
「きっと気に入ってもらえるで。ウチの売りやさかい。ほな、時間になったら下に来てや〜」
 そう言って、由宇ちゃんは出ていきました。
「あっ!」
 不意に千紗ちゃんがきょろきょろします。
「どうしたの、千紗ちゃん?」
「私、お父さんとお母さんに連絡しないと!」
「そうね、流石に今から帰る事は出来ないし……」
「心配無用だ、まいしすたぁず」
 唐突にドアを開けて大志くんが登場します。
「つかもと印刷には吾輩の方から連絡をしておいた。ご両親は喜んで吾がプロジェクトに参加させたいと言ってきたぞ」
「きゃぁきゃぁきゃぁっ!!」
 ジャケットを脱ぎかけていた詠美ちゃんが慌てて悲鳴を上げていますが、大志くんはもちろん、南さんも千紗ちゃんも無視しています。ひどいですね。
「連絡って、なんて言ったんですか?」
 南さんに訊ねられて、大志くんはちょいと眼鏡の位置を直しながら答えました。
「南女史。世の中には知らなくても良いことがたくさんあるのだよ」
 ……答えてませんね。
「……やっぱり、私から連絡入れておきます。確か、フロントに電話ありましたよね」
「あっ、千紗も行きますですぅ」
 二人は立ち上がって部屋を出ていきました。
「ふむ。それでは誰もいなくなったことだし、吾輩も戻るとするか」
 そう言って、大志くんも出ていきました。そして、後には無人の部屋が……。
「……なんでみんなあたしを無視するのよぉ……。あたしは、あたしは、同人誌界の女王、大庭詠美なのよぉ〜〜〜っっ!!!」
 そして、詠美ちゃんの叫び声が、六甲山中にこだまするのでした。

「何、今の?」
「さぁ……」
 叫び声に思わず旅館の方を見上げ、それから瑞希ちゃんは和樹くんのほうに視線を戻しました。
「それより、和樹。今の話、本気?」
「……ああ」
 和樹くんは頷きました。
「本気だ」
「冗談でしょ? 大学、辞めるって……」
「まさか、神戸から大学に通うわけにもいかないからなぁ」
 苦笑する和樹くん。
 瑞希ちゃんは表情を強ばらせました。
「それって、やっぱり……?」
「ああ。俺、ここで働くことにした」
「……和樹」
「一度挨拶に戻るつもりだったけど、ちょうど良かったよ。瑞希、今まで、ありがとうな」
「……」
 瑞希ちゃんは俯いています。旅館から漏れる光がちょうど影を作っていて、そのお顔はよく見えません。
「……ばか」
「え?」
「ううん、なんでもない」
 瑞希ちゃんは背中を向けました。そして、腕でぐいっと顔を拭うと、振り返ります。
 そのお顔には、満面の笑みが浮かんでいました。
「これからも、頑張ってね、和樹」
「あ? ああ……」
「話は、それだけ。ごめんね、引き留めて」
 そう言うと、瑞希ちゃんはくるっと踵を返して、旅館に入ろうとしました。そして、ピタリと立ち止まります。
「……瑞希?」
「あ、あのね、和樹」
 もう一度振り返ると、瑞希ちゃんはばつが悪そうに頭を掻きながら訊ねました。
「あたしの部屋って、どこかな?」

 チャプン
「ふぅ」
 瑞希ちゃんは、ゆったりとお湯に体を沈めて、大きくため息をつきました。
「やっと落ち着いたぁ〜〜」
「大きなお風呂もいいものですねぇ」
 隣で、南さんがのんびりと言いました。
 そう、ここは猪之坊旅館ご自慢の、大浴場なのです。
「一日の疲れがお湯に溶けてゆくようです」
 南さんは手足を伸ばしてうーんと伸びをしました。
「牧やんは日頃からお疲れやさかいなぁ。まぁ、のんびりしたってや〜」
 半被姿の由宇ちゃんが、洗い場のシャンプーやボディソープを取り替えながら、声をかけました。
「で、あんたはなんで入らないのよ、パンダ娘」
 腰掛けに座ってシャンプーしていた詠美ちゃんが、薄目を開けて訊ねます。
「あ、そっかぁ。パンダが人間と同じお風呂に入れるわけ、ないもんねぇ〜」
「アホかい。あんたらは客やろ。従業員が客と同じ風呂に入れるかい。それが旅館従業者の仁義っちゅうもんや」
「へぇ〜。それじゃ……」
「なんや? また何か企んどるんか、おおば……」
 由宇ちゃんが振り返った時にはもう既に遅し。
 ばっしゃぁぁぁぁぁん
 ……ぽちょん、ぽちょん
「きゃはははは、パンダがぐしょ濡れぇ〜。これがホントの濡れパンダ〜〜」
 由宇ちゃんに頭から洗面器一杯のお湯をぶっかけて、詠美ちゃんがけたけた笑っています。
「こ、こ、こここここの大バカ詠美ぃっ! 沈めたるっ! 今日こそ瀬戸内海に沈めて二度と浮き上がらんようにしたるわいっ!!」
「きゃぁきゃぁ、牧村さぁん、パンダが追いかけてくるぅ!」
「牧やん、後生やからその大バカ引き渡したってや! 今度こそそいつを沈めてこみパを平和に開けるようにしたるさかいなっ!」
「もう、二人とも、大人しくしなさぁい」
「きゃぁ! こっちまでお湯が飛んでくるっ!!」
「瑞希ちゃん、ごめんねぇ。ジャイアントパンダはきしょ、き……」
「もしかして、希少種?」
「それそれ、その九州だから我慢してねぇ」
「違うやないかぁっ、このプー詠美っ!」
「変な呼び方するなぁっ!!」
 少し離れたところから、千紗ちゃんはそんな一同を羨ましそうに見ていました。
「……みんな、大っきいですぅ。いいなぁ……」
 どこを見ているかは、言わない方がいいでしょうね。

「というわけで、どうだ和樹。これこそ男の浪漫だ」
「おう、大志! 俺は今初めて貴様の友情に感謝しているぞっ!!」
「そうだろうそうだろう。うむうむ、皆まで言うなまいぶらざぁ」
 ……男って、本当にしょうもないですね。

 トントン
「うん、由宇か?」
 ドアをノックする音に、和樹くんは机から顔を上げました。
「いえ、牧村です」
「えっ、南さんっ!? わわっ、ちょ、ちょっと待って下さいっ!!」
 慌ててその辺りのものをとりあえず片隅にまとめてから、和樹くんはドアを開けました。
「な、なんですか、南さん?」
「いえ、少しお話をと思ったんですけど。入ってもいいですか?」
 猪之坊旅館の浴衣姿の南さんは、そう言ってちょっと小首を傾げました。
「えっ? でも、散らかってますから……」
「私は構いませんけれど。もしかして、お仕事中でした?」
 和樹くんは頭を掻きました。
「いや、ちょっと原稿を」
「えっ? 同人誌の?」
「え? ええ、まぁ。次のこみパで新刊落としたりしたら、大志にそれ見たことかって言われますからね。……南さん?」
 南さんは、にっこりと笑っていました。
「よかった」
「はぁ?」
「あ、いえ。何でもないですよ。それじゃ、原稿のお邪魔ですから、私は戻りますね」
 そう言うと、すっと頭を下げて、南さんは廊下を戻っていきました。和樹くんはその後ろ姿を見送りながら呟きます。
「……南さん、何の用だったんだろう?」

 さて、同じ頃、猪之坊旅館の中庭を望むロビーに、由宇ちゃんが降りてきました。
「瑞希はん、なんぞ用かいな?」
「あ、ごめんね、呼び出したりして」
 ソファに座って、ロビーの大形テレビを見るともなく見ていた瑞希ちゃんが顔を上げました。
「かまへんかまへん。ここにおる限り、あんたらは客やさかいな。ウチらは顎で使われても文句は言われへんのや」
 そう言うと、由宇ちゃんは瑞希ちゃんの隣のソファに腰を下ろしました。
「ここはちゃんとケーブル引いてるさかい、チャンネルもバッチリやで。ま、ウチが地上波じゃやっとらんアニメを見るために、おとんとおかん騙して無理矢理引かせたんやけどな。あ、今のは秘密やで」
 くくっと笑って言う由宇ちゃん。その顔を見て、瑞希ちゃんは、何か言いかけました。
「あの……」
「和樹はんのことやろ」
「えっ?」
 ズバリと言われて、思わず口ごもる瑞希ちゃん。
 由宇ちゃんはソファに体を深々と沈めました。そうすると、小柄な由宇ちゃんの姿はすっぽりとソファに埋もれてしまいます。
 その姿勢のまま、由宇ちゃんは呟きました。
「和樹はんのこと、好きやったんやろ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何を……。あ、あたしはただ……」
「まぁまぁ。そないにムキにならんでもええって」
「……」
 瑞希ちゃんは、ぽすっとソファに背中を預けました。そして、テレビの画面に視線を向けたまま、ぽつりと呟きます。
「……そう、だったのかな?」
「そやけどな。ウチは渡さへんよ」
 由宇ちゃんは、体を起こすと、瑞希ちゃんをのぞき込みました。
「ウチは原稿も恋も真剣勝負や。やるからには絶対に後悔はしたくあらへん。そやさかい、誰が相手でも、ウチは戦うで。戦って、勝ち取ってみせるんや」
「……そっか」
 瑞希ちゃんは、ふぅとため息を付きました。
「初恋って、叶わないものなんだね」
「瑞希はん?」
「うん、それじゃ……」
 瑞希ちゃんは、由宇ちゃんの手を取って、ぎゅっと握りました。
「頼りない奴だけど、見捨てないでやってね」
「なんや、あっさり放棄かいな。戦い甲斐ないなぁ。ま、大バカ詠美と張り合って、そのうえ瑞希はんとも、なんちゅうたら、さすがのウチも身が持たへんからなぁ。……おおきに」
 由宇ちゃんは、珍しく照れたような笑顔を浮かべました。
「ホンマ、おおきに……」
「うん……」
 二人は、テレビの画面がコマーシャルを流し始めるまで、そのまま手を握りあっていました。

 その翌朝。
「ふぅ」
 庭を箒で掃いていた和樹くんは、一息つくと、辺りをぐるっと見回しました。
「よし、こんなもんかな」
「お兄さん、おはようございますぅ」
 不意に元気な声が聞こえてきました。そっちに顔を向けると、千紗ちゃんがにこにこして立っています。
「やぁ、千紗ちゃん。おはよう。随分早いね」
「そうですか? 千紗はいつもこれくらいには起きてますよ」
 そう言う千紗ちゃん、浴衣姿で肩からタオルを巻き、しかも全身からは微かに湯気が上がっていますね。
「朝からお風呂?」
「はい。ちょっと入ってきました」
 にこっと笑う千紗ちゃん。和樹くんも笑います。
「ま、一日中風呂に入れるのは、ここの良いところだよなぁ」
「お兄さん」
 不意に真面目な顔になる千紗ちゃん。
「なんだい、千紗ちゃん」
「お兄さん、こんな朝早くからお掃除ですか?」
「えっ? ああ、これ?」
 和樹くんは、手にした箒を指しました。千紗ちゃんはこくりと頷いて、不意にぐすっと涙ぐみます。
「やっぱり、大志さんの言ってたこと、ホントなんですか? お兄さんがここで強制労働させられてるって……」
「大志の奴、無茶苦茶言ってるなぁ」
 和樹くんは苦笑すると、身を屈めて千紗ちゃんの頭を撫でました。
「千紗ちゃん、印刷所のお手伝いをするとき、強制労働だって思ってる?」
 千紗ちゃんは、ぶんぶんと首を振りました。
「千紗、そんなこと思ってません」
「俺も同じだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。もう、ここが俺の家だから」
 和樹くんは、体を起こすと、旅館をぐるっと見回しました。
「確かにちょっときついなって思うこともあるけど、でもここが俺の家なんだ」
 もう一度、ゆっくりと繰り返す和樹くん。
「だから、千紗ちゃん、大丈夫だよ」
「お兄さん……。はい。お兄さんがそう言うなら、千紗、もう心配しませんね」
 そう言うと、千紗ちゃんは和樹くんを見上げました。
「でも、お兄さん……」
「うん?」
「神戸は遠いですけど、千紗のこと、覚えていてくれますか?」
 不安そうに揺れる瞳を見て、和樹くんは優しく微笑みました。
「忘れるもんか。俺にとって、千紗ちゃんは妹みたいなもんだからな」
「……」
 一瞬、ほんの一瞬だけど、千紗ちゃんの瞳を様々な感情が流れました。でも、最後に残ったのは……。
「ありがとうです。千紗、嬉しいです」
 満面の微笑みでした。

「……というわけで、私も瑞希ちゃんも千紗ちゃんも、和樹くんをここから連れ戻すことには反対です」
 旅館のロビー。
 すっかり帰り支度をした南さんは、大志くんにそう言いました。
 後ろで、同じく帰り支度を済ませた瑞希ちゃんと千紗ちゃんもこくこくと頷いています。
「なっ、なんでよっ。3人ともあっさりパンダ娘に寝返ったっていうのねっ!」
 後ろで騒ぐ詠美ちゃんをすっと片手で制して、大志くんは眼鏡の位置を直しました。そして、訊ねます。
「どうやら、気持ちの整理はついたようだな、諸君」
「えっ?」
 3人は、思わず顔を見合わせました。それから瑞希ちゃんが大志くんに詰め寄ります。
「どういうことよっ、大志っ!」
「何。諸君がいつまでも意気消沈していると、吾輩の同人誌界制覇の計画に支障を来しそうなのでな」
 大志くんは、にぃっと唇の端に笑みを浮かべました。
 瑞希ちゃんは、はぁ、とため息を付きました。
「あんたが陰謀好きって忘れてたわ。とりあえず、1発殴っていい?」
「それは遠慮させて貰おう、まいしすたぁ」
 そう言うと、大志くんはバッグを担ぎ上げました。
「ちょ、ちょっと大志! どこに行く気よ!」
「なに、吾輩の目的は達成されたのでな。もはやここにいる必要はないというわけだ。それでは諸君、さらばだ。こみパでまた逢おう。わっはっはっはっ」
 笑いながら旅館を出ていく大志くん。その後を詠美ちゃんが追いかけます。
「ちょっと! ちゃんと説明しなさいよっ、九品仏大志っ!! 待てって言ってるでしょっ!!」
 その声が小さくなって、やがて聞こえなくなる頃、3人は顔を見合わせました。
「どういうことなんですか? 千紗、よくわかりませんでしたぁ」
「結局、まんまとしてやられたってことよ」
 瑞希ちゃんはため息をつきました。南さんも苦笑します。
「そうですね。でも、感謝しないといけませんね」
「それが一番悔しいかな」
 同じく苦笑する瑞希ちゃん。千紗ちゃんは、その二人の顔をきょときょとと見比べていました。
 と、そこに由宇ちゃんが顔を見せます。
「なんや騒がしい思たら、もう帰るんかいな?」
「ええ、あんまり長居しても母が心配しますし」
「うちもお父さんもお母さんも心配しますぅ」
「あたし一人残るってのもなんだし、ね」
「そっか。ほな、またいつでも来ぃや。歓迎するで。ま、次は無料っちゅうわけにもいかんけど、安うはするで」
 そう言って笑顔を浮かべる由宇ちゃん。
 南さんはにこっと笑いました。
「そうね。次は由宇ちゃんの若女将姿でも見せてもらいに来るわね」
「ま、牧やん、ななな何言うとんねん!」
 かぁっと赤くなって、由宇ちゃんは珍しくどもりました。その姿を見て、最初に南さんが、続いて残りの2人が吹き出しました。

 朝の六甲山中に、女の子の笑い声がいつまでも響き渡っていました。

「ん、なんだなんだ?」
 バキィッ
「痛てぇっ! なにするんだ由宇!?」
「やかまし! ちょっと殴りたかっただけやっ!!」
「とほほ〜。俺、選択間違ったかなぁ〜」

"God's in his heaven,all's right with the world."

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